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227451 journal

phasonの日記: 超固体の隠れた相 2

日記 by phason

"Observation of hidden phases in supersolid 4He"
H. Choi, S. Kwon, D.Y. Kim and E. Kim, Nature Phys., 6, 424-427 (2010)

超固体の低温における振る舞いを細かく測定したら新しい相が二つ隠れてましたよ,という論文.

というわけで超固体である.
超固体(Supersolid,超流動固体)とは,理論的には何十年か前に提唱されていたものの,実験的に発見されたのは2004年という新しい物質相である.

E. Kim and M.H.W. Chan, Nature, 427, 225-227 (2004)

その時の著者の一人が今回の論文を書いたグループのボスであるEunseong Kim.当時はアメリカにいたけれども,いつの間にやら韓国に帰ってKAISTで超固体の研究を続けている.

さて,その超固体であるが,一言で言うなら「固体の超流動」と言うことになる.

通常の液体4He(以下,"He"はすべて4Heを指すものとする)における超流動というのは,ある程度の巨視的な数のHe原子がBose-Einstein凝縮を起こし,最低運動量状態という(運動量空間における)同一の状態を多数の原子が占有しているものである.この状況では超流動成分は粘性ゼロとなり,小さな障害物があったとしてもまるでそれを無視するかのようにスルスルと抵抗なく流れる事が可能となる.
例えば非常に小さな粒が溶液中を動いている場合を考えよう.粘性があるというのは,粒が運動量を液体分子に渡して励起し,自分が減速する過程がある,ということを意味する.ところが最低運動量状態にBose-Einstein凝縮している超流動相では,He原子の励起可能な次の運動量の準位はエネルギー的に少しギャップを持っている(エネルギーがある有限量だけ高い).つまり,超流動体中を漂う粒が減速しようとすると,周りの超流動状態の原子に運動量を渡すだけではなく,足りないエネルギーも何とかして都合をつけなければならないわけである.このため,粒の速度がある程度より小さい場合は,He原子を散乱するくらいなら無視して相互作用せず通り抜ける,ということになる(相手とぶつかろうにも,ぶつかる=相手を励起するエネルギーが捻出できない).

液体の超流動は上記の通りであるが,では,固体の超流動とはいったい何であろうか?
そもそもの発端は,1960年代末から70年代にかけての,アンドレーエフやらリフシッツやらの理論物理学者の考察にある.Heの超流動の研究が広く行われる中,彼ら理論家は対象を固体ヘリウムにまで広げつつあった.4Heは通常絶対零度でも液体である.これは原子が軽く量子効果が強く効くため,極低温においても原子の位置の揺らぎが大きすぎることに起因する.しかし,Heといえども圧力(三十数気圧程度)を印加してやると固体になることが知られていた.そこで理論家はこのような系において,格子欠陥を導入したらどうなるだろうか?と考えたのだ.
Heの完全結晶からいくつか原子を抜くと,欠陥が生まれる.こうした欠陥は,隣の原子がトンネル効果などにより移動してくることにより位置を変えることが可能である.見方を変えて,こうした欠陥そのものを「ある粒子」であると考えても良い(固体中において,埋まったバンドから電子を少し取り除いたものを,「ホールが存在する」と見なすことに等しい).この「粒子」はHeと同程度の質量(そりゃこいつが移動する=隣のHeが移動してくる,であるので,結晶を作っているHeの鏡写しのようなものである)であり,量子効果が非常に強く効くことが推測される.となると,こういった欠陥は非常に迅速に移動して結晶中に広がり,金属中の電子と同じように非局在化してバンドを組むのではないか,という考えも浮かんでくる.さらには,こういった欠陥がある程度の密度で存在すれば,「格子欠陥」という粒子(これはその鏡写しの相手が4Heであることを考えれば,Bosonとなる)が結晶中でBose-Einstein凝縮を起こし,結晶中で超流動体(超流動状態として固体結晶中を流れる「格子欠陥」の集団)を形成する可能性が指摘された.こういった状態をSupersolid=超固体と呼ぶ.

