okkyの日記: 税金はどこで掛けても、同じこと 4
日記 by
okky
というわけで、『この世で一番おもしろい ミクロ経済学』。
漫画のコーナーに最初に入った外人さんの漫画はこれです。
# ちなみに、原作者と絵師では絵師が優先します。なので「経済学」関係のところには入りません。
すごく簡単に言うと「マンキュー経済学」が示す、10のキーポイントの内最初の7つ(残り3つはマクロ経済学)を初心者向けに解説したもの。
でまぁ、この本の偉い所は、かなり難しいはずの内容の中でも珍しい結果に至るものを、幾つかピックアップして説明しようとしていること。その中の一つが「税金をどこにかけるか」問題。面倒なので、本を読んでくれ。そこをサボるような奴はどのみち理解する能力がないから、説明する気はない。
というわけで、結構面白いので是非、読むことをおすすめする。
あ、そうそう。翻訳者は山形浩生。
えっ (スコア:2)
例えば関税を撤廃する場合、その分は何処で税収を得れば良いの?
Re:えっ (スコア:2)
それは2つの問題をごっちゃにしていますね。
関税を撤廃するという事は、「海外製品についてだけかかっている税金」を撤廃すると同時に、「関税と言う形で得られていた税収入」が減る事を意味します。
と言う事は、その質問は2つの別個の問題が1つに混ざったものです。
1) 海外製品についてだけ税金を掛け続けたいが、関税と言う形は使えない、どうすればいい?
2) 関税の形で得られていた税収入が無くなる、代わりにどこで取ればいい?
2つの質問のどちらの答が欲しいんですか?
# 別の言い方をすると、この2つを混ぜて考えてはいけない。
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簡単に言うと 1 については「何をどうやっても無理」です。というより、関税は「常に悪」です。
基本的にミクロ経済学だろうがマクロ経済学だろうが、交易は善です。沖縄と北海道の「交易」がよくて、台湾と北海道の「交易」が悪である理由はありません。どちらも北海道には「価値の上昇」をもたらし、交易相手である沖縄なり台湾なりも価値の上昇をもたらします。
# 以下、北海道と沖縄の交易 vs 北海道と台湾の交易 という例で考えましょう。北海道は日本中どこでも… miyuriさん個人とでも同じ事が成り立ちます。
台湾と北海道との交易が減り台湾と北海道との交易が増えると、沖縄の経済が墜落するとします。これを日本政府からみた場合、沖縄は責任範疇ですが台湾は責任範疇ではないので、問題になります。仮に台湾も沖縄も共に日本政府の責任範疇であれば、問題にはならない。
ですので関税を撤廃するなら、日本政府にできる事は、沖縄に台湾と同じだけの競争力を付けさせるしかありません。
「それじゃ沖縄がかわいそうだ」と思うかもしれませんが、それは間違いです。実際には、関税を掛けている間中「北海道がかわいそう」だったのです。
「経済的競争」は常に「経済的伸縮性」が低い…ようするに「コスト」が変動した時にそれが「価格」に直接反映されやすい=ゆとりが無い…状態をもたらします。実は、それが最も健全な市場の構造です。関税はこの健全な市場構造に介入して、伸縮性を移行する役割を果たします。
別の言い方をすると、台湾にだけ関税を掛けた場合、その大半は沖縄の「輸出」産業に経済的伸縮性を与えるために付与されて、北海道にはメリットをもたらしません。つまり、台湾への関税は、
『北海道のメリットを関税の形でふんだくって、それを沖縄に与えている』
行為そのものなんです。関税は「台湾から」お金を奪っているように見えますが、実際には「北海道から」お金を奪っているのです。
海外製品についてだけ税金をかける…つまり関税の代わりになるようなプレッシャーをかける…というのは、結局「北海道からどうやってお金をふんだくって、沖縄に与えるか」という問題です。だから関税は悪である、となるのです。
# あくまでも「純・経済学的には」ですが。
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で、それとは別に。2番目の問題…「関税分の収益をどこからふんだくるか」ですが…
そもそも関税であれ、消費税であれ、給料に対する所得税であれ、税金は全て「市場における価格」に反映されます。消費税はようするに「購買者」側が支払う「金額」を上昇させますが、関税は材料費高騰の形で商品の値段そのものを上昇させますし、所得税は「その分高い給料をもらわないと働かないよ」と言う形で労働市場の価格高騰を招くので結局商品の値段を上昇させます。
さらに、この値段の上昇は複数の市場間をホッピングしながら、あらゆるものの価格に影響を与えます。その影響が小さくなる(減衰する)ポイントはただ一つ、経済的伸縮性の高い存在…消費者…の所を通過するときだけです。
たとえば…miyuriさんがバナナを毎日食べるとします。1本10円の関税がかかっているとしましょう。1ヶ月で300円の関税は、まず、miyuriさんが「商品の価格の一部」として払います。で、miyuriさんはこの300円分、何かをあきらめるか、給料を上昇させるか、しなくてはいけません。で、100円分は何かを我慢して、200円分は給料を上昇させる圧力になるとしましょう(これが伸縮性が高い、と言う事です。会社の場合、300円分高ければ、300円分を全て商品に転嫁することになります)。
