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アレゲなニュースと雑談サイト

hylomによる 2009年11月10日 16時12分の掲載
平たく言うと「知識は共有したほうがより進化するよね」ということか部門より。

WizU 曰く、

2001年に『日本経済の罠』をヒットさせた独立行政法人経済産業研究所(RIETI)の小林慶一郎氏が、「知的財産権の強化は、知識の創造や蓄積を阻害する??」という、/.読者にも興味深そうな知的財産に関する論文の解説を執筆している(元の論文はMichele Boldrin and David K. Levine "A Model of Discovery," American Economic Review: Paper and Proceedings 2009: 99(2): 337―42.)。

解説では、「知的財産に対する独占権(特許権など)を強化することは、科学的・技術的な知識の発見や蓄積を阻害するかもしれない」と述べ、その理由について次のように述べている。

  • 知的財産権による知識の独占を正当化する根拠には、(1)「新たな知識を生み出すには一定の固定コストが必要」、(2)「生み出された知識は、低コストでコピーされる」という前提がある
  • しかし、現実には一定の固定コストの投入で急に新知識が出現するわけではなく、(1)'「知的革新の生産量は既存の知識と労働力をパラメータとした連続関数で表わせる」である
  • 前提条件を(1)から(1')に変更すると、知的財産に対する独占権は新知識を十分に磨き上げる前に拙速に市場に投入するインセンティブを与え、研究開発活動を十分に行うインセンティブを阻害し、社会的に最適な水準よりも過少の研究開発活動しか行われない、という結論となる

小林氏はこのような仮定を納得できる見方としているが、他分野に携わる方々の実感ではいかがだろうか。

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  • 要するに「知材権を強めすぎると『もっと究めたほうがよくね?』って感じの知識、技術が巷にあふれるから、困る」って話だと思うんだが、「もっと究めたほうがよくね?」というのはどうやって分かるのか、分からん。

    前提条件変更の解釈は、 昔は一部の天才が画期的な理論なり技術でその業界に革新をもたらすということがよくあったけど、 21世紀に入って科学、技術が成熟してそのようなことが少なくなってきているということですかね?

    (1)'「知的革新の生産量は既存の知識と労働力をパラメータとした連続関数で表わせる」 というのは言い換えれば「ある程度労働力を投入すれば、 ある程度は知的革新が起こる(廃案になったモデルなど含む)」 つまり、既存の知識量がある状態では、ほんのちょっとの労働力で知的革新が無限大に近い成果が得られるというのは嘘である、ということですよね。 まあ、中間生産物(全体のラフなスケッチや、間違いとわかったモデル、バグだらけのコンピュータプログラムなど)を成果とみなせば、確かにその通りなのでしょう。

    ここまでは理解できたけど、「社会的に最適な水準よりも過少の研究開発活動しか行われない」という「社会的に最適」はどう定義できるのか謎だった。 完成度が低い状態で、市場に投入された知識でも、たくさんの人が知ることによって (本人がやるよりも)完成度がより上がるということはないだろうか。 実はそこが「社会的に最適」なのではないかという疑問にはどう答えるのだろうか。

    なんか「伽藍とバザール」みたいな話になってきたな。

    • Anonymous Coward : 2009年11月11日 0時01分 (#1669456)

      タレこみでは「連続関数」となっていますが、この論文で重要なのはそれが「収穫逓減の生産関数」であることと、そのモデルが表面的には(1)に見える、と言うことです。
      収穫逓減とは資本を投入すればするほど効率が悪化するということで、技術開発が進めば進むほど成果に対してコストがかさむという、ある意味当たり前な現象のことですが、同時にその現象が、ある程度の資本を投入すると大きな成果が得られるように見える、という現象も説明する、と言うわけです。
      で、以下は明示されていないので憶測ですが。
      「適切な水準」とは、収穫逓減であるために存在する、投入する資本と成果が釣り合う水準の事だと思います。
      しかし、「知的財産への独占権」があると、権利者以外は資本を投入しても成果は利用できないし、権利者は資本を投入しても効率が悪化するだけだから投入しなくなる、と言うことかな。

      • WizU (35053) : 2009年11月11日 11時59分 (#1669650) ホームページ

        フォローありがとうございます。
        小林氏の解説を更に要約する際に、変な編集をしてしまっていました。

        経済学における社会的に最適な状態とは、関与するプレイヤーの利得の合計が最大となる状態を指します。
        企業・消費者からなる経済では、企業利潤と消費者余剰(消費者が支払っても良いと考える金額よりも安く財を購入できた額の合計)の合計を最大にするのが社会的に最適な状態となります。

