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4285 story

ミトニックの著書、失われた1章がネット上で公開 23

ストーリー by Oliver
死蔵はもったいない 部門より

torus 曰く、 " WIRED NEWS の記事によると、「ハッカー」のケビン・ミトニック氏の新しい著書 『騙しの技術:セキュリティーにおける人的要因の管理』(The Art of Deception: Controlling the Human Element of Security)で、出版直前になって削除されてしまった第1章「Kevin's Story」が、何者かによって ネット上で公開された
「長い間私はインターネットのオサマ・ビンラディンとして描かれていたので、自分の側から見た話を伝えられたら、と強く望んでいた」という思いのこもった章。彼自身は、「出版された本にこの章が収録されればよかったと思っているが、出版社の決定を尊重する」とのこと。"

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  • by KAMUI (3084) on 2002年11月11日 19時14分 (#198567) 日記
    私はネイティブジャパニーズ(笑)なので日本語訳を希望。

    本の日本語版が出るなら,ボーナストラック(違)として
    収録すれば,私も売り上げに貢献出来るかもしれない(笑)
     

    それらはさて置き,住基ネットの関係者には是非読ませるべきかな。
    • by 2k (4210) on 2002年11月12日 0時46分 (#198788) ホームページ 日記
      チャプター1
      ケビンの話
      ケビン・ミトニック

      この章を書くのは気が進みません、絶対自分の為に書いてると思われるだろうからです。
      まぁ、良いでしょう。自分の為に書いてるとします。でも「ケビン・ミトニックって誰?」
      なのか知りたいと、実際に何百人もの人から接触を受けるんです。
      そんなのどうでも良い、って人はどうぞ次のチャプター2へ進んでください。
      それ以外の方々は、何の価値があるのか知りませんがどうぞ、私のお話です。
      ケビンは言います。何人かのハッカーは人々のファイルや、ハードディスク全体を壊したりすると。
      それらはクラッカーかヴァンダルと呼ばれています。何人かの入門者ハッカーは技術を
      学ぶことになど興味は無いと、でもただコンピューターシステムに侵入するために
      ツールをダウンロードするのだと。それらはスクリプト・キディーと呼ばれています。
      もっと経験のある、プログラミング技術の有るハッカー達はハッカープログラムを
      開発し、ウェブや掲示板に公開します。そしてそこには技術には何の興味も無い
      個人達も居て、コンピュータをお金や物やサービスを盗むための道具として使ったりするのです。
      メディアの作り上げたケビン・ミトニックはさておき、私は悪意のハッカーではありません。
      私のした事は、そもそも始まりの頃は法に反したりする事では無かったのです。そして
      新しい法案が通り、それは犯罪になりました。私はとりあえず続けてみる事にして、
      そして捕まったのです。連邦政府による私の扱いは犯罪に対するそれではなく、
      私を一つの例として仕立て上げる為の物でした。
      私はテロリストや凶暴な犯罪者のように扱われる覚えはありません:
      私の住処は白紙の礼状に元に捜索され、数ヶ月に渡る孤独に放り込まれ、
      犯罪に問われた者全てに保証されるはずの正当な権利を否定され、
      仮釈放、どころか仮釈放の為の審問さえ否定され、数年間に渡り私の弁護人が
      弁護文の準備をする為の証拠を、政府から勝ち取る為の戦いを過ごす事を強要されたのです。
      • by 2k (4210) on 2002年11月12日 1時16分 (#198822) ホームページ 日記
        しまったね、誰が権利持ってるか解らないもの訳しちゃまずいか。
        あと誰か任せます。笑い
        • by Anonymous Coward on 2002年11月12日 1時19分 (#198827)
          私の迅速な裁判を求める権利はどうなってしまったのでしょう?数年に渡り私は半年事に
          チャンスを与えられました:連邦国憲法に基づく権利を破棄する署名をし、素早い審査を受けるか、
          準備の出来ていない弁護人と、法廷に出向くかの選択をする為のです。私は、署名を選びました。
          ここで少し話を先に進めてしまいましょう。私が今の道を選んだきっかけは人生の早い段階に
          有ったのでしょう。私は楽しい事好きな子供でしたが、退屈していました。
          父が私が3歳の時に離婚した後、母はウェイトレスの仕事で私達を養っていました。
          この頃の私のような一人っ子が長く、忙しい、そして時に不安定なスケジュールを
          こなす母親が育てている姿を見る、という事はこの少年が起きている間ほぼずっと、
          独りで居る姿を見るという事と同義です。私は私自身のベビーシッターだったのです。
          サン・フェルナンドの社会は、私にロサンゼルス全てを冒険するチャンスをくれました。
          そして私が12になった頃には、L.A.中心部全てをタダで移動する方法を発見していたのです。
          ある日私はバスに乗っている間、購入した乗り換え券が、ドライバーが日付、時間とルートを
          マークする為に空ける一風変わったパンチ穴のパターンに頼っている事に気付いたのです。
          あるフレンドリーな運転手が、私の慎重に構築された質問に答えながら、何処でその
          特殊なタイプの穴パンチャーを買えるか教えてくれました。
          乗り換え券は、バスを乗り換え別のバスに乗っても、旅を続けられるように作られました。
          しかし私は、それらを用いて行きたい所何処へでも、タダで行ける方法を編み出したのです。
          白紙の乗り換え券の為に必要な代償は、ただ公園を散歩する事でした。
          バスターミナルのゴミ箱はいつでもドライバーがシフトの最後に捨てた使いかけの
          乗り換え券帳簿でいっぱいでしたから。パッドと穴パンチと合わせれば、
          私は自身の乗り換え券をマークする事でL.A.バスの行く所全てに行く事ができたのです。
          大して経たない内に、私は全システムのバスのスケジュールを暗記していました。
          これこそ私の、特定の情報に対する驚くべき記憶力の初期段階の症例です。
  • もしかしたら、配布されているのがMS-Word形式のファイルだから、なのかな(笑

