Kandoの日記: Retweetされてきた陰謀論なデマ 29
「日本人は仲良しグループで、中に一人でも反対するのがいると、統制がとれなくなる。その反対するのを排除するのに精一杯の努力をする。 GHQが戦後1952年に在日朝鮮人を日本に特権を残して出て行ったのは、日本人の性格を調べた上での戦略。」
…なる主張がRetweetされてきたので、「なんかデマ/陰謀論臭いなぁ。」と思って
発信源であるchochan氏(http://twitter.com/chochan)に情報源を求めてみた。そのやりとり:
「朝鮮人特権はGHQの陰謀だとするchochan氏の主張と反論」@Togetter
http://togetter.com/li/7139
…Twitterはデマを伝えやすいのでは?と危惧されていたけど、目の前で起こった感じ。
英文ならごまかせるだろうと踏んだのか次々関係ない長い英文のリンクを挙げてくるchochan氏。
(リンクが貼られた文書は:NSA設立趣意に関するトルーマンのメモ、GHQの命令書のリスト[PDF]、サンフランシスコ講和条約。私は英語は得意じゃないが、さすがに検索しながら目を通して陰謀とは何も関係ないことくらいは確認できた。特に最後の講和条約は噴飯物。そんなとこにGHQの陰謀計画が堂々と書いてあるわけないだろ!と。)
原文を探してくるとchochan氏は言ってるけど果たして見つかるかな?(期待薄)。
…私の心証は真っ黒だけど、当人がソースを探してくると言ってるのでタイトルには一応「?」を付けておきましょうかね。
ところで:
chochan氏のTwitterアカウントのページhttp://twitter.com/chochanを見るとChosei Funaharaって書いてある。
Chosei Funahara検索して見つかる別のアカウントもある。
http://twitter.com/chosei_funaharaとは別人と思ったらWebページはhttp://twitter.com/chochanだそうなので、
どうも英語日本語で使い分けているらしい。
(まぁ公認アカウントではないので、他人でも成り済まそうと思えばいくらでも成り済ませるという話はある。)
ちなみにWikipediaの船原長生からは「公式ページ[http://www.funahara.com/]」へのリンクがあってそこからはまた別のTwitterアカウントhttp://twitter.com/digitalkineticへのリンクがある。
どれが本人でどれが違うヒトなのか同じヒトななのか分らないけどChosei Funaharaを名乗るTwitterアカウントは沢山あるらしい…。
3月1日追記:
本人が認めたのでタイトルから「?」は外しておこう
さて、私のところに届いたメールでは訂正すると言っていたのだが、あれから1日経ってもTwitter上では発言の訂正を行っていない。(山ほど他のTweetはしてるのに。ひょっとしてログを押し流してなかったことにする気だろうか?)つくづく無責任な人であるらしい。
下のコメントでも船原長生と言ってるし、私のところに届いたメールでも本人だと称している。本人じゃなければ悪質な騙りだし、本人ならこの無関係な文書(やそのURLを)を貼りまくったgdgdな誤魔化しっぷりはかなり恥ずかしいことだと思うのだが…。(船原長生ってヒトを私は知らないので元からそんな人なのかどうだかなんとも言えないが。)
同一人物という証拠はないが、以前から他所でも同趣旨のことを書いてた?:
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/13305152.html
のコメント欄より:
3. Posted by Chosei Funahara(船原長生) 2005年01月30日 15:02
私が過去に何度も言っているようにGHQとThird World Nationとの取り決めを調べれば全てが出てくる。アメリカ人のインテリジェンスは全てを知っていますから。後20年ですね。今,全てがわかると JAPANで暴動が起こります。問題があるならワシントンDCに来てください。解決できますよ。
http://blog.livedoor.jp/lancer1/archives/10162586.html
のコメント欄より:
5. Posted by 船原長生(Chosei Funahara) 2005年01月14日 18:08
<中略>
二つ目にGHQと敗戦国との間と第三国諸国との間の利権の事実はアメリカ内のインテリジェンスでは常識になっています。その利権に関してもお答えをお拝聴戴ければと思います。
…このヒトメールでも、Twitterでもやたら「アメリカのインテリジェンスでは常識」を連発する。どうも得意技みたいなんだよなー。メールでも元諜報機関の人間と知り合いだから知っている公開はできないとか書いてたし…つくづく胡散臭い。
デマは広がりやすいです (スコア:0)
何しろ、頭を使わず簡単にRTで伝播しちゃいますから。
しかも議論にならずすぐ発散。デマの印象だけ残る。
Re:デマは広がりやすいです (スコア:1)
まぁそう思ってこの日記を書いたのです。
少なくともこのデマ(一応「?」)に関してはRTで拡散しても内容のキーワードでGoogleったらここも引っかかる。
幸い発生源から近く、発生源に直接質問できたので、そのgdgdっぷりを記録しておくことには意味があるだろうと。
Being Korean in Japan (スコア:1)
page 30 In other words, the Japanese authorities would maintain their positions until further notice. Public pressure eventually forced the United States to change this policy. But periodically Koreans complained that the Americans favored their erstwhile enemy over the Korean people they had come to liberate.7
