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日記

phasonの日記: 小澤の不等式,実験的に検証される

日記 by phason

"Experimental demonstration of a universally valid error–disturbance uncertainty relation in spin measurements"
J. Erhart et al., Nature Phys., in press (2012).

今日はちょっと時間がないので実験の詳細はすっ飛ばします.

有名なHeisenbergの不確定性,つまり不可換な物理量AとB(例えばある方向の位置と運動量,時刻とエネルギー,二つの直行する軸方向の角運動量,など)においては,両者の不確実性の積に下限が存在する,という式がある.つまりΔA・ΔB ≥ h/4πというものだ.ところがこの式,作られた当初から異なる二つの不確定性をごちゃ混ぜにしているものである.

Heisenbergがこういった関係式の導出を行った当初は,様々な具体的な実験のセットアップを考え,その際に測定精度を上げていくとどういった事が起き,どのような誤差が生じるのか,という思考実験を行った.そして各実験のセットアップにおいて測定される物理量にはどうしても限界となる誤差が出てくる事を示したわけだ(*).

*なおこの時,思考実験から出てくる精度は実験のセットアップに依存するため,「究極の限界」とは限らない.「究極の限界」というものがあって,そこにさらに実験のセットアップに由来する限界が加算され,測定精度の限界が決まるためだ.そのためHeisenbergの研究でも時間-エネルギー間の不確定性は当初ΔA・ΔB ≥ hであったし,位置-運動量の不確定性もΔA・ΔB ≥ h/2πであったものが後に実験のセットアップを洗練させることで>ΔA・ΔB ≥ h/4πに絞り込んでいる.

ところがこの「誤差」,二つの異なる「誤差」がごちゃ混ぜにされている.

一つ目は,測定による系の擾乱である.良く持ち出される例でいえば,光学的に位置の精密な観察を行おうと思えば波長の短い光を使う必要があり,そうすると光子の運動量が大きくなり測定により系の運動量が乱される.

そして二つ目の「誤差」(ばらつきといった方が良いか)は,量子系がそもそも持っている不確実性であり,これは古典的な波で言えば,位置がきっちり決まった波(合成波)を作ろうと思えば様々な波長(=運動量)の波を重ね合わせねばならず,逆に運動量をきっちり決めてしまえば波は空間中に広がっており位置が決まらない,というものに対応する.つまり,Heisenbergが各種の思考実験から経験則的に導出した不確定性というものは,この二つの項を区別せずに導出したものとなっている(用いた思考実験によって,前者からくる不確実性を扱っていたり,後者から来る不確実性を扱っていたりする).

なお,後者の量子力学における交換関係からダイレクトに出てくる不確定性に関してはKennardやRobertsonらにより厳密に数学的な基礎が与えられ,δA・δB ≥ |[A,B]|/2と記述される(右辺の[A,B]は,それぞれの物理量を出す演算子の交換関係であり,可換な物理量ならゼロ,不可換ならihになり,形式的にはHeisenbergの不確定性と一致する).Heisenbergはこの(交換関係に由来する)不確定性の厳密な定式化に満足したのか,ここで不確定性の探索が打ち切られる.しかし元々Heisenbergが考えていた不確定性は,どちらかと言えば「実験による擾乱に基づく不確定性」が(区別されずに)多数含まれていたのだが,これに関しては上記の交換関係に基づく不確定性とは別なものであり,全く別な定式化が必要なはずなのである(が,教育の分野でもあまり区別されずに「不確定性」の名のもとにごちゃ混ぜにされがちである).

この点を明確にし,「測定における精度と擾乱」をきっちり定義&定式化したものが名大の小澤先生による,いわゆる「小澤の不等式」となる.まず,「測定」というものを対象の系と検出系とをきっちり分けた上で両者の相互作用として定義&一般化し,その際に生じる擾乱の理論的限界を定めている.その結果得られる不等式は,ΔA・ΔB + ΔA・δB + δA・ΔB ≥ |[A,B]|/2 となる.ここでΔは測定の精度や擾乱による計測結果のばらつきであり,δは系が元々持っているばらつき(量子的なばらつき)を表す.Heisenbergの式ではこのうち第一項しか無いのだが,実際にはさらに二つの項が加わる.つまり,後者の二項を大きくすることで,第一項をHeisenbergの定式化よりも小さくすることが出来るわけだ.
(ただし,この場合も交換関係に基づく不確定性は存在するので,ここで小さくできるのは「測定に伴う擾乱による精度低下」である)

でまあ今回の論文では,中性子のスピンの測定を頑張ってきれいに行ったら,小澤の不等式に良く合う実験結果が得られたよ,というものである.実験の詳細を説明すると面倒なので今回はそこはパス.

このあたりの「測定の限界はどこなのか?」という問題は,近年の測定技術の向上や,量子コンピュータのビット状態の測定や重力波検知などの量子限界に挑む測定との関連もあって,最近なかなかホットな分野である.Heisenbergの不等式を破る測定に関しても既にいくつか報告があり,まあ,ようやっと実験技術がここまで追いついてきた,といったところか.

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