wakatonoによる
2004年05月23日 2時26分の掲載
モノによってはそのまま売れそうな感じ部門より。
モノによってはそのまま売れそうな感じ部門より。
.mjt 曰く、 "Classic 8-bit/16-bit Topicsの記事経由で本家より。米のカーネギーメロン大学でGame Development for the 8-bit NESなんて講座があったそうで、生徒にファミコン(NES)用のソフトを製作させ、実際に生徒作品やデモが公開されています。開発環境は講師作のBASICコンパイラで流石にすべて生アセンブルというわけではないようです。
このような環境でのソフトウェア製作はそれなりに過去のものになりましたが、XaviXのような6502ベースの環境も現存していたりしますし、このような経験は無駄にはならないのかな。
こういうオモシロ講義で単位取れるのは羨ましいです。。"
一部デモだけのものもあるみたいだが、完成品はソフトだけでなくパッケージまでデザインするという凝り様。講義は面白いかもしれないが、実習は大変そうでもある。でも、やりがいはあるだろうなぁ。
この議論は賞味期限が過ぎたので、保存されている。
新たにコメントを書くことはできない。
学生による講義 (スコア:5, 参考になる)
・講師は学生(院生だけでなく学部生でもOK)
・受講資格は学生なら誰でも
・評価は合格か不合格のみ(段階評価はない)
・1講義3単位で、9単位までが卒業単位のうち「自由選択科目」にカウントできる
・講師も3単位もらえる:-)
ということで、学生間の知識共有という意図があると書かれています。開講のためには審査もあったり、2回以上休講しちゃ駄目など、いい加減なことはできないでしょうね。キャリアもさまざまで意欲も強いCMUならではのシステム、という印象を受けました。しかし、さすがに教材費の補助は出さないみたいです。
日本の大学で同様のことをやるなら、いったん企業に出た人が学部や大学院に入るなど学生の多様化がもっと進み、また意識が向上していく必要もあると思います。
講師作のBASICコンパイラ (スコア:4, 参考になる)
いじってみようかな...
旅に出ます.(バグを)探さないで下さい.
おもしろいです (スコア:4, 参考になる)
講師自身がNESのオリジナルゲームをつくった経験があるということがもちろん背景にありますが,実はゲームプログラミングというよりも,制約の範囲内でどれだけ完成度の高いゲームを作り上げられるかという,ゲームをつくるゲームみたいなものですので,NESという縛りを設けるのは適切だと思います.逆に何でもOKというのでは選択肢が多すぎて半期の授業では混乱してしまい無理でしょう.
あと,プログラム技術がなくてもアートワーク制作などで参加できるというのも良いところです.高い評価を得るにはマニュアルやパッケージデザインも重要のようですし.
このような形で製品に近い形に持ってゆくプロセスを体験させるのは,起業への(心理的な)ハードルを低くするために有効であると思います.
#「火吹き芸(firebreathing)のやり方」のスライドも面白い.
カーネギーメロン大学と言えば (オフトピ (スコア:2, 参考になる)
こういう面白い試みに参加できる学生がうらやましいなぁ…
任天堂自ら (スコア:2, 興味深い)
Re:任天堂自ら (スコア:3, おもしろおかしい)
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ファミコンだからこそ (スコア:2, 興味深い)
ファミコンという今となっては融通の利かない環境で作ることが
面白そうだなーと思う。
そういう環境じゃなければいっき [tiki.ne.jp]とか燃えぷろ [www.ne.jp]みたいなアレゲが登場しなかったのかもねぇ
昨日NHKで谷村新二が中国の音楽教授をやるって言う特集見たけど
「大事なのは伝えると言うこと。思っていても伝えなきゃ伝わらない」
プログラムに関してもどんな言語の環境に放り込まれても、
伝えることが出来るという技能は
大事なのではないかなーと思う。
#きっと、可能性っていうのはその辺に落ちているんだけど
#気がつかない物じゃないかなと思う。
SFCでも (スコア:1)
Re:SFCでも (スコア:2, おもしろおかしい)
はじめ、慶応スーパーファミコンクラブと読んでしまった。
# 湘南藤沢キャンパスですね |>=(_ _;
どういう趣旨でそのような講義があるのかちょっと聞いてみたいけれど、たんに教官の趣味であるという感じがしないでもない。
// Give me chocolates!
