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アレゲなニュースと雑談サイト

hylomによる 2009年10月07日 16時15分の掲載
次はぜひ2次元の女性を見たときの反応と3次元の女性を見たときの反応をお願いします部門より。

よく出来てない科学も by ふぉるしぃ 曰く、

NewsWeekの記事より。科学的事実を受け入れるときと宗教的信条を認めるときとで、脳内にて同じプロセスが行われていることがfMRI画像による脳内診断によって明らかになった。この研究を行ったのはUCLAのSam Harris氏らで、PLoS Oneに論文が発表されている

研究では、「イエスは天に昇り、御父の右の座に戻っている」という信条に即座に同意するような敬虔なキリスト教徒15人と、「イエスが昇天したなんて信仰は事実ではない」というような無神論者15人を対象に調査を行った。被験者に対し、それぞれfMRIの上で信仰、信仰の否定、そして経験的に立証可能な簡単な事実についての記述をスクリーンに投影した文章を読ませることで、脳の活動を測定したという。

その結果、どの場合も前部前頭葉皮質の自己意識を支配する領域が活動していることが明らかになったとのこと。NewsWeekの記事いわく、「脳という観点からすると、宗教的信条と経験的なデータは同じもの」だそうだ。

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  • nemui4 (20313) : 2009年10月07日 16時29分 (#1650196) 日記

    対象が何であれ自分が信じていることを述べているだけなんだから、そのときの脳の状態に変わりがないというのは当たり前な気がするけど。
    当たり前のことを検証するのも科学でしょうか。

    この実験結果から導きたいことはなんでしょね。

    • Anonymous Coward : 2009年10月07日 16時43分 (#1650210)

      この実験結果から導きたいことはなんでしょね。

      筆頭著者のHarrisってひとが無神論者で2005年に「PEN/Martha Albrand賞」をとった“The End of Faith” [amazon.co.jp]の著者ってのも踏まえてみると分かる。

      wikipediaだけど [wikipedia.org]

      In The End of Faith, Harris devotes a chapter to "The Nature of Belief." His main argument is that all our beliefs, except those relating to religious dogma, are based on evidence and experience. He says that religion allows views that would otherwise be a sign of "madness" to become accepted or, in some cases, revered as "holy."

      「「神による禁忌」って思ってるものって、単に経験的事実なんだよ。」(豚は不浄←寄生虫に注意、みたいな)ってのがこの人のもともとの主張で、脳内情報処理もそうなってましたね、ってこと。

    • flutist (16098) : 2009年10月07日 16時40分 (#1650207)

      科学者からすると、信仰ってのは論理的思考に基づくものではない。
      したがって、科学的思考をするときと、脳の活性部位が違ってるかもしれない。
      じゃぁ見てみよう…

      うーん、変わらんな…

      まぁそれはそれで興味深いから、論文書いて投稿しよう。-> NewsWeek の目に留まる

      てなとこじゃないすかね。それにしても「脳というの観点からすると」ってどういう観点だ。

      • 1個のコメント が現在のしきい値以下です。
    • 邪推ですが、敬虔なキリスト教徒にも来て学んで欲しいから、とか考えたりもします。
      なにせ宗教国アメリカの大学ですもの。

      # 進化論よりも優れた理論が出てきて進化論が否定される、というのならわかるが、「それは聖書の記述に反するから否定」されちゃう国ですから。日本の感覚ではよくわからない事情があるんじゃないかなぁ。
    • 1個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • Anonymous Coward : 2009年10月07日 17時03分 (#1650233)

    科学的事実を受け入れるときと宗教的信条を認めるときとで、脳内にて同じプロセスが行われていること

    オブジェクトクラス「認める」: 引数として与えられるのが”科学的事実”か”宗教的信条”かの違い。戻り値として信じる度合いによって”お布施(long)”を戻します。

  • Anonymous Coward : 2009年10月07日 18時33分 (#1650300)

    nonreligiousを無神論者と訳すのには違和感ありまくり
    せめて無宗教者、
    なるべく正確に言うと、信仰生活をしていない人、非宗教帰依者、宗教から解放されている人
    そんな感じじゃない?

  • Anonymous Coward : 2009年10月07日 21時18分 (#1650402)
    例えば宗教信じちゃってるような馬鹿とか白痴は、
    ツボを買わなかったから不幸になったという観測を
    そのまま信じ込んでいるわけ。

    で、科学者は水素と酸素を混ぜて燃やせば酸水素爆鳴音が鳴る
    という経験的事実を積み重ねて体験から信じていくわけですよ
    この信じるとういうプロセスの間に理論や論理が必要とするのが
    科学の徒であり、信仰を必要とするのがキチガイ達で、信じた後の
    脳内プロセスには差異は無いというのが研究結果。

    馬鹿は馬鹿なことを信じてしまえる人って事かな?
  • Anonymous Coward : 2009年10月07日 23時16分 (#1650468)

    そもそも科学技術は信じることを要求しない。
    その仕組みに対して理解を放棄しようとも波動関数は役に立つし、
    「こんな鉄の塊が飛ぶわけない」と考えていても飛行機は飛ぶ。

