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アレゲなニュースと雑談サイト

Acanthopanaxによる 2008年05月16日 20時50分の掲載
The God Delusion部門より。

capra 曰く、

「宗教のない科学は不完全であり、科学のない宗教は盲目である(Science without religion is lame, religion without science is blind.)」とアインシュタインは言ったそうですが、彼の宗教観が垣間見える私信がロンドンで競売に出されました(時事通信記事本家記事)。この手紙は、宗教に関する著書を彼に贈った哲学者のエリック・グートキンド氏に宛てた1954年1月3日付のもので、「宗教は子どもじみた迷信にすぎない」、「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない」など、神の存在を否定する内容となっています。また、ユダヤ教は他の宗教と何ら変わりなく、ユダヤ人は他の人たちと何ら違いはないとも述べ、ユダヤ教の選民思想に対する否定的な考えも明らかにしています(手紙の一部抜粋英訳)。

ちなみに落札価格の見積もりは160万円だそうですが、競売は現地時間15日とのことなので、ちょっと間に合わず残念(?)です。

関連ストーリー

この議論は賞味期限が過ぎたので、保存されている。 新たにコメントを書くことはできない。
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  • 次の商品は (スコア:5, おもしろおかしい)

    Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時54分 (#1345345)
    神が転がしていたサイコロです
  • それはサイコロまかせよ~どーん!

    6!

    深夜バスでエルサレム!
  • そんなもの、私も山ほどもってますよ。
  • 目の代わりに「火」とか「水」とか「雷」とか書いてあるんですね
    --
    -------- tear straight across --------
  • Re:次の商品は (スコア:4, おもしろおかしい)

    onmyoji (18360) : 2008年05月17日 22時16分 (#1345711) 日記
    ア「えー、また僕ですか?僕、ちょっと多くありません?
      そうですねぇ、ボーアの後やから・・・」
    プランク「別になんでもええやろ?」
    ア「いやー、そういう訳にはいかんでしょ。
      あのー、僕がなんか予言した!いうて、ちょっと前に騒がれたん、覚えてます?」
    ポアンカレ「ああ、どっかの国が将来世界政府の盟主になるとか。どこの国やったっけ?」
    ア「えっと、日本です。
      そいで、『そのような尊い国を作っておいてくれたことを神に感謝する』って続くんです」
    ボーア「へぇ、そんな事言っとったんや」
    ア「でもね、あれね、僕が言うたんや無いんですよ、実は」
    プランク「ええっ!だってワシ、レオ・シラードから聞いたぞ」
    湯川秀樹「あ、僕も朝永振一郎から聞きましたよ、あいつすんごい感動してましたけど?」
    ア「だって言ってないもん。ウソです嘘。」
    シュレディンガー「えーなにそれ。自分、言った事忘れてるだけちゃうの?」
    ア「いや、よく調べてみたらね、昔シュタインって人が同じような事を言ってたみたいなんですよ」
    ポーリング「はいはいはい、なんとなくわかりましたよ」
    ア「それでね、外国人の名前ってよくわからんやないですか。
      だから、誰かが『シュタインとアインシュタイン、同じようなもんやから、あいつが言うた事にしとこか』と、
      大方そんな事やないかなと(笑)」
    プランク「安直やな~(笑)」
    ア「でしょ。だって、僕、神様信じてないのに、『神に感謝する』なんて言う筈ないでしょ(笑)」
    プランク「おもろいな~。すべらんね~」
    ボーア「いや、今のはちょっと微妙ちゃいます?」
    ポアンカレ「まぁまぁええやん。次ぎ行きましょ」
    プランク「そしたらサイコロふるで。・・・あ。」
    ア「えーまた僕ですか!
      ちょっと待ってくださいね。
      国籍が無かった話は言いましたよね?」

  • まず、この手紙は1945年に友人のEric Gutkindに当てて書かれたものです。確かに問題の抄訳の第一段落では神の否定、特にユダヤ教の否定が書かれています。
    ではなぜ、アインシュタインは友への手紙にこんなことを書いているのでしょう?
    それを理解するには抄訳の第二・第三段落を見なくてはなりません。

    In general I find it painful that you claim a privileged position and try to defend it by two walls of pride, an external one as a man and an internal one as a Jew. (中略)
    What separates us are only intellectual 'props' and `rationalisation' in Freud's language.
    Therefore I think that we would understand each other quite well if we talked about concrete things.

    つまり、アインシュタインは別にシニカルな言い回しを用いて有神論を喜び勇んで否定していたわけではなく、Gutkindとの宗教的確執にケリを付けようとしていたのです。
    文脈から察するに、無神論者のアインシュタインと厳格なユダヤ教徒でしかも選民思想を持ったGutkindとの間で信仰について少し議論があったと考えられます。
    おそらく、その議論を終わらせるためにアインシュタインは、第一段落で彼の無神論的考えをはっきりと述べ、第二段落でGutkindの宗教的狭量さに対する遺憾の意を表し、第三段落で抽象的問題ではなく具体的問題についてなら分かり合えるだろうと書いたのでしょう。

    この手紙から読み取れるのは、せいぜいアインシュタインは(穏やかな)無神論者であり、友人の熱心過ぎる信仰心とそれに伴う偏狭さに辟易してたことぐらいでしょうね。
    少なくとも、アインシュタインがドーキンス的な反宗教論者であったと判断するのは少しばかり無理があります。
  • GG (21918) : 2008年05月16日 23時06分 (#1345387)
    >The word god is for me nothing more than the expression and product of human weaknesses,
    >For me the Jewish religion like all others is an incarnation of the most childish superstitions.

    んー。
    「私にとって」という言葉が入っているので、神をの存在を否定しているというより、
    「アインシュタインは神を必要としなかった。」と解釈すべきではないでしょうか?

  • これは本文の趣旨から外れますが、、、
    神は主観的な存在なので、神を必要とする人には神が存在します。
    したがって、「神は存在しない」と「神は存在する」は同時に矛盾無く成立します。

    アインシュタインは、自身の主観的な神は否定していますが、
    神の実在ついては何も言っていません。

    数字は実在しないけど、あると考えた方が便利なので皆使ってますよね。
    そして、数字を使わない暮らしをしている原始人にとって数字は存在しません。
    それと同じことです。
  • 私の言いたかった事の趣旨はそこではありませんよね?
    話の腰を折るのは無粋ですよ?
    KYと言われた事ありませんか?
  • そういう趣旨で「数字は実在する」という例を出したのだと解釈したんだが・・・
    まあ、自分がそう思ってるから、そう解釈したんだろうし、そう思ってないから解釈が違うんだろうが。
  • 160万円か。安いな。 (スコア:2, おもしろおかしい)

    Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時12分 (#1345320)
    私なら、16億円まで出せるぞ。
  • 無粋ですが (スコア:1, 参考になる)

    Anonymous Coward : 2008年05月17日 6時57分 (#1345515)
    >私なら、16億円まで出せるぞ。

    オークション、16億円ということで、多分元ネタ [gigazine.net]
    ※画像がちと問題かもしれないので会社等で開く場合には注意
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時58分 (#1345350)
    「宗教は子どもじみた迷信にすぎない」
    「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない」
    これらの文の前後にどんな事が書かれているのかを読んでみないとなんとも言えない。

    発言の中から特定の部分のみを切り出しての報道には辟易。
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 22時15分 (#1345355)
    他のレスでも出ている「神はサイコロを振らない」発言とかを合わせて考えると、

    「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない」
    の 人間の「弱さ」は、人間の世界法則への知識が足りないことを意味するものなのかなぁとも思いますね。
  • サイコロ遊びをしないと言ったときの「神」と同じものを指してるのかな~?
    なんとなく、「宇宙の原理」と「人間の作ったフィクション」を分けてるような気がするけど。
  • kai (5115) : 2008年05月16日 23時55分 (#1345417) ホームページ
    アインシュタインのような偉大な科学者であってさえ、宗教を否定する時には「子供じみた」とか「迷信にすぎない」とか言う非科学的な言葉を使ってしまうと言うのが人間と宗教との関わりの根深いところですね。

    いやしくも科学的に考えるなら、宗教と言うものを考える時に見逃すことはできないことが1つあります。それは、「人類は信仰心に多大な投資をしてきた」と言う明白な事実です。

    この事実は明白に次の結論を導きます。すなわち「信仰心を持つことは生き残るのに有利だった」と言うことです。実際、歴史上人類が信仰心と言うものに投資してきた資源はあまりにも莫大なもので、これが単に無意味な投資だったなんてことはクソありえないことです。そんなことはたとえ神その人が許してもダーウィニズムが許しはしません。特に人類のように資源を奪いあって同族殺しを積極的にやらかし、絶え間なく戦争を繰り返すような種にあってはなおさらです。あきらかに、「信仰心を持つことは、生存に有利だった」のです。そうでなくては信仰心などと言うものは歴史の初期で途絶えていたはずです。

