少しその余計な事を考えすぎる脳を鈍らせるために飲んだ方が良いし、理想的解法を全てのシーンで過剰に求めるのを控えた方がいい。心がそれほど強くないならば、結局はバランスを保って生きていくほかないのだから。
強烈な理想への憧れは、我が身を削りながら、理想を果たさんとするだろう。もっとも、私のどこかに、それで滅びるのも本望と思う一面があるのは否定できない。ただ、現実と直面するモノであり続けたい or あり続けることに意味があるとするならば、先ずは自身がか弱き人間であることを認めよ(謎)
私は「妥協しろ」などという気は毛頭ない。常に戦い続けられる状態であれというだけだ。現実から剥離した理想は宗教レベルまで落ちぶれる。
理想を求めるのは悪いことではない。ただ、戦い続けるということは、ただ理想を求めるだけの戦いよりも困難であるというだけに過ぎない。理想を求めるならば、持久力も大きなステータスとして認めるべきだ。
以上ウトゥな酔いどれの戯言。
弘法筆を選ばず、アレゲはキーボードを選ぶ -- アレゲ研究家