    一方、全ての宗教は信じることを要求する。
    「信じなければ救われないぞ」と脅しをかける。

    私は科学のほうでいいや。

  • Re:ん? (スコア:3, おもしろおかしい)

    Arc Cosine (35004) : 2009年10月07日 16時41分 (#1650208)
    科学教じゃない?(笑)
    • Re:ん? (スコア:2, 興味深い)

      Anonymous Coward : 2009年10月07日 17時17分 (#1650246)
      「この世に科学で説明できない事象は存在しない」と信じなければ、
      科学って成り立たないと思うのですよ。
      それは宗教に対する盲信と、ほとんど同じようにも思えます。

      実際、科学に反する物の不在を証明することはできないですよね。
      悪魔の証明になっちゃうから。

      # 今まで生きてきて、科学で証明できない事象には出会ったことないですけどね。
      • simon (1336) : 2009年10月07日 19時18分 (#1650326)

        >「この世に科学で説明できない事象は存在しない」と信じなければ、
        >科学って成り立たないと思うのですよ。
        >それは宗教に対する盲信と、ほとんど同じようにも思えます。

        >実際、科学に反する物の不在を証明することはできないですよね。
        >悪魔の証明になっちゃうから。

        ある事象からその背後に存在する普遍的な法則を発見しようというのが科学です。
        だから「科学に反する物」というものは存在しません。

        それは
        「既知の科学に反しているように見えるもの」
        です。

        なぜ既知の科学では説明できないのだろうか、と考えるのが科学です。
        その存在を躍起になって否定するのは科学的態度ではありません。

        たとえば、強い重力下での物体の振る舞いについて。
        円の一周が360度以下になるとか、時間の進み方がおかしくなるとか、そういった事象はそれまでのニュートン力学では説明できません。
        いわば「科学に反した」存在だったわけです。

        それにたいして「ニュートン力学は特定の条件下では成立しないのではないか」というようなことを思いついたアインシュタインさんがそれを「一般相対性理論」という理論にまとめて、その現象を科学で説明できるようにしました。

        このように、「科学に反した」ように見えるものも、時間をかければ必ず説明できるというのが科学の考え方で、「今の科学では説明できないけど、そのうちたぶん説明できる」という確信は、それこそ全人類が共有してもいいと思われ。

      • Re:ん? (スコア:2, おもしろおかしい)

        Anonymous Coward : 2009年10月07日 17時31分 (#1650258)

        科学ってのは「御利益」が目に見えて現れるひとつの宗教体系だって習いました。
        科学と宗教を対置したり一方が一方を敵視することの無意味さを強調するためでしょう。

      • 5個のコメント が現在のしきい値以下です。
  • prankster (12979) : 2009年10月07日 17時12分 (#1650243)
    アーサー・C・クラークの「クラークの法則」第三番だと思います。
    >充分に発達した科学技術は魔法と見分けが付かない。
  • Anonymous Coward : 2009年10月07日 17時59分 (#1650281)

    そしてそれをぱろった「ギリギリ科学少女ふぉるしぃ」(タレコミ人欄に注目)も国内SFでは知名度があるので覚えておいたほうがよろしい…か?

    http://sasakitakanori.com/archives/955 [sasakitakanori.com]

  • Nuisan (34779) : 2009年10月07日 19時27分 (#1650333)

    脳科学()笑

    けぶんりっじ めっそど [uncyclomedia.org]を表意文字に拡張しようというのは無謀なのでは・・・

  • USH (8040) : 2009年10月07日 19時35分 (#1650339) 日記

    確かに、今回の結果は、宗教的信条による思考と科学的な思考の際に使われる脳の部位に、少なくとも共通部分があるように見える(本当に共通かどうかまでの精度があるかは微妙)、というだけのような気がする。

    それよりも、数学的真理に触れた時に感じる快感と、信仰により神の啓示を受けたときに感じる恍惚(そういうのがあるのだとしたら)が同じかどうかとか、その辺りが興味あるなぁ。

    ついでに、キリスト教だけでなく、他の宗教でも同じなのか辺りも。
    (一神教vs多神教とか)

  • Re:ん? (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2009年10月07日 20時15分 (#1650363)

    人は信じたいと思うものを受け入れる

    というのは科学哲学の言葉だっけか
    そういう視点でのコメントがネット界隈ではあまり見られないのが残念だ

  • Technobose (6861) : 2009年10月07日 22時14分 (#1650439)
    ケプラー、デカルト、ニュートン、ライプニッツは「科学者」ではなくて
    「哲学者」です。
    彼らはキリスト教の正しさを確かめるために自然の原理を追求した人たちです。
    現代の我々が想定するような「科学」の萌芽がみられ始めるのは、フランス革命
    の前後に影響力をもった啓蒙主義の影響を受けて1820年代あたりから。
    特にフランス革命で人材を失ったフランスで、人材を速やかに育成するために
    エコール・ポリテクニークのような教育制度を整え、その実績が周辺国に理解
    されはじめてから、現代の「科学」のように知識それ自体を目的にした知的活動
    と専門家が、社会的に認知され始めてます。
  • あ、オレと同じ!
    (昔SFばかり読んでて、今はラノベ中心)

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