ページ内ジャンプ:

アレゲなニュースと雑談サイト

hylomによる 2009年12月02日 19時42分の掲載
/.Jでもやってみる?部門より。

あるAnonymous Coward 曰く、

Wikipediaのノート:管理者/インターン制の提案によると、ウィキペディア日本語版で管理者のインターン制度を始めることを決定したようだ。管理者数の増加を目的としているとのこと。

この制度は、通常の管理者信任制度よりも低い基準(過半数の信任票)によりインターン管理者を迎え入れ、通常の管理者と同じ権限を与えるというもの。また、一定期間(半年)の経過後に再度投票を行い、そこで正式採用するかを問うという。

ウィキペディア日本語版の管理者は裁量によって利用者をブロックしたり記事を削除する権限を持っているにもかかわらず、制度上解任されにくいという傾向から、管理者信任投票が非常に厳しく、立候補者には圧迫面接的な質問が次々とぶつけられるという傾向があった。また、実際には管理者として適性のある人が、判断材料の不足などにより落とされるケースが多かったため、立候補に躊躇する者も多かった。また、有効投票数も非常に少なく、ウィキペディア利用者のうちごくわずかしか管理者投票には参加していない。

インターン制度の導入により、少なくとも新規利用者の一部は一定期間後にコミュニティが信任判断できるようになり、結果的に間口を広げることにつながると期待されている。

Wikipediaでの議論を追う限り、さまざまな問題点をはらみながらの新制度の船出のようである。この機会にアレゲな方々が積極的にウィキペディアに参加されることを望む。

表示オプション しきい値:
  • のびた君 (スコア:5, 興味深い)

    wildcard (416) : 2009年12月02日 20時11分 (#1682259)

    アンサイクロペディア日本語版 [uncyclopedia.info]は同様の仕組みをのびた君 [uncyclopedia.info]として既に導入していますね。
    少なくとも2007年7月にはその制度があったようです。

    --
    -- wildcard
  • 決定したの? (スコア:3, 興味深い)

    fcp (32783) : 2009年12月02日 22時52分 (#1682357) ホームページ 日記

    Wikipediaのノート:管理者/インターン制の提案 [wikipedia.org]によると、ウィキペディア日本語版で管理者のインターン制度を始めることを決定したようだ。

    決定したんですか? 僕はこのページを全部読んだわけではありませんが、読んだ範囲では決定したとは理解できませんでした。

    なお、決定したのなら結果が反映されるであろう Wikipedia:管理者 [wikipedia.org]というページでは、「インターン管理者」の記述が一度追加された後、削除されています。

  • 管理者投票 (スコア:3, 興味深い)

    metta (20740) : 2009年12月03日 0時01分 (#1682398) 日記
    > ウィキペディア利用者のうちごくわずかしか管理者投票には参加していない。

    確かに投票には参加した事がないですね。
    どういう仕組みになっているのかすら知りません。

    でも他の掲示板も同じです。
  • > インターン制度を始めることを決定したようだ。管理者数の増加を目的としているとのこと。

    違う。提案されただけで、選考プロセスは改訂されていない。確かにパッと見ても、読む気がしない議論になっているのは事実だし、相変わらず管理者の責任を担う気の無い人達に限って強硬に反対しているのは判ったが、それでも日本語ぐらい読んでからトピックスを立てよう。こんな根底から間違っている議論をしているようでは「スラッシュドットはウィキペディアより間違っている」という事にもなりだろう。ウィキペディアがどうなろうと別に関係無いじゃないか。何だか毎日新聞のネット君臨 [amazon.co.jp]並みの判断だな。

    それから、インターン制の提案とは別に運営支援の提案 [wikipedia.org]というのもされていましたね。
  • duenmynoth (34577) : 2009年12月02日 19時49分 (#1682244) 日記
    なんていうか、もう背に腹は変えられないって空気が出てますね・・・
  • ウィキペディアって (スコア:2, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2009年12月02日 20時38分 (#1682275)

    こういうの投票もせずに決めるんだね。合意ってなんなんだろう。

    • #1682357 [slashdot.jp] でも書いた通り、この制度が本当に導入されるのかどうかは知りませんが。

      ウィキペディアって

      こういうの投票もせずに決めるんだね。合意ってなんなんだろう。

      直接の答えではありませんが、ウィキペディアでは投票 [wikipedia.org]は合意形成の手段として良くないものと考えられています。なので、「合意を形成するためには投票が必要だ」という考え方は否定されています。

      なら投票以外の手段で決まった個々の事例について、投票するよりもうまく合意が形成されていたのか、と問われると知りませんが、建前の話として。

    • 1個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • Anonymous Coward : 2009年12月02日 20時48分 (#1682282)
    私の所属組織に関するページがあったので、明らかに間違ってる部分を修正したら即元に戻されましたからね。
    何の管理をしてるのかわかりませんが、がんばって信頼性を落とし続けたらいいと思いました。

    # あ、これも要出典でマイナスモデですか? 流石ですね。
    • nmaeda (5111) : 2009年12月02日 22時07分 (#1682325)

      外部の人間が参照できる客観的な出典を付けたのに戻されたの? そうなら仕方がないでしょう。

      残念ながら、所属している組織のことをよく知らない人もいるわけで、特に出典がないなら第三者が書き換えてもしかたがない。(書き戻したのは管理者?)

