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アレゲなニュースと雑談サイト

GetSetによる 2003年01月30日 9時29分の掲載
「読書が趣味」とは言えなくなるのね部門より。

k3c 曰く、 "毎日新聞の記事によると、文部科学省の諮問機関である文化審議会の国語分科会は審議経過の概要をまとめ、その中で国語力強化のため、学校教育に「読書の時間」や大学に「読書科目」を新設することを提言するそうだ。小学校では古典詩歌に親しみ、中学校では新聞記事を要約してコメントを付けさせるなどの教育手法が提案されているもよう。さらには同分科会の委員が「子供に読んでもらいたい本のリスト」も参考資料として添付されているとか。
肝心の審議経過がまだアップされていないが、内容はちょっと覗いてみたい気がする。一体どういう了見でわざわざ学校の授業時間をさらに潰してまで「読書」を強制するのか、小学生が果して古典詩歌に親しめるのか、それ自体かなり要約文になっている新聞記事をさらに要約することが国語力の向上につながるのか、読んでもらいたい本のリストを挙げることに何の意味があるのか…など、ツッコミどころ満載のような気がするこの答申。「読書の時間」の是非についてなど、現場の教師・生徒の意見も是非伺いたいところです。"

この議論は賞味期限が過ぎたので、保存されている。 新たにコメントを書くことはできない。
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  • 子供の頃なんて、一般的にはくだらないと言われているような本でもいいから読んで、とにかく活字を読むのも面白いという意識を持たせたほうが良いと思うんですけどね。
  • 結局何も変わらない (スコア:3, すばらしい洞察)

    NO DATA (7774) : 2003年01月30日 10時04分 (#246785)
    一応PDFをざっと読みましたが特に目新しいことは書かれていない、というか従来の学校国語でやってきた事の延長でしかないように感じます。これまでそれをやって効果が上がっていないのに(だからこんな審議会が出てくるんでしょう)、それを量的に拡大しても何ら状況の改善にはつながらないと思います。
     
      そもそも『コミニュケーションを成立させるための文章表現及び読解力』と『知識教養としての文学』というのは系統の異なるスキルだと思うのですが、これらを『国語』という一科目でカテゴライズしてしまう事が本当に妥当なのか、という検討が何もなされていません。
     
      文章能力も教養も、どちらも大切なもので学校で学ばせるのはおおいに結構だと思いますが、まずそういう根本的な論議がなされない限り単なる『作文』しか出てこないでしょうね。
  • shadowfire (6584) : 2003年01月30日 10時34分 (#246815) ホームページ
    まとまった量の活字を読むのは、スポーツの場合のランニング・腕立て伏せのように、
    基礎体力作りとしてやっておく価値はあると思う。
    (体力というより"脳"力とでも言えば適切だろうか)

    ランニング・腕立て伏せそのものがいきなり競技で役に立つことはなくても
    それで培った力・持久力は役に立つ。
    私の周囲では、学校の成績が全般的に悪いやつは、たいていまとまった量の文章が
    読めず、「文章を読む上での持久力」のようなものがないことが多かったので。

    文章を読む上での持久力は、全学科を通して根本のところで役に立つだろうし、
    実生活でも意味があると思えるのだがどうだろう。
     
     
    --
    --------------------
    /* SHADOWFIRE */
  • unnya (10872) : 2003年01月30日 10時40分 (#246829) ホームページ 日記
    まあ、お役人の考えていることですから、理想からはほど遠いでしょうが、僕は「読書を強制」することはあってもいいんじゃないかと。「強制」というと悪く聞こえますが、僕的には「ま、いいから、いっぺん読んでみなよ」という感じですかね。

    僕はこんなアイデアがあるんじゃないかと思ってみましたが如何でしょうか。

    ・公立図書館を借り切ってみる。

    「学校の図書館」というのはどうしても先生が「年齢相応」と思うものしかおいてないわけですが、今の時代、「これを読め」と枠にはめるのはもはや時代遅れではないかと。「多様化・個性」を尊重するなら、多少ませた本を読ませたっていいじゃないですかね。後、公立図書館を利用することで、マナーの収得と、そもそも「図書館に行ってみる」というきっかけを作れるかなぁと。