    ざっくり斜め読みしましたが、難解ではないにせよ、どうもニュアンスが読み取れない個所が多いな、と感じました。
    親切な方の日本語訳が出ないかと、心待ちにしています。

    • 自己満足だと思われるのでこの部分は書きたくなかった。確かに自己満足には
      違いない。でも、文字通り何百人もの人がKevin Mitnickが誰なのか知りたい
      と言って僕に近づいてきたのだ。そんなことに興味がない人はさっさと第2章
      に行ってくれればいい。それ以外の人のために、役に立つかどうかはわからな
      いが、ここで僕自身の話をすることにする。

      * Kevinは語る

      ハッカーの中には、他人のファイルやハードディスク全体をぶち壊してしまう
      輩もいる。そういうのはクラッカーや狼藉者などと呼ばれている。初心者ハッ
      カーの中で、技術を学ぼうともせずにハッカー向けツールをダウンロードして
      くるだけでコンピュータシステムに侵入しようとする奴らはスクリプトキディ
      と呼ばれている。プログラミングのスキルを持ち、より経験を積んだハッカー
      たちはハッカー用プログラムを開発してWebやBBSに投稿する。その他にも、技
      術には何の興味もないが、金や品物、サービスを盗むための単なる道具として
      コンピュータを利用する者がいる。メディアが作り出したKevin Mitnick神話
      では僕は悪意に満ちたハッカーということになっているが、それは違う。僕が
      やったことは、始めた頃は違法ではなかったのに、新しい法律ができて犯罪に
      なってしまったのだ。僕はかまわず事を続け、そして捕まった。連邦政府が僕
      に与えた処遇は、犯罪に見合ったものではなく、見せしめだった。テロリスト
      や凶悪犯罪者と同じ様に扱われるなんてごめんだ。白紙の捜査令状でガサ入れ
      される。独房に放り込まれる。どんな容疑者にも保証されているはずの憲法で
      定められた基本人権も認めてくれない。保釈どころか保釈聴聞さえも認められ
      ない。その上、僕についてくれた国選弁護人が抗弁を用意するための政府側の
      証拠を得るのに何年も戦わなければならなかった。

      迅速な裁判を受ける権利? 数年間、僕には6ヶ月ごとに選択肢が与えられた。
      迅速な裁判を受ける憲法上の権利を放棄する書類にサインするか、態勢の整っ
      ていない弁護士とともに裁判を戦うか。僕は権利を放棄する書類にサインする
      ほうを選んだ。おっと、僕についての話をするんだったね。

      * そもそもの始まり

      僕の進む道は幼いころに決っていたのだろう。僕は能天気な子供だったが、た
      いくつしていた。母は僕が3歳のときに離婚してから生活のためにウェイトレ
      スとして働いていた。当時の僕は、変則的なスケジュールの中で長時間せきた
      てらるように働く母に育てられ、起きている間はほとんど孤独な時間を過す一
      人っ子だった。自分で自分の子守りをしているようなものだ。San Fernando
      Valleyの街で育ったおかげでLos Angelsのすべてを探検しつくし、12歳のころ
      には、広いL.A.地域のどこでもタダで行く方法を発見した。ある日、バスに乗っ
      ているとき、僕が買ったバスの乗り換え切符が有効であるかどうかは、運転手
      が日時と路線を乗り換え切符に記録するために使う紙パンチをある独特のパター
      ンにすることによって保証していることに気付いたのだ。たくみに仕組んだ僕
      の質問に対して、親切な運転手はその特殊なパンチがどこで買えるか教えてく
      れた。乗り換え切符はバスを乗り換えて目的地まで行くためのものだが、僕は
      乗り換え切符を使ってどこでも好きな所にタダで行く方法を考え出した。パン
      チが入っていない切符を手に入れるのはちょろいもんだった。バスターミナル
      のごみ箱には、運転手が勤務の終りに捨てた使いかけの切符帳がいつもあふれ
      ていた。さらの切符とパンチがあれば、自分で乗り換え切符を作って、L.A.の
      バスが行くところならどこでも行くことができた。しばらくして、僕は全系統
      の時刻表をほとんど頭に入れてしまった。これはある種の情報に対する僕の驚
      くべき記憶力の初期の一例だ。今でも子供のころの電話番号やパスワードなど
      を思い出せる。子供のころのもう1つの趣味は手品を見せることだった。新し
      いトリックの仕組みを習ったら、マスターするまで何度も何度も練習した。あ
      る意味、僕は手品を通じて人をだますことの楽しさを発見したとも言える。

