taggaの日記: 腹ふくるる心地 2
件の話は、今回は直接言わないで、嫌味を 2回書いておしまい と思ったけど、体調が悪くて、他に何もできないから、 やっぱり書いちゃう。
批判者の人たちに理解してもらいたいことが 3つある。
1つめは、教育労働者にとって「空気の重み」。 偉い人が「目安」と言おうが、現場には「省令」として降りてくる。
2つ目は、数学的な真偽が問題なのではなく、 共有点から論理だけで進める『原論』的なコミュニケーション法の 問題だということ。 共有点である公理や定義を変えれば、 何をどういう順序で示さなければいけないか変わる。 喩えると、完備性の公理に区間縮小法を使えと書いてあるのに、 一段階飛ばして BW の定理を使えば減点になる。 BW の定理が区間縮小法と同値だと主張しても意味がない。
3つ目は、「1つ分の大きさ×いくつ分」と「1当り量×いくつ分」は 同じように見えても、全く意味が違うこと。 前者だと自然数は有限の序数で 後者だと自然数は有限の基数で、体系が違う。 当然のように公理系もちがうし、教育で配慮することもちがう。 順序の意味も全くちがう。 喩えると、標準でやる解析と超準でやる解析は同じだけど、別もの。 閉区間で連続関数が最大値をとることを証明するのに、 標準で端点含めて自然数等分したときの最大値をとる点の集積点をとるのと、 超準で端点含めて超自然数等分したときの最大値をとる点の標準部分をとるのは、対応することだけど、全然ちがう話。
3番目についての不理解が、最大の不満点。
数教協の立場で大切なのは、 形式的にイメージ操作をさせるためのシェマで、式じゃない。 具象物から半抽象物のタイルに対応させることと、 タイルを集めて整理したものとしての掛け割り図。
ヒトが考えるときには、イメージ操作と論理操作の 2つのモードが あって、前者は早いが地雷だらけ、後者は遅くてメモリ不足に弱い。
例えば、2個合計で 110円だけど、値段の差が 100円って 聞くと、冷静に論理モードで考えると 105円と 5円なんだけど、 なんとなく 100円と10円の気がする。 こういうのがイメージ・モードの地雷。
4枚カードがあって、裏が白黒で、表が数字。 表が奇数なら裏が黒か確かめろと言われて、 「黒、4、白、3」で、2枚ひっくり返すときに、 黒を裏返したくなるのはイメージ・モードの地雷だけど、 4 か白かを決めるだけで、スタックオーバーフローを起こすのが、 論理モードの弱さ。
こういうしようもない頭脳とつきあうには、 論理モードのメモリ不足を補うために、 紙に覚えてもらうことが大事。 さらに出来ることを増やしたければ、 誤動作しないように工夫した操作可能なイメージのもとが必要。
;; なんで、日数教や TOSS 発祥の話で、 数教協を批判するのか分からない。ぶつぶつ。
最近の小学校は原論や公理系を教えていたのか (スコア:0)
ゆとりの見直しもちょっと度が過ぎるんじゃないか。
大学生に教えるのと同じように小学生にも教えるのが正しいとか無限序数では交換法則が成り立たないから自然数でも安易に入れ替えを認めるべきでないとか馬鹿の極み。
理解してから批判してください (スコア:1)
ちなみに、私は基数の演算を教えろ派です。 なので、無限でも加法の交換則は成立します。
そして私が日数教以上に批判しているのが、 相手の主張を理解せずに批判する行為です。