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日記

phasonの日記: クモの巣の強さの秘密を探る 3

日記 by phason

"Nonlinear materials behavior of spider silk yields robust webs"
S.W. Cranford, A. Tarakanova, N.M. Pugno and M.J. Buehler, Nature, 482, 72-76 (2012).

クモの糸とそこから出来上がるクモの巣に興味を惹かれない物性科学者はいない(偏見).クモの巣というものは非常に繊細な糸から構築されているにもかかわらず,大型の昆虫を捕らえたり強風に煽られてもそう簡単には破れない強さを持っている.この強さは昔から多くの研究者を魅惑し,耐久性の強さが何に由来するのかに関する膨大な研究が行われることとなった.
クモの巣が強いのは,それを構成する糸が強いからではないか?もちろんそれもある.クモの糸は天然素材としては規格外の強さを誇る繊維であり(といっても,単なる引っ張り強度などに限ればそれを超える人工素材は多数存在する),その強い糸から出来ているクモの巣が強いのも当然である.網目状のweb構造が冗長性を高め全体としての耐久性の向上に寄与しているのでは?それもまたその通りであることが研究から明らかとなっている.
さて,今回の論文で報告されているのは,これら既知の効果に加え,クモの糸自身の持つ引っ張りに対する非線形性がクモの巣全体での耐久性に寄与している,という報告である.

そのクモの糸,引っ張りに対し実はかなり複雑な挙動を示す.
まず最初の領域(I)は通常の弾性の領域であり,引っ張り力に比例したのびを示す.まあ有名なフックの法則と同じだ.
この領域は狭く,すぐに次のエントロピー的な弾性領域(II)に入る.これはどういうものかというと,ゴムと同じように,熱揺らぎ(エントロピー項)によりクモの糸を構成するタンパク質の分子鎖がランダムに折れ曲がる事で短くなろうとする力である.まっすぐ引き伸ばされた分子(=長い状態)より,途中でいろんな方向に曲がっている方(=その分短い状態)がエントロピー項の働きにより実現しやすい.引っ張って伸ばすにはこのエントロピーによる折れ曲がりに逆らわないといけないので,その力がいる,という領域だ.この領域の弾性係数(ある距離伸ばすのに,どの程度力がいるか)は領域Iよりもかなり小さく,つまりより小さい力をプラスするだけで長さが伸びていく.
続く領域(III)は,引っ張りにより結晶的な構造が生じる領域である.ポリエチレンなどのポリマーでも良くあることだが,ある程度一方向に引っ張られて分子鎖が伸びきると,左右方向では同じ方向に同じように均一に伸びる分子鎖がぎっしりパッキングされた状況=結晶に相当する.この状況だと,それぞれの分子鎖に加えられた荷重が隣接する分子鎖にも分配され全体でうまく荷重を担うため,結構強度が出る.また分子鎖は既に伸びきっているため,これ以上伸ばすには化学結合(=凄く強い)を引き伸ばす必要もあり,この領域の弾性係数はかなり大きな値になる(=伸びにくい).
細かく言うとさらに,切れる直前に耐えられなくなった糸がずるずると延びる領域(IV,ただしちょっと伸びるとすぐに切れる)もあるのだが,まあ力学的にはほぼ無視してもかまわない.
改めて,上記の3つの領域を持つ糸を模式的に記述してみれば,

10cmのクモの糸を引っ張ると
・10の力を加えると,1cm伸びて11cmになる(領域I)
・そこから急に伸びやすくなり,+5ぐらい力を増しただけ(計15の力)でさらに4cmも伸びて15cmになる(領域II)
・突如堅くなり,さらに1cm伸ばす(全長16cmにする)のに+85の力(計100の力)も必要になる(領域III)
・それ以上引っ張ると切れる

という感じだ.
さて,このような挙動がクモの巣全体の耐久性にどのような効果を与えているのかを調べるために,著者らはクモの巣をモデル化し,その糸の一部を切れるまで引っ張った場合に巣全体にどのようなダメージが行くのかをシミュレートにより求めている.モデルでは,

(a)上記のような力学特性を持つ実際のクモの糸をモデル化したもの
(b)切れるまでフックの法則が成り立つ(=弾性係数が変化しない)仮想的な糸
(c)上記の領域IとIIだけ持つような仮想的な糸(ある程度までは丈夫だが,そこからずるずると容易に伸びてそのまま切れる)

という3種を使い比較している.糸の切れる力とその時の長さは,a,b,cの3種とも同じに設定されている.また全体の構造は実際のクモの巣を模倣し,中心から8方向にまっすぐ伸びる縦糸と,それをぐるぐると螺旋状に繋ぐ横糸から構成されている.この8本ある縦糸のうちの1本をつまんで引き伸ばす,という形で負荷を与えている.
さて,その結果どうなったかというと,実際のクモの糸をモデルにした系が一番破壊が局所的であった.つまり,ほぼ引っ張った部分だけが切れ,他の部分にはあまり影響がない,というわけだ.
なぜこのような違いが出たのかを詳しく見ていくと,それぞれの糸の特性が顕著に表れている.