        マクロモデルはあまり触っていないので少し自信がないのですが、元の論文では競争均衡経路と社会的に最適な均衡経路は等しい事を前提として、社会的に望ましい均衡経路よりも独占の均衡経路では知識の生産活動が過小になる事を示しています。
        本来ならば、競争均衡と独占の比較を行うには、企業が複数いるモデルにて、独占と競争均衡を比較すべきなのですが、元の論文は経済全体の生産活動を行うマクロ生産関数を考え、個別企業の戦略を考慮していなません。
        マクロモデルでは、競争均衡では社会的に最適な状態が得られる事を前提として議論を行うのは割と良くあるので、このような比較を行う事それ自体は問題ではありません。
        しかし、本当に競争均衡と独占を比較するならば、研究開発を行う企業が複数いるときの戦略を考えなければいけません。

        研究開発を企業が競争的に行うマクロモデルも存在していますので、今後この生産関数を用いた派生的な研究が行われるかもしれません。

  • 特許ゴロの件は? (スコア:2, おもしろおかしい)

    saitoh (10803) : 2009年11月10日 20時34分 (#1669349)
    知的財産権が強すぎると、技術のネタを思いついた時点で特許をとるだけとるが投資と失敗のリスクがある産業化の手間は書けずに放置したほうが得になる。 どこか他の会社が汗水たらして実用化したら、「実はわたしが特許をもってるんだよ。ロイヤリティよこせ」と。

    そんな話かと思ったら、リンク先を読んでみたら全然違った。

    • いや、まさにそういう話だと思います。

      特許の保護が強化されすぎると、将来本当に使えるようになるのか分からない上に、
      (少なくとも現時点では使えない)やたら適用範囲が広いので何をやるにしてもどこかでひっかかる、
      ロクでもない特許ばかりが氾濫して素性のいいアイデア、本当に使える技術にできそうなものでも、
      あっちこっち特許で固められてるから使用許諾管理が面倒なので誰も技術開発を続けようと思わなくなる。
      これは社会の損失だよ、という話ではないのかな。

      だから、特許認めるなら、これから技術が発展しそうな分野でちょっと何かアイデアがあったら
      テキトーにいろいろ適用範囲考えて青田買いってのをやめさせて、ある程度しっかり「使える技術」
      にしたモノを出させてから認めたほうがいいんじゃね?
      って話じゃないでしょうか。

      例えば、フラクタル圧縮の技術開発が停滞してるのは、まさにそういう理由じゃないかと思います。
      wikipediaによれば、 [wikipedia.org]
      > (フラクタル圧縮よりも)ウェーブレット変換に基づく圧縮技法が進化し、より容易なライセンス形態と
      > なっていたため、フラクタル圧縮とそのファイル形式は広く採用されることはなかった。

      > 特許による制約があるため、フラクタル動画圧縮に対する商業的関心は薄く、
      > 1990年代後半以降、ライセンス所有者がエンコード時のリソース問題を解決したという話もない。

      ガチガチに特許で固められていて他人が参入したがらないので、商業的には採用されにくいし
      新しい環境に適応するための技術進歩もライセンス所有者だけではリソースが足りなくて行えない。
      結果、優れた技術でも活用されないまま腐ってしまう。

  • Anonymous Coward : 2009年11月10日 21時48分 (#1669390)

    ある技術/製品を作るために、ある特許をライセンス料を払わずに済むよう回避した場合、自力で代替物を開発するのにかかった時間分はものが世に出てくるのが遅くなる。
    もしライセンス料が代替物開発コスト(時間的にも費用的にも)より安く済めば、ライセンス受けることが選択されて、その分早く開発が進んで世の中は進歩する。
    もし回避困難・不可能な上に、ライセンス料/代替物開発コストの製品価格への転嫁がハンパじゃない(消費者訴求力がそがれる)場合はその技術/製品の開発はペイしないためそもそもやめられてしまう。
    だから特許ゴロにならずに適切な値段でライセンスしましょうね。

    こんな感じでしょうかね?

    # サブマリンのように後から吹っかけて法廷で儲けるようなものをのぞいて
    # 回避されてしまう場合などは特許ゴロって儲かるのかどうか怪しいな。

  • 現在の特許制度では、ドッグイヤーと言われるIT分野でも、何十年同じ薬が売れる医薬品でも、原則として権利期間は出願から20年。これって、よくよく考えれば変な話です。

    私は、長期的には、何らかの業界区別を作り、その区分毎に市場原理が反映される仕組みを作って、バランスをとるようにすべきだと考えています。
    (例えば当該業界の実施権の総入札額が、○兆円以上だったら、○兆円毎に1年短くなるとか。)

    特許制度というのは、独占禁止法の例外的位置づけにあることを見ても明らかなとおり、その制度には弊害が付きものなのです。
    例えば、国は特許庁をコストをかけて維持していますし、企業はコストをかけて知財部を設け、特許を出願して市場独占を狙います。しかし、そのコストが特許法第1条に規定される、「産業の発達」のコストを下回る限り、特許制度は社会全体として有用です。
    逆に言えば、そのコストが「産業の発達」のコストを下回れば、特許制度の存在価値は無いわけです。
    時代とともに、「産業の発達」のコストも変わりますし、また、時代とともに、各業界の重要度も変わります。

