Oliverによる
2002年05月09日 2時29分の掲載
暗記重視からの脱却を部門より。
暗記重視からの脱却を部門より。
char 曰く、 "asahi.comの記事によると、公立学校で週5日制とハッピーマンデーの影響で減少した授業時間確保のために休みをカットする動きがあるということだ。記事では、授業時間の減少を補うために夏休みの短縮や学校行事の削減を計画する学校があることを伝えている。ゆとり教育の問題は度々報道されているが、これはどう考えても本末転倒と言えるだろう。"
この議論は賞味期限が過ぎたので、保存されている。
新たにコメントを書くことはできない。
私学 (スコア:3, 興味深い)
保護者会に行っても、「これだけ努力して授業時間を確保しています」みたいな話になっています。
土曜日もやってくれた方が、親としてはありがたいんだけとね。休みだからって漫画読んでるだけだし。
ゆとり教員 (スコア:3, 興味深い)
言われてるけど、結局の所教師を週休2日にするって意味が強くて。
そういう意味じゃ休み時間なくなっても本末転倒どころか本懐成就な
気分もあるんじゃない?特に組合員は。
親も土曜日やって欲しい、子供も土曜日も通った方がためになるし
友達とも会える。じゃあ誰が得するかって言うと教職員であると。
成績心配する親子は土曜日に塾行かせるわけで、本当は公教育で
すませられたコストが各家庭の負担になってる隠れ増税。
まあ教員がいい授業をしてもインセンティブのない報われない職業
だっていうのは分かるけど(特に学歴と人間関係で出世の決まる公立学校)、
子供のためのような理屈をつけるのはどうだろう、って思うね。
Re:ゆとり教員 (スコア:2, 興味深い)
教員のゆとりが教育内容の改善に繋がる可能性は少くないのです。公立学校の教員 から話を聞く限り、「教材研究」という本来なら第一義的仕事に時間を割けないで 苦しんでいる人は稀ではないようです。ですから教員のゆとりが増せば、授業の質 が向上する可能性はおおいにあると思います。
佐藤亮一 in Frankfurt Germany
親コメント
休みを土曜日にする理由はない (スコア:3, 参考になる)
私の通っていた中学(私学ですが)では、平日であっても教育研究のために週1日は空ける(学校に全く行かなくてよい、したがって日帰り程度なら出張も可能)ことができました。大抵は学外見学のために下見をする、あるいは授業のネタを仕入れるための調査をするなどの目的で使っているそうです。中には国会図書館など公的機関に出向く先生もいました。この場合、土曜日では行き先が休みになってしまうことが多く、使いものになりません。
教材研究のための休みならば、その教員が調べたいことに応じて休みをとる日を決めるべきです。なぜ公立ではそれが一律に「土曜日」と決めつけられてしまうのでしょうか?
親コメント
完全週休 2 日制に気を取られて (スコア:3, 興味深い)
休みが 2 日 x 12 ヶ月 ばかり増減したくらいで騒ぐのはおかしいです。
実際には、「総合的な学習の時間」等で削られた時間の方が多いはずです。
なにを「出力」すべきか (スコア:2, 興味深い)
・加工手段において、画期的技術革新がある訳でもない。
・オギャーと産まれてくる赤ん坊なんて、それこそニュータイプでも登場しない限り進歩があるはずもない。
…とすれば、加工行程に必要な時間(学習時間)なんてまず短縮できないと思うんだけど。
結局、アウトプットの形を改善しなければ、ゆとり教育なんて絵空事にしかならないわな。
Re:趣味的教科が多すぎるかも。 (スコア:2, 興味深い)
そうでしょうか?
微積分や幾何を義務教育でやることへの反対意見はよく見受けられますが、英語を義務教育でやることに関してはあまり聞きません。ですが、実際、英語をまともに話せないといけない職業につく人と、微積分や論理をちゃんと使いこなせないといけない職業につく人は、どっちが多いでしょうか?ちなみに、いわゆる「理系」は、そういう数学的概念を扱えないといけない職業です。
ここでいっているのは、別に数学者や研究者のようにそれらを深く理解、応用するというわけではなく、数式がでてきてもアレルギーを起こして理解放棄せずに、基本的操作を行える、という意味です。
微積分などの概念は、ある意味、科学や技術をやるための言葉なんですから、「読み書き」の「読み」として扱うべきで、少なくとも趣味的教科ではないと思います。
親コメント
土曜日が休みでも (スコア:2, 興味深い)
よく本読めと言うけれど、一体どの本を読んで良いのやら迷うし、読まない。でも、よく接している国語の教科書って良い導入剤なんだよね。授業時間減らしてもページ数は増えて欲しいなぁ。あと、漫画をよく読むと思うけど、ふりがななるべく減らしたほうが漢字覚えるよ。
算数で出てくる円周率。あれに魅了された人結構居るんじゃないかな。無闇に覚えたり、自分で新しい公式つくって計算してやる!なんて子。自分は東大の金田先生の本買いました。
結局、見切り発車だよね。たいして周りの環境も整備しないで。
マウスですか?きちんと供養してくれますか?
