route127の日記: 核兵器を作るのは誰なのか 1
大仰なタイトルをつけてしまった。
勿論「アメリカ大陸を最初に見つけたのは見張り番」式の頓智をやりたいわけでもない。
13日のMXTVニュースを見ていたら、イランの核開発に関与していた人物が爆殺された件について報じていた。
MXTVではその人物に対して「核開発学者」というラベルを与えていたのだが、なんともしっくりこない名前だと思ったのである。
いままで核兵器を作るのは漠然と「核物理学者」であると思っていたことが問題意識としてはあるような気がする。
確かに実際の製作は大勢の職人・労働者達によるものではあるのだが、例えばマンハッタン計画について語られるときに彼らは無名のままであるし。
とりあえず、新聞各社の電子版で殺されたイラン人の肩書きがどうなっているのかざっと調べてみた。
核開発関与の物理学者(MSN産経・11日)
大学教授(NHK・12日)
各施設幹部(読売・13日)
核科学者(毎日・13日)
科学者(毎日・14日)
核科学者(MSN産経・15日)
核開発科学者(47NEWS・16日)
こうして並べてみて違和感を覚えるのはまず読売の「各施設幹部」という肩書きである。
他社は程度の差はあれ、大学教授や科学者がプロジェクトに関与している人物というニュアンスがあるものの、読売の場合は施設に割り振られた人員というような響きがある。
そして、各社の記事から殺されたイラン人が科学者であること、大学教授であることを信じるとすると次に湧くのは47NEWSの「核開発科学者」という語句である。
これはきっかけとなったMXTVの「核開発学者」という言い回しに近い。
引っかかっているのは「学者に開発ができるのか」ということなのだということが今書いていてようやく分かってきた。
確かにベンチャーを興す大学教授がいたりもするけれど、核開発の様な大型プロジェクトを運営するはやはりそういった管理手法を身に付けたエンジニアなのではないかと思うのである。
そこでは科学者・物理学者・大学教授というものはそれぞれ稀少であり重要なスタッフではあるけれど、それは開発の各過程の遂行において重要なのであって、開発行為そのものに対しての貢献度は高くないと思うのだ。
どうも上手く言いたい事を伝え切れていない気がする。
もし、核物質の精製が容易であったとしたときに、核開発に科学者は必要なのだろうか?
核開発が大規模かつ複雑なプロジェクトであると考える理由はやはり核物質の濃縮に高度な技術を利用するからだと思うのだが、その方法は70年近い歴史があるはずで、機器機材の輸入規制は別としても昔より比較的やりやすいとは思うのだが、それでも科学者は必要なのだろうか。
石油精製プラントの建設に化学者はタッチしていないイメージがあるけどどうなのだろうか。
高炉なんかも歴史のある反応器ではあるが炉内反応に興味を持ってるのは物理学者というよりもユーザ側のシミュレーション屋だったりするし。
中央日報の記事だと「気体分離の責任者」という紹介がされていて、日本の各紙ではなかった科学官僚っぽさが出てる気がする。
英字紙なんかも調べたら面白いのかも知れない。
科学者が必要なわけじゃない (スコア:1)
科学者と同じぐらい慎重な精神の持ち主がいて、科学者と同じぐらい勉強熱心であれば良い。
1) 基本的なやり方が判っている
2) 職人的ノウハウが存在する
3) 変な具合に作業を最適化をやっちゃい得る(例えば柄杓でイエローケーキをすくっちゃうとか)
の3つは、大抵同居する。
で、問題は3番が致命的事故の元で、2番が「知られていない情報」だということ。
このため、「3番をどうやって回避しつつ2番を習得するか」がこの手の『工業製品』作成の鍵になる(核兵器以外でも)。
という訳で、この製品を作る職人(あえて職人といおう)は 1 の知識から 3 を理解しつつ、繰り返し実行する過程を観察して 2 を習得しなくてはいけない。が、今のところそんな事を熟慮する人間はすでに「科学者として優れた素養を持っている」ので科学者になってしまう。
だから科学者が担当することが多いのだ。
fjの教祖様