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222174 journal

phasonの日記: 鳥の羽の色は何で決まるのか? -短距離秩序系の構造色- 4

日記 by phason

"How Noniridescent Colors Are Generated by Quasi-ordered Structures of Bird Feathers"
H. Noh et al., Adv. Mater. in press

寡聞にもこの論文を読むまで知らなかったのだが,鳥は色素としては褐色から黒色しか持たず,他の色は基本的に構造色によって作られているらしい.
(一部,餌から得た色素を蓄えて使うものも存在)
以下,論文のIntroductionに書かれていた鳥の構造色発見までの歴史を追うと

・100-200年以上前に,羽から色素が抽出できないことから,鳥の色は羽に含まれる何らかの構造に由来するという仮説が提唱される.
・100年ちょっと前,色の由来として羽内部に含まれる粒子によるミー散乱,レイリー散乱,チンダル現象が色の由来であろうという仮説が出る.色の異なる羽は含まれる粒子の大きさが違い,どの散乱/波長域がメインで効くかが異なり色が違うと説明される.
・1935年,Raman(あのRamanですわな)が異論を唱える.鳥の羽の色は自然光の元では通常の色合いだが,一方向のみからの直線光を照射すると見る角度によって色が変化する(モルフォ蝶や玉虫で観察されるものと同様)事を発見したためである.これはミー散乱等の散乱理論では説明できない.
・しかし1940年,電顕による観察が行われたところ,鳥の羽内の構造は非周期的で乱雑であった.ランダムな構造は基本的に協調的な干渉を起こさないため,Ramanの主張は忘れられることとなる.
・1970年代に入り,Ramanの仮説は再び表に出てくることとなる.1971年からのいくつかの論文でDyckは鳥の羽の可視-紫外吸収の測定結果を報告しているが,そこでは特徴的ないくつものピークが観察されたのである.ミー散乱やレイリー散乱等の散乱強度は波長に対して単調な増加や減少を示すため,こういったいくつものピークが観測されることはあり得ない.このため,再び構造色の可能性が浮上してきたわけである.
・そしてついに1998年,Prum,Dyck他による論文がNatureに掲載される.反射強度の空間分布をフーリエ変換したところ,うっすらとしたリングが現れたのである.これは粉末X線でのブロードなリングパターンや電顕での回折パターンでリングが出るのと同じで,粒子が完全に結晶的な周期構造をとっているわけではないが,ある粒子に注目すると,その周囲の粒子はまあだいたい似たような位置に存在していることを示す.ただし,結晶に比べれば粒子間の角度や距離にばらつきがあるため,距離が離れるごとに相関は弱くなっていく.身の回りで言えば,ガラスがこれに近い構造となる.
(例えば,結合を一つ辿るごとに結合長が10%長かったり短かったり,結合角が10%ふらついていたりする場合,近傍の原子に関しては位置をおおよそ予測できるが,ずっと遠くの原子の位置は予測できない.こういったものを短距離秩序(Short Range Order,SRO)と呼ぶ)
鳥の羽ではタンパクであるケラチンによって作られるほぼ大きさの揃った球が,乱雑に詰まっている(箱の中にボールを適当に詰め込んだような語り)か,それらがつながった形(溶けて半ば融合した球がつながっている,蟻の巣のような形)をとっており,これが光を散乱するわけである.
短距離秩序は厳密な格子に比べると回折を起こす能力は弱いが,幅広い波長に対しそれなりの干渉を起こす.これが鳥の羽の色の由来である.(1998年なんで,確証が得られたのはかなり最近ですな)

とまあまず歴史の流れを追ったわけであるが,その構造色,有名どころではモルフォ蝶や玉虫などが知られている.これらの体表には可視光の波長と同程度の物体が規則的に並んだ回折格子状の構造が存在し,反射光の干渉により色が付いて見えることは有名である.こういったきっちりした形状での色(干渉)はよくわかっているが,では鳥の羽のような短距離秩序系での構造色ってどうなってるの?というのをまじめに考えた論文はなかったらしい.特に,モルフォ蝶などではいわゆる玉虫色(見る方向によって色が変化)が観測されるのに,鳥の羽だとそういうのがほとんど見えないのは何故?という部分もなかなか説明されていない.
そこで今回この著者たちは,鳥の羽に対して特定の方向から光を当てた場合,自然条件と同じく全方位から光を当てた場合,光を当てる方向と見る方向との角度,その波長依存などを調べてまとめ上げた.