      * フリーキングからハッカーへ

      後にソーシャルエンジニアリングと呼ぶことになるものに初めて遭遇したのは、
      高校時代、フリーキング(phone phreaking、電話のタダがけなど)と呼ばれる
      遊びに夢中になっている学生に出会ったときだった。フリーキングとは一種の
      ハッキングで、電話システムや電話会社の従業員を陥れて電話網を探るための
      技だ。彼は、電話会社の顧客情報を手に入れたり、秘密のテスト用番号を使っ
      て長距離電話をタダでかけたりといったすごいトリックを披露してくれた(た
      だし、このタダ
      • by Anonymous Coward on 2002年11月12日 2時08分 (#198857)
        僕は電話に関する全てに夢中になっていた-電気や、交換機、コンピュータ
        だけで無く、企業構造、その手取りや専門用語にもだ。少し経った頃には、僕は
        恐らくその会社の社員の誰よりも電話システムについて知っていただろう。
        そして僕が17の頃には、ソーシャルエンジニアリングのスキルは既に殆どの
        電話会社社員を思いのままに出来るレベルに達していた。
        僕のハッキングのキャリアは僕が高校に居た頃から始まった。その頃は
        ハッカーって言葉には、より効率の良い物か、余計な肯定を少しでも省いて
        素早く目的を達成する為にソフトやハードを弄るのに多くの時間を費やす人間って
        意味があった。この言葉は今じゃ酷い物に、「悪意の犯罪者」なんて
        意味を持った言葉になってしまった。この本ではこの言葉は僕がずっと使い続けてきた、
        もっと昔の、無害な意味で使っている。1979年後半、ロサンゼルス総合学校地域に
        勤めてたある親愛なるハッカー連中が、僕にThe Ark, DECでRSTS/Eの開発に使われていた
        システムにハッキングして入ってみろと挑発してきたんだ。僕はこのグループの
        連中に認めてもらいたくて。そうすればこいつらの脳みそを弄り倒してもっと
        OSの事が学べるんじゃないかと思ったから。
        この新しい「友達」達はDECのダイアルアップ番号をゲットするまでは辿り付いた。
        でもダイアルアップ番号なんて大した約にたちやしないって事も知っていた。
        アカウント名とパスワード無しじゃ、いつまで経っても入れやしない。
        そして彼らは他人を過小評価したりしてると、いつかそのツケで自分のケツに火が付く
        って事を学ぶことになる。
        結果としてこの歳でも、僕にとってDECに侵入する事なんて朝飯前だった。
        プロジェクトの主要開発者の一人アントン・シャーノフだと名乗って、僕は
        システムマネジャに一本の電話を入れた。僕は「僕の」アカウントに
        ログイン出来ないんだと説明して、そいつに新しいパスワードを入力
        する事を許可するよう実に本物らしく説得したんだ。
        更なる保護手段として、誰かが開発システムにダイアルアップしたら、
        ダイアルアップパスワードを入力するようになっていた。
        システム管理者が教えてくれたパスワードは、「buffoon」だった。
        まあ後で真実を知った彼が感じたのは正にそんな感じだったろうね。
        5分もしない内に、僕はDECのRSTE/E開発システムへのアクセスを手に入れた。
        しかもただの一般ユーザとしてではなく、全ての権限を持った
        システム開発者としてログオンしていたんだ。
        最初は僕の新しい、友達と呼ばれた連中は僕がArkへのアクセスを得た事を
        信じるようとしなかった。そのうち一人がシステムにダイアルアップして、
        僕の前に挑戦的な目つきでキーボードを突き出してきたんだ。
        彼の口は空いたまま閉じなくなったね、僕が特権者アカウントに
        もったいぶりつつログインするうちに。後日知ったのだけどその後彼らは
        同じ日の内に別の場所に移動し、DECのOSのソースをダウンロードし始めたんだ。
        そして次は僕がうちのめされる番だった。連中は全てのソフトをダウンロード
        し終わってから、DECの会社セキュリティマネジャに電話をかけたんだ。
        誰かが会社のネットワークに侵入していると。そして連中は、僕の名前を伝えた。
        僕の友達と呼んでいた連中はまず僕のアクセスを利用して非常に貴重な
        ソースコードをコピーした。そして、俺を売ったんだ。