7. We see one of the more tangible results of this confusion over Korea’s wartime status in the postwar discussion over reparations. Because the United States did not consider Korea among the Allied forces, Koreans were ineligible to accept property on the peninsula formerly occupied by Japanese as war com- pensation. This left the future possession of these assets in question until late 1948, when the Republic of Korea was founded (Cheong 1991: chap. 4).
page 31 Douglas MacArthur, disagreeing with Japanese Prime Minister Yoshida Shigeru’s 1949 suggestion that all Koreans unable to “contribute to [Japan’s] reconstruction” be forcefully repatriated, remarked that since they were “mostly North Koreans” they “would [all] have their heads cut off” by the ROK government (Finn 1992: 238). The characteriza- tion “mostly North Korean” was untrue in the literal sense, given that most Japan-based Koreans came from southern Korean towns. As a refer- ence to ideological disposition it was equally problematic: many claimed membership in both the leftist Joryeon and the conservative Association for Korean Residents (Jaeilbon joseon keoryu mindan or Mindan).8
8. Mindan’sofficialnamewaschangedonOctober4,1948,toJaeilbondae- hanminguk keoryu mindan, replacing “joseon” (“Korea,” but can also denote North Korea) with “daehanminguk” (“Republic of Korea”).
Pak(初期民団長) acknowledged that Korean representation in Japan would be necessary to assist those who chose to remain in Japan.32 / Mark E. Caprio and Yu Jia He volunteered Mindan’s services to act as the Korean government’s sole agent until official representation could be established. His recommenda- tion that Korean children be educated in Japanese schools (with elective Korean language courses offered) coincided with U.S. Occupation policy that ordered Korean schools closed, but conflicted with the needs of Koreans hoping to eventually repatriate. U.S. officials identified a weak sense of ethnic identity among Koreans in Japan as one of the most criti- cal obstacles that prevented their successful resettlement in Korea (United States Army, XXIV Corps 1948: 573–574). They based this conclusion on the fact that many Koreans who had been raised in Japan had limited knowledge of their ancestral culture and limited facility in speaking the Korean language. Policies formed and supported by the Occupation administration in Japan also negatively influenced repatriation decisions.