    ・「感想文」を強制しない、ただ「読む時間」に

    もちろん、これだと遊んじゃう人も出るわけですが、課題の強制はそれ以上に「無理矢理読まされている」という意識しか植え付けられないだけで逆効果。ただ、少なくとも読みたい生徒のために「静かにさせる」指導は必要だと思います。

    ・何を読むかは生徒が決める(ジャンル・~向けを強要しない)

    別に科学の図鑑ばかりよむ子がいてもいいし、小説ばかり読む子がいてもいい。難しい哲学の書をわかった気になって読んでいる子がいてもいい。これこそ個性・多様化の尊重でしょう。さすがに風俗とかそう言った系はまずいので、「公立図書館」がいいかな、という上の話にもつながるわけです。読み方なんて自分で学ぶものだと僕は思ってます。

    とりあえず思いついたのはこれだけ。少し極論・理想論なのは承知してますが、せっかくやるなら大胆にやって欲しいなぁとか思う今日この頃。

    # それこそ、「道徳」の時間でもつぶしてやればよろしいかと(笑)。
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  • 老害の最たるもの (スコア:2, すばらしい洞察)

    isi (4853) : 2003年01月30日 9時40分 (#246755) 日記
    大事なことは「読む楽しみを教えること」で、
    「読書を強制する」ことではありません。

    このシンギカイとやらがどんなメンバーか知りませんか、
    答申書に書かれている本当の答申は
    「いまどきの若い者は」でしょう。

    リストを見て、ン十年前に小説のタイトルと作者名
    (もちろん読んだことなんか無い)を丸暗記させられたことを
    思い出させられて鬱になりました。

    ここで合言葉
    「バーチャルリアリティは悪である!」
  • 大学まで? (スコア:2, 参考になる)

    37A (12754) : 2003年01月30日 9時47分 (#246760) ホームページ 日記
    小学校の段階では読書の時間は、必要かもしれない。理想を言えば、子供が自然と読む、本を手にとる環境ができればいいと思う。(そのためにも小学校の図書室をしっかり整備するとか、地域の図書館を充実させるとか、本の値段を安くするような施策とか)
    ただ、大学?(大学って教育の場なの?ってのは置いといて)大学生になってまで「本を読め!」とまで言われなきゃいけないの?
    --

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    You can't always get what you want...
    • 1個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • Anonymous Coward : 2003年01月30日 9時50分 (#246765)

    「読書の時間」を取り入れて成功している例は実際にあります。普段の忙しい授業時間ではなく、読書だけにゆっくり集中できる時間を用意することで、通常の授業での読解力にも向上が見られたりします。

    読”書”ではなく新聞を利用する、という活動もあります。これも歴史が長いですね。時事問題、社会問題への意識を持たせることができ、それを授業とリンクさせることで授業の幅を広げることもできます。新聞の記事を子どもに選択させ、発表させることで情報の取捨選択、プレゼンの練習にもなります。

    「読書の時間」と「国語」という単語が並んでしまうと確かにあまりいい印象を受けませんが(^^;、志茂田景樹が読み聞かせ隊をやっていたり、この業界もちゃんと硬軟あるんだ、というくらいはみなさんに認識してもらいたいところです。

    当たり前のことですが、審議会のニュースと現場の話はまったくベツモノです。

    # リンクとか用意する時間ないので勘弁してちょ

  • タレコミから採用されるまでの間に、「審議経過の概要」がWebに出ました。ご参考まで。

    これからの時代に求められる国語力について -審議経過の概要- [mext.go.jp]
    これからの時代に求められる国語力について -審議経過の概要 参考資料- [mext.go.jp]
  • 読書する習慣を身に付けようという試み自体は賛成できるとしても、提案内容が・・・

    まず、今後の時代も考えれば「国語」ではなく「日本語」でしょう。在日韓国・朝鮮人、アイヌ民族は自分の言葉を公立学校で教えてもらえるようになるというなら「国語」でもいいでしょうけど、そうでないなら古臭い貧弱な人権意識しかなかった時代の発想を今だに引きずってますね。 それに古典文学ねぇ・・今や時代遅れの学問分野ですね。 例えば、いまさら清少納言がこの場面では何を考えていたのか、これはどんな意味なのかなんて議論してもしょうがない。 古い廃語を時間をかけて生徒に教えても無駄じゃないでしょうか。 これほど沢山の本が次々に出版されては絶版になる時代に、 昭和初期とか、そんな古い文学作品だけを珍重するのはおかしい。 それは、本が滅多に出版されなかった時代のベストセラーに過ぎないですから。 先生が古い時代の人でそれしか教えられないなら引退してもらえばいい。 稀にしか使わない同意語や四字熟語を競うようにして山ほど覚えさせるのも同様です。 それよりもっと学ぶべき事があるでしょう。 コンピューターとか英語とか。