        #寝るのでここまで
        • ここには教訓があった。が、得ようとして簡単に得たものではなかった。
          数年経って、ひとを友達だと信用したことが原因で再三トラブルに巻き込まれることとなった。高校を出たあと、Los AngelesのComputer Learning Centerでコンピュータを学んだ。
          数ヶ月も経たないうちに、僕はそこのOSに脆弱性を発見し、そのIBMミニコンピュータの全面的な管理者権限を得たことに、その学校のコンピュータ管理者が気づいた。教師陣で最もできるコンピュータ・エキスパートでさえ、僕がこれをどうやってやったのか分からなかった。「ハッカーを雇う」という最初の一例だったろう、僕が断るはずもないようなオファーを受けた。それは、学校のコンピュータ・セキュリティを向上させよ、つまり、そのシステムを停止させハッキングせよ、という名誉あるプロジェクトであった。もちろん僕は、その名誉あるプロジェクトをすることを選んだ。そして優等で卒業するに至った。
          ソーシャル・エンジニアになるために、ある者は、日々のルーチンワークを恐れて毎朝ベッドから抜け出し、諺にいうように仕事に戻る。僕は幸運にも仕事を楽しんでいた。特に、僕が私立の調査員としてすごした時間の、挑戦と報奨と喜びを読者が想像することは難しいかもしれない。僕は、――人を得て、彼らが不案内な人間のためにふつうはしなであろういことをさせる――ソーシャル・エンジニアリングと呼ぶこの才能を研鑚していた。そして、それで給与を得ていた。僕の家族の父親方は、何代も販売に従事してきた。だから、感化と説得の技術は、遺伝的特質であったに違いない。人を騙す気質と、人を感化し説得する才能が結びつけば、ソーシャル・エンジニアの特徴にたどり着く。芸術的な詐欺師の職業分類には2つの専門がここにあると、言われるかもしれない。詐欺を働いたり、ひとをだまして金を巻き上げたりする者が一つ。ふつうは情報に狙いを定めて、ビジネスに関して欺き、感化し、説得する者がもう一方の専門となる。これがソーシャル・エンジニアである。バスの乗り換えのいたずらをやっていたときから、幼くて自分でやっていることがまったくの悪いことだと気づけなかった頃に、自分にあるとは思わていなかった、秘密を見つけ出す能力を認識し始めていたのである。欺くことで、専門用語を知ることで、操作の技術をよく磨くことで、才能を築いたのだ。
          自分の技術を(それを技術を呼ぶとして)発達させるのに取り組んだ一の方法は、自分がまったく関心のない情報を掘り出し、そして、電話口の向こうの誰かに話すことができるかいなかを確認することだった。そうやって自分の才能を証明した。僕が手品のネタの練習をしていたのと同様の方法を見つけて、弁解の練習をしていた。そういったリハーサルを経て、自分が狙った情報は実にどんなものでも入手することができるようになった。数年後、議会での証言で、LiebermanとThompsonの各上院議員を前に、僕は言った。「私は、地球上最大の企業のいくつかのコンピュータ・システムに不正アクセスしたことがあります。そして、いままで開発された最も回復力のあるコンピュータ・システムのいくつかへの侵入を成功しました。私は、技術的な、また、技術的ではない手段を用いて、さまざまなOSや通信デバイスのソース・コードを入手し、それらの脆弱性や仕組みを研究しました。」 すべては、本当に自分の好奇心を満たすだけのものだった。OSや携帯電話、その他僕の好奇心を奮い立たせるすべてのものの秘匿された情報を見つけ出すことは。
          僕の人生を変えることとなった一連の出来事は、僕が、1994年7月4日のニューヨークタイムズの1面の主題になったときから始まった。その記事によって、僕のイメージは、一晩のうちに、少々知られた迷惑なハッカーというものから、サイバースペースにおける社会の敵ナンバーワンへと変わった。

          # いいところなのでここまで
          • メディアの詐欺師John Markoffは、「Kevin Mitnickは、専門的技術と何世代も続く詐欺の狡猾さを結び付けた、自制心を失ったコンピュータ・プログラマである」(The New York Times 1994/7/4)と書いた。John Markoffは、身に余るほどの財産を得ることへの何世代にもわたる願望と、不当で中傷的な記事を出版する権力を結びつけた、まさに自制心を失った科学技術記者だ。Markoffは、私が「Kevin Mitnickの神話」と呼ぶ状況を創りだして、腕一本で100万ドル以上を稼いだ。彼は、僕がコンピュータ・システムと世界中のネットワークを危うくさせていたのと同様の方法で非常に裕福になったのである。つまりは、詐欺で。とはいえ、この場合、その詐欺の被害者は、コンピュータのユーザやシステム管理者ただひとりというわけではなく、New York Timesの紙面に印刷されるニュース記事を信頼しているひとすべてだった。
            サイバースペース最大の指名手配犯MarkoffによるTimesの記事は、僕の伝記を書く契約を得るのを明らかに意図したものだった。僕はMarkoffに会ったことはないが、1991年に出版された彼の著書Cyberpunk [bk1.co.jp]とTimesにおいて僕への名誉毀損と中傷を「伝える」ことで、彼はまさに百万長者となった。彼の記事には、情報ソースを引用しないのに、私に関する疑惑を事実として記述したものがたくさん含まれていた。それに、(一流の新聞なら記者には要求すると思われる)最小限のウラ取りでさえ、不正確で、実証できないものだと明らかにされていただろう。その不当で中傷的な記事の1つでは、Markoffは、根拠も理由も確証的な証拠も示さず、タブロイド紙がやらないように慎重さを欠いて、僕に「サイバースペースの指名手配犯」や「全米最大のコンピュータ犯罪の指名手配犯の一人」とレッテルを貼った。彼の中傷的な記事では、僕が、FBIを盗聴したとか(してません。)、(外部には一切接続されていない)NORADのコンピュータを破って侵入したとか、僕はかつてアクセスしたどんなコンピュータも故意に破壊したことなどないのに、コンピュータの「破壊者」だとか、濡れ衣を着せた。その他の言語道断な主張のうち、これらはまったくの虚偽で、僕の才能への恐れさせようと創りだそうしたものだった。さらにもうひとつ、ジャーナリストの倫理として、Markoffは、その記事や続記事で、僕との以前からの関係を、つまり、Cyberpunkに参加することを僕が拒んだことの私怨を明らかにはしなかった。加えて、僕は、その本を映画化する権利を更新しなかったことで、彼の潜在的な収入をフイにさせていた。

