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アレゲなニュースと雑談サイト

hylomによる 2008年07月23日 16時42分の掲載
私も学びたかった部門より。

insiderman 曰く、

ノースカロライナ州シャーロットの中央図書館とIMAGINON(劇場や図書館などを備えた複合文化施設)では夏休みの間、ゲームデザインについてのワークショップを行っているそうです(ars technicaの記事)。

このワークショップは8歳から18歳の学生を対象に、ゲームデザインを体験しながら学ぶことができるというもの。「スーパーマリオブラザーズ」風の2Dアクションゲームのデザインが教材として採用されており、自キャラがどのような動作をできるか、敵はどのくらい強いのかなどといったパラメータを実際に設定しながら、ゲームの基本的なデザインや、難しいゲーム、楽しいゲームを作るのがどんなに難しいものか、ということを学べるそうです。また、プログラミング技術に秀でた学生にはより深いゲームプログラミングを学ぶ機会も設けられているとのこと。

米国ではゲームビジネスが非常に活発になっており、そのためゲーム産業やゲーム開発に関するスキルを早いうちから知ってもらおう、ということでこのようなワークショップが盛んに開かれているそうです。

日本ではゲーム開発者を目指す若者が少なくなっているとも聞きますが、日本でもこのように若いうちから専門技術を体験できる機会をもっと増やしていくべきではないでしょうか。

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  • Booby (36185) : 2008年07月23日 17時41分 (#1389294)
    モノポリーやカタン、D&DとT&T、ウォーハンマーなどなど
    デジタルでやる以前にアナログ無電源で概念を理解するべきですよ

    いきなり量子化するよりますアナログだ!アナログなんだっ!
  • 例で出されている物は全て評価を量子化(離散化)していると思います.

    実際の所, ボードゲームで連続的な評価を取り入れることって可能なのかな?

  • それらの1対1のシンプルなゲームも押さえておいてしかるべきとは
    思いますが、複数でやるゲームにはそれらにない要素もあるんですよ。

    たとえば、自分一人だけ突出しすぎると下位が団結して
    邪魔するから目立たないようにする、みたいな対複数人戦略とか
    サイコロ等のランダム要素とか、マップの組み合わせで
    戦術の固定化を防ぐとか。

    あと、複数で対戦するゲームだと、トランプとかをあげるべきかな。
    トランプをおさえたらMtG以降のカードゲームかな。
    (トレーディングは直接のゲーム要素ではないからあえてTCGとはいわない)
  • 個人的にはゲーム理論を学ぶだけなら麻雀はベストとは思いますが、
    麻雀は賭博と結びつくことが他のゲームより多いだけに
    理解のない一部の保護者や識者からの批判が予想されますから
    避けたほうがいいかなーなんて思ったりして。
    いえ、健全に遊べる環境も十分にあることは知っていますよ。

  • 北国は、テーブルゲームが育つ土壌が整いまくってるよね。

    おいら道産子だけど、よく無電源ゲーム的なものを作ったりしてたなあ。
    厨二病真最中だったもんだから、なんでも詰め込もうとして、最終的にルールが複雑化しすぎて破綻したり。。。

    # 前回のセッションからのリアル経過時間に応じて、その間のキャラクターの行動をシミュレートしようとするTRPGとか。
    # 今考えるとありえない><
    --
    # おや? もしかして、YellowTurtle?
  • SNT (23129) : 2008年07月23日 20時13分 (#1389403)
    そうそう。まさにそのとおり。

    「面白い」って感覚は、脳が学習or学習結果を反映しているときに起こるものなんですよね。
    「つまらない」ってのは、脳が学習出来ていないor学習結果を反映できていない状態。

    簡単すぎるゲームは、学習する価値がないのでつまらない
    難しすぎるゲームは、学習するための取っ掛かりが見出せず、カオスに見えるのでつまらない。

    レベルデザインは誰にとって、面白いかを設定すること。
    最大公約数を取るのが目標。
    たとえ開発者にとってつまらないものになったとしても。

    で、コレを打開するためのものが、新しい性質のエンターテイメントの投入。
    「面白い」=脳が学習すること=新しい体験

    なので、レベルデザインにも一定の意味はあるけど、
    外から新しい要素をゲームに持ち込める人のほうがトータルとして強い。

    #ロジックの出元は「おもしろいのゲームデザイン」
    --
    賛同はACで。反論はIDで。カルマボーナスはチキン。
  • 「グラフィッカー」っていう頭の悪い和製英語を使うのは禁止しよう。
    --
    +=======------
    | K.Hamaura a.k.a. SeyfertSluw
    | 「SFはどこまで実現するか」 復刊希望は→http://www.fukkan.com/vote.php3?no=4901
  • じゃあ、ドッターで。

    #ドット絵以外は?
  • じゃあイラストレーターもだ。
    --
    [udon]
  • Anonymous Coward : 2008年07月23日 21時49分 (#1389459)
    大丈夫。「グラフィッカー」から"graphicer"を展開できるのは日本人ぐらいなものです。「グラ」の音から"gra"と展開することは日本語を知っている人でないと無理ですし、最後の"r"なんて、言ってないんだから、無理です。

    恥ずかしいのは"graphicer"なんてアルファベットで綴ったり、それっぽく発音したときの話。カタカナで書くときに恥ずかしがることはありません。
  • >グラフィッカー
    イタ車でしょ?
  • > ./er
    (神谷明の声で)ドット・スラッシャー!