    • 知るは楽しみなり (スコア:4, すばらしい洞察)

      simon (1336) : 2003年01月30日 12時30分 (#246952)
      >古い廃語を時間をかけて生徒に教えても無駄じゃないでしょうか。

      欧州の学校では、今ではろくに使われていないラテン語を子供に教えてますよね。
      なぜか?それが教養というものだからです。全然実用的ではないが
      それを学ぶことによって人生に深みと渋みを与えてくれる、それが古典です。

      京都の岩清水八幡宮に行ったとき、ふと
      「仁和寺にある法師、年寄るまで岩清水を…」
      と口をついて出て来たり、

      みんなでドイツ語の参考文献を四苦八苦しながら訳しているとき
      「杉田玄白先生のフルヘッヘンドの苦労はこんなもんじゃなかったぞ、ガンバレ」
      と言ってみたり、

      花見の後片付けをしてるときに
      「うき世にはとどめおかじと春風の/ちらすは花を惜しむなりけり」
      なんて歌をそらんじたりできるのが教養であり文化であると思います。

      >これほど沢山の本が次々に出版されては絶版になる時代に、 昭和初期とか、
      >そんな古い文学作品だけを珍重するのはおかしい

      黒澤の映画は時代を経ても素晴らしいものですし、
      手塚治虫のマンガは今読んでも楽しめます。

      古いから珍重されているのではなく、本当に素晴らしいからこそ時代をこえて
      読まれつづけている、とは考えられませんか?
      その内容の良さは書評家や出版社の宣伝ではなく、何代にも渡る読者の支持という
      これ以上はない厳格な基準によって証明されているのです。
      つまらない本は淘汰されます。
      飽きっぽい読者が、何百年にもわたる長きの間読みつづけ楽しみつづけてきたものには
      それなりの理由があると思うのです。「すげー面白い」とかね。

      >それよりもっと学ぶべき事があるでしょう。 コンピューターとか英語とか

      役に立つことだけを教えるのが教育でしょうか?
      役にも立たないものを慈しみ楽しめるのが文化であり人生に深みとこくと味わいを
      もたらしてくれるものであろうかと思います。

      「知は力なり」――フランシス・ベーコン
      「知るは楽しみなりと申しまして、知識をたくさん得ることは
      人生を楽しくしてくれるものでございます」――鈴木健二
    • Anonymous Coward : 2003年01月30日 11時07分 (#246859)
       日本語の力を持たずしてどうして外国語を読み解けようか。
       自分が思考の道具にしている言語、すなわち自国語の学習をないがしろにしておいて、どうしてよいコードを書けると思えるのだろうか。
       ましてドキュメントをや。

       「古典より英語のほうが先決」と読めますが、英語の国に限らず、欧米の方々は小学校からがっちりとギリシャ・ローマの古典を叩き込まれておるようですが?

       それから、「古い文学作品だけを珍重するのはおかしい」と仰るのは一体どの会社の教科書を見てのものなのかソースをお示し願いたい。

       蛇足ながら、「読みやすい改行のしかた」「段落の作り方」も古いとしてお捨てになったのではなければよいのですが。

       現役国語教師(商業もやってるが)なのでAC
      • Technical Type (3408) : 2003年01月30日 12時52分 (#246974)
        > 日本語の力を持たずしてどうして外国語を読み解けようか。

        いや、どうでしょう。ドイツ人は日本語の力を持たずして英語を読み解いてると思いますが。

        > 自国語の学習をないがしろにしておいて、

        「自国語で学習」ならいいですが、「自国語を学習」ばかりしていても。言語は学習の手段であって目的ではないので。

        > 欧米の方々は小学校からがっちりとギリシャ・ローマの古典を叩き込まれておるようですが?

