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日記

phasonの日記: 色素増感ではなかったペロブスカイト型色素増感太陽電池 5

日記 by phason

"Efficience planar heterojunction perovskite solar cells by vapour deposition"
M. Liu, M.B. Johnston and H.J. Snaith, Nature, in press (2013).

色素増感太陽電池というものがある.良く用いられるのがTiO2に色素(金属錯体が多い)を吸着させたものなのだが,色の濃い色素が光を良く吸収,そのエネルギーをTiO2に受け渡し電荷分離を起こすことで起電力を得るというものだ.色素増感太陽電池の利点として良く挙げられるのは以下のような点である.
・塗布や印刷などのウェットなプロセスで作成出来るため,量産が楽.
・有機分子などを使うので,環境親和性が高い(ものもある)
・様々な色のカラフルな太陽電池が作成できデザイン性が高い.また異なる色の太陽電池をタンデム型に積層することで効率を上げられる.

その一方で,以下のような弱点を持つためほとんど実用化はされていない.
・効率が低い.例外的に10%を超える効率のものもあるが,非常に高価な金属を使用するため量産に向かない.
・有機分子が分解しやすいため,十分な封止が必要.また液体を用いる場合も多く,外部衝撃に弱い.

さてそんな中,桐蔭横浜大学の宮坂先生らのグループが開発したのが,有機-無機複合物質であるハロゲン化鉛系ペロブスカイトを利用した色素増感太陽電池である.この物質はハロゲン化鉛(これは負に帯電したユニットとなる)の作る二次元シートと,有機カチオン分子が並んだ層とか交互に積層した物質なのだが,これをTiO2に吸着させると非常に効果的な増感色素となったのだ.2009年にこの基本的な部分が発表された後,2012年にはついに変換効率が10%を超えるものが作成された(スイスのGratzelらは,ついには15%以上をたたき出した).この物質は(鉛というあまり環境によろしくない元素を使ってはいるが)高価な金属などは含んでおらず安価,しかも液相のプロセスが利用できるという事で非常に量産性の高い太陽電池であると期待され,数多くの研究がなされ様々な発見が相次いだ.例えば重要な発見として,担体となるTiO2の構造をうまい具合にナノ・メゾレベルで制御する事が重要である,といったものが挙げられる.
だが,このあたりから雲行きが怪しくなる.TiO2の構造が重要らしいと言うことで,そのあたりに様々に手を加えた研究が出てくるのだが,どうにも結果がおかしいのだ.通常はTiO2を高温処理して焼結するのだが,そんな処理をしなくても効率が高かったりする.これは実に奇妙な結果である.TiO2が焼結されていないという事は,TiO2のほとんどは発電に関与していないはずだ.なぜなら,焼結されていないTiO2間では電流がほとんど流れず,光によって生じた電荷が電極にまで到達できないからだ.最近になってこのあたりを調べた研究が報告され(今年のNature系だかScienceだかのはずだが,失念),「実は電荷はTiO2関係なくペロブスカイト部分を直接流れているらしい」なんて事が判明してきた.

となると,これはもはや色素増感太陽電池では無いのでは?という疑問が生じる.本来,色素増感太陽電池というのは,「電荷分離を起こすにはちょうど良いけど,光吸収が弱い物質」と「光吸収が強い物質」を組み合わせ役割分担させることで発電する素子である.ところがこのペロブスカイト系は「自分のところで光を吸収して,そのまま電荷分離を起こして起電力を生んでいる」可能性があるわけで,色素増感と考えるには無理が出てくる.

そういった流れにおいて,とどめを刺すのが今回の論文である.
著者らが行ったのは,この有機無機ハイブリッド系であるハロゲン化鉛ペロブスカイトを,純粋な層として積層し固体太陽電池(化合物太陽電池)を作りましたよ,というものになる.
著者らが作成した太陽電池の構造は,
光→ |ガラス|透明電極|n型半導体層(電子輸送用)|ペロブスカイト層|p型半導体(ホール輸送用)|電極|
と言う構造になる.光がペロブスカイト層に当たると電子とホールのペアが生まれ,電子はn型半導体に吸い寄せられ,ホールはp型の方に吸い寄せられ電荷が分離,それにより電極間に起電力が生じる,というものだ.まあ,いわゆる一般の固体太陽電池の構造そのままだと思ってもらって良い.ペロブスカイト層に関しては,ヨウ化鉛を一方のソースから,有機カチオンのヨウ素化物をもう一方のソースから加熱して飛ばし,基板上で両者が反応して堆積していく.その結果出来上がるのは非常に結晶性が良く,均一でフラットなペロブスカイト層である.

