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jordan_bethの日記: 富沢祥也 安らかに

日記 by jordan_beth

ブログも持っていないし、ここもご無沙汰だったのだけれど、どうしてもこの日を憶えておきたいので文章として残しておこうと思う。

9月5日、MotoGP moto2 クラス サンマリノグランプリ・ミサノサーキットにおいて、レース中のクラッシュにより転倒、後続の2台のバイクに轢かれ、ドクターヘリで病院に搬送されるも、頭部、胸部、腹部の外傷により永逝…。moto2 という新クラスで旋風のように活躍中、将来を期待されながら、19歳という若さでこの世を去った。

考えて見れば、国際戦参戦当初から苦労人であった。スポット参戦時はもとより、フル参戦した250ccクラス、プライベータに近いチームでトップグループとは一周で二、三秒近い差がつくような実質数年開発の止まっている型落ちのホンダマシンに乗り、毎レース辛抱しながらの走行であったろう。
しかし 250cc クラスが廃止になり、moto2 クラスとなって状況が一変する。エンジンはホンダ一社提供というほぼワンメークレースとなり、エンジンパワーはイコールコンディションで戦うことができるようになったのだ。ここで、1年間辛抱しながら走ってきた成果が花を開く。

開幕戦でいきなり優勝、誰もが予想もしていなかった結果であった。

その後もトップグループと熾烈な闘いを続けるが、シリーズ中盤にかけてシャーシやサス、タイヤに細かな問題を抱えるようになり、思うように走れないレースが続いていた。
おそらく、彼も焦っていたのであろう。自分に責任がないところでチャンピオンシップのポイント争いから脱落していく…。それはレース後のインタービューで如実に落胆の表情として毎回現れていた。「ここで勝たなければ」という気負いが、少なからず影響していたのでは、と個人的に思う。

彼のことを初めて知ったのは、250cc クラスに参戦中のインタビュー映像だった。「いやー次のコースはよく知らないんで、ゲームで練習しますー」という言葉が印象に残っている。飾らず、奢らず、はにかみ屋でかつストイックな面もあり、映像を通してであったが、非常に人間的な魅力にあふれた青年だった。
加藤大治郎亡き後(その前からだが)、徐々に日本人ライダーが少なくなっており、その中で大活躍を見せ 250cc 最後のチャンピオンとなった青山博一は motoGP にステップアップ、現時点でレース中にトップ争いをできる唯一の日本人ライダー(もちろん高橋もいいライダーだが)として、多くの、というか日本のほとんどのバイクレースファンの期待を一身に引き受けていたはずだ。

その中でこの訃報。

彼の走りはもう見ることができない。がむしゃらにチェッカーフラグを目指し、勝った時の純粋な笑顔も、うまく結果を残せずに悔しさをにじませるインタビューも。
今はただただ、彼が天国で幸せに笑っていることを祈るのみ…

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日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン

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