page 34(特権を残し:に関して) William J. Sebald, Political Adviser to SCAP(GHQ), responded to the Staff Study in February 1949. He criticized its call for forced Korean registration, arguing that it would trigger an opposite effect by removing their incen- tive to return to Korea. This would deprive Korea of the “industrial and commercial skill it so eagerly desires,” as well as increase friction between Japanese and Koreans. Another long-term recommendation gained general acceptance: that the United States wash its hands of the matter and leave it to the Koreans and Japanese to decide after both states reestablished sovereignty (United States Political Adviser for Japan 1949). The Korean and Japanese governments were able to reach agreement on the fate of Japan-based Koreans just before the United States ended its occupation of Japan in 1952. Syngman Rhee—who had demonstrated little interest in this issue—used the negotiations to further other issues such as territory disputes and reparations. The two sides readily agreed that Japan would offer permanent residency to qualified (i.e., noncommunist) Korean residents, and could arrange deportation for “undesirable” Koreans. What the
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
出来事について、一般の日本での事実や背景とは別に、何らかの陰謀や策謀があると言う事ですか?ありません。
事実は知らないといけないと思います。ソースになる文献があれば陰謀ではないわけですね。
SCAP(GHQ)は日本国憲法のひな形から多くの今の日本の元になるものを作っています。
ごっこではありませんのでよろしく。
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
色々な観点から見るのはかまわないと思いますが、
どの観点であろうとも根拠のはっきりしないことを根拠があるかのように書くのはよろしくありません。
(フィクションであるということなら別ですが。)
陰謀論というのはご主張の後段(個人的には前段の主張も怪しいと思いますがそこはおそらく正誤が明快に証明できる類のことではなさそうです):
「GHQが戦後1952年に在日朝鮮人を日本に特権を残して出て行ったのは、日本人の性格を調べた上での戦略。」
において実際の計画の有無が示されてもいないのに、
chochan氏がそういう計画はあった(=GHQの意図的な戦略であった)と断定されたchochan氏の行為を指しています。
「ごっこ」というのはhttp://togetter.com/li/7139 [togetter.com]の
chochan:nsaの中にありますのでご自分で御探しください。アメリカのインテリジェンスでは常識です。
ChihiroShiiji:(私はchochan氏と諜報戦ゴッコがしたいわけじゃありませんので)
のやり取りのことだと思いますが、
何のことかというとchochan氏が「(諜報活動・諜報機関の意味の)インテリジェンス」云々と知ったかぶりをなさる所を指しています。
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
見当違いな文書を列挙して煙幕張るのもほどほどにしておいてもらいたく… (スコア:1)
なぜ時間が必要なのですか?
ソースはあなたの手元にないのですか?
であるとしてもpointerさえ示すことができないのですか?
もう
NSA設立趣意に関するトルーマンのメモ [nsa.gov]
GHQの命令書のリスト [ndl.go.jp][PDF]
サンフランシスコ講和条約 [ucla.edu]
そしてコピ&ペーストされた
"Diaspora without Homeland: Being Korean in Japan" [escholarship.org]
と4件も見当違いな文書を挙げられていますが、そんなことしている間に
正しい参照先くらい示せたのではないですか?
#なんせその4件を私が律義に全部内容を確認し、内一つに至っては訳すことまでできたほどの時間があったのだから。
Re:見当違いな文書を列挙して煙幕張るのもほどほどにしておいてもらいたく… (スコア:1)
Re:見当違いな文書を列挙して煙幕張るのもほどほどにしておいてもらいたく… (スコア:1)
了解しました。
…その一言までが長かった。
Re:見当違いな文書を列挙して煙幕張るのもほどほどにしておいてもらいたく… (スコア:1)
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
ウィリアム・ジョセフ・シーボルドの手記にいろいろと興味深い事が書いてあるようです。
NSAに全て残っているのですが、ワシントンDCなので少し時間をください。 With MacArthur in Japan: A Personal History of the Occupation (1965) ISBN 978-0393-33676-4 (日本語訳『日本占領外交の回想』朝日新聞社、1966年が出ています。
まだ読んでおりませんが、読んでみます。
With MacArthur in Japan,William J. Sebald, 1965, p.44,hereafter referred to as“Sebald memoirs”
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
その前に講和条約の朝鮮半島の独立から話が始まっています。
問題は朝鮮戦争が始まった為に、全てのSCAP(GHQ)の方針を投げやらなくなった事です。
上記のDiaspora without Homelandからの引用文がその後の一般朝鮮人(この場合は韓国人と朝鮮人民共和国民の二つに呼ばれています)が日本共産党との問題がありこじれたようです。
もちろんご存知のように勝共連合もそのあとに起ったことですし、近代の日本史を知る上ではSCAP(GHQ)が残した記録がもっとも大事だと思われます。
書き方が陰謀論といわれても致し方ありません。
今の日本とSCAP(GHQ)に在日韓国人と在日朝鮮人は知るべきだと思います。
人それぞれの意見はありますが、NSAの記録は過去を知るには素晴らしいものです
話をそらすのもいい加減にしていただきたい (スコア:1)
私は、んなことぁ全然訊いてません。
一貫して私がchohan氏に尋ねているのは:
「日本人は仲良しグループで、中に一人でも反対するのがいると、統制がとれなくなる。その反対するのを排除するのに精一杯の努力をする。 GHQが戦後1952年に在日朝鮮人を日本に特権を残して出て行ったのは、日本人の性格を調べた上での戦略。」
というchochan氏の主張の根拠です。
もしかして長年の米国暮らし(自称)で日本語が不自由になられているのでしょうか?