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Re:SFCでも (スコア:2, 興味深い)
Web [keio.ac.jp]に主旨は書いてありませんが, ゲームというとっつき易い題材でプログラミングを教えようという魂胆ではないでしょうか. ただ,学生にとってプログラミングの授業は「取りたくないけど (ほぼ) 必修で取らざるを得ない」という消極的な考え方が主なので, こうでもしないと仕方がないという考え方もできます.
実際問題, プログラミングのミニプロジェクトはコード書けそうな人を探して楽をする, という人が非常に多かったり…. # 楽をさせてもらったけどID.
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ゲームは面白くなくては (スコア:1)
ゲーム性を表現するテクニックは知る必要はありますが、
面白いゲームを作る方法は教えられません。
目的はマイコンの仕組みを教えることにあるのでしょうから、
いいんですけどね。
Re:ゲームは面白くなくては (スコア:3, 参考になる)
高等教育機関が存在するのは有意義かもしれません。
たとえば多くのアメリカの大学では映画制作が教えられていますよね。
卒業生のほとんどは映画制作に関わる職を得るわけではないのに。
でも、結果として映画を見る人間の水準全体を押し上げる効果が
あるのだといわれています。
同じように、ゲーム作りについて高度の教育が行われるように
なれば、そりゃすごい作り手づくりにはあんまり貢献しないかも
しれないですが、糞ゲーを許さず、優れたゲームを正しく評価できる
そういう人間の裾野を広げるのには大いに貢献する可能性は
あるんじゃないでしょうか。
このトピックの本旨からはハズレる話ですが……。
;; 世界人類が平和ボケでありますように。
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オフトピ (スコア:2)
顧客には「はい、やります」->「作業が遅れてます」しか言わないです。
> 「ご要望はこうでしたが、これをそのままやったら糞ソフトになっちゃいますよ。
> ここをこう軌道修正されることをお勧めします」ってな話を持ちかけられる分析/設計力が、必要。
「ご要望はこうでしたが、そこまでやるとこの期間ではつくれませんよ」って言えないんですよね。
#たぶん見積もりができないので、どれくらいの期間で出来るか自分でもわかってないと思います。
さらにメンバにまともな人が居ても
メンバには「とにかくやれ」or「他のことやってる暇は無い」しか言わないので
彼らのやる気を根こそぎ刈り取ってくれます。
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Re:ゲームは面白くなくては (スコア:3, 参考になる)
>ゲーム性を表現するテクニックは知る必要はありますが、
>面白いゲームを作る方法は教えられません。
クリエイティブな才能って、人に伝えられないすげー超能力だ! などと勘違いしていません?
それにゲーム作りは「才能」だけじゃ無理ですし。
アメリカでは、ゲーム分野ではまだそれほどちゃんとしたシステム化はされていませんが、たとえば映画だと大学で専門分野を勉強してから業界に入るようにシステムができあがっています。ゲームでも次第にそういうシステムができていくはずです。
そのシステムでもメリット・デメリットはありますし完璧なものではないですが、とにかくアメリカは「才能」とか「センス」を学問として蓄積する体制になっています。
日本でも、(実力は別として)一応それ系の専門学校はありますから、才能の学問化を完全否定しているわけではないでしょう。
#しかしゲームを完全に1本作らせるのはやり杉じゃないんですかね
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Re:ゲームは面白くなくては (スコア:2)
つまらないゲームが作られるのは、システムで作っているから、ではなくて、面白いゲームを作るシステムができていないからでしょう。
才能っても、素人が才能才能いっているうちの9割9分は方法論をつきつめてマニュアル化・システム化などできるものでしょう。残りの「ひらめき」とか「オリジナルなアイデア」とかは、まぁなかなか「システム」にはできないという意見には賛成しますけどね。でもそういうアイデアを継続的に出すシステムとかアイデアを形にするシステムというのはできるンです。
