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アレゲなニュースと雑談サイト

yooseeによる 2003年05月21日 16時31分の掲載
暗黙の不文律を明文化部門より。

zokkon 曰く、 "日本のサイバー法学者として知られる白田秀彰氏だが,このほど HotWired の Bit Literacy で「インターネットの法と慣習 (TextOnly版)」という連載を開始した。 コンピュータ・ネットワークには30年以上かけて形成されてきた「独特の共通合意や文化」があり,これからできあがってくるかもしれない「法」がそれと親和的なものになるよう働きかけていこうというねらいのようだ。
そこで,読者から「ネットワークにおいて経験した発言上のルールの中で『ネットワーク独特だなぁ』と思った事例を募集」している。第1回のお題は Winny。 氏のメールアドレス に直接報告するのもいいけど,ここで公開して「そろそろ真面目に『法』を考えて」みない? 白田さん早くも「はたして原稿を落とさずにちゃんと続けられるのでしょうか。」なんて弱気なことを書いているので,尻をたたくためにも。"

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  • 2ページ目 [hotwired.co.jp]より:
    ただ、この連載が成功裏に終わって、ネットワークにおける共通合意や文化に基礎をおいた「法」らしきものが見えてきたとしても、それが拘束力を持つ法になることについては、残念ながら諦めてもらっていたほうがいい。ここでやろうとしていることは、法律学の世界で絶対の「禁じ手」である立法論、すなわち法律を作ったり改正したりしましょうという提案どころか、さらに立法論からも相手にされないような「法ですらない慣習」に関する法的な、あくまでも「的」な考察でしかないから。
    法学者が立法へ働きかけるのは禁じ手、という認識があるようなので、タレコミ文の
    これからできあがってくるかもしれない「法」がそれと親和的なものになるよう働きかけていこうというねらいのようだ。
    というのは…ちょっと違うと思います。たぶん、白田先生は、慣習の例を集めて、そこからcommon lawの雛型が作れるかどうか試してみたいのではないでしょうか。そういう試みにはワタシも大変興味があります。

    それから、本文には
    法は、もう出来あがってるものでなくて、誰かが決めるものでもなくて、自分たちが発見して発展させていくものでもあるんだ、ということを皆さんにわかってもらいたい。
    ということも書かれており、ローレンス・レッシグ先生と同じく、みんなが認識を持って声をあげていこうよ、とおっしゃりたいのだと思います。
  • ちゃちゃ (スコア:2, おもしろおかしい)

    Dubhead (1033) : 2003年05月21日 20時13分 (#320484) ホームページ 日記
    日頃のネット生活での常識が、日常生活で通用しなくて困ってますが何か?
  • 取り敢えずリンクはテキストオンリー [hotwired.co.jp]の方に張って欲しいなとか思ってみたり。
    --
    -+- 想像力を超え「創造力」をも凌駕する、それが『妄想力』!! -+-
  • ハンドルネーム
  • RFC とか,ちょっと次元が違うけど W3C の勧告なんかは,「法」として機能していると思うんですが,強制力をもたないところが「法」とは違いますよね。自然発生的な「慣習」でもないし。
    こういうのを現実社会の枠で定義し直すとするとどういう言い方が適当なんでしょうか。

    • Re:RFCとか (スコア:2, すばらしい洞察)

      entaille (15816) : 2003年05月22日 11時33分 (#320868) 日記
      興味深かったので愚考を述べてみます:

      一般的に、「財産」は保有・確保することに意義があり、
      法は、その財産の所有権の利害調整を中心に発展してきたという
      側面があると思います。(ちょっと極端な言い方かな?)

      しかし、「情報」の場合には流通することにこそ意義があり、
      またコピーロスやコストがほぼゼロに近いという性質も持つために、
      従来の所有権概念が妥当性を得なくなっている部分があると思われます
      (他者の知的財産権侵害等の周縁部分の権利関係は除く)

      そこでは、権利確保よりも、むしろ、効果的に情報を流通させることで、
      社会全体の福利を増幅させることのほうが、結果的に
      諸個人の福利も増大する可能性を持つと思います。

      このような場面での規範(法?)の役割は、
      権利排他の線引きを執行する強制力ではなく、
      流通や共有を促進させるような、手続きの標準化や
      多様なアイデアを効果的に接合させられるようなアーキテクチャモデルの
      提示だと思います。

      RFCやW3C勧告は、この点で、社会的に有用な役割を果していると思います。

      #既存の法秩序の中で、このような有用な効果を保護してゆくためには、
       流通させること自体を、権利化する必要があるのかな。(誰の・・?)