            # この章の出版が躊躇された理由が分かったような気がするのでここまで
            • Markoffの記事は明らかにアメリカの司法当局を翻弄することを意図したものだった。
              「...法の執行は、彼に及んでいないようだ...」とMarkoffは書いた。その記事は、司法省に僕の事件の重要度を上げさせるのを目的に、僕をサイバースペースの社会の敵ナンバーワンへと仕立て上げるものだった。数ヵ月後、僕の逮捕に、Markoffと彼の仲間である下村努の両者は、連邦法とジャーナリストとしての倫理の両方に違反して、事実上政府の官吏として参加した。彼らは、記入のない令状で私の家が違法に捜査されたとき近くにいたし、そして、私の逮捕に立ち会った。加えて、2人は、僕の行動を捜査する際、僕個人の電話を盗聴して連邦法に違反しているはずなのだ。Markoffは、僕を悪人に仕立て上げる一方、後の記事で、下村をサイバースペースのナンバーワンヒーローにまつりあげた。もう一度言う。Markoffは、以前の関係を公表しなかったという点でジャーナリストの倫理を犯しているし、このヒーローは、Markoffの実に数年来の友人であったのだ。

              # どんなもんかなと思うのでここまで
              • Markoffとの最初の出会いは80年代後半で、彼とその妻Katie HafnerがCyperpunkの執筆中に、僕にコンタクトをとってきたのだった。その本は、Pengoとして知られるドイツの少年、Robert Morris、そして僕の3人のハッカーに関するものになるというものだった。
                僕の報酬はどんなものだっただろうか? 何もなかった。彼らに僕の話をする意味が僕にはわからなかった。そこから彼らは利益を得て、僕は得ることがないとしたら。だから、協力を断った。Markoffは僕に最後通牒を突きつけた。つまり、自分たちのインタビューに応じるか、あるいは、自分たちが情報ソースから聞いたどんなことも真実として認めるか。彼は、僕が協力しないことに明らかに欲求不満で苛立っていた。それに、彼は、僕を後悔させるようにする手段を持っていることを知らせてきていた。僕は自分の立場に立つことを選び、彼の圧力戦術に耐えて非協力を貫いた。その本が出版されると、僕は「ザ・ダークサイド・ハッカー」として描かれていた。僕はこう結論した。著者たちは、僕が彼らに非協力だったことに仕返しをするために、故意に、根拠のないでたらめな記述をしたんだと。僕のキャラクターがより邪悪なものと描かれ、誤ったライトの当て方をすることで、彼らはおそらく本の売上を伸ばしたのだろう。ある映画プロデューサーが大変なニュースを電話してきた。Cyperpunkに描かれたザ・ダークサイド・ハッカーの映画を作ることにハリウッドが興味を持っている、と。僕は、その本が僕に関して不正確で虚実に満ちていることを指摘したが、彼はそれでもそのプロジェクトに非常に興奮していた。僕は、2年間の選択権で5,000ドルを得た。もし製作が決まり話が前進すれば、さらに45,000ドルが得られるという条件で。その権利が失効した時、製作会社から半年間延長の申し出があった。このときまで僕は有給で雇われていたというわけだ。そして、僕に好意的でなく、誤ったライトの当て方をされたような映画を見る気力はほとんどなかった。私は延長を断った。これで、そのプロジェクトから多額を得ようと期待していたであろう、Markoffを含む全員にとって、映画の話はなくなった。