Re: (スコア:0)
>chochanさん
全部太字なので、全てが見難いし、全てが嘘くさくなります。
全部重要だと言いたいのだとは思いますが、全て通常文字のほうが見やすく、説得力が増します。
とりあえず、GHQしかみていないようなので、最低でもあなたが調べている時代の50年以上前から遡って調べてからにしましょうね?
重点てきに最近の日本と朝鮮半島との関わりを知りたいのであれば、出来れば戦国時代から調べて欲しいところですがね。。。
日本の歴史にもあてはめて考えたいのであれば最低でも元寇の時代から行いましょう。
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
/.JPのアカウントはTwitterの一般のアカウントと同じく身分証明なしに簡単に取得できるので、
ここで「船原長生」本人に間違いありませんと書かれてもそれだけでは残念ながら何の証明にもなりません。
公式ページと各Twitterアカウント間のプロフィールで相互リンクでもしていただければ、本人以外の代理ログインや不正ログインはないという前提で
それらのアカウントのオーナーが同一であるということくらいは認めることができるでしょうが…。
(それでもなお実在する映画監督、映画プロデューサーの船原長生氏本人だという証明には弱いのですが…。)
何故、「今調べております」? (スコア:1)
ところで今頃なぜ根拠となる書類を「今調べております。」なんですか?
遅くとも昨日(2010/02/25)の22時段階では既にご存じだったことの筈なのに…。
私はchochan氏が主張した際の情報源で十分なので、chochan氏がご存じでない(ご存じでなかった)ことを新しく探していただくには及びませんよ?
昨日の段階でchochan氏が何からそれを知ったかが分ればよいのです。
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
「(初期民団長)」だの「(特権を残し:に関して)」だの、自分に都合のいいように部分的に訳すの止めて貰いたいところ。
これでは原文ではどう書かれていたのか分らない。
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
Re:Being Korean in Japan (スコア:1)
原文に当たったところ訳ではなく注釈だったようだ。それも見当はずれな。
訳してみた (スコア:1)
<p.30>
言いかえれば、日本の政府当局はさらなる警告まで立場を維持するでしょう。
国民の圧力は、結局この政策を変更することを米国に強いました。
しかし朝鮮人はアメリカ人は解放しに来た朝鮮人の人々より昔の敵国を肩を持つと苦情を言いました。
私たちは、賠償に関する戦後の議論に、朝鮮の戦時情勢に対するこの混乱のより明確な結果の1つを見出します。
米国が連合軍の間で朝鮮を考慮しなかったので、朝鮮人は戦争補償として以前は日本人によって占領された半島上の資産を受け取る資格がありませんでした。
1948年後半、大韓民国が設立される時まで、これらの資産の今後の所有は疑問の内に残されたままでした。(Cheong 1991: 4章)。
<p.31>
「日本の復興に寄与することができない」朝鮮人がみな強制的に本国へ送還されるという吉田茂首相の1949年の提案に反対するダグラス・マッカーサーは、、彼らが「ほとんど北朝鮮人」なのですべて大韓民国政府によって孤立させられるだろうと述べました。(Finn 1992年: 238)。
日本のほとんどの朝鮮人が南部の朝鮮人の町から来たとすれば、「ほとんど北朝鮮人」という特徴づけは文字どおりの意味において虚偽でした。
それは同様にイデオロギーの傾向への言及としても問題がありました。
朝鮮人の居住者(日本朝鮮居留民団あるいは民団)用の左翼朝連および保守的な協会の両方の多くの要求された会員資格
1948年10月4日に民団の正式名は「朝鮮」(「朝鮮」、しかしさらに北朝鮮を表示することができる)を「大韓民国」(「大韓民国」)に置き換えて、日本大韓民国居留民団に変更されました。
Pak(初代民団長)は、日本の朝鮮人の代表が日本に残ることに決めた人々を支援するのに必要だろうとこれを認めました。