        でも、さすがにラテン語を学ぼうという人は減っているのでは? 日本において古典を学ぶというのは、欧米でラテン語を学ぶのと同等だと思うし、なぜ欧米でもラテン語学習が廃れたのかを考えれば、日本でも古典を学びつづける必要性が今後も減る一方としか思えません。 もう役目を終え、新たな社会的必要に置き換えられていくべき学問分野ですね。 いや、学びたい人は学べばいいのですが、押し付ける必要は無いと思うし、ましてや文学部の教授や学部が今後も存続するために古典を子供の時から教え込もうという意図が見え隠れしているのでは賛成できません。 教育は人生における投資であり、さほど役に立たない事にばかりリソースをつぎ込むわけにはいかないですから。

        > それから、「古い文学作品だけを珍重するのはおかしい」と仰るのは一体ど
        > の会社の教科書を見てのものなのかソースをお示し願いたい。

        諮問の参考資料の子供たちに読んでもらいたい本のリスト [mext.go.jp]は、過去の遺物ばかりに思います。 現代の名作は少ないような。評価の定まった、大学の文学部あたりで散々研究し尽くされたような本ばかり目立ちますね。

      • 2個のコメント が現在のしきい値以下です。
    • 数学の苦手な人がよく言う「数学なんて社会に出るとあまり使わないからやる気がおきない」という言い訳ですが,私の場合同じことを古典と歴史について言いたくなってしまいます。超高等(?)な数学は使わなくても,微積や三角関数の基礎程度なら,社会に出てからも時々使いますが,古典文学なんて未だ役に立ったことはないですね。日本史については戦国時代なんてどうでもいいから,現代史を重視して欲しかったです。

      学校でそういうのを知るきっかけを与えることは必要だと思うので,導入部分を軽く流す程度ならいいのですが,その詳細ときたら,ほとんど趣味嗜好の領域だと思います。そんな趣味嗜好的なことまで試験範囲だとか採点対象だとか言われると,やる気をなくしてしまいます。

      いろいろなことに興味を持たせることを目的として,評価に影響しないようなやり方でであれば,多少深入りしてもいいのかもしれません。
      --
      あなたの予想に反して、このページが見えているでしょうか?
    • 4個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • 落語聞かせたほうが (スコア:2, すばらしい洞察)

    arara_1968 (8171) : 2003年01月30日 12時24分 (#246946)
    コミュニケーション能力がどうこう言うなら落語聞かせたほうがよっぽどためになる気がする。
  • わしら中学生か (スコア:2, おもしろおかしい)

    bushidoh (12670) : 2003年01月30日 12時38分 (#246962)
    中学校では新聞記事を要約してコメントを付けさせる
  • 代わりに (スコア:1, おもしろおかしい)

    Anonymous Coward : 2003年01月30日 9時49分 (#246763)
    読書感想文を廃止してください。
    • Re:代わりに (スコア:2, すばらしい洞察)

      Anonymous Coward : 2003年01月30日 10時38分 (#246826)
      本を読んで感想を書かせる、という発想自体は良い。良くないのは、「読書感想文」とはどういう「感想」を書くべきなのかろくに指導してくれないこと。 (「思った事を書け」なんて指導の内に入ってないからね) 子供はよく分からないから本の要約だけを書き(当然成績は悪い)、「読書なんて嫌いだ!」となってしまう。

      で、出羽の守みたいで悪いんだけど、俺が海外で通っていた学校ではどうしてたかというと、本について特定の課題を与えてレポートを書かせる。感想文のテーマをあらかじめ与えてやる訳だ。子供にとってはこっちの方が随分分かりやすいので、良い文を書きやすくなる。

      よく考えてみると、テーマを与えず「感想を書け」というのは、小説の後ろに何故かいつもついている「解説」という奴を書けというのに等しい。でも、あれのネタを1から考えるのはプロの仕事な訳で、小中学生には明らかに荷が重かろう。やっぱり欧米風の方が理にかなっている気がする。

      # 出羽の守なのでAC

    • Re:代わりに (スコア:2, 興味深い)

      katu256 (7538) : 2003年01月30日 11時46分 (#246907)
      別に、感想文自体は有っても良いと思うんですが、それに点数を付けるって事が非常に疑問。
      面白くない本読んだら、やっぱり面白くなかったって感想が出てくると思うんですが、それに点数を付けるのは如何なものかと。

      同じ本でも、読んだ感想はその時々で違うからって理由で3年間、同じ本の感想文を書いた俺もオレだが、
      それを許してくれた国語のF先生、は教師として、どうなんだろうか。
      生徒の受けは良かったが、父兄の受けは悪かったのかな~。
    • 5個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • 「学校で授業の中身削っておいて読書の時間作るくらいなら、塾に行かなくても済むように授業でしっかり教えてくれ」
    なのではないでしょうか?