うすっぺらいコメントがあらわれた! ▼
Re:土曜日が休みでも (スコア:2, すばらしい洞察)
文字を読む、書く、どちらをより重視するかということだと思うが、まずは読めなければならないだろう。
char *A;
モータースポーツ部 [slashdot.jp]
親コメント
おかしいなぁ (スコア:2, おもしろおかしい)
大体20年前くらいに小学生でしたけど。
田舎だからなのかな?
お家で勉強した記憶なんてないし・・・
遊びまくっていましたけど。
ゆとりっていうか、ひまひまっていうか、せっぱつまった感じは全然なかったけど。
こんな教育だったらいいな (スコア:2, 興味深い)
毎週土曜日には常勤教師とは別の各業界のスペシャリストに
自由に授業してもらうというのだったら楽しそうだな~。
農業、漁業、情報、軍事、あらゆる産業、右や左の思想なんかも
公平にちりばめることが出来たら刺激的だ。
地方の公立高校は (スコア:2, 興味深い)
ゆとり教育とか5日制とかの影響うけないのではないでしょうか。
…進学補習でぎちぎちだし。
かえって、土曜を丸々受験対策補習にする口実を与えるだけと
思います。
私が高校の頃いた地方では、公立高校の評価は大学の合格者数で
決まります。
でもって、自分の担任するクラスから東大合格者を出した教員は、
より便利な場所にある進学校に「栄転」します。
(私の高校の1年のときの担任がそれで栄転してきたクチだった)
#新卒採用の教員はまず辺境の学校を転々とする「ドサ回り」
やらされる県、といえばわかるかなぁ
そのため、生徒のためというより「県庁所在地の進学校」に
大学合格者数で勝つための補習でもともと休みのない状態
でした。
入学式で「県庁所在地の某公立高校は何人東大に合格したのに
本校は何人しか合格していない」という訓話を垂れる体質が
ゆとり教育を受け入れるとは思えません。
正義なんかじゃない、僕は真実が欲しい -= ありす ゆう =-
大学の方では (スコア:2, すばらしい洞察)
学生と接していると問題を処理してとにかく解答するという能力そのものはまだあるとしても、問題を問題として認識する心というか、疑問をぶつけてくる学生というのが、ここ数年をとってみただけでも随分減った様に感じてます.
疑問を持つためには「疑う」ことも必要なのだけど、教科書に書かれていることを鵜のみにするだけというか.そういう意味でも今後、情報リテラシーが重要なのだと思うのだけど.
#ACで失礼
時間よりももっと重要なファクタ (スコア:2, 興味深い)
あちらこちらの自治体で30人学級運動が盛んです。それでも私に言わせれば30人でもきちんとフォローするには多いくらいです。6人1グループで4グループぐらい形成できるぐらいがちょうど良いと思います。5グループでもまあ許容範囲かも知れません。しかし、かつてのような 40人学級レベルできちんとフォローするなんていうのは無理 です。
1学級20人程度ならば、別にゆとりだろうがなんだろうが、 そもそも関係ないでしょう 。 なぜ、多くの人が「ゆとり教育で時間削減」とか「円周率がおおよそ3」とかに反応してしまうのでしょうか。私にはわかりません。
すずきひろのぶ
品質と生産性とコスト (スコア:2, 興味深い)
人数を減らすのは、既存インフラで品質を確保する場合の解決ですね。
学校教育についても品質と生産性とコストのトレードオフ選択の問題だとすると、学力を確保しつつ、教師一人あたりの生徒数はより多く、学習時間はより減らしてゆくことになると思います。(この話をすると、中学で教員をやっている友人とケンカになるんだけど)
でも、ハイテクの大部屋教室に生徒を集めて、プレゼン専門の教員が短時間だけ集中的に授業を行い、宿題たっぷり、宿題の採点やヘルプデスク担当など専任の教員がサポートするというシステムと、一人の教員が少人数を丁寧に教えるシステムとでは、どちらが効率が良いのかデータがないので私はわかりません。しかし、計測の問題だと思います。
親コメント
飛び級を全学年で認めればいいんじゃないの? (スコア:2, 興味深い)
普通に学校の勉強しながらの話だから、専念するなら全教科やっても半年かからないと思う。ゆとり教育ってことでシェイプされたんなら、もっと短くできるはず。全学年で飛び級を認めてやれば真面目な連中なら学力が低下することもなく卒業してくでしょ。“学力”が実は無価値だって矛盾に気づくこともなく。で、平均は底上げ。
ゆとりですか (スコア:1, 興味深い)
すらど宴会SNS開放中 [e-meet.jp]
Re:ゆとりですか (スコア:3, 興味深い)
佐藤亮一 in Frankfurt Germany
親コメント
Re:ゆとりですか (スコア:3, 興味深い)
そう考えれば、学校行事の形態や内容が本当に「教育」として相応しいのか、という議論も深化するでしょうし。
親コメント
ちょい休み vs ちょー休み (スコア:1)
1週間に2日休むより、1週間の休みは1日でよいから2ヶ月くらいの長期休暇をとれたほうがよいのか、それとも逆がいいのか。
個人によって好みが違うからなんともいえないか…。
私の意見としては、長期休暇で宿題がたくさん出るのは嫌です。
# でも、そんな休暇があったのも遥か昔の話…
でも、運動会は毎年あったほうがよいのではないのか?
