SS1の日記: 世界史のなかの東アジア史
こないだのつづき。ほんとはクラウゼヴィッツを掘り下げたかったんだけど,時間切れなので。んで感想文とか書いて,お茶を濁す予定なので,その草稿。というより,こないだの記事がサマリーの範囲を超えていなかったので,その補足など。
こないだの「戦争と平和の世界史」で,おもしろかったのは2点あって,ひとつは,世界史のなかに置かれた東アジア史,ただし授業のコマに半島史はなくて,日本史や中国史の一部として,半島での歴史が紹介された。
基本的に常識レベルの話なんだとおもうけど,そこに軍事史としての視点や,世界史としての視点を講師が入れていたのがおもしろさのポイントだった。
東アジア史における半島史は,日本の軍事史の一部として,白村江,元寇,明治維新のいろいろ,日清,日露があって・・・ とそのなかで説明されるわけだけど。日本人なら疑問に思うように,たとえば「安重根」が聖人あつかいされることとか理解できないわけですが,半島の軍事衝突史をみると,新羅(唐)が勝ったとか,高麗(元)に三別抄が負けたとか・・・ ようするに,半島の正規軍が独力で勝利した歴史,というのが無いのだね。だから,半島の為政者にとって,戦争とは非対称なものしかなかったわけで,そのなかで逍遥すべき人物をえらぶと犯罪者やテロリストしか残っていなかったのだと思った。
http://japanese.yonhapnews.co.kr/headline/2011/10/31/0200000000AJP20111031001300882.HTML
韓国カトリック教会 安重根を「準聖人」に選定
元寇と三別抄
こないだ元寇船が発掘されて話題になってるけど,講義では三別抄の話が中心。軍事史としての視点で見ると,三別抄が高麗(元)に抵抗して,元寇が1年から2年遅れたことが,日本に有利に働いたなんて話。でも,鎌倉幕府は三別抄に援助しなかったよ。とか,三別抄は別に日本のために抵抗したわけではなくで,降服しても「おそらく三別抄には,将来がなかった」からだよ。とか,そんなかんじで。んで,軍事史でみると一から二年の猶予は,絶大な効果があるわけで。でもって,元は南宋攻略があるから,日本から撤退したよ。なんて話。
神風はあったの?
あと,日本には「神風」がふいたなんて記録は無いよという話とか。中国の記録に「風が吹いて船が沈んだので引き返したよ」とかいう将軍の報告があるだけなんだとか。日本の記録では,朝になったら船がみんな消えてたよ。みたいなかんじ。
三別抄と沖縄
でもって,はさんでた小ネタとして,沖縄の城(ぐすく)が,韓国で見た城の様式ととてもよく似てるよ,なんて話から,三別抄の生き残りが沖縄に逃げて,ぐすくを作ったのかもね。なんつう話に。沖縄史を知ってる人ならわかるとおもうけど,沖縄(つうか琉球弧)では,東アジアで紛争があると,そのなかで難民(つうか,迫害確定の人々)が亡命してきて定着した歴史がある。直近だと,国民党の進駐から逃れてきた台湾人が沖縄で帰化したりしてる。まーだから,あるかもなーなんていう感想を持った。
東アジアと日本
いや,ものすごく大きな影響与えてるはずなのよ,軍事史的に。日本は。でも上記にあるように元寇でも「日本が勝った」とかいわずに「神風が吹いた」という話になってる。全般に見ると,たとえば台湾のオランダからの独立とか,日本は強く影響を与えているはずなのに,だって台湾の国姓爺こと鄭成功は長崎の平戸出身なんだべ。でも,日本は無関係ということになってる。そんなわけなかろーとか思うわけだけど。このあたりは深い歴史の闇の中。
戦争と平和の境界
今回の講義全体のテーマとしては,戦争と平和の境界がしだいにあいまいになっていくさまが描かれていた。おもに石津氏の講義なんだけども,世界の軍事史のなかで「平和」の話なんてかけらもないわけだが,そのなかで,戦争と平和の境界が変容していくさまを描く。
・軍人と平民の境界が崩れる(アメリカ独立戦争と民兵)
・前線と銃後の境界が崩れる(国民国家と総力戦)
・平時と戦時の境界が崩れる(冷戦と24時間待機の戦略軍)
でもって,現代は敵と味方の境界がくずれた非対照戦争の時代になった。なんてはなしから,受講者に「あなたにとって平和とはなんですか?」と問う。いや,そんなの聞かれてもわかんないっす。
このテーマの参考文献は,マーチン・ファン・クレフェルトの『戦争の変遷』から。
んでまあ,『戦争の変遷』を読んでるところなんだけど・・・ うーん。とりあえず,日本に引き寄せて考えてみるとして,戦争に勝利する,あるいは負ける。という話は,まず,クラウゼヴィッツのように戦争目的を定義するか,ゲームやスポーツのように勝利条件を定義する必要がある。日本の,とくに近世までの日本は,このあたりの定義を意図的にあいまいに,あるいは別のルールを持ち込もうとしたように思える。それは「武士道」なんて言葉ではおさまらない,政治的な概念だと思う。
とりあえず,世界史が軍事に駆動されていること,そこから日本の世界史の中での位置づけを考えさせられるところが,おもしろかったのでした。
学籍番号:***-***223-*
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