    では、信仰心を持つことは、どのように有利だったのでしょうか?ここで、「信仰が篤いと神様が守ってくれるから!」とか言うと話が終わってしまうので、それに代わって、「信仰心を持つと、より集団の結束が強くなる」と言う仮説を提唱してみたいと思います。

    つーかこれは仮説と言うより事実のように私には思えるんですが、どうでしょうか?あきらかに、信仰心と言うものは集団を団結させ、統一された行動を取らせる効能があるように思えます。人類のような社会的な群を作って生きる動物にとって、「より結束された、より意思の統一が取れた」集団が有利になるのはほとんど自明ではないでしょうか。人類が発展する過程において、農耕をやるにも、建築をやるにも、あるいは戦争をやるにも、より結束の強い集団が有利であった、と言うことは明白に思えます。現代的な民主主義国家でも、信仰心を軸にして統一された集団は有利ですね。アメリカでも、日本でも実例があるように思います。

    以上より、信仰心と言うものは、明白な事実と妥当な仮説により無理なく説明できるものであるように思えますね。すなわち、科学的に言うと、信仰心と言うものは、人類が、より統一の取れた行動を取るために、各人が備えた、一種の欲望である。と言えます。この点で性欲や食欲とえらぶところはないと言えましょう。

    そう、信仰心を持つことは、人が人を愛し、美味しい食べ物を楽しむのと同じように、人間としてまったく自然なことなのです。はっきり言って非科学的な要素は何一つありません。アインシュタインには好きな食べ物はなかったのでしょうか?人を愛したことはなかったのでしょうか?実際、科学の名のもとに信仰を否定することに意味があるとは思えませんね。

  • Sinraptor (22797) : 2008年05月17日 9時05分 (#1345533)
    ドーキンスが詳しく論じていますが、「信仰心を持つことは生き残るのに有利だった」というのは「今も有利である」という事を意味しません。

    たとえば昆虫はろうそくの炎に飛び込んでしまいます。これは炎に飛び込む事が生存に有利だったから発達したのでしょうか?
    明らかにそうではなく、これは月や太陽といった光源に対して一定の角度で飛ぶ事で進路を決められるように発達してきた性質です。しかし、ろうそくという人工的な光源があちこちに出現した事により、その性質が「誤動作」して不利に働いてしまっているのです。

    ドーキンスはこの例により、人類の祖先の段階で自然淘汰により有利とされたのは「宗教そのものではなく」別の要因であって、「宗教はその不幸な副産物」なのかもしれないと論じています。
    そしてその「別の要因」として彼は「子供が親を妄信的に信じる事」が生存に有利に働いたのではないか。宗教はそれが誤作動したものではないかという説を提唱しています。

    --
    //Sinraptor
  • たとえば昆虫はろうそくの炎に飛び込んでしまいます。これは炎に飛び込む事が生存に有利だったから発達したのでしょうか? 明らかにそうではなく、これは月や太陽といった光源に対して一定の角度で飛ぶ事で進路を決められるように発達してきた性質です。しかし、ろうそくという人工的な光源があちこちに出現した事により、その性質が「誤動作」して不利に働いてしまっているのです。

    この議論は面白いですね。私の回答は、「有利とか不利とか言う前に昆虫の個体数にとって火に飛び込む数なんて誤差以下」と言うことです。捕食者に食われたりその他の死因にたいしてあまりにもレアなケースで、種の存続に有利とか不利とか言う段階に達していないのでしょう。その理由は、人類が夜に火をともすようになってからもうたぶん百万年以上は経っていると考えられるのに、現在でも昆虫は火に飛び込んでいるからです。もし不利とか言う段階に達していたら、何らかの対策を講じて今はもう飛び込まないはずです。

    人類が虫が火に飛び込むことを気にするのは、夜間の固定光源のそばには(ほぼ確実に)人間がいたから、ただそれだけの理由でしょう。(種としての)昆虫は夜間に固定光源があること自体いまだに気付いていない可能性があります。

    # ただ、近年あまりにも増えてますから、そろそろ気付くかも知れませんね(蜘蛛が蛍光灯のそばに巣を張りだすとか)。

    さて、この論法にのっとるなら、問題は結局、信仰心を持つ人の数、信仰心につぎ込まれた資源(人命とかも含め)は、人類の数や人類が今までいろんなことに費してきた資源に対して、誤差の範囲なのか?と言うことになります。

    そうだ、誤差なのだ、と言い切れる人にはそれで議論は終わりなのですが、私にとっては誤差と言うにはあまりにも膨大な犠牲が信仰心によってもたらされているとしか思えないのです。今まで宗教ゆえに死んだ人の数、信仰ゆえに払われた犠牲は、世界中の夜を飛ぶ蛾の数に対して、たまたま人間が灯していたランプに飛び込んでしまった蛾の数、くらいの比率でしかないのでしょうか?本気でそう思えますか?

    それに、そう考えることは、今も多くの国で、宗教をバックにした政党が政権で大きな力を握っている、と言う事実とあまりにも矛盾しませんか?好むと好まざるとにかかわらず、信仰心は、現在でも世界のパワーバランスに大きな影響をもたらしているのです。

  • STD_AFX (9626) : 2008年05月17日 23時49分 (#1345747) ホームページ 日記
    えーと・・・、一番最初のレスに
    >この事実は明白に次の結論を導きます。すなわち「信仰心を持つことは生き残るのに有利だった」と言うことです。
    と書いてあるんだけど、そのあとで
    >今まで宗教ゆえに死んだ人の数、信仰ゆえに払われた犠牲は、世界中の夜を飛ぶ蛾の数に対して、
    >たまたま人間が灯していたランプに飛び込んでしまった蛾の数、くらいの比率でしかないのでしょうか?本気でそう思えますか?
    って矛盾はどう説明するの?

    信仰に殉じて「たまたま人間が灯していたランプに飛び込んでしまった蛾の数、くらいの比率」以上に人間が死んでいるなら
    「信仰心を持つことは生き残るのに有利だった」とは言えないと思うんだけどなぁ。
  • って矛盾はどう説明するの?

    信仰に殉じて「たまたま人間が灯していたランプに飛び込んでしまった蛾の数、くらいの比率」以上に人間が死んでいるなら

    「信仰心を持つことは生き残るのに有利だった」とは言えないと思うんだけどなぁ。

    いえ、矛盾してはいませんよ。莫大な(無視しがたい)コストを支払ってきたのは事実なんだから、それを上回るメリットがあったはずだ、と言っているだけです。

    そんなメリット何かない、と言うのは簡単ですが、それにしてはあまりにもコストが膨大だ(虫が火に飛び込む程度のコストではない)。と言うことですよ。

    そして、手前味噌に自分の主張をつけくわえると、そのメリットとは「団結を強化し、意思を統一すること」であると思われるのです。我々のように高度に複雑な群を形成する動物にとって、団結し、意思を統一することは大変メリットのあることだったのだと思います。あらゆる犠牲を払ってお釣りがくるほどに。

    こんな感じでお答えになりますかね。

    # 火に飛び込む虫については、ひょっとしたら本当は無視できる比率なんかじゃなくて、多数の個体が火に
    # 焼かれるような犠牲を支払っても虫にとって必要な何かがあって、それでやむをえず飛び込んでいるのか
    # も知れませんねえ。しかし、炎と月の光を見分けることがそれほど困難か、っつーとちょっと疑問です。
    # やっぱわざわざ対策するようなことだと思ってないんじゃないかと…。

  • 莫大なコストを支払ってきたら、その行為にメリットがあったはずというのは自明ではないですよね。

    私は宝くじに莫大なコストを払ってきたが、その行為にメリットはなかったと思います。 でも、宝くじを運用している組織やたまたま宝くじに当たった人には、宝くじという幻想を維持するメリットはあると思いますが。

    まず、あなたは(おそらく意図的に)個体のレベルともっと大きな集団のレベルを混同して話していますね。ものごとには例外がつきものなので、個人のレベルで運よく成功しようと、あるいは失敗しようと、それで全体を論ずるわけには行きません。

    それを踏まえてあえて個人のレベルでお話ししますと、あなたが今も生きていて、その上スラドに書き込めるくらいの経済力を保っていると言うことは、1つの事実を示しています。それは、「あなたが宝くじに投じた金額は、莫大ではなかった」と言うことです。どう見ても、あなたが経済的に破綻して飢え死にするレベルに達していません。そうではないですか?あなたが個人的に莫大だと思っていても、他をきりつめれば何とかなる程度の金額ではなかったでしょうか。つーか、何ともなっていなかったら今あなたと私はこうやって議論はできないはずです。