    個人的に、読書だけでなく自由に友達と遊ぶ時間も必要だと思うので、要は「学校以外で自由な時間を増やせ」のような気がするんですが。

    仕事してる親だって、残業ばかりだと自分の時間が減るんで読書の時間だってなかなか取れないわけだし…
  • 図書の時間なるものがありました。まるごと1時間程図書室に
    きて好きな本を自由に探して読んでるわけです。小学生の頃は
    学研とか科学の本ばかり読んでましたなぁ。おかげで理科の成
    だけは抜群によかったであります。

    #読書をさせよう、という事は今はそういうのは無いのだろうか?
    #それともうちとこだけの話だったのだろうか?

  • この手の話って十年一日のごとく同じような内容のよーな気がする
    のですが、わかりやすい文章の書き方とか論理的な思考のまとめ方
    とか、そーゆーものを身につける教育っつーのは、国語の分野では
    考慮されてないんでしょーか?
  • 幼児のうちに本を目の前で広げて一緒に読むことを
    生活習慣としてつけておけば済むこと。
    食べ物の好き嫌いと同じで、親が食べない(読まない)ものは
    生活習慣として受け継いでしまう。

    というのが幼稚園の先生やっていた母親の言葉だったりする。

    #わたしは「原色昆虫図鑑」で字を覚えた…らしい

    --
    正義なんかじゃない、僕は真実が欲しい -= ありす ゆう =-
  • を本当にわかってるのか?

    小学校の国語の時間だか、道徳の時間だかを読書の時間として
    すごしたことがあるけど、仕事でもないのに、「この時間は本を読め」
    と強要されるつらさをわかっているのか?

     国語の苦手な子(つまり僕)は基本的に漢字をふくめた文字を読むスピードが遅いんだ。だから長い時間文章を読みつづける事がすごく苦痛なんだ。それに言語力の発達はすごく個人差があってどの時点でどれだけ本を読めるかはその子の個性によって違う。

    僕は発達が遅かったせいか、小学校ではほとんど通して本を読むことができなかった。それでも今は文庫本を1日で一冊読める程度のスピードは結果的に身についた(特に努力をしたわけじゃない)。
    中学になったらたくさんの文章が急に読めるようになっただけだ。

    たのむから国語で大量の文章を読むこと強要しないでくれ、国語は大切な科目なんだからもっと楽しくやろうよ。
    --
    # 数学は科学の女王にして奴隷
  • Anonymous Coward : 2003年01月30日 11時21分 (#246878)
    幼児期に読み聞かせなどしなかった親に
    「子供が本に興味がないのは読書させなかった学校が悪い」

    などと噛み付いた親がいたという笑えない実話を数年前
    知人の小学校教師から聞いた事を思い出しました。

    当時は「馬鹿な親もいたもんだ」と思いましたが
    我々が考える以上にシャレになってない模様。
  • 私の場合、活字に興味を持ったきっかけは辞書だったりする。
    とにかく『知らないことを消していく』ことに興味を持っていたので、
    知らない単語とか、その意味を知っていくのがとにかく楽しかった。
    それから、小学生向けの科学事典や科学雑誌を経ていったので、活字に対する拒否感などはほとんど無かった。
    小学生には、辞書を引く楽しみを味あわせるのもいいかと思う。

    #国語の教科書を初めて読むときがかなり楽しかったんだが
    #特殊な事例か?
  • Pooh (4850) : 2003年01月30日 11時28分 (#246887)
    教育課程審議会長のお言葉 [so-net.ne.jp]を思い出します。
    国語分科会の名簿 [mext.go.jp]の肩書きを見れば明らかですが、「自分達の市場になるジャンルの本が大事」ということかと :P)
    厳しい書籍市場の中でも、純文学とかは自然科学本なみに売り上げ減少が厳しいのでしょう。
    古典なら寺田寅彦を読め、と言わないところもさすがです。

