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日記

phasonの日記: ウェハーサイズの単結晶グラフェン作成法

日記 by phason

"Wafer-Scale Growth of Single-Crystal Monolayer Graphene on Reusable Hydrogen-Terminated Germanium"
J.-H. Lee et al., Science, in press (2014).

現在の計算機を支えているのは間違いなくSiベースの技術である.それらSiを元に作られる電子素子が高い性能を発揮できる理由のひとつとして,非常に純度が高くしかも原子レベルで平坦な単結晶ウェハーを作成できる点が挙げられる.この均一なウェハーを出発物質とすることで,均質で特性の揃った素子の生産が可能となっている.ところが近年になり,そんなSiベースの半導体素子にもいよいよ物理的な限界が近づいてきたため,よりすぐれた素材の探求が各地で進められている.
そんな注目されている素材の一つが単層グラファイトであるグラフェンである(最近では,数層の厚みのものもグラフェンと呼ばれているが,元々は単層のものだけを指す).グラフェンは原子1層レベルという究極の薄さとそれに見合わぬ高い機械的強度,非常に大きな易動度による高い導電性,高い熱伝導度による熱拡散性の高さなど,様々な優れた特徴を併せ持っている.さらに他の材料やグラフェンを積層したりエッジ部分を化学修飾したりすることで金属からnおよびp型半導体を作成できるなど,電子素子としての活用に向いている素材である.

そんなグラフェンをCPUなどへ応用しようと思った時に障害となるものの一つが,単結晶の作成の難しさだ.多結晶グラフェン,つまり無数の異なる方向を向いた小さなグラフェンの接合体であれば,既にメートルスケールでの作成が報告されている(研究者は違うが,今回と同じくSungkyunkwan University&Samsungによる仕事).しかしながら多結晶グラフェンでは,単層であっても面内に無数の異なる結晶の接合部があり,これらが電子を散乱してしまうことで抵抗は高くなるし,デバイスを作成した時のばらつきも大きくなる.このため,応用を目指し単結晶グラフェンを作ろうという研究が多くの研究機関で行われている.
では,どうやれば単結晶グラフェンが作れるだろうか?単層グラフェンは多くの場合基板上での炭化水素(メタン等)の熱分解により作成されているが,この時,グラフェン結晶の発生するポイントを少なくし,少ない成長点(結晶核)から大きく成長させることで単結晶グラフェンを作る,というのが一つの方法である.これは確かにきれいな単結晶グラフェンが成長するのではあるが(数 cmサイズのものが作成されている),コントロールが難しく再現性が低い点(サイズが毎回異なる)が問題となる.偶然近くに結晶核があれば,その部分は多結晶化してしまうためだ.
もう一つの手法として,「多数の結晶核から成長するけど,それら全てが厳密に同じ方向を向いた結晶となっている」という手法が考えられる.この場合,複数の結晶が左右から成長してきても,それらの接合部は原子レベルで整合している(それぞれの結晶の向き=原子配向が完璧に一致している)ため,欠陥を生じずきれいに結晶が融合できるためだ.今回の論文で報告されているのはこちらの手法での成功例である.
概念図は,Supplementary MaterialsのPDF中のFigure S1を見ていただきたい.

この後者の手法を用いようと思う場合,いくつか必要となる特徴がある.まず一つ目が,基板がある軸方向などに特異的に異方性を持っている,という事である.例えば基板のある方向に原子レベルでの溝が存在する,などだ.この異方的な基板の上で結晶が成長する場合,当然ながら結晶が「向きやすい方向」というものが現れる.すると,異なる位置から成長する別々の結晶であっても,内部の原子配列が厳密に同じ向きに揃ってくれる.
次に必要なのは,基板表面の非常に高い平滑性である.たとえ基板上で結晶が同じ向きに成長しようとしても,基板自体があちこちでがたがたに崩れているのでは,上に乗った結晶がきれいに融合することは出来ない.
そして最後は,基板表面の原子配置の間隔が,グラフェンの原子間隔とほぼ同じ(もしくは,ある周期で一致する)という点だ.これがなければ,グラフェンが成長するに従い基板との整合性がとれなくなり,成長は乱雑になってしまう.基板の原子周期に合わせてグラフェンがきれいに成長する(エピタキシャル成長),
こういった特徴を併せ持つ基板として,今回著者らが選んだのが(110)面を出したSiウェハー上に薄くGeを蒸着し(こちらも(110)面が出る),さらにその表面を水素終端した,というものである.最下段のSiは,よく知られるように非常に大きくかつ原子レベルで平滑な面が出ているウェハーが容易に手に入る.Geの(110)面はグラフェンと整合性がある格子であり,しかも原子レベルの細かな山や谷が一方向に伸びているため上で成長するグラフェンの結晶格子がある決まった方向に限定される.そして水素終端(固体の最表面は結合が切れているわけだが,そこに水素原子をくっつけることをこう呼ぶ)は,後で述べるようにグラフェンのきれいな成長に不可欠となる.こういった基板の上でグラフェンを成長させたら,ウェハー全体に広がる単結晶・単層グラフェンが得られたよ,というのが今回の報告である.

