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Pravdaの日記: レベルの低い仲間褒めの構造

日記 by Pravda

先日、堀川哲『エピソードで読む西洋哲学史』(PHP新書、2006年)という本を読んでたら、アダム・スミスの箇所に以下のような文章がありました。

マンデヴィル(1670~1733)は「利己心」と「虚栄心」を軸に人間を考え、ホッブズ(1588~1679)は「権力への意志」を柱にして人間を考えた。
人間は誰でも自分の利益を優先するけれど(利己心)、しかし「あいつはいい奴だ」と他人から思われたい、ほめられたい、という欲望もある(虚栄心)。利己心オンリーで生きることはほんとうは難しいのである。そういうことをすると友達をなくすのである。友達なしで生きていくことは難しいのである。だからたいていの人びとは、利己心を適度に抑えて生きていく。利己心を抑えるのは、マンデヴィルがいうには、「虚栄心」である。スミスの場合は、「同感」という言葉がキーとなる。〔p.179〕

まあ、利己心も虚栄心も、根本はその人の「欲」が源泉なのですから、欲を適度に抑えてコントロールすれば良いワケです。あるいは虚栄心を優先させたければ、ものすごく刻苦勉励して、常人がとてもマネできないような実績を積み上げる、とか。

一方、他人から高く評価されたいけど努力するのはイヤ、という向きの人が使う手段があります。それは、「自分は評価されるべきだ」と周囲にアピールすることです。自己宣伝というか、セルフ・プロデュースというか。アピールの具体的方法を、思いつくまま3つほど。

  1. 「私は素晴らしい、私は常に正しい、私を尊敬しろ」と、機会あるごとに発言しようとする。
  2. 「あれはダメだ、あれは間違ってる、あれは下劣だ」とさんざん悪口を言い、「オレって辛口だから」などと、相対的に自分の地位・評価を高めようとする。
  3. ブランドものの服装や装身具に身に固め、高級車を乗りまわすなど、俗に「ステータス・シンボル」と呼ばれるものを見せびらかし、無言のうちに「自分はすごい」と周囲に印象づけようとする。

しかし、世の中の人もだんだんスレてきてますから(笑)、そう簡単に勝手な言い分が通らなくなっています。そこでどうするか? 一番簡単なモデルで「A氏とB氏のペア」を考えてみましょう。

  • A氏が「B氏は優秀だ、B氏は尊敬に値する人物だ」と周囲に言う。
  • B氏が「A氏は優秀だ、A氏は尊敬に値する人物だ」と周囲に言う。

で、A氏とB氏がグルだと、意外とこの戦法は効果があるワケです。サッカーのワンツー・パスじゃありませんが、シンプルな戦法はそう簡単に廃れません。脱線しますが、別に個人に限った話ではなく、戦後しばらくまでの岩波書店と大学アカデミズムの関係とか。

  • 岩波の本は、大学の先生が書いているものが多い。だから岩波書店は権威がある。
  • あの大学の先生は、岩波書店から本を出している。だからきっと偉いに違いない。

ペアでこれですから、三者以上の「フォーメーション」で褒め合われると、なかなか構造が判りにくいワケです。けなすと見せかけて実は褒めている、なんて高等(?)レトリックもありますし。

なんでもかんでも疑ってかかるのは、一種の陰謀論につながってしまうので深入りは禁物でしょうけど、「はて、おかしいな。こいつら、たいしたことのない連中どうしが褒め合ってる。さてはツルんでるのかな?」くらいの批判精神は、あってもいいのではないかと思います。

# ある人を知りたければその友人を見よ、ということでしょうか。

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