    それより『文學ト云フ事』 [sakura.ne.jp] の続編をNHKでつくったらどうかなー?
  • 文化審議会国語分科会審議経過の概要 参考資料 [mext.go.jp]

    ここに審議会委員のアンケート結果がまとめられていますが、審議会として
    まとめた資料に比べ、個人(匿名ですが)の意見が満載でとてもおもしろいです。
    #突っ込み所が満載、とも言う。

    もちろん、「手で書くことの大切さ」や「まずは挨拶、返事がきちんとできる
    子を育てる」など、まとも(一般的?)な意見もたくさんあるのですが‥。

    この中に、国語力を付けさせるために文章の暗唱(しかも古典)をさせよう、
    という意見がありますが、「暗唱」ってそんなに大切なことなのでしょうか?
    声に出して読む、あるいは読み聞かせる「朗読」は読解力と表現力を鍛えたり、
    言葉の情緒を感じるのに有効だとは思いますが、数学の公式じゃないのですから
    「暗記」を強要する必用は無い気がします。

    あと、おまけですが「Q委員」の意見は「近所の頑固じいさん」とも言うべき
    感情的な文章に終始しており、とても興味深いです。(笑)
    以下、一部引用。(強調は引用時に付加)

    > 日本の昔話から近代文学までを,学年に応じて副読本として読ませる。教科
    > 書からかつての文豪の文章が消え,現代のエッセイストらの文章が載るのは
    > 言語道断。子供がとっつきやすいようにという配慮だろうが,配慮というよ
    > り子供への媚を感じる。

    > デジタルは情緒とは無縁のものであり,それはそれでひとつの道具としては
    > 大切だ。ただ,デジタルと並行させ,アナログを取り戻さないと,今に人間
    > は間違いなくサイボーグになる

    なってみたいな、サイボーグ。

    /hogeratta
  • 読み物として面白い教科書を作ろうって発想はないのかな。
    国語とか歴史とかなら、できなくも無いと思うけど。

    ……「子供に読んでもらいたい本のリスト」って、「夏休みの課題図書」とどう違うんだ?
    --
    --------------------- TAMEIKIのcostは1luck ---------------------
    • Re:教科書 (スコア:2, おもしろおかしい)

      snurf-kim (10835) : 2003年01月30日 15時57分 (#247154)
      >読み物として面白い教科書を作ろうって発想はないのかな。

      萌える教科書シリーズなんかどうだ?

      将来立派なアレゲに育つだろう。
      --
      塩バニラはツンデレの味。
    • 2個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • 全体的に批判的な論調なので、あえて賛成と言ってみます。

    読書を強制させる、読ませる本を強制させるのは悪いことじゃないと思います。いつかもしかしたら本人のためになる、その選択肢を与えるのは必要なことじゃないかと思います。

    子供たち全員ではなくても、誰かが(小難しい)文豪の作品から何かを学びとって成長したり、興味を持ちその人の世界が広がるかもしれません。

    しかし、子供がその文豪を知らなかったら、読んだこともなかったら?

    機会をあたえること、子供たちに世界の広さを教えることには必要なことだと思います。

    サッカーが好きな人が多いのは、サッカーをしたことがある人が多いから、それは体育で「強制」してサッカーをしたから、なんて理屈はだめですかね?
  • ---抜粋---
    感性を伸ばし,創作力を養うためには,四季の移ろいや自然の美しさを体感し,愛でること,
    百人一首などの詩歌を口ずさみ,暗唱して韻律や調べの心地よさ,美めしさを体得させることなどが必要であり,
    そのためには学校教育の低学年のうちから古典詩歌に親しむための実践をもっと行うべきではないか。
    ---抜粋終わり---

    この部分に関して、感性を伸ばし想像力を養うことが重要なことはよく分かります。
    詩集を読むこともいいと思う。
    でも、百人一首の暗唱を強要したり、低学年のうちに古典詩歌にしたしむより、
    まずは日本語の美しさ・大切さをきちんと教える方が重要だと思う