    結局、宝くじと言うあまりにも見返りの薄いギャンブルが一般に受け入れられているのは、1回に投じる金額があまりに低いからでしょう。

    私は、人が宗教に投じてきた金額は、宝くじ程度のものではなかった、と思っているのです。まあ人類の滅亡レベルまで行かなくても、すくなくとも、「隣りに宗教なんてものに無駄金を投じない国があったとしたら、その国との戦争に負けるレベル」くらいの資源は投じてきた、と思っています。どうでしょう。どうもこのへん定量的な話になりようがなくてすいませんね。

    そんなことはない、宝くじレベルの、「あたらなくてもともと」くらいの犠牲しか投じていない。と言う人もいるかも知れませんが、そうなると、宗教について世界中であんまり人が大騒ぎしすぎるような気がします(このスラドでの議論も含めて)。

    現代においては信仰よりも会社の方が安全に生き残る手段のような気がします。

    これにはまったく同意です。現代社会においては、「信仰心を通じて結束する」戦略よりも、「各人がてんでに自分の利益(金)を追求する」戦略のほうが、全体としてうまく働く、と言うことが実証されかかっているように思います。「金を求める」戦略にも欠点があると思うので、完全に決着がついたとは思っていませんが、現状ではどう見ても金が有利ですね。今後は果たしてどうなるのでしょうか。興味深く観察しています。

  • いや、信仰心を持たなかったら、たちまち火あぶりにされてしまう状況では、生き残るのに有利でしょう。
    個体にとっての有利・不利と種族にとっての有利・不利は違う。
    種族にとってどうなのかは滅亡するまで分からない。(塞翁が馬)
  • s02222 (20350) : 2008年05月17日 1時15分 (#1345458)
    進化論との絡みで言うなら、むしろ、サーベルタイガーの牙、みたいな位置づけじゃないでしょうか>神。 偏った方向に進化しすぎたせいで、むしろ生存の足かせになっているイメージがあります。

    私は哲学史に関してソフィーの世界 [amazon.co.jp]をざっと読んだ程度の知識しかなく、その範囲での印象ですが。この本を読む限り、紀元前までせっかく順調に哲学が発展してきていたのに、神という概念の発明によって、「神を哲学上どこに位置づければよいのか?」というどうでもいい命題に優秀な方々がハマり、その解決に膨大なリソースが吸い込まれてしまった結果、哲学から科学までの発展がぱたりと停まってしまっていた、と言うように見えました。
  • 今までの人間の歴史を鑑みるに「信仰心」が遺伝子レベルで
    刷り込まれているのは間違いないでしょう。

    アリやハチの集団がフェロモンで維持されてるように
    コミュニティの維持自体が宗教の本意でしょう。

    で、本来の目的でない「神様のご機嫌を取る」が主目的に
    なってしまうと、コミュニティに取っては宗教が足枷に
    なってしまうんではないでしょうか。
    --
    -------- tear straight across --------
  • >今までの人間の歴史を鑑みるに「信仰心」が遺伝子レベルで
    >刷り込まれているのは間違いないでしょう。

    そうだとしても、上手く付き合う方法はあるでしょう。聖職者の方の多くが性欲を押さえ込んで生活してらっしゃるように、私達も生まれ持った信仰心を抑制して生きていけますよ、きっと。
    それを、何かしら周りに過剰な迷惑をかつつ、これは生まれ持ったほとばしる信仰心の発露だからしょうがないんだ! と、理由付けしてる人が居たら、まあ、子供じみてるなぁ、自重しろよ、としか見えないでしょう。

    >アリやハチの集団がフェロモンで維持されてるように
    >コミュニティの維持自体が宗教の本意でしょう。

    多分、今更その機能を宗教に求めなくても大丈夫でしょう。 コミュニティの維持方法に関する研究、理解が進んでいなかった時代に、とりあえず成功する維持方法としての宗教が有効だったことは歴史が如実に示していますが。
    今やその維持の仕組みもある程度理解できるようになり、資本主義やら、民主主義やら、それに取って代わる方法も開発されつつあります。 その辺の新手法が、本当に宗教に取って代わって成功するかどうかはこれからの歴史ですから、まだ何とも言えませんが。私個人としては、今までの状況からの推測で、かつての宗教が成功した程度には成功するんじゃないかと楽観視しています。
  • アインシュタインのような偉大な科学者であってさえ、宗教を否定する時には「子供じみた」とか「迷信にすぎない」とか言う非科学的な言葉を使ってしまうと言うのが人間と宗教との関わりの根深いところですね。

    アインシュタインのような偉大な科学者なら常に科学的根拠と洞察に基づいた発言をすると期待する人がいると言うのも、また根深い科学信仰ですね。

    アインシュタインは自分の考える神のイメージはスピノザ [wikipedia.org]の考えた人格を持たない神に近いと発言しています。
    まあ神とは物理法則そのもので、その神から見れば人間も石ころも世界の構成要素として等価であり、人間が神をどう扱おうが無関心なので信仰は無意味というか、「神の存在」と「信仰」は別のものとして考えようとしていたと。
    ただしアインシュタインはあくまで「俺はそう考えてる」というだけで、他人の信仰をとやかく言うようなことは極力しなかったそうです。
    --
    うじゃうじゃ
  • とーとろじー (スコア:2, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年05月17日 0時12分 (#1345426)
    > アインシュタインのような偉大な科学者であってさえ、宗教を否定する時には「子供じみた」とか「迷信にすぎない」とか言う非科学的な言葉を使ってしまうと言うのが人間と宗教との関わりの根深いところですね。

    だって、科学的に否定出来ない事は、科学的に否定出来ないんだもん。
  • Re:とーとろじー (スコア:3, すばらしい洞察)

    bochi-bochi (4490) : 2008年05月17日 0時27分 (#1345432) ホームページ 日記
    全面的に同意。

    その一方で、宗教が科学のフリをして
    ちょっかいをかけてくるわけですな。

    --
    〜後悔先に立たず・後悔役に立たず・後悔後を絶たず〜
  • だって、科学的に否定出来ない事は、科学的に否定出来ないんだもん。

    オッカムの剃刀で削り落とすことはできますよ。私はそれで十分だと思います。否定しようとするから話がややこしくなるのです。

  • >アインシュタインのような偉大な科学者であってさえ、(略)非科学的な言葉を使ってしまう
    と前振りしておきながら
    >オッカムの剃刀で削り落とすことはできますよ。
    とスコラ哲学を持ち出すってのはどうなの?
    まぁ、確かに哲学は人文科学だけどさ・・・

    でも、元コメント読む分には「科学的=自然科学的」と読めるんだが誤読かいね?
    詭弁の特徴でも貼っておいた方がいいのかな?
  • hokuto (16888) : 2008年05月17日 0時43分 (#1345443) ホームページ
    宗教とは影響力の桁が違うプラス要素が別に存在し、その寄与によって人類は生存、繁栄をした可能性を忘れてはいけません。
    例えば科学とか、技術とかね。(鉄器や火薬が、どれほど祖先達の生存の助けになったでしょう)

    極論すれば、宗教を麻薬や犯罪と同列に語ることもできるのです。
    「多くのリソースが投じられたから」は、論理的には全く信仰と生存の相関を示すものではありません。
  • もう一個、別な地球を用意して、そっちは宗教なしで発展させてみる、というような対照実験が出来たら「やっぱり科学とか技術だけじゃ駄目で、宗教も必要だったぞ」って言えるんだけどね。そんなことは神様じゃないと無理だもんね。

  • もう一個、別な地球を用意して、そっちは宗教なしで発展させてみる、というような対照実験が出来たら「やっぱり科学とか技術だけじゃ駄目で、宗教も必要だったぞ」って言えるんだけどね。そんなことは神様じゃないと無理だもんね。

    その実験に近いことは、すでに行われていると考えられるのではないでしょうか。何故かと言うと、すべての人間が何らかの宗教を信じるというわけでは決してないからです。信仰心の薄い人はいっぱいいます(つーか、現代ではそっちのほうが多いように思えます)。

    つまり、信仰心の薄い人間の集団が発展する可能性はありました。宗教にはコストがかかります(むやみにでっかい神殿を建てたりとか、いちいち集まってお祭りをやったりとか)。そんなコストを支払わなくてすむ集団があったら、そっちのほうが発展してもおかしくはなかったのです。しかし、ご存知のように、そうはならなかった。ではそれは何故か?と言うことです。