まず,角度に関してである.羽の面に対し,光を特定の角度から当てる.それを別なある角度から見る.こうして2つの角度の影響を見てやると,まず,羽に対する当てる光の角度は無関係であった.これはまあ,短距離秩序系が,微視的な結晶がランダムに向いたものの集合体(に近い)事を思えば当然であろう.モルフォ蝶や玉虫のように構造の方位がきちっと決まっているものとは異なり,鳥の羽の場合は中の微細構造は最初から全方向を向いたものの集合であり,特定な向きは存在しない.
一方,色と強度に顕著な影響を与えたのは入射と散乱(=見る方向)とのなす角θである.例えば,

入射
|
|
|

羽----------→散乱

だと,両者のなす角θ=90oとなる.これもまた当然で,薄膜における干渉条件,2d•cos(θ/2) = λでピークが出る訳なので,θとλの関係は重要.一方,散乱強度に関しては,θ=0が非常に強く,ここから角度が増えると急速に減衰していく.これは結晶性の悪い物質の粉末X線とよく似ている(高角側で急速に減衰する).

色についてはもうちょっと細かく実験をしている.直線光を当てると,前述のθとλとの間の干渉条件(と平均面間距離d)に関連して,見る角度によって異なる色が見える.一方,自然光の中では,様々な角度からの光が羽に当たり,観測者に対して散乱されてくる.これは様々な干渉条件からくるいろいろな色の混ざり合い,ということになるが,例えば前述の通り一つの光だけをとった場合,散乱角θはゼロの場合が一番散乱強度が強い.つまり,観測者の方向から鳥に向かって光が当たり,観測者側に散乱されてくる光が強い.ところが,このθ=0oの条件を満たす光源位置は一方向だけである.一方,散乱角θ=90oの場合は,一つの光源からの散乱強度は弱い.しかし,観測者-鳥-光源を結ぶ角度が90oの方向というのは,鳥を中心にぐるっと円周上の方向であり,θ=0oの場合より利用できる光源が多い.
(立体角で議論をすると簡単)
この兼ね合いにより,いろいろな方向からの光が重なり合っている自然中で実際に見える鳥の羽の色は,およそθ=60-70oあたりの干渉に相当する成分(面間隔dのおよそ1.7倍の波長)が強くなる.これが実際に見える色合いである.

まとめると,鳥の羽の色に関して

・短距離秩序構造での散乱は,光源と構造体とのなす角には依存しない(無数のいろいろな方向を向いた構造の集合だから)
・単一方向からの光だと,見る方向によって玉虫色に変化する
・周囲全方向から来る自然光の場合,いろいろな方向からの光の散乱が重なるから色合いは見る方向で変化しない
・その際の色は,単方向からの光照射で観測者-鳥の線のなす角度が60-70o程度の場合の波長にピークを持つブロードな色

となる.

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by masakun (31656) on 2010年05月22日 13時56分 (#1767953) 日記

    肉眼ではあまり目立たない色のアメリカコガラ(Parus atricapillus)でさえ、雄は雌に比べて明るい白色で、強く紫外線を反射できる雄がアメリカコガラの雌を惹きつけるという研究もありますね。

    肉眼で見える色が鳥の羽根の色のすべてではないということで。

    --
    モデレータは基本役立たずなの気にしてないよ
  • by nq (16642) on 2010年05月22日 22時35分 (#1768105) 日記

    だけど、鳥の羽の色の仕組みなんて、何十年も前にみんな理解されているのかと思ってました。理解に必要なのは古典物理だけですよね。
    こういう博物学的なテーマで、現代的な計測手法が適用できるのが結構残っているのかも。

    • by Anonymous Coward

      >理解に必要なのは古典物理だけですよね。

      まあ今回の例はまさに「たまたま誰もやっていなかった」例ですね.論文読んでると結構な頻度で遭遇します.「まあ誰かやってんだろ」と思って誰もやらなかったり,と意外に現代科学も穴だらけです.
      #そのおかげでうちらの飯の種が多いとも言う.

      ただ,現象の解明自体は古典物理だけで済んでも,その構造などの実証にはかなり高度な測定技術が必要な場合もあり,そういうのは意外に油断のならない研究対象のこともあります.
      #逆に,簡単な原理でよく説明できるので「これ以外無いだろ」とか思っていたら超高度な別の原理が働いている
      #現象もあって,これまた油断ならなかったりします.

  • いやぁ、一般的な羽の色がそんな仕組みなんて知りませんでした。
    クジャクやカワセミのようなキラキラした色の羽はそうだろうとはなんとなく思ってましたが。

    一部,餌から得た色素を蓄えて使うものも存在

    フラミンゴは赤い色素を含んだ餌を食べてきれいな羽の色が出るというのがあまりに有名なので他の鳥も何か餌を食べて羽の色が出るもんだと思いこんでました。

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私はプログラマです。1040 formに私の職業としてそう書いています -- Ken Thompson

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