    # 何かのワザみたい・・・
  • せめて人並みに・・・ (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年07月23日 18時59分 (#1389356)
    >日本ではゲーム開発者を目指す若者が少なくなっているとも聞きますが、

    そりゃあ、酷い酷いといわれるSE業界よりも酷い待遇なんだからしょうがない。
    ごく一部の有名人になれなくても、せめて鼻で笑われないだけのお給料がもらえれば。

    夢や希望だけじゃ暮らせないんだよ。
  • fiercewinds (22740) : 2008年07月23日 23時23分 (#1389530)
    どうせやるならこんな内容じゃなくて企画の立ち上げを体験させてやれば良いのに。

    …………まあ、子供にそんなことさせてもすぐ飽きるか。
  • これは別にゲームデザインを学ばせるとかゲーム開発者を増やすということではなくて、普通に子どもたちが興味を抱く範囲で「コンピュータに慣れ親しませる」目的じゃないですか。たかがゲーム業界の都合に公共の図書館が協力する必要はないわけで。
  • >これは別にゲームデザインを学ばせるとかゲーム開発者を増やすということではなくて、
    >普通に子どもたちが興味を抱く範囲で「コンピュータに慣れ親しませる」目的じゃないですか。
    >たかがゲーム業界の都合に公共の図書館が協力する必要はないわけで。

    あなた(と日本のゲーム業界)が完全に取り残されてるだけですよ。

    「シリアスゲーム」自体、単にゲームを作るだけでなく企画や運用、評価までが
    きちんと有機的に絡んでいくことで次の段階に到達していてそれの一環。

    すでに「ゲームの影響力がある」のは当たり前でその影響力を生かすために
    どういったカリキュラムを作るかという話に移行してる。
    --
    +=======------
    | K.Hamaura a.k.a. SeyfertSluw
    | 「SFはどこまで実現するか」 復刊希望は→http://www.fukkan.com/vote.php3?no=4901
  • Anonymous Coward : 2008年07月24日 7時29分 (#1389635)
    そこぬけRPG [amazon.co.jp]
    以下、2巻の帯より。

    ダメだ…俺、これ以上読めない…(33歳、デザイナー)
    お前の漫画、笑えねぇんだよ!(33歳、プログラマー)
    大丈夫。まだ訴えません。(35歳、広報)
    ある意味毎月楽しみだ(31歳、営業)
    全俺が泣いた(33歳、プログラマー)
    震えた(34歳、システム開発)
    おや、俺がいる(28歳、広報)
    これ、大丈夫なの?(31歳、デザイナー 他多数)
    もっと「ゲーム作るのタノシイヨ☆」って書け。(34歳、プランナー)
  • Anonymous Coward : 2008年07月23日 17時36分 (#1389289)
    >RPGツクールとか、吉里吉里とか使えば凄いのもつくれるけど、それはなんか違う気もする。

    作りたいものが、ゲームのプログラムなのか、システムやシナリオなどの「世界」なのか、ということだろう。
    後者は多そうだけど、前者を目指すのは酔狂なんじゃないかい?
  • Re:小学生の頃に (スコア:2, 参考になる)

    Arc Cosine (35004) : 2008年07月23日 17時36分 (#1389290)
    自分もMSXでゲーム作りましたね。野球ゲームを作りました。
    もちろん殆どアニメーションもしませんし、2Dでした。←この辺に技術力の低さがにじみ出てる
    それでも、出来た後は眠くなるまで遊んだ記憶があります。
    プログラムって楽しいなぁというのを学んだのもそのゲームからでした。

    今は簡単なグラフィック命令とか使いたくても、そこに到達するまでの道のりが長いので個人でゲーム作るのは難しくなったなぁと感じますね。
  • Re:小学生の頃に (スコア:3, 参考になる)

    Anonymous Coward : 2008年07月23日 18時06分 (#1389316)
    同じく年がバレるけど、中学生の頃、初期のベーマガにN-BASIC (PC8001)で何度か採用された私が通りますよ。