  • 宗教とは影響力の桁が違うプラス要素が別に存在し、その寄与によって人類は生存、繁栄をした可能性を忘れてはいけません。 例えば科学とか、技術とかね。(鉄器や火薬が、どれほど祖先達の生存の助けになったでしょう)

    信仰の問題は、人間がいかにふるまうか、と言う問題なので、単なる技術である鉄器や火薬とはちょっと違うと思います。あなたは極論と言っていますが、犯罪が一番近いでしょう。同列に語っても別に問題ないと思いますが。

    さて、あなたの言うように、信仰心の影響なんて大したことはなく、別に生きるのに必須と言うわけではなかった。単に邪魔にならなかったから今もあるんだ、程度のものであったと考えることもできます。しかし、それにしては世界中に見られすぎると思いませんか?ローカルなコミュニティが、様々なマツリを通じて結束している例は人類すべてに見られると言って過言ではないですし、さらに今も世界中で新興宗教がおこり続け、多数の人々が入信し続けていると言う事実があるのです。

    私には、これほど普遍的に、莫大なコストを支払ってまで現在進行形で維持されている「信仰心」と言うものが、無意味で、不必要なものであると決めつけるのは、論理的な態度であるとは思えません(あなたが決めつけていると言ってるわけではないです。世の中には決めつけている人が多いので…)。

  • 排他的一神教が侵略的になるのは、実にもっともらしい。 無意味とは思えんね。
    そんなものがなければ、現在の国際的問題はかなり減っただろうとは思うが、戦争を通じた科学技術の発展も遅かったろうな。(ギリシャ・ローマ時代の多神教が続いてた方が、科学だけは進んだかも)
  • digoh (17917) : 2008年05月17日 8時51分 (#1345529) 日記
    まぁ真面目な議論は他の方に任せるとして

    >そんなことはたとえ神その人が許してもダーウィニズムが許しはしません。
    ダーウィニズムは「今残ってるものは必ず生存に有利なものだ」とは保証してくれませんよ?
    せいぜい「あっても困らなかった(かも)」くらいです。

    環境が充分”余裕”あるなら、「余計なもの」が許される。そうじゃなきゃ多様性は産まれない。
    宗教がその一つじゃないと結論付けるのは神以外には不可能ですな。

    #芸術、娯楽などもそう。
    #必要だという理屈を考えることは可能だけど、その理屈が正しいと証明することは不可能だなぁ。
  • >そんなことはたとえ神その人が許してもダーウィニズムが許しはしません。 ダーウィニズムは「今残ってるものは必ず生存に有利なものだ」とは保証してくれませんよ? せいぜい「あっても困らなかった(かも)」くらいです。 環境が充分”余裕”あるなら、「余計なもの」が許される。そうじゃなきゃ多様性は産まれない。 宗教がその一つじゃないと結論付けるのは神以外には不可能ですな。

    確かにおっしゃる通りなんですが、宗教が「あって困らなかった」程度のもの(かも)、と言うのには同意しかねます。何故かと言うと、余計なことで、生活の余裕を使ってやるようなことだったとしたら、「生活に余裕があるときにはやるけど、環境が厳しくなってくると止める」と言うものでなければなりません。そうでしょう?

    宗教はあきらかにそうではありません。違いますか?むしろ、環境が厳しい時にこそさまざまな宗教がはびこっていませんか?そして、生活に余裕がでてくると、宗教なんてものは流行らなくなってきます(現代日本がまさにそうではありませんか?)。

    「宗教=余計なもの」という解釈だと、環境が厳しいときにこそ宗教が猖獗を極める、と言う点を説明できないと思います。

    # そして、結論付けるのは無理、と言うのには同意です。信仰心なんて化石に残るようなものではないですからね。

  • えーと。
    私は「宗教が云々」という主張をしたのではなく
    「ダーウィニズム」という言い回しにツッコミを入れたにすぎません(^^;

    貴方が述べた理由をもって「宗教は必要であった(にちがいない)」と主張するのであれば
    むしろ同意したかと思います。
    ただそれを「神その人が許してもダーウィニズムが許しはしません」と言うのは違うよ、と。

    ># そして、結論付けるのは無理、と言うのには同意です。信仰心なんて化石に残るようなものではないですからね。
    これについても、適者生存の法則から導くのは無理だよ、と言ってるだけであって
    別のアプローチから(充分な妥当性があるという意味で)「結論づける」可能性はあると思います。
    #そうじゃないと考古学全否定になってしまいますしね(^^;

    まぁそもそも文書に残ってる程度の数千年の歴史に対してダーウィニズムを適用するのはタイムスケールが合わない、というのは誰もが分かっていることでしょうから
    (……たまに分かってない人とか意図的に適用・悪用する人とかいますが)
    一種の比喩であるこの言い回しに対してツッコミ自体が無粋、というのが本当のところ。
    お手間を取らせてしまい申し訳ありませんでした。
  • sakaki101 (30670) : 2008年05月17日 16時04分 (#1345628) 日記
    黙って見てようかとも思いましたが、これはあまりにも酷い。
    まず、kai氏の主張は、3つの点からナンセンスです。

    1.明らかにアインシュタインの抄訳すら読んでいない。さらに悪い事に、ジャーナリスティックに抜き出された一文に反射的に飛びついている点。
    2.長々と論じ立ててる割に、議論が杜撰で、論理的飛躍がある点。一つ例を上げれば、Kai氏の論法をそのまま利用して"差別"も肯定で
    事実、人類は有史以前より"差別"に熱心で、それを維持するために結構なコストを払ってきました。だからといって差別は"信仰心を持つことは、人が人を愛し、美味しい食べ物を楽しむのと同じように、人間としてまったく自然なこと"なのでしょうかね?
    3.進化論を短絡的に用いている点。

    しかし、一番の問題は、これらの議論によってアインシュタインを非難している点です。
    文脈も顧みず、アインシュタインの意図を勘違いし、お粗末な議論を重ね、アインシュタインを"科学的に非難"するというのはまったくもって慎み以前の問題ではないでしょうか?
  • さて、1番についてはまったくもっておっしゃる通りなので弁解はしません。3番については実質がないようですので、回答はしません。2番についてのみお答えします。

    「自然なこと」と言ったのを肯定的にとらえられたようですが、別段そんなつもりはありません。「人が人に殺意を抱くように」「人が差別の心を持つように」自然だ、と言ったって別に意味は変わりません。今現在でも世界中でいろんな理由で人が人を殺していますし、差別は今も隠然と(地域によっては公然と)行われています。

    「まったく自然なことだ」と言ったからと言って、それによる行動を全肯定しているとは思わないでいただきたいです。

    言いかたをかえてみると、年頃の男が女性に対して性欲を抱くことは、「まったく自然なこと」です。そうでしょう?でもそれを肯定したからと言って、強姦することを肯定したと思われては困ります。いやマジで。

    どうも過激な宗教否定派の人には、宗教がらみのことを全部強姦レベルで考える人がいて困ります(あなたのことではないです)。

    信仰心を抱くことは「人間としてまったく自然なこと」であると考えられますが、イエス・キリストやブッダの言葉に心うたれ、正しく生きようとする人間と、宗教を理由にして人を傷つけようとする人間は、恋する青年と強姦魔くらいは違います。そのへんをご理解いただければと思いますね。

  • >年頃の男が女性に対して性欲を抱くことは、「まったく自然なこと」です。そうでしょう?

    リンゴは下に落ちるのが「まったく自然なこと」ですが、そのメカニズムとその裏にある
    自然法則を探求するのが自然科学です。
    「年頃の男が女性に対して性欲を抱くこと」も、「信仰心を抱くこと」も、なぜそうなるのか
    を研究することは重要でしょう。
    その上で、もし性欲がなくとも人類社会がより幸福のうちに発展維持でき、また性欲を抑制する
    方法が実現するなら、当然「性欲はよくないことだからなくそう」という考え方が生まれます。
    当然、差別や信仰心も同じです。「みんな同じ(ように信仰心/差別心/性欲)をもつのだから
    自然なんだ。このままでいいんだ」というのは単なる思考停止だし、主観的な「好み」にすぎません。
    私が「体育会系のノリは不快だし、真剣に信仰を説く人は痛いから、啓蒙し、この世からなくして
    しまいたい」と思うのと同等の価値しかありません。
  • 「宗教」を「戦争」、「信仰心」を「闘争心」に置き換えれば、宗教版アイアンマウンテン報告(Report from Iron Mountain)に・・・ならないかw

    とりあえず、「信仰心」を否定されると困ることだけは伝わってきますが、ほとんど「信仰心」への信仰告白になっているのが残念です。
    信じるものは度し難し。

  • とりあえず、「信仰心」を否定されると困ることだけは伝わってきますが、ほとんど「信仰心」への信仰告白になっているのが残念です。

    残念ながら、ちゃんと伝わってはいないようです…。私は、信仰心を否定することは無意味だ、と言っています。本当に、信仰心を否定して、それでおかしな宗教によって苦しむ人がいなくなるんならばどんなに良いでしょう。

    さて、なんか私がどう言う人間か決めつけられたようですので、私もあなたのことを決めつけたいと思います(失礼を承知で)。

    あなたは、殺人や窃盗を犯したことがなく、そんなことは自分とは違う(邪悪な)人がやることだと思っていますね?