それこそ本末転倒のような。
現役高校生の声 (スコア:1)
知り合いに高三生がいます。彼女の言うには、今年度から毎週末に課題が山のように出され、週末はその課題で潰れてしまうそうです。「こんなんだったら土曜日が休みじゃない方がよかったよ~」と嘆いています。
私の時代は完全週五日制でしたが、土曜日の「半ドン」は生活にメリハリがついてなかなかいいものでした。
教師の休みが少ないのは気の毒ですが、それは代行教員を用意して有給を取れるようにするなり、ほかの方法で解決できるといいですね。私の友人も中学教師で、見ていると大変そうです。
実は金絡み&役人の付け焼き刃 (スコア:1, 興味深い)
しかも、「ゆとり教育」のお陰で、新1年生は学校に慣れる間もなく6時間授業。ゆとりとは程遠い状態です。
「子供の為」と言いながら、大人がここまで汚くては示しがつきません。うーーん。
ハッピーマンデーで休みが減少 (スコア:1)
飛び石でも勝手に詰めちゃうので、結局休みが減っちゃってます。
#休日の合間って普段より休みとりやすいんだよねぇ (^^)
ゆとりなんて言ってないで (スコア:1, すばらしい洞察)
個人差こそあれガンガン記憶できるんだから、この時期に頭の中にどれだけ
参照テーブルを作れるかというのも重要。国語算数理科社会英語から
道徳まで全てガーンと叩き込んでおいて欲しい。
え?詰め込み教育による歪み?でもどこのオジサンに訊いても「昔の
子供たちの方が健全だった」って言うじゃないですか。
ちょっと前に「数に強いと言われるインドの人は九九どころか20×20まで
暗記させられている」という噂があって、とある人がインド人の方に訊ねた
ところ、「みんながみんな、そこまでは覚えられません。私は15×15くらい
までです。でも20×20まで覚える人もいますね。」と言われたとか。
Re:ゆとりなんて言ってないで (スコア:3, 興味深い)
>「昔の子供たちの方が健全だった」
昔の子供たるオジサン連中が健全だとはとても思えん世の中だと思うのだが。
それとも健全じゃないのはジーサン連中か?
親コメント
おふとぴです (スコア:2, 興味深い)
99×99まで暗記しないと、多桁計算に対する汎用的なメリットにはならないように思うんですが……(9×99でもいいのか?)
でも、15×15までっていうのは、16進数への応用を考えれば悪くないかも。
--------------------- TAMEIKIのcostは1luck ---------------------
親コメント
なんで授業時間確保になるのか (スコア:1)
文部省の言うことを真にうけて,まじめに「学力偏重でない総合的な学習」なんてものをやってたら,後で馬鹿見るわけで.
結局「学校の先生が休みたい」って以外の理由がわかんない.>週休5日制
教育か学校か (スコア:1)
学校って「教育」するところだったのかな?
いま思い出しても教育してもらった、というよりは、学校に行っていた、ということ、言い換えれば「管理に慣れること」を教えてもらいに行っていたような気がするよ。これは日本だけなのかな?
子供を良い学校に入れて、良い社会的ポジションにつけることが教育かな?それは教育じゃなくて競争そのものでしょう。学校は競技場で、そこで「勉強」「試験」という名のゲームをして、勝者と敗者を決める。いまどき、こんな単純な価値観しか持てない大人のほうは子供なんかよりもっと問題だね。だから、「競技場」としての学校に入る前に「トレーニング場」という役目の塾とかも必要になる。
簡単に言えば学校は教育をするところ、と思われているけれども、今の日本の学校は本当に「教育」しているのかな?ということ。
だったら、「ゆとり教育」で「授業時間が減少」「でももっとおかしくなった」という話はどこをとっても枝葉末節だ。本質的な話ではない。
ぼくは、生きるちからも、敗北にうち勝つ強いこころも、尊敬できる人の発見も、みんな学校に頼ることはなかった。学校はそういうことを教えてくれなかった。ほとんどは社会人になってから手に入れたもの。あるいは学校の時代でも、学校以外で手に入れたもののほうがはるかに多い。
人生80年のうち、大学も含めて学校に行く時間はたった20年ほど。そこで人生がすべて決まるほど、世の中は単純でも甘くもない。
学校にも国家にも大きな組織にも期待しない。だから、「ゆとり教育」だろうがなんだろうが、そんなことに左右されないように、と、日々子供を育ててますが。
文部科学省 (スコア:1)
そういう人たちの口から出る「ゆとり教育」ってなんなんでしょうかね。
まるで自分たちしてきた人生を自ら否定しているみたいじゃないですか。