まず一番被害が大きかったのは,cの「ある程度までは丈夫だけど,そこからずるずると伸びる」という糸であった.ここで何が起こったかと言えば,まず糸の一部をピックアップして引っ張ると,最初はなかなか伸びないものの限界が来るとずるずると伸び出す.すると周囲の糸も一緒に引きずられるわけだが,ピックアップした部分は既に限界の力で引っ張られており,それ以上加えられた力は周囲の糸で支えなくてはならない.しかも悪いことにこの糸は限界の力に達してもそれなりの長さまでずるずると伸びるため変形は拡大し,周囲の糸にかかる力はどんどん増加していく,つまり最初にピックアップした部分の糸は,周囲の糸を巻き込んで被害を拡大する役にしか立たないわけだ.この結果,ピックアップした糸が切れる(この時,切れた糸にかかっていた力を1とする)時に,他の7本の縦糸全てにおよそ0.75の力がかかっていた.これは,巣のある1箇所に強い負荷がかかると巣全体の糸に強い負荷がかかることを意味しており,大規模な破壊に繋がりやすい.

次にbの糸である.この場合,引っ張った糸はほどほどに伸びながらも,ほどほどに周囲に力を伝える.その結果,引っ張った糸が1の力で切れた際に,隣接する縦糸で0.5程度,その他の縦糸には0.35程度の力が加わっていた.

最後に,クモの糸をモデルにしたaの場合である.ある程度強さのある弾性体として働く領域Iは狭いので,すぐに容易に変形する領域IIへと突入する.そして大きく変形しながら他の糸にも力を伝え,巣全体の縦糸が領域IIに入り全体の変形を引き起こす.ここまではcの糸と同じである.違うのはここからだ.クモの糸には,引っ張りがある量を超えると堅くなると言う領域IIIが存在する.これが何を引き起こすかというと,直接引っ張られている糸は大きく変形して堅い領域IIIに入るが,周囲の別の縦糸はほどほどに緩く変形できる領域IIに留まるのだ.この結果,あたかも強い鋼線一本で負荷を支え,そこに柔らかいゴム紐がぶら下がっているような状況が実現する.この結果,直接引っ張っている糸が1の力で切れたとき,周囲の他の縦糸にはわずか0.15程度の力しか加わっていないのだ.つまり,クモの巣のある点に強い力が加わると,その点にある糸にのみ強い力が加わり,他の箇所は柔軟に変形して負荷がかかるのを防ぐ,という事になる.

網状の構造というと,「負荷を全体にうまく分散してみんなで耐え,それにより強度を上げる」という方向を考えてしまうが,実はクモの巣は逆であり,「負荷がかかった部分にだけ困難を押しつけ,他の場所は身をかわすことで被害を局所化して全体がやられるのを防ぐ」という構造になるわけだ.なるほどこれはこれで良くできている.

  • まぁ、Webも蜘蛛の巣から取られてる言葉なわけですけど。
    一部のヘビーユーザーが過大な負荷をかけている部分は放置するか切り離すかして、
    他のユーザのトラフィックをスムースに流すテクニックとか、ネットには必要だよねーとか思ったりして。

    いくらでもデータを吸い取れそうに見えて、実はどんどん遅くなって最後には切れてしまう、と。

    • 怪しい大量のアクセスが集中したら処理のノロいサーバに適当に相手をさせておいて,その他大勢のユーザーは通常のサーバで相手をする,とか誰かクレバーな人がうまいこと設計すれば出来そうですよね.
      ブラックホール・ルーティング(でしたっけ?)とかリダイレクションあたりは似たような技術と見なせるのかもしれません.

      • by Anonymous Coward

        smtp tarpit とか honeytrap は昔からありますが、今回の蜘蛛の話とはちょっと違いますね。
        そうしてみると web って言っても蜘蛛の巣とはだいぶ違うんですね。
        firewall や router の throttle アルゴリズムは段階的になるものもありますが。

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目つきのヤバい少年がナイフをシュッ・シュッと振り回しながら街を徘徊している情景が目に浮かんだ -- あるセキュリティ専門家

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