    あなたは、おかしな宗教にハマったことがなく、そんなことは自分とは違う(頭と心の弱い)人に起きるものだと思っていますね?

    あなたは、公然と人を差別したことがなく、そんなことは自分とは違う(心のねじれた)人がやることだと思っていますね?

    あなたは、女(or男)やギャンブルで身を持ち崩したことがなく、そんなことは自分とは違う(だらしない)人に起きることだと思っていますね?

    私は、これらすべての欲望が否定されると困るわけではありません。口先だけで否定することに、意味はないと知っているだけです。

    信じるものは度し難し。

    まさしく。私も、口先だけで否定して、自分だけ真っ白な手をしていると思い込んでいる人間は度し難い、と思っています。

    相当な断絶がありますね。

  • nim (10479) : 2008年05月19日 10時55分 (#1346297)
    論理展開が見えませんが、もし信仰が人類社会の幸福に対して総合的には
    ネガティブな影響を与えるものであるなら、

    差別をなくすために「差別はよくないことだ」と口にするのと同様に、
    信仰をなくすために「信仰はよくないことだ」と口にするのが無意味かどうかは、
    統計的な検証が必要な項目だと思いますが、違いますか?

    >本当に、信仰心を否定して、それでおかしな宗教によって苦しむ人がいなくなるんならばどんなに良いでしょう。

    という言葉から、あなたの「信仰心を否定しても、おかしな宗教によって苦しむ人は減らない」という
    主張がみてとれますが、そのエビデンスになっているのは何でしょうか。
    「信仰心を否定し続ければ、おかしな宗教によって苦しむ人が減る」という主張があったとして、
    どちらが正しいかどのように判定するのでしょうか。「自分がそう思うからそうなのだ」とか
    「これが自然だ、当たり前だ」というのは理由ではありません。
    だからこそ、実証と統計、すなわち科学的な姿勢が必要なのです。科学は自分の信じるものと他人の信じるものを
    、現実を通して理解しあうための共通言語です。時には自分の信じることが間違っていることもあるでしょうか、
    これ以外にはお互いを分かり合う手がかりはありません。
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 1時23分 (#1345460)
    信仰ってものが発生する理由はよくわからないけれど、とりあえず人間の脳が深くかかわっているってのは確かでしょうね。

    宗教というより、信仰心を生み出す力が脳の構造的なところにあるんじゃないでしょうか。そういう仮説なんかもよく聞くような気がしますし。

    ただ、信仰心が生存競争に有利なんじゃなくて、信仰心を生み出せるような妄想力や強く一つの物事を考えられる力というのが、生存競争に有利なんじゃないでしょうか。

    その力の使い方の方向によっては、技術革新や芸術も生めば、宗教や戦争なんかもしちゃうんだと思うんでしょうけれど。

    宗教が不毛かどうかというよりは、宗教って人間の脳の特徴によって生まれる人間の行動パターンだよね?
    くらいのスタンスがいいのではないかと。

    あと、科学的に考えるとそういう仮説があるという前提でも、その考え方が正しいかどうかは今のところ保留だと思います。
    脳の仕組みがより解明されれば、宗教も科学的に仕組みとして論じれると思うんですけれどね。
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 2時58分 (#1345483)
    その時期に発展を担当していたのはアラブ地域でしたので、担当者が違っただけで大して遅れてない気もします。

  • 宗教なんてもんがなければ、もう少し平和な世の中になっていたんじゃないかな。

    そのお気持はよくわかります。しかし分かっていただきたいのですが、私は善悪の話をしているわけではなく、生存の機能の話をしているのです。つまり、初期人類の集団が互いに資源を奪いあうにあたって、「宗教を持たず、平和的に暮す集団」と「信仰心によって団結した、平和的じゃない集団」が出会った場合、後者のほうが有利であったろう、と言う話なのです。歴史的に見ても、後者が前者を征服し、自分達の信仰を強制したと言う例はいっぱいあるのではないでしょうか。

    # 実際いやな話ですね。

    ちなみに、元コメントの内容は議論をするための「ネタ」だよね?

    本気で信じているわけじゃないですよね?

    自分で書いたのを読みかえして見ても、信じる信じないと言う点はないようです。「事実」と書いてあるのが本当に事実なのか、提示した解釈は妥当なのかと言う議論はできると思いますが。

  • 十把一絡げに宗教なんて言わんでくれ。
    ローマ帝国が多神教からキリスト教になったときから厄災になったんだ。
  • 宗教は手段 (スコア:2, おもしろおかしい)

    snurf-kim (10835) : 2008年05月17日 10時43分 (#1345556)
    なんちゃらとハサミは使いようみたいなもんで、宗教も使い方次第。
    否定も肯定もせず、自分が得するように宗教を利用するのがよろしい。

    我々が現在直面している最も大きな問題は児童ポルノ規制だ。
    三次元に関しては明確に被害者が存在する案件に限り規制もやむなしだが、二次元への規制が始まった場合多くの愛好者が(欲求の)行き場を失ってしまう。

    そこでいい事(?)を考えた。
    日本ではありがたーい事に「信教の自由」が認められている。
    それも相当に手厚く。これを利用しない手はない。

    二次元の少女を神として崇める「ゆりえ教」を作るんだ。
    至高神はもちろん一橋ゆりえ [google.com]様。その配下に12人の妹、幼馴染のツンデレ娘など八百万の神々が名を連ねる。

    教義ではろりろりな彫像(フィギュア)を神像として、ろりろりな図画や動画、書籍らを経典として最高の敬意を払い敬う。
    それは「ろりこん」という原罪を背負った哀れなお兄ちゃん達を現世で救済するために絶対不可欠であり、神聖にして不可侵、何人たりとも奪うことは許されない。
    それらを崇めることで、哀れなお兄ちゃん達は自らを自らの手で救済する。

    こんなブツ(閲覧注意) [google.com]を堂々と神像にして日の下に晒す宗教だってあるのだ。
    宗教活動として、ろりろりな図画を人目を避けて崇めるぐらいどうって事はない。

    宗教は容易に弾圧できない。
    某学会の存在、某新興宗教が名を変え今も存続し続けていることがそれを証明している。
    だからみんな、「ゆりえ教」ができた暁には公明党に投票しよう。

    --
    塩バニラはツンデレの味。
  • 前の会社に居た先輩の友人の酒飲み教の教義みたいだ。

    その友人が曰くには「酒は悪だ。だから飲んで我々の体内で分解、浄化する。」だそうです。

    同じ友人か知りませんが、宗教勧誘に来た人をマイリー神に回心させたって話もあります。
    --
    天琉陳(Teruching)
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時42分 (#1345334)
    その人が宗教に傾倒しているのを戒めているのか、それともその人に
    同調しているのか分からない。

    もう少し背景を理解してからその内容を吟味したいものです。

  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 23時02分 (#1345384)
    人の手紙なんて見るもんじゃないよ
  • 本来の文章はおそらく、

    わたしにとって『

    神』という言葉
    は人間の弱
    さの産物と
    いう以上の何物も意味しない。聖書は原始的な言い伝えで、非常に
    子どもっぽい

    ・・・無理でしたorz
  • imugi (35882) : 2008年05月16日 23時09分 (#1345389)

    神がどんな姿をしていようとかまわないが、神が創った世界がどんなものかは興味がある。神の意志は自然から読み取れる。関心があるのは創造の法則であって、神が長い白いひげを生やしているかどうかなどということではない。
    『アインシュタイン、神を語る』より

    結局のところ彼にとって「神」は不必要で、興味ないし、どうでもいいんだと思います。
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 23時20分 (#1345394)
    でも量子力学にケチつけるときは必要だった、と。
  • 彼にとって、神という言葉には2つ意味があったんだと思ってます。

    今回のはまさしく正しい意味での「God」。精神世界の神。
    さいころを振らないのは物質世界の神で、つまりは物理法則。

    例えば地球の軌道がちょっと外でも中でも、ここまで生命は発展しなかったでしょうし、Gが今よりも大きくても小さくても、同じように発展は無い。
    「あたかも」神が設計したように世の中ができている・・・とかって言葉、聞いたとか読んだ事無いですかね?
  • いや、仏教とは「輪廻転生するのが嫌な人達の集まり」なので、お墓は大事なのですよ。

