ページ内ジャンプ:

アレゲなニュースと雑談サイト

Acanthopanaxによる 2005年10月11日 21時45分の掲載
匠の技部門より

asahi.comが、(株)東陽理化学研究所の本合邦彦社長へのインタビュー記事を掲載している。東陽理化学研究所は、チタンおよびアルミPowerBookの金属外装やiMac G4の可動アーム、iPod背面の鏡面加工ステンレスを手がけている会社(Wikipediaの記述)。インタビューによると、Appleとの取引のきっかけは、「7年ほど前、アップルの担当役員が新型ノートパソコンの設計図を携えてやってきた」ことに始まるという。初代チタンPowerBook G4を指すものと思われるが、その発売は2001年であるので、「7年ほど前」という数字が正しければ、発売のかなり前から計画がなされていたことになる。

この議論は賞味期限が過ぎたので、保存されている。 新たにコメントを書くことはできない。
表示オプション しきい値:
  • Elbereth (17793) : 2005年10月12日 1時21分 (#812417)
    7年前という話から前後関係についてちょっと考察。

    まず今が2005年10月12日で、インタビューしたのはまぁ最近でしょうから
    10月頭とかそんな感じなのかな。ここから7年前というと、1998年10月ですか。
    アメリオ前CEOが辞任したのは1997年7月9日。ここから1年ちょいありますね。
    1998年8月末には初代iMacが発売されるので、設計陣はiMacの開発が
    一段落してから東陽理化学研究所に乗り込んだんですかね。
    細かい日時が分からないから推測ですが。
    設計図を持ち込んでとありますので、かなり設計方針が固まっていたんでしょうね。
    そしてチタンPowerbookの発売が2001年1月末なので、最終的な製品状態に
    しあがるまで2年くらいは時間かかったんでしょうね。

    ちなみに、今回のネタはチタンですが、薄型ノートとなると
    DECのDIGITAL HiNote Ultraが嚆矢ですが、これは確かWin95の発売より
    前に出たものだったかな、詳細な発売時期は忘れました。
    VAIO Note 505が1997年11月ですね。これがチタンならぬ
    マグネシウム合金を使ったものですね。邪推すると、
    このVAIO505を元に適当な設計図をでっちあげて東陽理化学研究所に
    乗り込んだということもありそうな気がします。
    ちなみにVAIO505にエミュレータを入れてMacOSを動かすとか何とか
    いう話が当時あったものですが、敷居が高かったし性能があまり
    出なかったのもあっていつのまにか話が聞かれなくなりましたね。

    とまぁ、いろいろとぐぐって当時のPC Watchの記事やそれぞれの
    製品のファンのサイトをチェックしてみましたが、さすがに
    HiNote Ultraについてはインターネット普及前の発売でもあり、
    会社が買収に買収を重ねられたというのもあって1分や2分では
    分からなかったですね。
  • 東海理化販売 [slashdot.jp]に見えてしまった…

    #SBProはここから買った
    --

    /* Kachou Utumi
    I'm Not Rich... */
  • 記事中において、
    社長「鏡面加工だと指紋がついてしまいますよ」
    Apple「汚れたら拭けばいいじゃないか」
    という箇所。

    なんかAppleらしくていいなぁ...気のせい?
    --
    -- ラテール部参加者募集中
  • 1個のコメント が現在のしきい値以下です。