    以上から、特許法第1条に立ち返ったとき、私は、特許存続期間への市場原理の導入は回避できないと考えています。

  • funya (14942) : 2009年11月11日 2時44分 (#1669506)
    何を最適化するかということなんだろうけど。

    ダメな技術が、成熟に時間がかかるより良い技術を駆逐するのをたくさん見て来たからね。
  • 誰でも思いつくような、とても高度な創作とは言えないようなアイデアには、最初から独占権を与えなければよい。/.で紹介されるようなソフトウェア特許紛争の話題って、結構こういう類のものが多い気がする。
  • 禿不同 (スコア:1, 興味深い)

    Anonymous Coward : 2009年11月11日 10時31分 (#1669583)
    参照論文は、全然同意できない。 論文としての価値もない。 1)発明は連続的活動でないといっているがこれは間違い   ひらめき即発明で終わりではなく、少なくとも論理検証や思考実験を行い纏まった   段階で特許とする。 2)開発義務まで付けるというのも間違い 3)売れるかどうかの問題は別問題 特に日本企業においての問題は、知的創造活動のの評価が低いことが問題。 ものつくりだけでは食っていけないのに。
  • Anonymous Coward : 2009年11月10日 17時13分 (#1669266)

    えーと、リンク先は本当に読まれました?
    「知的財産に対する独占権を弱めれば最適な水準の研究開発活動になる」なんて書かれていないどころか、そうした安易な結論を否定しているのですけど。

    Boldrinたちは、「知的財産に対する独占権を発明者に与えると、知的革新の活動が、社会的に最適なレベルに比べて過少になる」といっています。しかし、彼らは「知的財産への独占権を排して自由な競争で社会的に最適なレベルが達成できる」とは言っていないのです。自由競争にすれば、模倣者が知識をコピーすることで発明者の利得を奪うことは当然起きます。そのことが研究開発のインセンティブを低下させるという問題は、Boldrinたちのモデルでは、まったく検討されていません。

  • Re:とりあえず (スコア:1, おもしろおかしい)

    Anonymous Coward : 2009年11月11日 1時49分 (#1669495)

    >例のひげのおじさんに聞いてみればいいんでないの
    真っ先に浮かぶのがスターリンとヒトラーだった俺 orz

    #どっちも特許じゃなくて著作権にからんでだよ(売れない画家とか)

  • この論文は主に特許権のようなものを意図して書かれている論文です。
    このような結論が出てくるロジックは、他の人の知識を利用するのは簡単ではなく、他社の発明した知識を利用するためには様々な改善活動を行わなければならず、それには一定のコストがかかる故、知的財産とは言え他者のコストにただ乗りする事はできないから、他の財と同様に独占権を与える事は過小供給を招くということです。
    (他者の機械の製造工程と設計図をそっくりそのまま手に入れても、実際にそれを再現するには設備費用のみならず、利用のためのノウハウを蓄積しなければならないような場合です)
    つまり、「完全なコピーが出来ない」が故に独占権は必要がないという事です。

    他方、「コピーライト」で表される著作権の場合、表現された著作物の完全なコピーを作るのは極めて容易です。(音楽CDの複製をするような場合です)
    このような場合は従来の知財モデルが仮定していた状況ですから、独占権を与える事には一定の意味があります。

  • > 一生懸命研究開発しても、それが皆で共有され、自分の成果・利益があまり得られないなら、研究開発努力はどんどん衰退していくよね。
    この論文が想定しているのは、研究開発成果を公開して、有料で販売する事で得られる収益がもたらすインセンティブで十分とは限らないが、独占権を与えた場合よりは良い、という状況です。

    > 他人の成果を流用して少し手を加えて出す(売る)だけではない開発者としてはそう思うけれど、他人の成果物をちょこっといじって自分の成果物として出すだけの手抜き開発者はそうは思わないのだろうが。
    どの様な開発をしているのか解りませんが、既存の知識に一切依拠しないで魔法のように降り注いできたアイディアによる成果物は極めて希有です。
    そのような開発であれば確かに一定の独占権を与えてもよいでしょうが、世間の開発活動のかなりの部分は既存知識の斬新的改良活動であるように思います。
    また、仮に自分が既存知識に依拠しないで降り注いでくるアイティアを元に開発していると思っていたとしても、それは実は過去の産物として存在していた事を知らないだけという事はないでしょうか?
    また、そのようなことが生じてしまうのは、過去の産物に独占権が与えられているが故、供給が絞られているからだと考えることもできます。

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