    『現世に執着があると、再びこの世界に生まれ戻ってしまう』

    からこそ、この世に執着しないよう言っているわけでね。死んだ後、この世に戻ってきそうになったときに、

    「戻ってくるなー、戻ってくるなー。
      悟りを忘れるなー」

    って言ってもらうために読経するわけだし。

    小乗仏教が「今のうちに悟りを開いて、輪廻転生の輪から外れるんだ」という努力をするのに対して、大乗仏教は
    「あー、判った判った。今の君らでは脳みその容量が小さすぎて悟りを理解するのはムリポだよね。
      死んだら時間は十分あるし、体という束縛もなくなるから。悟りにいたるまでいくらでも勉強する時間あるから。死んでから、その辺はクリアしようか。
      じゃぁ、ひとつだけ覚えておきなさい。この xxxx菩薩 (菩薩でなくてもいいけど)の言う事は確実だから、この人(?)のいうことだけは信じておきな。で、今のうちからこの xxxx菩薩に 『死んだときはよろしくー』って頼んでおくんだ。」

    そうすると、たまにあの世で修行に疲れたときにふらふらーとこの世に戻ってきて、そのまま転生しちゃうかもしれないでしょ? そうしないようにするために、お墓を用意して、その前で読経してもらうわけですよ。そうすれば
    『おっとっと、そうだった、そうだった。』
    と正気に(?)戻りますからね。

    # とまぁ、そんな感じの理屈。
    --
    fjの教祖様
  • 面白いなー。
    浄土真宗(西)本願寺派の (法事のたびに読まされた範囲内の) 経だと、正確な意味は分からんが、仏まかせにして気を楽にしろ・・・という感じかな?
  • mamoru (617) : 2008年05月17日 0時11分 (#1345425)
    パスカルの賭け [google.co.jp]

    期待値を出した。
  • 実際に超自然的な現象を巻き起こすことなど無く、直接触れる事も見ることも出来ず、けして語りかけてくる事も無いが、ずっとそこにいてただ見守ってくれる。
    我々が間違った行いをすれば眉をひそめ、良い行いをすれば微笑み、不幸なことが起これば共に悲しみ、幸せなことがあれば一緒に喜んでくれる。
    そんな架空の存在を「神」と呼び、それがいると信じる事で、少しは身を正せたり、少しは心が安らいだりする場合がある。

    「神」を信じるのは、ままならない人生を乗り切るライフハックの一つにすぎませんが、十分有意です。

    そういう意味で宗教は「子供じみ」てなどないし、便利なライフハックを提供してくれる有意義な商売です。
    極端な出費を求めるような、そもそも金集めや人集めが目的の詐欺団体は別です。

    #ええ、もちろん「神」などいませんよ。あなたがいると思わなければね;-)
  • 神仏習合すると神様もありだね。
    八幡神が仏道に入って八幡大菩薩になったり。
    鬼子母神も仏道に入ったんだよな。
    人でも神でも鬼でも仏になれるんだよ。
  • カリスマとか「先生」とか神とかは、[バカ]のaliasです :-p


    やたっ !! (^o^)

    教祖様は含まれていないぞ!!
    --
    fjの教祖様
  • 一方日本では (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年05月17日 8時54分 (#1345530)
    2chには様々な"神"がいるという事実。
  • Re:一方日本では (スコア:2, すばらしい洞察)

    Account-mochi Coward (34881) : 2008年05月17日 14時06分 (#1345603) 日記
    八百万も居ればそりゃ2chにだって何柱かは居るでしょうよ。多神教万歳。
    --
    署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
  • Re:一方日本では (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年05月17日 13時01分 (#1345590)
    神はいないがネ申はいる。
  • harako (114) : 2008年05月17日 10時27分 (#1345549)
    20年前くらいにみた NHK の特集で彼が唯物論者だったというようなことを言ってましたね。 また、その割には教会には足繁く足を運んでいたので、矛盾するともいっていたような気がします。
  • fbd97433 (28527) : 2008年05月17日 12時57分 (#1345587)
    人間の作った道具ではあるんだから付き合い方しだいでしょ。
    以上ファイナルアンサー。
  • 「コンピュータの進歩が今の状態で続くのなら40年後位に人間の脳に近く成る」
    と何かに読んだ事が有るが、宗教はプログラムできるのだろうか?
    脳も電気回路だろうと思うから、コンピュータでも脳の出来ることは出来ると思うのだけど。

    創造をプログラム
    do {
      創造 = ( 選択(着眼物 * 乱数()) + 選択(着眼物 * 乱数())) / 2;
      if( 検証(創造) == 成立 ){
        創造された(創造);
        break;
      }
    }while(飽きない)

    個性をプログラム
    値 = 作業();
    switch(値){
      case 1:
        個性1();
        break;
      case 2:
        個性2();
        break;
      default:      //宗教か?
        goto end;   //こっちの方が?
    }

    訳の分からん事を書いてしまったが、
    金と時間が十分に有れば、
    信仰心(心も何かという事も有るが)を持ったコンピュータが出来るのだろうか。

  • int main(void)
    {
            return 42;
    }
  • そもそもの元から信仰は文化を進化させるためのプログラムですよ。
    人の脳はある種の命題(これ自体は鰯の頭でも何でもいい)を取り込むとそれを無批判にあがめて追随するようにできていて、同じ信者同士で群れることを喜びとし、相対する命題を取り込んだ者には反射的に憎悪を感じる。
    あとはランダムに文化の要素(ミーム)が発生するたびに自動的に信者と反信者ができ、人間同士が争うことで有利な方が残り、自然淘汰を成立させることになります。
    よって信仰とは信者にとって絶対に正しく、そして常に妄信である。そうでなくては信仰にはならない。
  • mondy (27787) : 2008年05月18日 5時36分 (#1345791)
    ユダヤ人が落札して、ユダヤ人の恥として葬り去らない事を願いたい。
  • Anonymous Coward : 2008年05月18日 7時52分 (#1345802)
    オンライン版の Guardian の記事 "Dawkins beaten in bid for Einstein letter [guardian.co.uk] --James Randerson Science Correspondent. Friday May 16 2008" によると、問題のアインシュタインの書簡が落札された由。

    ハンマープライスは 170,000 ポンド (諸経費込みで 207,600 ポンド)。国外の個人収集家の手に落ちたらしい。

    ドーキンス (Richard Dawkins) は、「書簡」の入手を切望したらしく、会場には行かなかったものの、このセリ (Bloomsbury Auctions) に参加したが、落札に失敗した。ドーキンスは「書簡」を競り落とせなかったことに落胆しているものの、オークショニアが付けていた開始価格 (6000ポンド乃至8000ポンド) の低さに憤慨していた彼は "In a way I'm delighted that such a thing should be so highly valued." (「こうしたものはここまで高く評価されるものだったのだと云うことに、ある意味喜んでいる」) と述べている。

    --[ゑびすや] (管理するパスワードを増やしたくないので、AC)
  • 宗教批判 (スコア:1, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年05月18日 11時04分 (#1345838)
    宗教批判が厄介なのは、宗教を批判するその言説が、まさに宗教的言説となってしまう構造です。だから宗教の批判とは内在的批判とならざるを得ない。
  • deus ex machina (機械仕掛けの神様) なんですよ。
  • アインシュタイン氏のおっしゃったことに同感。 人というのは自分の弱さ故にいつの日もより完璧 な存在を求める。だから神とまで行かなくても アイドルやカリスマという存在を常に追い求め てはその不完全さに失望するものなのだ。
  • Re:宗教に関連して (スコア:2, すばらしい洞察)

    Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時34分 (#1345331)
    > アメリカ人は先進国では突出して馬鹿もとい信心深いようです。

    世界史未履修の人かね? アメリカってイギリスから「突出して馬鹿もとい信心深い」人たちが「追い出されて、もとい出かけていって」作った国なんだから当たり前すぎるんだけど。

  • nanno (17292) : 2008年05月16日 21時52分 (#1345343)
    さらに言えば英国国教会はカトリックと袂を分かって独立したんだから
    ある意味イギリスは宗教的にリベラルなはず。
  • cica (16417) : 2008年05月16日 23時29分 (#1345400)
    英国国教会なんてあるから、信仰心が薄れたんでしょう。
    米国は、政教分離と過酷な宗派間の競争があるから、宗教がさかんになったわけで。
  • nanno (17292) : 2008年05月16日 23時33分 (#1345405)
    あれ、単に王様が離婚したいという個人的な事情じゃなかったっけ?
  • だから政略結婚のために前妻(故人)と離婚する必要があったって話なんだよ。
    --
    うじゃうじゃ
  • 卵を大きいほうから割ったら怪我をしたからです。