では,この基板上でグラフェンを成長させたらどうなったのか?結果を見ていただくのが早いだろう.Supplementary MaterialsのFigure S2 A~Cにあるように,無数の結晶核から発生した無関係な無数の結晶が,成長とともにきれいに融合し,非常に大きな均一な面になっていることが見て取れる.同じくFigure S2のF~Hに示されている,異なる3点(異なる結晶核から成長した部分)の拡大図においても,原子レベルで配向が揃っている事がわかる.「結晶核の配向が厳密に揃っていれば,別々の点から成長した結晶であってもきれいに融合する」という事が,見事に示されていると言える.
この欠陥の少なさは,ラマン分光によっても示されている.グラフェン(などの炭素シートを持つ化合物)は,DモードおよびGモードと呼ばれる2つの強いラマン散乱を示す.前者はグラフェンシートの欠陥に関連した散乱で,後者はグラフェン構造そのものに関連したモードとなるため,これらの強度比(D/G)をとると,結晶性の高さを見積もることが出来る.結晶性が高ければDモードが小さくなるので比はゼロに近づき,逆に欠陥が多ければ値は非常に大きくなる.本手法で作成したウェハースケールのグラフェンではD/G比は0.03以下と非常に小さい=結晶性が高かった.一方,一般的に作られている多結晶グラフェンシートの場合は0.4程度と欠陥が多く,その差は歴然としている.
欠陥の少なさは,電気特性にも表れている.本手法で作られたグラフェンの易動度は7250±1390 cm2/V・sと,多結晶グラフェンの数倍に達している.これは欠陥の少なさ=散乱の少なさによるものである.また,作成した素子ごとのばらつきも小さく,比較的再現性の良いものが得られる.

このようにきれいに成長できる理由の一つは,Geの水素終端にあるのだろうと著者らは指摘している.概要がSupplementary MaterialsのFigure S4に示されているのだが,Geの水素終端はグラフェンのCVDを行うような温度は非常に揺らいでおり,水素原子は簡単に外れたりくっついたり出来ることが知られている.グラフェンの「端」は反応性が高く他の原子にくっつきやすいため,水素原子を押しのけて基板であるGeにくっついている.CVDにより炭化水素が分解してグラフェンになるにはGe表面が触媒として働かないといけないのだが,それはこの部分で起こるわけだ.その一方で,「すでにグラフェンになってしまった部分」はGeにくっつこうとする力が弱く,そのため横から侵入してきた水素原子がGeを再度終端し,グラフェン自体は水素の上に弱く「乗っかっている」状態になっている.このためグラフェン本体は少しだけ曲がったり動いたりといった事が比較的行いやすく,異なる結晶核から伸びてきたグラフェン断片同士がくっつく際に非常にきれいに接合する役に立っているのであろう.

この「水素の上に浮いたグラフェン」という構造は,作成したグラフェンを基板から剥がす際にも役に立つ.著者らが行ったのは,作成したグラフェン上にさらに金を薄く蒸着,その上から熱剥離性のテープを貼って剥がす,というものだ.テープ-金-グラフェン間の相互作用は水素終端したGeとグラフェンとの間の相互作用より十分強いので,グラフェンは切れに剥がれる.グラフェンを別な基板に乗せ,加熱するとテープはグラフェンから剥がれる.さらにKI+I2を入れた水(か何か)で酸化すると金だけがきれいに除去され,目的とした基板上に乗っかったウェハーサイズのグラフェンを容易に得ることが出来る.さらにイオンエッチングなどでグラフェンを削ったり,金属蒸着を行ったりすれば,任意の形状の回路を作成することも可能である(Supplementary Materials Figure S13).
一方,グラフェンを剥がした後のH/Ge/Si基板の方は,何度か繰り返してグラフェンの作成を行うことが出来る.つまり,ウェハースケールの単結晶グラフェンを連続的に生産することが可能である.

本手法は,非常にきれいなグラフェンを,かなり大きなサイズで量産できる可能性を示した非常に画期的なものである.これを利用することで,今後グラフェンを用いた素子やらナノ機械的な道具,様々な測定に使用可能な極限まで薄い容器などの開発が期待される.

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