で、miyuriさんはマクドナルドでアルバイトをしているとします。1ヶ月で100時間働いているとしましょう。時給は「この関税が無ければ798円でよかった」かもしれませんが、バナナの関税分だけ miyuri さんは「昇給しろ」と圧力を掛けるインセンティブがあるので、マクドナルドは「時給800円」でないと miyuri さんを雇えません。この値段上昇分は全て、マクドナルドの商品値段に反映されます。値段が上昇している分、需要供給曲線は移動し、売り上げが下がります…
# このようにして、関税分はあらゆる物価(バナナだけじゃなく)にほんのちょっぴりづつ反映され、結局消費者(=輸入国の国民)が負担する
# 形になります。
もうそろそろ判ると思いますが、実は関税が無くなると、国内消費が喚起されるので消費税、所得税、法人税などの税収が上昇する、と言う形で回収可能なのです。関税分だけ税収が無くなって終わり、というのは詭弁の中でも子供だましに属するレベルです。
もっと言うと、消費税、所得税などは、どこで課税しても全部同じです。結局形が変わるだけで、「個人」が全部支払う事になります。なので、ごまかしにくい消費税の形を取るのが最も理想的で、所得税とか法人税とかは最初から0にしてしまう、という手もありなのです(実際には、法人は無限の命を持っているなど、個人とは性質が違いすぎるのでこれを埋める方策が必要です。個人的には「法人には寿命を付ける」べきで、25年で終わり、新しい法人へは「相続税」や「贈与税」の形で税金を掛けるべきだと思いますが)。
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関税の問題はどちらかと言うと、他国の経済との連動性が強まるので、経済圏独立性が失われる、と言う形で悪影響を及ぼします。つまり、どこかが不景気になるとその影響を食らいやすくなるのです。
逆に積極的経済政策を施しても、その結果は「日本だけじゃなくTPP参加国の経済全体を上昇させる」レベルでないと十分な効果を発揮しないため、政治的指導力のない国家・政府ですと、ひたすらに体力を消耗させるばかり、と言う状態になりかねません。
つまり TPP の問題は経済問題ではなく、政治問題なのです。指導力がない、一過性の耳触りのよい寝言を吐く連中に票を投じる国民が大勢を占める限り、問題は解決しません。
あれを「税金問題」とか「貿易問題」と捉えている限り、永久に本当の問題は理解できないでしょう。
fjの教祖様
Re:えっ (スコア:2)
私には問題を分割できません。
関税を撤廃すると一部の国内産業が弱くなるという問題が発生する。
(弱くならないのか、強くなるところに移行するのかで問題ではなくなるのかも?)
この問題への対応のために税収を大きくしたいけど、どうしよう...と。
(問題が発生しても対応が不要、或いは税収を大きくしなくても構わないのかも?)
その本を読めば、関税を無くして他のところに(他のところで?)掛けても、それより前と同じになると理解できるようになりますか?
政治と経済は、こちらを立てればあちらが立たずになって、問題を単純化しづらい。
わかりやすい解説があっても、騙している感じがして信用できないから、あんまり触れたくない。
騙す側に立つのも...ねえ。
Re:えっ (スコア:1)
なりますが…それは「加減乗除を習うとフェルマーの小定理が理解できるようになる」と同じぐらい長い道のりが間にありますな。
つまり、基礎学力なしでは理解できませんが、基礎学力だけつければ何でも解けるようになるとは一般には言えない、というのと同じ話です。
その話を理解しようとするなら、この本を読んだ後に貿易に関するごく初歩的な理解が必要です。それには 『まおゆう 魔王勇者 [fc2.com]』全5巻の読破をしたほうが良いでしょう。フィクションですが、意外と優れた初歩経済学の本です。まず、この本で、古典的な関税と、現代の関税は意味が全く違うことを理解してください。
昔の関税は文字通り「関所の税金」だったので、物流の過程で複数の国を通過する場合、そのそれぞれの「関所」で税金を徴収する仕組みでした。繰り返しになりますが「関税」は消費者から価値を奪う行為なので、「関税」を掛けることができる国々は、「自国以外の国民」からも税金を徴収する仕組みとして「関税」を掛けていました(当人たちにその自覚はなかったでしょうが)。
今の物流では、生産国と消費国の間に「通過国」は実質的に存在しません。このため、関税は全て消費者のいる国が消費者から価値を奪うだけの行為に限定されます。このことを理解しなくちゃいけない。
# で、それがどういう意味を持つのか、を理解して貰う必要がある。
さて。これで基礎知識と背景知識が得られたので、そうしたら ポール・クルーグマン [fc2.com] を読みましょう。特に『経済政策を売り歩く人々 [fc2.com]』と『クルーグマン教授の経済入門 [fc2.com]』の二冊は必須で。
