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日記

phasonの日記: 2光子吸収とダブルビームを使った回折限界を超える光学リソグラフィ 3

日記 by phason

"Three-dimensional deep sub-diffraction optical beam lithography with 9 nm feature size"
Z. Gan, Y. Cao, R.A. Evans and M. Gu, Nature Commun., 4, 2061 (2013).

光学リソグラフィは現代の半導体産業やナノ構造体の制作を支える重要な技術であるが,微細化が進む今日では技術的な壁にぶち当たりつつある.と言うのも光が波である以上は回折限界により集光できるサイズには限界があり,現在用いられている光学系ではせいぜい波長の半分や1/4程度までしか光を絞れないためだ.このため現在の半導体素子の作成では回折限界を超えるような小さな構造を作るために液浸により開口数を上げたり,多重露光で重ね書きすることで重なった細かい部分のみを削り出したり,といった工夫が行われている.
今回の論文でデモンストレートされたのは,800 nmと非常に長波長な光を使いながらも,2光子吸収過程とダブルビームを利用することで最小寸法9 nm,線間隔52 nmの加工を可能にした,というものになる.

今回の実験の肝は,二光子励起の利用とダブルビームである.まずは二光子励起から見ていこう.
二光子励起というのは,照射した光子を2つ同時に吸収することでようやく引き起こされる励起である.例えば励起に5 eVのエネルギーが必要な分子があったとしよう.これは光でいえば約250 nmであるから,500 nmの光を当てても通常は励起することは出来ない.ところが非常に強い(=光子密度の高い)500 nmの光を照射すると,分子が光子2個を一度にまとめて吸収し,それにより高い順位に励起されることが起こってくる.これが二光子励起である.通常の光吸収では光が2倍になると吸収確率は大雑把に2倍になる(=吸収が光の強さに比例する)のだが,二光子過程では同時に光子を二つ吸わないといけないため,大雑把には吸収率は光の強さの二乗に比例する.要するに,光がちょっと弱くなると吸収が極端に起こりにくくなるわけだ.
この二光子吸収で励起すると固まるような材料をレジストとして露光を行うと,非常に微細な加工を行う事が出来るようになる.レーザー光をレンズで絞ると,スポット中心の強度が強く,外に行くほど弱くなるビームが得られる.通常の光励起だと,この光強度分布とそっくりな確率でレジストの固化が起こる.ところが二光子吸収により固化が進むレジストだとレジストが固化する確率は光強度分布の二乗に比例するのだが,これはもともとの光強度分布そのものよりも減衰の早い曲線,つまり中心付近の細い部分だけで固化が起こることを意味するからだ.
著者らはまずこの二光子吸収で固化するレジストを使うことで,800 nmの光でのパターニングにより,42 nm程度の空中に浮いたナノワイヤを作成して見せた.これはレジストの塊に対しレーザーを集光し,その焦点部分だけが固化することで実現されている(焦点からずれた上下の位置ではレーザー強度が低下するため固化せず,そのため上下も削り出された宙に浮いたワイヤー構造が作成できる).このような三次元構造を作成できるのも光リソグラフィーの利点である.

次のポイントはダブルビームの利用だ.このダブルビームの手法は,20年ほど前に理論的に提唱され,7年ほど前に実証された光学顕微鏡での手法(STED顕微鏡)によく似ている.STED顕微鏡がどういうものかというと,細胞などの蛍光を,回折限界を超えて非常に細かい領域で見るための手法である.例えば細胞内に,「波長Aの光を当てると励起状態になって,少し後に蛍光を発する」けれども「励起状態に波長Bの光を当てると,別のパスを通って光を発せずにエネルギーを放出する」という分子があったとする(蛍光分子ではこういうものが多い).単に波長Aの光を当てて様子を見ようとしても,回折限界により大きなスポットが光るだけである.ところが波長Aの光を当てながら,そこに重なるようにドーナツ状に集光した波長Bの光を当てるとする.要するにこんな感じだ.

 |  波長B  |   |  波長B  |
 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓   ↓↓↓↓↓↓↓↓↓
 
         プラス
 
     |    波長A    |
     ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓

波長Bだけがあたったところは何も起こらない.AとBが重なってあたったところは,Aで分子が励起され,しかし光る前にBで消光されるので光らない.Aのみがあたった部分だけが蛍光を発する.この結果,光る領域は下図の「Aだけが当たっている部分」になる.

 |Bだけ|A+B|Aだけ|A+B|Bだけ|
         |光る |

これはもともとの波長Aの光の集光領域よりも遙かに小さい.こういった手法で光学顕微鏡の限界を超える超解像を出す,というのがSTED顕微鏡なわけだ.