    宗教論争の起源 [wikipedia.org] については、リリパット国渡航記 [wikipedia.org] を読みましょう。

    Mac OSX の成功によって、宗教論争は乗り越えられることが証明されました。
    よかったよかった。

  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 14時17分 (#1345606)

    世界史未履修の人かね? アメリカってイギリスから「突出して馬鹿もとい信心深い」人たちが「追い出されて、もとい出かけていって」作った国なんだから当たり前すぎるんだけど。
    そんな高校の知識だけをもとに「当たり前」といわれてもねえ。地理的にはヨーロッパにありながら、イギリスは多くの点でヨーロッパよりアメリカに近い。しかしこの点においてはヨーロッパに近く、しかもこれだけアメリカと大きく違うのは意外なことで、全然「当たり前」ではないよ。
  • トーマス・ジェファーソンは、独立戦争の指導者の中でも変態…というか異例に無神論者でした。

    彼自身はサンプルにならないと考えた方が良いでしょう。
    --
    fjの教祖様
  • nim (10479) : 2008年05月19日 10時16分 (#1346248)
    建国前までの米州植民地は、欧州の宗教紛争で追い出された人たちが
    移民して来た土地なので、植民地ごとに(キリスト教内の)宗派が異なりました。
    独立戦争でそれら植民地をまとめあげるために、信教の自由と政教分離がスローガンに
    なったわけで、あくまで(キリスト教内のどの宗派でもよいという)信教の自由と、
    政治は特定の(キリスト教内の宗派という意味での)宗教に肩入れしないという政教分離です。
    だからみんな大統領就任の際の宣誓で聖書を使っても気にしないのです。

    だから今でも基本的にキリスト教徒以外は異端ですし、無宗教はさらに変態です。
  • Re:宗教自体の話は他所で (スコア:2, おもしろおかしい)

    Anonymous Coward : 2008年05月16日 21時43分 (#1345336)
    やめて! Emacs vs. viの話を追い出すのはやめて!><

    # だって、それぞれの使い方の参考になるんだもん。
  • >アインシュタインもひとりの人間にすぎないのだから、
    >彼が言ったことをありがたがったり、彼を神格化したり
    >するのは、けっきょくひとつの宗教なのではないでしょうか。

    この前提条件を検証しないで、次の結論に進んでいいの?
    「人間は進化なんかではできっこない」「だから神が作ったのではないか」
    こういう検証ができてない前提をさっくり使う人がいたから、アインシュタインの件の発言につながったんじゃ
    ないのでしょうか。つまりあなたのことを指した発言だと、思いますよ。
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 22時20分 (#1345360)
    他人と決して議論してはいけない3つのこと
    Religion, Politics, and the Great Pumpkin

    by Joe Cool
  • 英語読めないのかい?片方は宗教で片方は政治じゃないか。
    #どっちがどっちとはあえて言わないけど。
    --
    署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
  • Great が宗教で
    Punpkin が政治?

    #「3つ」あるはずなのだが…なぜ片方ともう一方に収まるんだ??
    --
    fjの教祖様
  • 「タバコ」が片方で「アップル」がもう片方のつもりだったんですが…ニポンゴムズカシイネ。

    #ボケだったらごめんなさい
    --
    署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
  • タバコとアップルだと言う話はおいておいて、
    Great Pumpkinも宗教じゃないですかね。

    あの頭脳明晰なはずの Linus van Pelt が信じているかぼちゃ大王って、
    サンタクロースのパロディですから。
  • >アインシュタインもひとりの人間にすぎないのだから、
    >彼が言ったことをありがたがったり、彼を神格化したり
    >するのは、けっきょくひとつの宗教なのではないでしょうか。

    「宗教」の定義がだいぶ広そうですね。
    私は書籍で彼が苦悩した痕跡や苦悩を突破するメソッドの話を読んで、彼のように、目標のために努力を努力とも思わずに前進できる技術者でありたいと願っています。
    もし私が自由に出来る大金を持っていて、このオークションに参加できるならば高額な値を付けてでも、彼の直筆を所有したいと思いますが、私のこの感情は宗教とは無関係です。

    #私の宗教は科学だ。
  • > もし私が自由に出来る大金を持っていて、このオークションに参加できるならば
    > 高額な値を付けてでも、彼の直筆を所有したいと思いますが、私のこの感情は宗教とは
    > 無関係です。

    そう、宗教とは関係ない。ただの個人崇拝だね。
    昔、ソビエト連邦って国で流行ってたらしいよ。
  • > そう、宗教とは関係ない。ただの個人崇拝だね。
    > 昔、ソビエト連邦って国で流行ってたらしいよ。


    チェブラーシカ [google.co.jp]のことですね。わかります。
  • hado (21151) : 2008年05月16日 22時41分 (#1345372)
    >完璧な論理を持つ者、矛盾を許容できる者には宗教は必要ない
    私は納得できるまで理論を組み立てようと取り組む者、さらにその為に学ぶ謙虚な姿勢を保持している者には宗教は不要、というか取るに足らないモノだと思ってます。

    #ただそれだけ。余計なモノ。
  • Re:宗教とは (スコア:3, 参考になる)

    onmyoji (18360) : 2008年05月16日 22時43分 (#1345374) 日記
    「宗教は救いのない、苦しむ人々のための、精神的な阿片である」・・・ハイネ
    「人間が宗教を造るのであって、宗教が人間を造るのではない」・・・三木清
    「宗教は、人間一般の強迫神経症である」・・・フロイト
    「宗教-「希望」と「恐怖」を両親とし、「無知」に対して「不可知なもの」の本質を説明する娘」・・・ビアス
    「無宗教――世界中の偉大な信仰の中で、一番重要な信仰」・・・ビアス
  • onmyoji (18360) : 2008年05月16日 22時52分 (#1345378) 日記
    ここに昔の調査結果がありますね。 [bbc.co.uk]

    ナイジェリアとインドネシアって、すごいなぁ。
  • nq (16642) : 2008年05月16日 23時38分 (#1345407) 日記
    興味深いですね。日本や中国も調査してくれるとよかったのに。
  • Anonymous Coward : 2008年05月16日 23時10分 (#1345390)
    日本では神の価値なんて「ちょっとありがたいもの」程度なのかもね
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 4時11分 (#1345491)
    ん~と、日本の葬式の話でそのことが出るということは、
    仏教を念頭に置いてるのだとしたら、仏教における神の位置ってのは
    他の宗教と違うという点を認識しておいた方がいいと思うな。
    仏教だと神が出てくる場面ってのはかなり少ないし、神はいないという認識も多い。
  • 日本人にとっては神も仏も皆一緒です。
    --
    署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
  • 気分を害されたのであれば申し訳ないですが、どこの宗教だろうが受け入れて独自アレンジを施し、自分の物にしてしまう日本人の気質は世界でもかなり特殊で素晴らしい物だと思います。

    狭量さは世界一な某一神教の神様さえ日本人にかかれば年末商戦の福の神にされてしまう訳で、そんなのローマ人ですら成し遂げられなかった大偉業です。
    --
    署名スパムがウザい?アカウント作って非表示に設定すればスッキリさ。
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 21時18分 (#1345695)
    クリスマスは他宗教の年末のばか騒ぎに便乗するために、某一神教の救世主の誕生日をローマ人がでっち上げたものですが。

    >日本人の気質は世界でもかなり特殊で素晴らしい

    この日本特殊論が「日本教」ってやつですかね。
  • クリスマスだからでっかい買い物しちゃうぞー、ってのはちょっと違うでしょ?
    年末に商売が繁盛したからといって、ナザレ出身の預言者のオッサン(もしくは子なる神)に対してありがたや、とか思うわけでもないだろうし。
    普段から件のオッサンを神格化している人たちであっても、神への感謝を語る際に父と聖霊を抜きにするのはどうかと思うし。
    というか、そもそも感謝する場ではなく降誕を祝う場じゃないか。歴史的にはこじつけだけど。

    年末商戦はクリスマス関係なしに、単に主な消費者(の財布)となるサラリーマンへ支給されるボーナスでの購買力が向上することによって発生している現象だと思うよ。
  • 他人の宗教にあまり関心がないのは日本人だけの特性だけとはおもいませんが、

    >狭量さは世界一な某一神教の神様さえ日本人にかかれば年末商戦の福の神にされてしまう訳で、

    クリスマスは、本来はヨーロッパ土着の冬至祝いで、キリスト教の祝祭として組み込まれましたが、
    その際に祝われているのは預言者イエスの誕生であって、神ではありません。
    それから、米国ではクリスマス商戦というのは日本以上に過熱します。日本の場合、
    年末商戦(クリスマス・お正月)として焦点が分散していますが、米国では12/24目指してまっしぐらです。
    まあ、ユダヤ人やムスリムには関係ないのですが、キリスト教徒ではないアジア系移民等は結構お祭り騒ぎの
    方には参加しているみたいです。