Mark E. CaprioとYu Jia Heは、公式代表を設立することができるまで朝鮮人の政府の総領事として働く民団のサービスを進んで提供しました。
日本人学校(提示された選択的な韓国語コースを備えた)において朝鮮人の子どもが教育されるという彼の勧告は、米国の占領政策と符合しました、それにより朝鮮学校が閉じたように命じられましたが、結局本国へ帰還することを望む朝鮮人の必要と矛盾しました。
米国の高官は、日本における朝鮮人の間の人種の同一性感覚の弱さが彼らの朝鮮への帰還、再定住を阻んだ最も重大な障害のうちの1つであると確認しました。(United States Army, XXIV Corps 1948: 573--574)。
彼らは、日本において育てられた多くの朝鮮人が、祖先の文化についての知識および韓国語を話すことについて限られた能力しか持っていなかったという事実からそのような結論を出しました。
日本における占領統治によって形成され支援された政策は、さらに本国への送還決定に負の影響を及ぼしました。
<p.34>
William J. Sebald(SCAP(GHQ)の政治顧問)は1949年2月のスタッフ検討に回答しました。
彼は、朝鮮に返すべき彼らのインセンティブの除去により逆効果を引き起こすだろうと主張して、強制的な朝鮮人登録を求める要請を批判しました。
これは、日本人と朝鮮人の間の摩擦を増大するだけでなく、「朝鮮が非常に熱心に望む産業・商用技術」をも朝鮮から奪うでしょう。
米国がこの問題から手を引き、双方が主権を再建した後に決定できるよう朝鮮人と日本人自身に任せるという別の長期的な勧告が全面的に認められました。
(United States Political Adviser for Japan 1949)。
ちょうど米国が1952年に日本のその占領を終わらせる前に、朝鮮人・日本の政府は、日本の朝鮮人の運命について合意に達することができた。
この問題への関心を殆ど示していなかった李承晩は領土や賠償といった他の物事の交渉にこれを利用した。
日本が資格のある(つまり非共産主義者)朝鮮人の居住者に永住権を提示し「望ましくない」朝鮮人のために追放を取り決めることができたことから両国は容易に意見が一致した。
両国が議論しなかったものは日本の朝鮮人が市民権(Cheong 1991: 106--107)を申請することができる条件だった。
<以下書誌事項>
出典:
タイトル: "Diaspora without Homeland: Being Korean in Japan"
著者(著者): Ryang, Sonia and Lie, John
発行日: 04-01-2009
Mark E. Caprio(東京の立教大学の異文化間コミュニケーションの部の教授)は、ワシントン大学で朝鮮人の歴史の彼の博士号を取得しました。
彼は、朝鮮における日本の植民地の歴史、朝鮮と日本に対するアメリカの占領、および現在の米国北朝鮮の関係に関する問題について書きました。彼は現在"Japanese Assimilation Policies in Colonial Korea, 1910-1945"というタイトルの学術論文を仕上げています。
Erin Aeran Chungは東アジアの政策のCharles D. Miller助教授とともに、ジョンズ・ホプキンズ大学の政治学科の人種的偏見、移民および市民権プログラムの共同ディレクターです。
彼女による市民権、非市民の政治的な雇用、また人種的な政策に関する論文はthe Du Bois Review誌とAsian Perspective誌で発表されました。
彼女の近刊書「日本の市民権および移住」(ケンブリッジ大学出版局)は、同時代の日本における朝鮮人の居住するコミュニティーの視点を通じて日本の市民権政策が非市民、政治的な雇用をどのように形作ったかを研究しています。
Re:訳してみた (スコア:1)
…というわけだ。訳すにあたってさすがに前後の文脈までは見てないがそれほど致命的な誤りはないだろうと思う。
が、さて、この文章のどこから
「日本人は仲良しグループで、中に一人でも反対するのがいると、統制がとれなくなる。その反対するのを排除するのに精一杯の努力をする。 GHQが戦後1952年に在日朝鮮人を日本に特権を残して出て行ったのは、日本人の性格を調べた上での戦略。」
などという主張を補強する事柄が読み取れるだろうか?