今回の論文で著者らは,これと非常によく似た設計を用いた.
まず,レジストは前述の通りの二光子吸収で固化する材料だ.二光子吸収で励起されるとラジカルを生じ,こいつが重合反応を起こすことで固化する.今度はここに,inhibitor(抑制剤)を混ぜる.このinhibitor,紫外光を照射すると励起状態となり,この状態ではラジカルを「食って」重合を止めてしまう.こうなれば後はSTED顕微鏡と同じである.800 nmの光だけが(強く)あたった領域では二光子励起が起こり重合してレジストが固化する.800 nmの光と,ドーナツ状の紫外光の両方があたった領域では,二光子励起により生じたラジカルを,紫外光で活性化されたinhibitorが食ってしまうことで重合が止まり固化しない.この結果,スポットの非常に小さな中心領域だけで固化が進み,微細な加工が可能となる.

著者らが実際に行った結果では,単に二光子励起だけだと42 nmの太さだったナノワイヤーも,このダブルビーム法を同時に適用する事で太さ9 nmにまで細くすることに成功している.単一のナノ構造のサイズだけでは無く二本のワイヤーを分離できる分解能(接近した二本のナノワイヤを,融合せずに分離したまま作成できる限界)でも,ワイヤー間距離52 nmを実現している.
さらに,前述の通り三次元構造を作れるのも光学リソグラフィーの特徴である.著者らは基板表面に厚くレジストを塗り,そこに斜めから光を照射することで,縦に2本並んだナノワイヤーなども削りだしている.この場合のワイヤー間距離は最小で80 nm程度を実現できたようだ.

二光子吸収の利用,ダブルビームによるさらなる微細化ともに,アイディア自体は以前からあったり研究も各所で進められているのだが,それを同時に実現できるようなうまい分子の選択・設計を行えた点がポイントとなる.
非常に利用しやすい長波長のレーザーを使ってこれだけ細かい構造が作れるようになると,利用の幅は結構ありそうだ.

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  • by cyber205 (4374) on 2013年06月23日 16時19分 (#2406874) ホームページ 日記

    レーザーだけで超解像って、ちゃんとできるものなのですね。
    MOやPDのような記憶媒体の超解像技術 [tuat.ac.jp]なんかも
    これからは参考にされるのかな。

  • by TarZ (28055) on 2013年06月24日 15時17分 (#2407364) 日記

     EUVリソグラフィの開発が難航しまくっているので、技術開発の方向性で他の選択肢が出てくるのは嬉しいなあ、と思っていたら、なぜか「容量4.7GBのDVDを1000テラバイトに増やせる」なんて感じのニュースに。(タレコミ [slashdot.jp]も)

     波長800nmはDVDのレーザーに近い、ということで「DVDの容量が増える」としているのかもしれませんが、12cm光学ディスクで1000TB相当の記録密度にスポットを絞れるダブルビームの方は、紫外線の領域のビームも使っているので、比較対象にDVDを持ってくるのはちょっと微妙な感じがします。
     というか、Natureの論文では光学リソグラフィについてだけで、光学ディスクについては何も書かれていませんね。光学ディスクに応用するとして、記録のほうはいいですけど、読み取りはどうするのか…。

    • by Anonymous Coward

      >なぜか「容量4.7GBのDVDを1000テラバイトに増やせる」なんて感じのニュースに。

      何がどうしてこうなった……
      プレスリリースか記者会見か何かで「DVDの面積ぐらいなら1000TB相当になるぐらいの小さな加工が出来る」というようなことを言って、それが誤解を生んでこんなになっちゃうんですかねぇ。

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ハッカーとクラッカーの違い。大してないと思います -- あるアレゲ

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