                # お腹がすいたのでここまで
              • ここに、John Markoffが私に復讐心を燃やすもうひとつの理由がある。
                Cyperpunkが出版されたころ、Markoffは、彼の友人下村と電子メールでやりとりをしていた。両者は、私がどこにいて何をしているかに妙に関心を持っていた。驚くことに、その1通には、私がLas VegasのNevada大学に行って学生用のコンピュータ室を使ったことを彼らが知っていたという情報があった。Markoffと下村は、私についてもう1冊本を書くことに感心があったのだろうか。そうでなくても、彼らは私がしようとすることを気にかけていたのだろうか? Markoffの追及は、1992年の後半へと戻る。私は、DECの企業ネットワークのリリースを監督していたのが終わりに近づいていた。政府が別の件で私に力を集約させようとしているのに気づくようになったが、これは、Los AngelesのP. II会社の電話回線に盗聴器がしかけられているのはなぜか謎を解く知恵比べとなった。
                調べてみると、私の疑惑は確信となった。Pacific Bellのセキュリティの人間が実にその会社を探知していたのだ。Los Angelesの郡保安官事務所から来たコンピュータ犯罪の代理人でもあった。彼らはこの情報を私に知らせてくれて、私が監視されていると密告してくれた。彼らは、私が自分を調査しているどの当局にもタブをしようとしているのを知っていた。Pacific Bellで使われている、彼らの監視を逆監視できるようにするコンピュータ・システムの詳細を、彼と共有していた。彼の筋書きが分かると、すぐさま彼と形勢は逆転した。そして、彼が情報提供者として政府で働いていたときに行っていたクレジットカード詐欺を暴露した。連邦捜査局はそれを賞賛してくれると私は確信していた。
                1994年の独立記念日、朝早くポケベルで起こされたとき、私の人生は変わった。私は、New York Timesをはやく見るようにと告げられた。Markoffが私について記事を書いただけでなく、Timesがそれを1面に掲載しているのを見たときには、私は信じられなかった。最初に思ったのは、身の安全だった。今や、政府は、私を見つける努力を実に注いでいる。Timesは、私を悪魔に仕立て上げるために、合わない写真を使っていると私は考えていた。古過ぎて、今の私に似ても似つかないほどの写真を選んだのだと理解するのを恐れなかった。記事を読み始めると、Markoffが、ずっと欲していたように、Kevin Mitnickに関する本を書こうとしているのが分かった。
                私がただ信じられなかったのは、New York Timesが、彼が私について書いた言語道断な虚偽の記述を出版するリスクを負おうとすることだった。私がそれに返答する立場にあったとさえしても、New York Timesと同じだけの読者を得て、Markoffの言語道断な嘘に反駁できることはありえなかった。手を焼かされている一方で、私は情報を壊さなかったし、私が得た情報を使用したり他者に明かしたりはしなかった。私のハッキングによる企業の実質的な損害は、合計しても、電話会社もちで私が使った電話代と、私のアタックが発覚したセキュリティの脆弱性に対処するために使われた費用と、私が将来的にアクセスするのを許可する方法を含むように修正したであろうソフトウェアを恐れて、OSやアプリケーションを再インストールした2~3の企業ぐらいである。それらの企業は、私の活動によってセキュリティ・チェーンのリンクの弱さに気づかされなければ、もっと深刻な損害への脆弱性を残したままだったろう。私は多少の損害は引き起こしたが、私の行動と意図は悪質なものではなかった...そして、John Markoffは、私が提示した危険性への、世界の人々の認識を変えさせたのである。虚偽の中傷的な記事を書くような影響力ある新聞の非倫理的な記者の権力は、われわれ一人一人を悩ませるものだ。次の標的はあなたかもしれない。

                # 節の切れ目なのでここまで
              • 逮捕後、私は、Smithfield郡拘置所に移送された。
                North Carolinaでは、アメリカ連邦裁判所は、私を「穴」といわれる独房監禁に入れるように看守に命じていた。1週間しないうち、連邦の検事と私の弁護士は、私が拒否することのなかった合意を得た。私は独房を出されることになった。ただし、私は基本的人権を放棄し、a) 保釈審査会はしない b) 予審はしない c)弁護士と2人の家族を除いては電話をしない、という条件を呑むことで。署名をすれば、独房を出ることができた。私は署名した。この裁判の連邦検事たちは、その後5年ほどして出版した本にある、汚い策略を各所に仕掛けた。どの被告とも同様に扱うため、私は何度も繰り返し権利を放棄させられた。
                しかし、これはKevin Mitnickの裁判である。そこにルールはなかった。被告の憲法上の権利を尊重することは要求されなかった。私の裁判は、正義ではなく、政府がなんとしてでも勝利を得るという決意だった。検事たちは法廷で、私が起こした損害や私が示した脅威をあまりにも誇張して主張した。そして、メディアはその扇情的な陳述を大々的に引用した。そのときはもう遅く、検事たちが引き下がることはできなかった。政府はMitnickの裁判で負けるわけにはいかなかった。というのも、より多くの倫理的なジャーナリストたちが、尊敬するNew York Timesから「事実」を取り上げ、それを何度も繰り返したからである。そのメディアが作り上げた神話は明らかに、司法当局を脅かしたのである。
                私の弁護士が入手した極秘の書類には、アメリカ連邦裁判所が、私に一切の個人的情報を明かさないようにと、全ての司法当局に注意を喚起していたことが記されていた。そうしなければ、彼らの人生は、電気的に破壊されていただろうと。裁判が行われる前には、憲法で、被疑者に無罪を推定することを要求される。つまり、全ての市民は、保釈審査会、つまり被疑者として議会で説明する権利を持っているし、証人を反対尋問する権利がある。信じられないことに、政府は、John Markoffのような責任感のない記者たちが作り上げたヒステリーに依拠して、こういった防備を回避するのを可能としてしまった。
                先例がないのに、私は、4年半以上も審理前手続きの拘留者――審理や判決を待って拘置されている者――のままにさせられた。裁判所が私の保釈審査会を拒否したことは、アメリカ最高裁判所まで争われた。最後に私の弁護団がアドバイスしてくれたのは、先例を作ることだった。つまり、私は、アメリカ史上で唯一の先例を却下された拘留者だったのだ。これが意味するのは、私の出廷を合理的に確認するような条件はないという証明の責任を、政府が負わなかったということである。最低でも、連邦の検事はこの裁判で、以前のケースで他の連邦検事が言ったように、私が電話に口笛で合図することで核戦争を起こせるとは主張しなかった。