    >そんなのローマ人ですら成し遂げられなかった大偉業です。

    4世紀までローマ帝国の宗教は多神教で、適当に各所の神話を吸収しているようです。
    キリスト教が排他的な(唯一神以外を尊崇しない)ために軋轢が生まれるのであって、
    多神教同士は基本的に折り合いをつけやすいのではないでしょうか。
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 22時25分 (#1345716)
    その通りです。
    明治維新期に、薩摩・長州は天皇の地位を利用するため、同格の扱いをされてた
    仏教を捨てさせようとしました。そのころの、本来の日本人の思想を捨てた人た
    ちは、安部首相の言うところの戦前の日本人の基礎となります。

    さて、今おりしも三社祭なので、浅草寺にまつわる、神の下に仏を置きたがってた
    人たちの蛮行。
    新門辰五郎という侠客がいました(正確には現在もね)。当時、深川神社にありがたい
    お経が収められていたのですが、明治政府に連なる東征軍が深川神社のお経を焼
    き捨てろ、という命令を出します。それを知った辰五郎が密かにお経を浅草寺に
    移して、自分の目の届くようにしてしまいます。東征軍は軍事力ではともかく、
    人望において当地の侠客にかなうわけはありません。結果だけ言うと尻尾を丸めて
    引き上げてしまうわけです。今も、深川神社にあったお経は浅草寺の山門にあると
    聞いてます。

    このエピソードを見てわかるように、根本的に、明治期の思想にかぶれた結果と
    して、神こそ、なんて言う人の一部は、学を否定し、武に頼る人の末裔です。
    その結果は?そも、他人の大事にしている書を捨てさせる発想に至る時点で、
    歴代の中国王朝のやり方と同じという点から、だめだめですが。
    だから、他人の神(や仏)を自分の信じる神の下に置くような野蛮人の言うことを、
    私は軽く見ることにしています。

    あなたはそういう系列と違うことを祈ってます。
  • 祈るもなにも、そのエピソードとは全く関係ないように見えるけど。

    自分と異なる信仰を許容できる人たちも、一緒くたにされるのは嫌がると思うよ。
  • 神道と仏教をきっちり区別するようになったのは、神仏分離 [wikipedia.org]が進んだ明治以降の話じゃないですかね。

    私の実家(岡山県)の回りでは由加神社 [wikipedia.org]と蓮台寺 [wikipedia.org]など、神社と寺が隣り合わせになってる [google.co.jp]ところをいくつか見かけます。
  • それは所謂"神宮寺"ってやつじゃあないでしょうか。

    鎌倉にある鶴岡八幡宮でも、鎌倉時代から代々の別当を他の寺の
    住職が勤めるという時代がありました。

    苗字としても残ってるくらいですからね>神宮寺
    日本においてはそんな珍しい話ではないと思います。

    つまり、
    >神道と仏教をきっちり区別するようになったのは、神仏分離が進んだ明治以降の話じゃないですかね。
    そういうことかもしれませんね。
  • nim (10479) : 2008年05月19日 10時09分 (#1346240)
    >神:絶対的な存在。

    「神」という漢字自体は中国生まれなわけですが、
    その中国の道教では、絶対的な存在どころか、仙人よりも下だったと思います。
  • >仏教における神の位置ってのは
    >他の宗教と違うという点を認識しておいた方がいいと思うな。

    というか、アブラハムの宗教(ユダヤ教、キリスト教、イスラム教)や、
    ギリシャ神話-ローマ神話をそれぞれ一かたまりとして考えると、
    宗教ごとに「神」の概念は異なると思います。

    ポリネシア系宗教のマナの概念と、古代神道の八百万の神の
    概念はかなり違うだろうし、北米のトーテムもまた違うと思います。
  • Re:宗教とは (スコア:2, すばらしい洞察)

    ots556556 (34248) : 2008年05月17日 0時27分 (#1345433)
    >完璧な論理を持つ者、矛盾を許容できる者

    ってつまり神とニヒリストですか?
    そりゃ確かに宗教必要無いわ。

    >「わたしにとって『神』という言葉は人間の弱さの産物という以上の何物も意味しない」

    とアインシュタインは言ったそうですが、「人間」と「弱さ」が不可分である以上、人間が存在し続ける限り『神』
    もしくはそれに相当するものが存在し続けるでしょう。
    都合の良い云々と解釈するとなんとなく後ろ向きですが、ただ生きるだけならきちんと解決する必要が無いけど
    どうにも解消できない問題を背負ってくれるもの、と考えれば有用でしょ?
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 0時30分 (#1345436)
    >意外性

    とうのむかしから有名じゃねえの?

    随分前のNHK「アインシュタインロマン」でも
    それっぽい話題をやってたよね。
  • 彼に限らず一般的なユダヤ教徒にとってもカトリックの宗教画は重要ではないんでは?
  • こらこら、
    人の仕事を取るんじゃない。

    # このネタでは必ず参加できる辺りが良いよな (^o^)

    ナンセンスな事を信じるぐらいならば、私を信じなさい。
    私は常に言っています。

    「この世に神も仏もあるものか」

    …あれ?
    --
    fjの教祖様
  • > ナンセンスな事を信じるぐらいならば、私を信じなさい。

    信じるものは掬われる、足元を
  • # 「ぽろりもあるよ~~」のイントネーションで:
    ひざかっくんもあるよ~~

    # 信者と書いて儲けると読みます。
    --
    fjの教祖様
  • Re:汝は神なり (スコア:2, おもしろおかしい)

    okky (2487) : 2008年05月19日 13時14分 (#1346396) ホームページ 日記

    宗教家や占い師と、詐欺師ってどこが違うんだろうね。

    詐欺師は、だまし損ねると「失敗」として扱われます。
    # たとえば、結婚詐欺師は詐欺に失敗して「結婚しちゃう」とその詐欺は失敗。

    宗教家や占い師は、だまし損ねてもそれは「信者のせい」として扱われます。
    # 「信心が足りない」って奴ですね。

    クラスチェンジ? とんでもない。クラスアップですよ (^o^)。

    ちなみに:

    『信じたのに不幸なことが起こったぞ』
    「それはお前の信仰心が足らなかったからだ!」

    それは違います。

    「神が試練を与えてらっしゃるだけだ。それを乗り越えてこそ信仰心の深さを示せると言うものだ」

    が正解。
    --
    fjの教祖様
  • the.ACount (31144) : 2008年05月19日 15時58分 (#1346541)
    >どこが違う
    そりゃ目的が違う。 詐欺は金だけだが、宗教は命も人生全部も根こそぎだ。
  • 純白無垢な紙に書かれた真円は相当に美しいです。
    中心にコンパスの穴が無ければなおさら。

    # しかしディスプレイ上だとあまり美しく感じないのは何故だろう
  • ディスプレイ上の「円」
    それは真円じゃないから.
    --
    ペーストビン [windy.cx]
  • ガーン!!
    それは、惑星の軌道が真円じゃないときかされた時以来の衝撃ですね
    --
    -------- tear straight across --------
  • 日本人の大半は円を信じているんじゃないでしょうか。
    ドルとかの外貨預金に頼るような人はそれほど多くないと思います。
  • Anonymous Coward : 2008年05月17日 14時28分 (#1345609)
    卑近な例からのみ推測して全体を解った気になる。
    これって、科学じゃなくて宗教だと思うんですが。

    例えば、まつもとゆきひろ氏は敬虔なキリスト教徒 [rubyist.net]ですが、
    彼は仕事ができないまともじゃない奴だとあなたは断言するんですね?
    # ああそうか。あなたの中では、彼は「言語オタ」って評価なのか。
  • 信仰とは (スコア:1, 興味深い)

    Anonymous Coward : 2008年05月17日 17時26分 (#1345643)
    宗教が最後の拠りどころとなるなんて結構な話ではないですか。

    しかし唯一神への信仰とはそのような低レベルのものではありません。

    ヘブル11:1,3(新改訳)
    信仰は望んでいる事がらを保証し、目に見えないものを確信させるものです。信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。

    神道やヒンドゥー教の信仰については存じませんが。

    宣教師は苦悩する必要がありません [slashdot.jp]にある引用も併せてどうぞ

    # 宗教ネタなのでACったらAC

  • イスラム教は異教を認めるのが原則だろう。(過激派は知らん)
    中世の暗黒時代だって、イスラム圏で科学が伝えられてたんだし。