では,これを使って発電した結果はどうだったのだろうか?
驚くべき事に,非常に高い変換効率での発電に成功してしまった.著者らが液相プロセスで今まで通りに作成した比較用のセルでは変換効率が9 %弱程度だったのに対し,今回作成した太陽電池ではベストの値で15.4 %,平均でも12 %以上の変換効率が実現できてしまったのだ.
要するに,今まで「ペロブスカイトを入れると,こいつがいい感じの増感色素になってTiO2を使った太陽電池が出来ます!」と信じて研究をしていたら,実際には「ペロブスカイトはいい感じの太陽電池になります.TiO2?ああ,一緒に入ってるだけですね.むしろペロブスカイト部分の結晶性を低下させるんで居ない方が……」という,なんともやるせない結果が得られたのだ.つまりこれまで,「TiO2とペロブスカイト部分との混ざり方をうまくコントロールすると高い変換効率が得られた」と思っていたことは,実際には「うまいことTiO2とペロブスカイト部分が分離した構造になり,TiO2がペロブスカイト部分を通る電荷を邪魔しないような構造だと効率が高かった」というわけだ.まさに想定外.

この結果自体は,数ヶ月前の国際学会で発表されていたのを人づてに聞いていたので知っていたのだが,色素増感系をやってる人にとってはがっくりくるような結果であろう.なにせ,「色素増感太陽電池の変換効率が一気に増大!劇的な高効率に!」と思ってそれをさらに進めようとしていたら,「いや,それ,色素増感関係ないから」と突きつけられたのだから.
まあ,「有機無機ハイブリッド系で高い変換効率が出る」という面で化合物半導体太陽電池の新しい設計指針へと発展していく可能性はあるが,当初の方向からはずいぶんとねじ曲がってきたものである.研究は,げに難しき.

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  • 有機分子だから耐久性にも問題がありそうだし、
    結局のところ植物から取り出したクロロフィルを使った教材用に落ち着くのかな?

    • 耐久性 → 微妙
      効率 → 低い
      フレキシブル! → 無機系薄膜でも出来るんで……
      安い! → 安い色素増感系は効率低いよね?&化合物系も結構安くなってきたし
      大面積化が可能 → 製造業が本気出したときの凄さを舐めんなよ?(無機系でも大面積化は結構可能)
      カラフル! → いや、それ効率低いんで……

      ほんと、どこ行くんだろう……
      #何かのブレークスルーで20%ぐらい行っちゃったらわからんけど。

      親コメント
  • つまり、Ru錯体涙目ってことなのでしょうか?
    ぺロブスカイト構造が重要であるならば、化合物半導体系で
    よく研究されているCu-In-Se化合物でペロ部スカイと構造が
    実現できればさらにいい結果が出るということなのだろうか?
  • by Anonymous Coward on 2013年09月12日 21時46分 (#2459246)

    ペレストロイカすると、大分変わると読んでしまいました

  • by Anonymous Coward on 2013年10月22日 22時14分 (#2481931)

    物性的には有機物もいらないような。。。有機物だからホール輸送特性が高いという訳ではないので。
    耐久性の観点から、有機無機ハイブリッドである必要もない、という展開になりそうですね。

    基本的に、エネルギー問題自体が石油がない!ってところから始まってる訳だから、
    石油から作る有機物で発電ってのもナンセンスな気もしますが。。。。
    石油ベースの有機系太陽電池で世の中があふれたら、低炭素社会にはならないですよね。

    化学教育の観点からは、色素増感は光化学、有機化学、錯体化学、電気化学と色々学べるので、
    非常に興味深い系ですけどね。

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ナニゲにアレゲなのは、ナニゲなアレゲ -- アレゲ研究家

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