    国語の教科書に載っている詩+教育で何が不十分なのかを
    明らかにしなければいけないのではないでしょうか
    抜粋していない他の部分は大まかに同意できるんだけどなぁ
  • Dunna (2826) : 2003年01月30日 15時26分 (#247135) ホームページ
     つまるところあなたは、学校で国語の授業を受けるのが余程苦手で、それ故イヤだったと。
     それはわからんでもないような気がしますが、その「ツッコミ所」はそれぞれ別個の問題だと思うのですよ。

     読書をさせること自体が問題なのか、古典に親しませる手段としての読書を否定するのか、単に古典教育の意味を否定したいのか、そこら辺が混同されてませんか?  
    --
    No foolery,No life.
    高城"Dunna"戎太郎
  • 少なくとも、「平成14年度における一ヶ月の平均読書冊数は、小学校で 7.5 冊であるのに対し、中学校で 2.5 冊、高等学校では 1.5冊という結果が出ている」および、「一ヶ月に一冊も本を読まなかった者の割合は、小学校では 8.9% にすぎないのに対して、中学校では 32.8%、高等学校では実に 56.0% に達している」(p6) から導き出せる結論は、受験などの影響はあるにせよ、少なくとも現在の国語教育は本を好む子供を作りだしてはいない、でしょう。
    ここをそのままにして読書時間だけ増やしてなにをしようというのか。小学生が本を読んでいないわけではない、というのは上記調査からもはっきりしている。
  • Amaranth (13754) : 2003年01月30日 21時22分 (#247428)
     全面的に賛成はできないが、これは実地されても構わないかと思う。
     重要なのは、子供達が「どのような本が存在するのか」ということを知ることである。好奇心の枯渇していない小学生ならば、その中から興味ある本を選べるだろう。
     既出だが、懸念すべきなのは「子供に読んでもらいたい本のリスト」の内容である。むしろ、教師達が進んで読書をし、子供達の要求に自信を持って勧められる心構えを身につけさせるべきだと思うのだが、どうか?
  • 読書よりも日記強制ってのはどうでしょう、とかふと思ったり。但し事実を書く欄とその日に思ったことを書く欄がある(または両者を必ず書くことを強制)。思ったことには「腹減った」でもいい、くらいのゆるい感じで。

    読む力はつかないかもしれませんが書く力はつくと思いますし、なにより感想文とは違って数年後が楽しくなる人が増えそう。書いてるときは嫌だった人も懐かしい思い出がほらそこに(^^;

  • 読書問題 (スコア:1, 興味深い)

    Anonymous Coward : 2003年01月31日 9時41分 (#247732)
    よく国語である試験問題、ある小説の一部を読んだうえで、
    「問 このとき作者は何を思っていたでしょうか?」
    という問題を、作者の娘に宿題か試験で出したケースがあり、
    娘が作者自身に直接聞いてみたところ、
    「そんなの締め切りに追われて何も考えてなかった」
    という答えだったそうな。
    野坂昭如だったと思う。

    所詮、この国の国語教育は、ある文章を読んだ上で共通の妄想を見出すための
    練習なのかもしれない。
  • むしろ、本を読むことが、本当に良いことなのかと言う
    ことを疑ったほうが良いのかも知れません。

    本だって、バーチャルリアリティなんです。たとえ、ノ
    ンフィクションであっても、「著者」の見た「現実」を、
    「著者」の解釈で文章に落としているに過ぎません。
    どこかの偉い先生だかが御託宣するように、バーチャル
    リアリティが悪であるなら、当然、本だって悪そのもの
    になってしまいます。
    ゲームとかTVとかの映像メディアよりも、より抽象度が
    高くなってますから、悪の濃度はかえって濃くなってい
    ると思われます。(笑)

    ブッキッシュとか衒学趣味とかって、けして、誉め言葉
    じゃないですよね。

    #書を捨て、街へ出よう
    --
    Yukio@神戸在住
  • 毎年夏に"推薦図書"とか称する謎の帯をよく見かけますけど、この出所とは別物なんでしょうかね…?

    # ほぼ全て(-1:買いかぶり)とみた
    --


    # ACなのでAC
  • 長大な思考の産物を理解するのもいいですが、侃々諤々の議論の中から妥協点を素早く拾い出す能力の方が、現代の社会に活きる上では遙かに有益だと思いますね。
    日記にしたところで口承の一つの形式として、本には失われかけている部分の涵養にならないともいえません (持ち上げ過ぎか :-)。
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