taggaの日記: かけ算の意味の微妙な半世紀: 反水道方式考、その一
気分がのらないので、数学教育についての半分ヨタ話。
小学校 2年生で学習する「かけ算の意味」について、少し考えたい。 数学教育協議会 (数教協) が「水道方式」を打ち出してから、 文部省 (現・文部科学省) や日本数学教育学会 (日数教) と対立関係にあった。 狭い意味での水道方式については、次に譲ることにして、 対立軸の 1つであったのは、この「かけ算の意味」である。
数教協の立場は、一貫して次のようなものである。
(全体量) = (1あたり量)×(いくつ分).
これに対して、文科省の立場は変遷がある。 その最新版は、『新指導要領』の 『指導要領解説』に表れる。 文章で書かれているので、上に合わせて式もどきにしてみる。
(全体の大きさ) = (1あたりの大きさ)×(いくつ分)
うーむ。溝は埋まっていません。
どこがちゃうねーん、とツッコミを入れたいアナタ。 気分はよく分かります。 実際、実践報告を立ち読みする限り、区別のついていない教師は結構います。
数教協の考え方は、「数は量の抽象化」というもので、
次元数、つまり単位をつけた数がもとになる。
離散的な数のプロトタイプは、個数で、
連続的な数のプロトタイプは、面積などの測定結果ということになる。
これを正方形のタイルから導入して、
縦に「1あたり量」、横に「いくつ分」の長方形「かけわり図」という
シェマ (操作可能な半抽象物) を使って理解させる。
;; 実は、中学受験経験者におなじみの面積図です。
これで、鶴亀算が難問から単なる応用問題に格下げになりました。
一方、文部省の元々の考え方は、累加であった。 つまり、m×n というのは、 m に m を (n - 1) たび足す というものである。 この背景にあるのは、 数は無名数 (無次元数) つまり単位をつけないものだ、という考え方だ。 離散的な数のプロトタイプは、何番目で、 連続的な数のプロトタイプは、比ということになる。 半世紀の間に、 『解説』の内容は次第に数教協の実践をとりいれてきて、 それに伴い、用語も数教協のものに近付いてきているが、 まだ無名数が基本であることが変わっていない。
数がなんであるかということ。これが大きな対立軸としてまだ残っている。
とはいえ、もう区別つかないところまで来ていることも事実なので、 この半世紀の数教協に対する文部省による敵視は一体なんだったんだろうか、 という気がしてしまう。
;; 元・受験産業労働者にとっては、 中学以下で応用問題を解くときに、 「1あたり量は何?」って発問ができるのと、 かけわり図/面積図が使えるのが、すごいメリットなんですね。 そこに結びつけるには、数教協の実践の方が楽です。
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