      先日も、わたしが書いた企業名の記事について、その企業の社員という人が、記事に書かれている製品を扱ってないからと削除することを提案してきたんだけど、その製品は担当の中央官庁にリコールを届けているんだよね。扱ってない製品をリコールする企業はないでしょ。

      外部の人が参照できない内部情報も価値がないよね。検証できないから。

    • 3個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • 立候補者には圧迫面接的な質問が次々とぶつけられるという傾向があるのは構わない気が。
    ちょっと罵倒されたり煽られたりしたくらいで暴れ出してブロックしまくったり削除しまくったりするような人が管理者になっても困るだろうし。

    --
    ◆IZUMI162i6 [mailto]
    Free or not Free, that is the question.
  • Anonymous Coward : 2009年12月03日 2時32分 (#1682439)
    管理人が特権をいいことにやりたい放題して、まともな参加者が逃げてるのが問題でしょ?
    まったく逆。半分くらいに減らして、権限もずっと縮小して、失敗はすぐ咎められるような仕組みにするべき。
    「なりにくく、辞めさせられやすい」ようにしないといけないのに、入り口だけ広げて何になるというのか……

    体制を維持するために秘密警察を増員したいだけなんだったらもうダメですね。勝手にやってろ。
  • PuckWing (31909) : 2009年12月02日 22時30分 (#1682342) 日記

    wikiが持つ不特定多数の参加可能という特性と,百科事典が持つ信頼できる情報の蓄積という2つの異なる性質の矛盾が,wikipediaプロジェクトが大きくなるにしたがって拡大しているのを感じます。

    wikipediaが標榜する「フリーな百科事典」っていう言葉自体,誰でも自由に編集・閲覧できる「フリー」であることと,信頼できる情報を担保する「百科事典」であること,どちらかの性質を重視するともう一方が拘束される矛盾してしまうジレンマを抱えているわけです。

    今回の管理人拡大が図られたように,最近は小数で管理を徹底する後者の傾向が強くなっているように感じてました。そして親コメントで指摘されるように,不特定者への管理が徹底せず「あまりフリーでなく百科事典っぽい何か」になりつつあり,それに憂いている方が多いのではないでしょうか?

    ただ,百科事典は元来知識を独占してきた権威・権力に反骨する啓蒙運動が発端でしたが,結局は知識人の布置を代えただけで,新たな知識人を生み出しただけでした。ネットの資源動員によってwikipediaが誰でも執筆できて,かつ問題を抱えながらも(ネット上に限定されていながらも)一定の影響力を持てたことは歴史的意義があったのかなと思います。(過去形?)

    • 百科事典そのものに権威を求めたり情報の信頼を求めるのは、思考停止なのではないのでしょうか。
      本来、百科事典は二次情報、三次情報では。
      信頼できるかどうかは、原典にあたるべきであって、子引き孫引きで判断してはいかんと思うのです。
      昔はリソースの関係から誰でもが原典にあたれるわけではないので、信頼できる出版社の百科事典を一次情報代わりに(正しいかどうかの判断の丸投げ)してたわけでしょう。

      そう言う意味で「誰かはどこに情報が載っているか知っているハズ」という判断で百科事典を作ろうというのは、Wikiの性質をうまく使えている(いた?)かと。
      Wikipediaが「信頼できない!」という場合は「Wikipediaに載っている情報が間違っている」ではなく「Wikipediaの内容を担保する情報源が存在しない」ではないかと。
      その「情報源が存在するかどうか」は不見識な人であっても判断できるので、不特定者は管理せずとも百科事典を作り上げることができるのじゃないかなあと思うわけです。

      今のWikipediaに問題があるのとは別に、Wikipediaそのものを一次情報として信頼してしまいたい(そこで調べるのを止めてしまいたい)人が増えてきたのが問題じゃないかなあと。
      二次情報だと判って使う分には問題ないのですが「信頼性をあげて欲しい」「載ってる情報に間違いがないことを担保して欲しい」「というか間違ったのを載せてんなよ」みたいなのがマズイと思うわけです。
      査読無しの学会誌に載ってる論文が信頼できるようになる仕組みを作れってのは無茶でしょう。(それが必要なわけでもないですし)

      今後もしWikipediaが失敗したとするなら、その原因は「不特定多数のコントロールに失敗したこと」ではなく「原典にあたることのできる百科事典が受け入れられなかったこと」じゃないかなぁ。

  • 8個のコメント が現在のしきい値以下です。