また34pの内容のどこに「(特権を残し:に関して)」なんて内容があるだろうか?
単に面倒見切れなくなって市民権の件は任せるから韓国と日本の両国が自分たちでやってくれとアメリカが手を引いたということしか読み取れない。
まさか「市民権」を特権だというつもりか?
特権どころか韓国も日本も在日朝鮮人や在日韓国人が正式に市民権取得するための条件を明確にしなかったという、むしろどっちかといえば批判的な内容だと思うが。
つまるところ、またしてもchochan氏は関係ない文書を挙げて根拠がないことをごまかそうとしたということだろうか?
というか、これでごまかせると思う当たり、実はchochan氏はロクにこの手の文章が理解できない人なのではないかという疑惑も湧く。
Re:訳してみた (スコア:1)
Re:訳してみた (スコア:1)
…(呆)。
…ありがとうじゃなくてね。
いい加減、関係ない文書を出すのは止めて
「日本人は仲良しグループで、中に一人でも反対するのがいると、統制がとれなくなる。その反対するのを排除するのに精一杯の努力をする。 GHQが戦後1952年に在日朝鮮人を日本に特権を残して出て行ったのは、日本人の性格を調べた上での戦略。」
http://twitter.com/chochan/status/9624130597 [twitter.com]
という主張の根拠となるものを出して下さい。
なにせ皮肉なことに貴方が貼り付けた"Diaspora without Homeland: Being Korean in Japan"の数節を訳してみた結果はむしろあなたの主張への反証となる内容ですよ。
そのことを理解できていますか?
糖質じゃね (スコア:0)
2chに現れる政治コピペ荒らしとかとすげー似た匂いがする
Re:糖質じゃね (スコア:1)
糖質って何かと思ったけど:
糖質【とうしつ】[名](ゴーマニズム板)
しつこくて、主張にデンパが入っている粘着荒らしの意味。
元は統合失調症を縮めたものだが、
むしろ糖尿のような粘りっこさの方にウェイトが置かれている。
2典Plus 2ちゃんねる用語サイト(http://wiki.livedoor.jp/niten_plus/d/%C5%FC%BC%C1 [livedoor.jp])より
なるほどねぇ。
最近通常の精神状態に戻ったのは良いことか悪いことか - Chosei Funahara(船原長生)'s Blog
http://homepage.mac.com/antennantenna/blogwavestudio/LH20041101190107/... [mac.com]
もし仮にこのBlogがchochan氏ご本人のならば本気で御病気なのかも知れず…。
昔の「自称:弁が立つ人」ってこーゆー手合いが多いね (スコア:0)
相手が根負けしたら勝ちだと思ってるから、諦めるまで延々と関係無いドキュメントをぶつけ続ける。
読む方は関係があるのか否か、読んでみなきゃ判断できないが、
ぶつける方は関係性の有無なんか確認しないで投げられるので何の労力も要さない。
せめて関係している部分を適切に「引用」して「訳文併記」するのがフェアな姿勢じゃないかな?
そうしていれば、「引用文が元文に存在しない」or「引用文と訳文が噛み合わない」が確認出来た時点で、
デタラメだと分かってそれ以上議論する必要が無くなるのに。
# 表題は学生時代弁論部部長だったと言うウチの親父からの印象w
Re:昔の「自称:弁が立つ人」ってこーゆー手合いが多いね (スコア:1)
まぁでも、口頭だとあれだけど、ネット上で記録が残る場合、
ごまかしだとばれれば一気に信用が落ちるから。
訳文は訳文で悪意でやる気なら罠を仕掛けることが可能で、
ねじ曲がった訳文で解釈論に話をそらす(検証すべき枝が増える)という手や
日本語の文で敷居が下がって議論を誘導されてあさっての方向へ行く論者の参入で混乱
なんてもありそうなので諸刃のなんとやらかなー。
今回は4件で終わってよかった。正直、そろそろ時間・体力的に余裕が尽きつつあったw