    もちろん当時自分で作ったゲームってのは、今からみるとしょぼいものではあるんだけど、しょぼいなりに一から十まで自力だけで作り上げる必要がありまして。そういう経験から言うと「ゲームづくり」ってのは、まさにマルチな才能が総合的に必要になるものでした。
    1. オリジナルアイデアのゲームのルールを考えだす想像力
    2. それを「遊べる」ゲームとしてバランス調節するゲームデザイン能力
    3. プログラミングの能力
    4. キャラクターなどの絵を描くデザインセンス
    5. 効果音や音楽を付ける音楽的なセンス
    これをまぁ全部一人でやるわけで…今考えると、そら恐ろしいというか、当時のパソコンの性能が低かったからこそ、何とかどれもこなせたというか。もちろんプログラミング能力さえそこそこあれば、それなりに「ゲームっぽい」ものは作れるんですが、それにプラスアルファして、他の要素(特に1、2が重視)がなければ、ベーマガ本誌への掲載は厳しかったですね。
    時が流れて、現在は、特にルール面でのワンアイデアで勝負するようなゲームについてはアイデアがかなり出尽くしてて、「オリジナル」と呼べるようなものは滅多に作れないし(それでもたまに、本当に新奇のものが出てスマッシュヒットする程度)、プログラミングについても(当時に比べると)高度かつ高速に実行できるようになっていて、それが障壁になることは少ない。一方で、グラフィック面や音楽も、かなり美麗なものを皆が見慣れて/聞き慣れてしまってて、素人ではなかなかそこまでのものはできないよなあ…という状況になってて、結局は「ゲームバランスの調整」こそが、残された砦とでもいうか、唯一、他の作品と差別化できるポイントになってきてるようには感じます。

    なので、ゲームバランス調整を味合わせる、というのが、今のゲーム製作の過程では「いちばんゲームづくりらしい雰囲気」を味わえるということなんだろうな、と思います。そういう意味では、楽しそうな試みだなあ、と。けど、たまに思い出す、当時のあの「ものづくり」の情熱には代え難いものがあるなぁ、とも思ったりして。
  • Znfusokuorz (27266) : 2008年07月23日 18時21分 (#1389324)
    私は、ゲームデザインとは、何か面白いことを表現する手段ということとだとおもいます。

    私は、もういい大人なのですが、私自身の8歳から18歳を思い返したときに、
    おそらくありていに言うと、感受性という言葉となると思うのですが、
    世の中にあふれている面白いことに気がつくことができるような、
    そういうものごとの本質的な部分を得ることについての経験が少なかったように思います。
    そのため、いくら表現技術を得てもそれが伸びていかなかったのでした(例えば、ピアノの演奏技術)。

    すなわち、重要なことは、そういう本質的な部分と、ゲームデザインなどの表現手段とを、
    バランスよく習得可能とすることが重要であるように思われます。
  • Anonymous Coward : 2008年07月24日 2時37分 (#1389611)
    >私は、もういい大人なのですが、私自身の8歳から18歳を思い返したときに、
    >おそらくありていに言うと、感受性という言葉となると思うのですが、
    >世の中にあふれている面白いことに気がつくことができるような、
    >そういうものごとの本質的な部分を得ることについての経験が少なかったように思います。

    心に突き刺さるな。

    私もベーマガに投稿したプログラムが掲載されたことがありますが、他人のプログラムをMSXからX1に移植しただけ。といっても、X1にはMSXのスプライトのようなものはありませんので、そこの部分は機械語で組んで、チラツキを抑え、そこそこの実行速度が出るようにしたのですが、基本的にそれだけ。独創性はありません。

    ピアノを一時期やってましたが、表現したいものがあったわけではなく、技術を習得したかっただけなので、止めたらそれっきり。

    そのほか思い当たるものはいくつかありますが、何かをしたいとか、何かを表現したいと思う前に、自分はこういう人間でありたい、という気持ちが先行してしまい、技術の習得に走ってしまう。でも、それで何を表現すべきかが分からない。そして、長続きしない。振り返ってみるとそんなことの連続です。

    最近は、息子が言葉を話すようになり、意思疎通ができるようになってきたので、喜ばせるために、下手な歌を歌ったり、ぎこちないダンスを踊ったりしますが、ようやく、表現したいと言う気持ちの大切さが分かってきた気がします。
  • なぜACなのですか
    非常に素敵なコメントです。IDにしてほしかった
    特にぎこちないダンスあたりがもう最高。

    ベーマガで打ち込んでたほうの人間ですが、移植と言う行為は「だけ」
    なんていうちっぽけなものではありません。
    そのハードの新しい可能性を引き出してくれたという独創性が十分にあります。

    私も自分でBASICなどで自作ゲームを作ったりしたことがありますが
    創作は多くの真似の集合体です。
    言語を「使う」って行為が真似。それ以前に言語の元の(基本)英語も真似。
    その配置も、どのように動かすのかも真似。好きな言葉を表示させても
    それはどこかからの引用かも。適当に無茶苦茶言っても、
    どっかで聞いたことかもしれない。
    ほんとうに独創的ならば、それは多分意味をなさない。

    真似することを、恐れなければいいんですよ。
    独創的かどうかは他人が評価するんですから。
    私の娘にも、まずは自分の真似をさせることからはじめようと思っています。
  • じゃあまずAC卒業からだな!
  • the.ACount (31144) : 2008年07月25日 15時35分 (#1390506)
    小学生の姪が画用紙使って自作ゲーム作って遊んでいたので、プログラム組んでパソコンゲームにしてやったことがあったが、アイデアが良ければしょぼいプログラムでも面白いゲームが作れるのに感心した。(その姪もすでに人妻、彼女が描いてたマンガはどこ行ったのかな~)