Kandoの日記: 足りないのは妄想力ではないと思う 1
tarosuke日記
「ういんういんういんういんういん」
http://slashdot.jp/~tarosuke/journal/501944
現代日本の問題の根源は「未知の理想を構想できない」点にある。妄想力が足りないのだ。想像力より先に踏み込んだところにある妄想力、それを現実と認識する妄想力、これが足りないのである!
…に触発されて思ったこと。
私はリサーチの量的不足と古い組織設計による風通しの悪さだと思っています。
今の日本社会には問題がもちろん一杯ありますが、手ひどい失敗国家というわけではないです。
このため新規まき直しではなくインクリメンタルな改良の積み重ね(風通しがよくないとできない)と、いきなりドカン実施しないでちゃんとリサーチして外れをスクリーニングする慎重さが必要ではないかと思うのです。
研究活動で論理を追求したりや文献を調べたりといった面倒くさい手順を踏まされるのは、妄想/思いつきには「外れ」が多いため、これをスクリーニングしないでいきなりコストを投じて実用化に走ると大損するからだと思います。(ノウスフィア上の未開の地にイキナリ植民団を送り込む前にまず少人数の探検隊をとでもいうべきか。)
日本はこれまで人文社会科学系への投資をケチって(学卒の役人の待遇はともかく学術的には)欧米から多く(法、政策、組織設計)を輸入して済ませてきたので、それに関する自前のリサーチとそのための人材が量的に足りていないと思います。(理系・文系の峻別もそこへ影を落としています。)
また、hotta-sさんの日記(http://slashdot.jp/~hotta-s/journal/)を読んでいても、自分のサラリーマン時代の経験を振り返ってもそうなのですが、社内での情報の流れがしばしば人治主義的であり、システムとしてキチンと設計されていない(個人頼りで組織的な支援がない)と思います。このため様々な組織の上層部(経営者、官僚、政治家)に必要な情報(売上以外の営業情報、人件費以外の労務情報)が集められていないと感じます。例えば、行政改革が仕事の進め方にメスを入れられず、すぐに予算の無駄使いという会計上の話に落ちるのは会計情報以外の情報が組織だって収集されていない(個人の努力で断片的に収集されることはある)ことの表れだと思います。
そして我々もそういう風通しの悪い社会の在り方に慣らされてしまっていて、例えば店や窓口で苦情を言ってもその後の経営にいくらかでも反映される(情報が何らかの形で伝わる)とは誰も期待していません。典型的だなと思ったのは先日のhttp://www.itmedia.co.jp/news/articles/1002/09/news103.htmlの例で、経営者がTwitterでトップダウン対応することはあっても、同等の情報がその気になれば得られたはずの社内の営業組織からの情報を収集して生かそうとはしていないという指摘http://slashdot.jp/~hotta-s/journal/500317があります。
<と、ここでプールに行くので中断>
いやいやそういう意味では... (スコア:1)
あのエントリではむしろ思い付きなのは想像の方で、妄想にだスクリーニングや調査が済んでて計画段階まで練ってあるものという意味を与えてるのね。だから「想像より踏み込んだもの」なのです。で、表題はスクリーニングの簡単な指標であるいわゆるwin-winです。
そうした理由は、「想像」というのはそれがフィクションだと認識されているものであるのに対し、「妄想」はそれが現実であると認識されているので、もし正気を保ちつつ妄想が妄想であるためには内容が実現可能である事がわかっていなければならないという縛りが発生するからなのです。
結局、「(想像している)理想がwin-winなものなら妄想になるまで練り込め!」という話なのでした。