      ツッコミどころ満載だと思うけど、恥かき覚悟でID
    • Re:RFCとか (スコア:1, 興味深い)

      Anonymous Coward : 2003年05月22日 13時28分 (#320941)
      昔は、規格とか標準というと、事業者だけが関係するものだったのに、インターネットの規格ないし標準であるRFCは、消費者にまで知れと言わんばかりの経典となっていて、そのあたりの違いが興味深いです。

      その原因は、誰でも自由にソフトウェアを作って、新たなサービスに参入できるというインターネットの特性からくるものではないかと。

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  • Aisya (6363) : 2003年05月24日 17時42分 (#322438)
    固有名詞の一部を「○」で置き換えると、責任がマルの数だけ
    さっぴかれる。というルール。

    でも、週刊誌には「イニシャルにしとけば名誉毀損にあたらな
    い」という「ルール」もあるのかな。
    最近の判例は例外だっただけで。。
  • 昔の news reader には、投稿のさい signature の5行目以降をカットしてしまうものがありました。
    --
    信ずる者は掬われる。
    • 昔の news reader なんていったら:

      • 引用は本文全体の行数の半分を超えないこと.(超えると投稿できなかった.)
      • コメントは引用文の後に,個別に付ける.(引用部分を飛ばして,次のコメントを表示する機能があった.最近は,全文引用した上でコメントを最初に付ける奴等が多くて….)
      • ネタばれは ^L (Form Feed, 0x0C) だけの行を置いて,その次から書く.(それがあると,表示をその行の前までで止めてユーザー入力を待つようになっていた.)
      • それでも隠したい内容は rot13 で暗号化する.(一応,シーザー暗号という古典的な暗号です.)

      とかありましたね.いまではほぼ廃れかけているようですが.

      signature をカットする news reader は知りませんが, 本文3行,signature 10行なんてものを書いたら顰蹙でした.

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  • Re:お礼は5行以上 (スコア:3, おもしろおかしい)

    慣習なんてde factoです。
    偉い人にはそれが解らんのです。

    ・初めて書き込む掲示板は、必ず自己紹介を書く
    ・掲示板の管理人は全ての書き込みにレスポンスをつける
    ・キリ番とったら必ずwebmasterに報告する
    ・リンクは必ずトップページに
    ・ぬるぽがthrowされたら、とりあえずcatchして殴っとく
    --

    --
    Ath'r'onならfloatあたりに自信が持てます
  • baby_face (5007) : 2003年05月21日 23時47分 (#320617)
    むしろお礼だけのメールや記事ならいらんわ!とか。
    UNIX系のNewsGroupやML特有かな?
  • たとえば丸付き数字を使ったことで、説明が伝わらない。
    それでもめることがあれば、機種や環境に依存した文字が
    不適切な表現として、法的に判断されるべき。
    という意味での価値はあると思います。
    公的文書がWindowsでしか読み下せないようじゃ困るし。

    まぁ、私は環境依存文字と呼んでいますが。
    ぶっちゃけた話、現在、機種に依存しているとは言えない。
    困るのはLinuxとかOS/2とか携帯電話とか…
    OSの都合かfontの都合。

    でも、よく考えると、慣習とかでは無いか。
    ごめんなさい。
  • ヘタレでスマン。
    リンク先の「実例」とやらが、1うp、3だうソ みたいなものだったんで、Low などと大それたものではなく、入口としては、rule みたいな敷居の低い所でも可、と思った訳だが。
  • Re:それはねっと独自? (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2003年05月23日 9時18分 (#321382)
    最も大きな本質的な違いは国境を越えるということではなかろうか。 様々な国の人があつまるその社会に対して法を適用したければ まず全ての国の法を調整して合わせておかなければ法の存在意義が弱くなる
  • ネットニュースやメーリングリストは距離的/時間的性質を無視できるようになったという以外の点では基本的に現実の文化をネットに持ち込んだだけって言う気がします。

    そうかな. それ以前の世界では,議論というのは

    • 討論会に参加できる一部の人々しか参加できないものであったり,
    • 書面で行われるにしても,雑誌での論争とか,新聞の読者投稿欄での議論とか,間に編集者が入っていて発言を選別・添削したり,議論のペースがとても緩慢であったり

    するものだったと思います.世間の大部分の人にとっては, 自分の発言を不特定多数に読ませることなど,とてもできないことだったでしょう.

    ネットニュース・メーリングリスト・電子掲示板の場合, 誰でも,いつでも,どこからでも参加できるし, 検閲は原則的にない (ニュースで他人の記事をキャンセルする奴がいたり,掲示板で管理人が削除したりというのはあるか) というのが大きな違いでしょう. ウェブページだって,誰でも簡単に書けるわけです.

    しかも,書いたものは細部に至るまですべて記録に残り, 引用・再利用は容易だというのに, 発言の微妙なニュアンスは記録に残らず字面だけが残るので, フレーム・祭り・中傷合戦だけは花盛りになる. 話がこじれたときに収拾をつけるのが異様に難しい世界ではありますよ.

    まあ,それ以前の世界でも物書きを業とする人たちはそういう生活をしていたのかもしれませんが,ネットはその底辺を広げてしまったように思います.

    • 補足.上に述べた状況であればこそ,参加者には

      • 自分の意見を誤解されないよう説明する能力
      • 問題が発生したときに収拾をつけられる交渉能力

      が要求されるはずですが, それが一般の基礎教養になっていないのです. 法とか慣習とかいう以前の問題として.

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