面白くないのはシステムのせいにして、面白ければ才能だ! などと言うのは、短絡的というか能天気としか言いようがないです。でもそれは実社会ではあまり通用しない。
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Re:ゲームは面白くなくては (スコア:4, すばらしい洞察)
NOBAXさんが言う才能にしても、Elberethさんの才能システム化にしても、どちらも興味深いし、
そんなにお互い、的を外していないですよね。
私は仕事柄、会社で社員の教育などをおこなったりしていますが、人の才能って非常に様々な形があります。
少しばかり例をあげるとしたら、「0からの状況で、物事を発想し、創造していく才能」、
または「1の情報を集めて、自分なりに組み立てて創造していく才能」とクリエイティブな
才能にしても、いくつかパターンがあるような気がします。
前者の場合は、まるきり天才型とでもいうのでしょうか。発想とひらめきが優れていて、
環境が合えば一気に実力を発揮していくタイプ。NOBAXさんのいう才能ってこっちかな。
逆に後者は、秀才型かな。これはこれで、色んな情報を吸収して、または多様な経験を経ることで、
ひらめきを得ていくタイプで、環境を得ると、その才能を徐々に開花させていく感じ。
Elberethさんのいう才能ってこっちにあてはまる気がします。
確かに前者の場合、その才能は、教えられて得るものではないように思います。ですが、だからといって、
そんな人間ばかりじゃないのが、人の世界です。
後者の才能にしても、誰もが、というのは、正直、言えないですが、早咲き遅咲きの差はあれど、
うまくその人にハマるものがあれば、急激に才能が発揮されていきます。これは、わたしの経験上言えます。
ゆえに、いかにその人のもてる才能を開花しやすい状況をつくることが大切というのは、もっともなことでしょう。
面白い作品を作るには、確かに才能は必要ですが、その才能を持った人が集まるシステム、というか
環境を与えるというこは、すばらしい事だと思います。
とくに作業に対して「楽しさ」という集中力を与えられれば、その才能の開花はしやすいのではないかとも思います。
とくに会社などの企業にとっては、才能がないからクビ、なんてすぐに出来るものでもありませんし、
簡単に判断できるものでもありませんので、出来るだけその社員の持つ独特の才能を発揮できる環境に放り込んで、
鍛えなければなりません。
だから、最終的には、面白い作品を作るには、才能は大事だけど、多くの人間が、その才能を持てるだけ
発揮できるようなシステムつくりの方が大切だという方に、私も賛成です。
# うーん、なんか折衷案のような、どっちつかずな意見だったけど、ID
親コメント
Re:ゲームは面白くなくては (スコア:2, 参考になる)
で、NESのような(制約が非常に多いが見通しは良い)環境で、計算機分野の学生はプログラミングを学び、美術分野の学生は美術のデジタル化や商業芸術のありようなどを学べる。さらに、グループワークを通して異なる分野の人間が協調してプロジェクトを進めることを実地体験する、てな感じではないかと。
親コメント
うーらーやーまーしー (スコア:1)
突入していた私から見れば
楽しそうな授業ですな。うらやまし。
その後いろいろあってプログラミングからは遠ざかったけど
あのころ「ナマのCPUに直接触ってる感じ」は楽しかったですね。
さいきんのパソコンは色々考えなければならないことが多そうで
スクリプト言語程度しか手が出ませんね…。
講義ではないですが (スコア:1, 興味深い)
卒業研究でネットやろうぜ [scei.co.jp]の機材を使って
PlayStationのゲームを作ったことがあります。
#卒論はゲーム内で使用したCG技術に関するものでしたが。
研究室全体で、当時流行ってたダンスゲームを作っていたのですが、
モーションキャプチャを実際のダンスチームの方々から、
モーションデータをキャプチャしたり、モデリングしたり、作曲したり、3D Studio MAXのプラグインつくったり(?)…
それなりに楽しかった覚えがあります。
私は、以前から個人的にネットやろうぜに参加していた関係で
プログラム担当だったので、4年生時はほとんど自宅でプログラムを組んでた思い出のほうが大きいですが…(^^;