この2冊で貿易とは何かを理解してください。
というこういう疑問は、本質的に貿易の何たるかが判っていないことから来ています。
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一例として、「米問題」を上げましょう。
TPPに限らず「輸入規制を撤廃したら日本の米は絶滅する」とか言う政治家がいますが、これは 政治的プロパガンダ。ようするに真っ赤な嘘です。
実は、日本の米は世界中に輸出されています。特にコシヒカリだのササニシキだのと言ったブランドは非常に高額で取引されています。東南アジアの国々に住む高所得者層は、日本の米を(しかも日本の市販価格の 2-4倍の金額を出して)買ってくれています。
一方で、カリフォルニア米のような海外の米は日本に大量に輸入されています。「米」の形では輸入できないのですが「加工米」…たとえば冷凍ピラフとか…の形では莫大な量が輸入されている。
で、この輸出入、「量」…特に重さ…で比較すると「輸入量」の方が圧倒的に多いのですが、「金額」で比較すると実はそれほど圧倒的な金額差にはなっていません。
これは何が起こっているのかというと、「高価なブランド力を持つ米」と「低価でブランド力のない米」を交換しているのです。「質」を「量」と交換していると言い換えても良い。日本でコメを作るなら、ブランド力のある製品を作ればよく、しかもその分量は決して多い必要はないのです。
類似の製品としては、例えば「豚肉」。日本の豚肉は実はこれまた高ブランド品として世界中で珍重されています。生産工程を端から端まで完璧にトレースできるのは太平洋地域では日本だけ。日本は豚肉を世界に輸出し、代わりにもっと安い豚肉を輸入して消費しています。これも「質→量変換」。
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逆に安い商品を大量に輸出し、質を輸入している「量→質変換」の典型例は自動車です。
日本は世界有数の自動車輸出国なのですが、自動車輸入国としても世界有数です。フェラーリとかポルシェとかBMWとかからすれば、日本は上顧客。1台のお値段が、日本車10-30台もするような車がバンスカ売れる国は日本だけです。逆に日本車は「ブランド」力は今ひとつですが、安くて、高品質で、壊れない、として世界中で愛されています。
このように貿易というのは本質的に「差」で見るものではありませんし、「商品の種類」で見るものでもない。同じ車でも、日本は輸出も輸入もしており、結果として輸出国としても輸入国としても潤っています。
# アメリカで、アメ車よりもトヨタ車の方が売れると言って問題になったのは、本質的には「それぐらいアメ車が酷い品質だった」
# のに、それを貿易問題にすり替えた政治力あふれる連中がいた、ということです。
# このように問題の本質を外れたプロパガンダが「政治レベルでは」まかり通るのが、問題の理解を邪魔する元。
関税をかけているときある商品Aが「100輸出して、80輸入していた」としても、これを「20の輸出超過だ」とみなすのは間違いなのです。また、関税を撤廃して「40の輸出超過に増大する」としても、「200輸出して160輸入している」状態に移るだけなら、貿易を行なっている国々は潤っているのですから。
ですので、「差分」で見たり「種類」で分類するだけで、理由を調べないのは、根源的にプロパガンダだと思って間違いありません。大抵の商品は「双方向貿易」が行われています。同じ種類の商品であっても「質と量の交換」の形で。なので、関税がなくなってもある業種が衰退する、なんてことはありません。
衰退するのは「最初から関税という形式を取った税金投入で生き延びている」悪質な産業だけです。そんなのは滅んで当然だし、そういうのが滅んだ後には、ちゃんとまっとうな企業が新規に参入してきます。だから「産業として」衰退するなんてことを心配する必要性はありません。心配するべきは
「関税が撤廃され、腐った企業が潰れた後に、新規に参入してこようとする企業を邪魔する法律/条例がないか?!」
ということの方です。
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実は関税を撤廃するとまずいケースが1つだけあります。それは「貿易国の一方にしか生産能力がない」類の産物。
典型例はインドの胡椒。昔(今でもある程度うそうですが)、インドは胡椒の産地として有名でした。そして、胡椒はヨーロッパでは同質量の金と取引されるぐらい高かった。このため、インドでは「自国消費分の胡椒」まで輸出してしまった。そして、胡椒の代わりに唐辛子を使うようになった。
実はインド料理が唐辛子だらけになったのは、「コロンブス以降」の話。東インド会社が唐辛子をインドに植えつけ、その分の胡椒を全部本国に持ち帰ったことが始まりです。ここに関税も規制もなかったので、この貿易は非常に儲かったのですが、代わりにインドの食文化を破壊してしまいました。胡椒の効いた料理はインドでは高級料理も含めてほとんど残っていない有様です。
こういう例外的なケースだけは慎重に扱う必要があります。
fjの教祖様