                # 肩が痛いのでここまで
              • 私の嫌疑で最も重いものは、各種の携帯電話と有名なOSの独占的なソースコードをコピーしたというものだった。検事は、私が複数の企業に、合わせて3億ドルを超える損害を与えたと公表し法廷でも主張した。その損害合計の詳細は、未だに法廷で秘匿されている。建前上は、巻き込まれた企業を保護するためとされているが、私の弁護団は、検察から情報を秘匿するようにと要求があり、検察が私の裁判で働いた悪事全体を隠蔽する手ほどきをしたのだと信じている。
                記しておくに値するのは、私の裁判での被害者の誰一人として、法で求められた証券取引委員会へのいかなる損害の報告もしていないことである。他の数社の多国籍企業では、――SECや株主やアナリストたちをごまかすことで――連邦法に違反していたか、あるいは、私のハッキングによる損害額が事実上あまりに小額で報告されなかったということである。
                Fugitive Game [bk1.co.jp]という本で、Jonathan Li Wanは、New York Timesのあの1面記事が載って1週間のうちに、MarkoffのエージェントがWalt Disney Hyperion出版社と、私を追い詰めるキャンペーン本で「包括契約を取り結んだ」と記している。その前払い金は推計75万ドルだった。Littmanによれば、Miramaxが選択権に20万ドル以上を、加えて「映画の開始によって合計で65万ドルを支払う」という条件で、ハリウッド映画になることになっていた。ある信頼できる情報筋によれば、Markoffの受け取り額は、Littmanが考えていた以上のものだった。
                私を訴追した検事の同僚としてLos Angeles地方検察に検事として勤めていた人物によって、私の裁判の法的側面を検討した本がある。Buck BloombeckerのSpectacular Computer Crimesというその本で、彼は「誉めるとはいえない言葉で元同僚について書かなければならなかったのは、私は悲しい。Mitnickを刑務所に閉じ込めておくために用いられた議論のほとんどが、荒唐無稽な噂に基づいていたという、James Asperger検事補の告白には、私は悩まされた。」と書いている。彼は続けて、「検事が法廷で犯した罪は十分悪質で、新聞で国中の数百万の読者に広まった。しかしよりいっそう悪質なのは、そういった虚偽の主張が、保釈の可能性をなくしてMitnickを刑務所に閉じ込めておくための根拠の大部分であるということであった。」 さらに、検察官がよりどころとすべき倫理基準について触れ、「Mitnickの裁判で、彼を拘置所へ留めておくために行われた虚偽の主張は、法廷が公平な判決を出すことに先入観を与えたことを暗示している」と記している。
                1999年のForbesの記事で、Adams L. Penenbergは、私の状況をこんな風に雄弁に描写した。「Mitnickの犯罪は不思議なほどに無害なものである。彼は、企業のコンピュータに押し入りはしたが、彼がデータを破壊したと示す証拠はない。それに、彼がコピーしたものを売ったという証拠もない。そう。彼は、ソフトウェアを盗ってはみたが、置いてきているのである。」 この記事は、私の犯罪が「大企業で用いられている金のかかっているコンピュータのセキュリティ・システムを嘲弄する」ものだったと言っている。そして、Fugitive Gameでは、その著者Jonathan Littmanが、「毒された政府は理解できるはずだった。とはいえ、自分個人のために力を振るったハッカーとは...彼らには理解できないものだった。」 同じ本の他所でLittmanが記すに、MitnickがDECに与えた損害は、ニュースになったように400万ドルではなく、16万ドルであると、James Sander検事がPfaelzer裁判官に認めたとある。その額さえ、Mitnickによる損害額ではなく、私が侵入したことでDECの注意をひきつけたセキュリティの弱さを追跡するのに費やされただいたいのコストである。
                政府は、Mitnickを保釈させず独房に監禁させておくための狂気じみた主張に証拠がないことを認めた。MitnickがNSAのセキュリティを危うくさせたという証拠はないのだ。裁判官のTRWの信用通知を変更したという証拠はないのだ。しかし、裁判官は、おそらくは、メディアの攻勢を恐れたのであろう、抗弁を取り下げ、Mitnickを政府の求刑よりも長期の判決を言い渡した。ロビイングをするハッカーとして過ごした数年の間、私は、数え切れないほど多くの新聞や雑誌や4冊の本に書かれ、欲しくもない悪評を着せられた。Markoffと下村の中傷的な本は、テイクダウンという主要映画になった。インターネットにその脚本が流れたとき、たくさんの私の支持者たちは、その不正確さと誤りを大衆に注目させようとMiramax Filmにデモをした。親切で物惜しみしない人たちの助けがなければ、その映画は、サイバースペースにおけるハンニバルの牧師のように、私を確実に誤って描いていただろう。私の支持者たちに圧倒されて、その製作会社は、私が彼らを名誉毀損で告訴するのを避けるために、内密の条件で事件を解決することに合意したのだ。

                # 「このコメントの残りを読む…」が出ると思うのでここまで
              • さいごに

                John Markoffの言語道断な名誉毀損的記述はあったが、私は罪状は、コンピュータの不法侵入と電話のタダがけという単純なものだった。私がとった行為が違法だとして逮捕されてから、私はプライバシの侵害を犯したことを認めた。私がコンピュータや電気通信の詐欺で他人の金銭や財産を奪ったという、Markoffの記事がそうであったように正義も理由も証拠もなく議論をするのは、ただただ不当であり、証拠によって裏付けられなかった。私の悪行は好奇心によるものだった。つまり、電話ネットワークがどうやって動くのかとか、コンピュータ・セキュリティの出入りとかを知りたかったのである。私は、手品を見せるのが好きな子供から、企業や政府から恐れられる世界一悪名高いハッカーへと変わった。ここ30年の人生を振り返ってみるに、好奇心や科学技術を学びたいという欲求や知的挑戦の赴くままに、極端につまらない選択をしたものだと認める。私は変わった。才能を方向転換させ、情報セキュリティとソーシャル・エンジニアリングの技術に関する広範な知識で、政府や企業や個人に、情報セキュリティの脅威を発見し、対処し、そこから保護するのに助力したい。この本には、世界の悪意ある情報泥棒の試みを避けるために、私の経験を使うという読み方もある。この本は、楽しいし、はっとさせられるし、為にもなる本だと思っている。