極端な状況を考えると,これはまた何とも尋常ではない物体となる.例えば,非常に細い(原子数個分のような)穴の開いた金属板を考える.この上に超固体の固まりを乗せておく.すると「固体」が,雫が垂れるように穴に入り込み,裏側からでろーんと出てくることが可能なわけである.しかも摩擦がないので,原子数個という極端に小さな穴だって通り抜けられる.今度は超固体を上から細い棒でつついてみよう.格子欠陥の移動により,超固体は摩擦なしでいかようにでも変形可能である.棒でつつくと,棒はまるで摩擦のない流体に突っ込まれたかのように,超固体中に沈み込んでいくことができる.
(もっとも,現実の超固体はここまでおかしな物体ではない.少なくとも現在見つかっている系では変形は自由ではないし,かなり高周波数の交流的な運動に対してのみ超流動性を示している)

とまあ,理論的には1970年前後から議論されていた超固体であるが,実際に実験的に「そうなんじゃない?」というのが出てきたのが前述の2004年の論文となる.そこでは,ナノスケールの小孔がスポンジ状となったガラス(バイコール)中にHeを染みこませて加圧下,低温にすることで固体とする.このガラス自体がねじれ振り子の付いた円筒形の容器に入っており,高振動数でねじれることとなる.サイズを無視すれば,堅い金属棒の上端を固定し,下端にサンプル入りのおもり付きの円筒を取り付け,ちょっとねじって手を離すと左右へのねじれが高速で行ったり来たりする,というようなものである.さて,この時,多孔質ガラス中のHeが通常の固体なら,ガラスとともに行ったり来たりするので回転の慣性モーメントは大きな値となる.一方,もしこのHeが超固体となり超流動性を示すなら,Heは容器やガラスからの粘性による影響を受けず,ガラスがぶるぶる振動している際に,内部で摩擦なく滑ることとなりサンプルスペース全体での回転の慣性モーメントは小さくなるだろう.
原理を考える上では,内部が空洞のドーナツ状の容器を考え,それを(ハンドルを回すように)円周に沿って回転させることを考えると良い.中身が粘性で引きずられるならドーナツを回転させるのは大変だが,中身が超流動なら,ドーナツを回転させても中身は動かず,回転させるのに必要な力は小さくて良い.
(同様の実験は,圧力をかけない場合に液体Heの超流動の検出に使われている)
このようにして実験を行った結果,KimとChanは2004年,固体Heにおいても低温(200mK以下程度)でモーメントの明らかな減少を見出し,超固体の発見となった.
(ただし当初はそれなりに怪しい結果であり,「まあ低温物理は最近ネタもないし大目に見ておこう」的にacceptされたものとも言われる.その後,多数の実験が行われており,少なくとも超固体的な何かが実現していることはほぼ間違いないとされる)

さて,長くなったが,そのような超固体において,冷却時に高速振動させていた場合と,そうではない場合とで生じてくる超流動成分の量が異なる(何らかの履歴を持つ)ということが最近報告されていた.そんな背景で行われた研究結果が今回の論文である.冷却時における振動速度を変えながら,その結果生じる系の緩和時間を測定していくと,実は"超固体相"とひとまとめにされていた相が,3つの相からなることが判明している.
一つは,あまり系を動かさずに冷却した場合に中温域に現れる相A,もう一つは系を動かして冷却した際に中温域に現れる相B,そして最後が両者のより低温域に現れる相Cである.著者らは測定結果から,Aは格子面の不整合などの結晶の欠陥がある程度自由に動き回っている相,Bはそれらが移動している間にトラップされた緩やかにピン留めされた相,そして最低温で現れるCは欠陥の移動が凍結した相ではないか,と結論づけるとともに,超伝導体における自由な渦糸-ピン止めされた渦糸-凍結した渦糸との類似性を述べている.

超固体に関しては,
・原因となっている欠陥はどのような種類か?(らせん転位等指摘されているが確証はない)
・発現に格子欠陥は必要なのか否か?(必要そうだが,必須という確証はない)
・なぜACの振動でのみ見えるのか?(DCでの測定では超流動性は見えていない)
など,多くの謎が未解決となっている.今回の結果も含め,まだ豊富な物理が潜んでいそうな研究対象である.

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Stableって古いって意味だっけ? -- Debian初級

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