Kandoの日記: 年齢別人口構成の不均衡を移民で安易に解消しようとすべきではない
Tweetしてたら思いのほか長くなったのでまとめ。
「もう日本人だけで日本が成立しないのは人口ピラミッド見れば分かる話なんで移民を積極的に受け入れるべき」という主張がある。
(実際既に、農村への研修の受け入れ、フィリピンからの看護師の受け入れ、自動車産業等へのブラジル人労働者の受け入れなどなし崩しに始められてしまってもいる。)
しかし果たしてそうだろうか?
人口ピラミッドの不均衡は長くてもいつかは必ず終わる「一過性」の問題だ。一方、移民は一過性ではない。このことをよく考えないといけない。
例えば、自動車産業が安い労働力として利用しようと積極的に呼び込んだが、不景気で急速に解雇され、失業しているブラジル移民など見ればわかるが、移民にも生活がある。いったん受け入れた以上は受け入れた社会には責任がある。「不景気になったから帰れ」なんて調子のいい話は通らない。そういう意味で一過性ではない。
私は別に移民排斥すべしというつもりはない。商業的/非商業的な交流に伴う自発的移民。難民受け入れによる移民には賛成する。外国人の人権を充実させることにも賛成だ。移民といえど2級市民のように扱うべきではない。前述のような自然な移民は(労働力不足を補う目的で呼び込んだ場合より)ゆるやかに起こるのでキチンとした対応が可能だ。しかし、人口ピラミッドのアンバランスを解決するため、当座の労働力不足を安易に解消するために移民をワザワザ呼び込むような政策を取るべきではない。そういう安易なやり方としての移民には全く賛成できない。そういう安易なやり方は急激すぎる変化をもたらすし、そもそも人口ピラミッドの不均衡を解消する他のより適切な方法がある。
実は企業が労働問題にからんで「国際競争力」を持ち出すとき、その「競争力」とは価格面での人件費コストカットという極めて狭い視野から唱えられている。しかしもとよりそんなものは新興工業国や発展途上国に勝てるわけがないのだ。無理に勝とうとすれば人件費をカット(=労働分配率の低下)に走らざるを得ず、せっかく教育した人材を低賃金の単純労働で無駄使いすることにもなる。国際競争力は営業力の整備による真に求められている商品・サービスのへの要求の発見と研究・開発による新しい価値の創造によらねばならない。日本が経済大国化する過程では給料も増えたが、それにもまして教育も充実させてきた。充実した教育システムと教育の行きとどいた労働力(殆どの人が字が読めるだけでも世界的には特筆すべきことではあるのだ。)は社会の資産であるわけで、決して無駄遣いするべきではない。
実際問題として、日本の企業は特にこの営業力、なかでも消費者の要求を知る組織的努力が決定的に欠けていることが多い。だから課題解決能力としての技術力はあるのに、消費者の要求が収集されておらず課題設定がまずいため技術の使いどころを誤ったり、UIやパッケージングを誤って高価で売れない商品を作ってしまうことにもなる。挙句、それらの売れない商品を押し売りのように押しつけることが「営業努力」と勘違いされていることがしばしばある。消費者から商品開発、研究への情報の流れが寸断されていて、組織的でない個人の努力に支えられているのが多くの日本の企業の現状なのだ。UIの開発に組織だったユーザーテストは当然であるのに、ちょっと家電メーカーがユーザーテストを伴った製品開発をしただけでニュースになること、あるいは苦情処理が単にクレーマーへの謝罪対応に容易に堕ちてフィードバックされた情報が経営に反映されないのが当たり前であることなどが日本の現状なのだ。(余談になるがしばしば言われる「商品にならない研究」という研究者への非難も根っこはそこにある。消費者の要求という企業への情報入力ストリームが研究者まで届く仕組みや組織が作られていない。)
企業は確かに努力している。かつてメーカーの社員でもあった私はそれを否定しない。問題はその努力の方向がコストカットへ偏り過ぎで、視野が狭い傾向があることだ。
労働問題に戻って言えば、現在、企業は若い健康な労働者という社会の労働力の上澄みを対象にしたえり好みと、余ったりなんらかの事情で少しでも効率が落ちれば切り捨てると言う使い捨てを前提にしており、使わない分や使い終わった分を社会に押しつけている状態にある。例えば徐々に定年が延長されてきたとはいえ定年が存在し、求人ではは露骨な年齢差別がある。このように若い健康な労働者を安く集中的に体力を当てにした過酷な条件で利用して、定年で使い捨てるようなことをやめて、労働を現在より広い年齢層で負荷を軽くして支えるようにする必要がある。つまり労働慣行を是正し、高齢者の労働力を適切に利用できれば、人口ピラミッドのアンバランスの問題はかなり緩和されるはずだ。高齢者は有病率も増えるが元々年齢が進むに従って体力には個人差が大きくなる傾向があるのだから年齢で一律に強制リタイアさせる方が本来不自然な話でもある。(おそらく一律定年は終身雇用と年功序列への対策であり、終身雇用と年功序列が崩れた今では残滓なのではないかと思われる。)実際現在の「老人」は昔より全然健康状態が向上している。また若者でも病に倒れることはあるし、障害者の存在もある。また、給与が増えなくても余暇が増えれば家事や子供の教育に回せる(労働力的な意味での)余裕も増えるはずなので、結果として子作りの余裕がない若い層でも子を作る余裕ができるという方向へバランスが変わることも期待できる。
結論としては:
・移民を臨時の労働力の穴埋めとして呼び込むべきではない。(移民一般の問題)
・人件費の削減だけで国際競争に立ち向かおうとしてはいけない。(日本企業の問題)
・年齢や体力、健康度に応じて公平な労働の分配を行い労働力を有効活用(高齢化問題)
によって人口ピラミッドのアンバランスは克服できるか、少なくとも大幅に緩和できる見込みはあるということ。
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