                --Kevin Mitnick

                # EOFなのでここまで
              • by Anonymous Coward
                誰かこれ全部モデレート+4しろ!!!!!!!!
    • by Anonymous Coward on 2002年11月11日 19時46分 (#198582)
      Chapter 1
      Kevin's Story
      by Kevin Mitnick

      I was reluctant to write this section because I was sure it would
      sound self-serving. Well, okay, it is self-serving. But I've been contacted by literally hundreds of people who want to know "who is Kevin Mitnick?”. For those who don't give a damn, please turn to Chapter 2. For everybody else, here, for what it's worth, is my story.
      Kevin Speaks Some hackers destroy people's files or entire bard drives; they're called crackers or vandals. Some novice hackers don't bother learning the technology, but simply download hacker tools to break into computer systems; they're called script kiddies. More experienced hackers with programming skills develop hacker programs and post them to the Web and to bulletin board systems. And then there are individuals who have no interest in the technology, but use the computer merely as a tool to aid them in stealing money, goods, or services. Despite the media-created myth of Kevin Mitnick, I'm not a malicious hacker. What I did wasn't even against the law when I began, but became a crime after new legislation was passed. I continued anyway, and was caught. My treatment by the federal government was
      based not on the crimes, but on making an example of me. I did not deserve to be treated like a terrorist or violent criminal: Having my residence searched with a blank search warrant; being thrown into solitary for months; denied the fundamental Constitutional rights guaranteed to anyone accused of a crime; being denied not only bail but a bail hearing; and being forced to spend years fighting to obtain the government's evidence so my court appointed attorney could prepare my defense.

      What about my right to a speedy trial? For years I was given a choice
      every six months: sign a paper waiving your Constitutional right to a speedy trial or go to trial with an attorney who is unprepared; I chose to sign. But I'm getting ahead of my story. Starting Out my path was probably set early in life. I was a happy-go-lucky kid, but bored. After my father split when I was three, my mother worked as a waitress to support us. To see me then an only child being raised by a mother who put in long, harried days on a sometimes-erratic schedule would have been to see a youngster on his own almost all his waking hours. I was my own babysitter. Growing up in a San Fernando Valley community gave me the whole of Los Angeles to explore, and by the age of twelve I had discovered a way to travel free throughout the whole greater L.A. area. I realized one day while riding the bus that the security of the bus transfer I had purchased relied on the unusual pattern of the paper-punch that the drivers used to mark day, time and route on the transfer slips. A friendly driver, answering my carefully-planted question, told me where to buy that special type of punch. The transfers are meant to let you change buses and continue a journey
      to your destination, but I worked out how to use them to travel anywhere I wanted to go for free. Obtaining blank transfers was a walk in the park: the trash bins at the bus terminals were always filled with only-partly-used books of transfers that the drivers tossed away at the end of their shifts. With a pad of blanks and the punch, I could mark my own transfers and travel anywhere that L.A. buses went. Before long, I had all but memorized the bus schedules of the entire system. This was an early example of my surprising memory for certain types of information; still, today I can remember phone numbers, passwords and other items as far back as my childhood. Another personal interest that surfaced at an early age was my fascination with performing magic. Once I learned how a new trick worked, I would practice, practice, and practice until I mastered it. To an extent, it was through magic that I discovered the enjoyment in fooling people. From Phone Phreak, to Hacker my first encounter with what I would eventually learn to call social engineering came about during my high school years, when I met
    • こういう出所不明だが、著作者が分かっている文章って、翻訳して公開するのは著作権的に許されるのだろうか・・・。

      ミトニック氏自身は文章が公開されて嬉しいようだが、この文章に関しては出版社も権利を持つのかな?

      識者の見解お願いします。
      • 本人に聞けばいい。メールは受け取れないかもしれないから、電話か手紙で。

        こういうのを裏で流すのがGnutella、と思ってたんだけどなあ。
      • オラ訳自体は問題ないでしょう。ただ、それを公衆に掲示したとして、もし日本に翻訳・出版権を持っている人がいれば、送信可能にした人、その場を提供する人、などが罪に問われるかもしれません。

        誰?翻訳権持ってるのは?
      • いまならいくらでも匿名での情報公開ってできるわけだし、
        これが著作権的にうんぬんなんてのは、みずから首輪を
        はめられたがっているようなもんだ。
        あるいはミトニックをDECに売ったヤツらと同じだな。
    • by Anonymous Coward
      プロパティ->ファイルの概要->作成者がlittlegreenguyってのは・・・
      Kevin Mitnickって書いてあるわきゃ無いか・・・
  • ミスカトニック大学の蔵書でも公開されたのかと思ったよ。
    『ネクロノミコン』とか。
    --
    李 露星
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192.168.0.1は、私が使っている IPアドレスですので勝手に使わないでください --- ある通りすがり

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