PuckWingの日記: 数字も気になるが,理由も気になる(朝日新聞のこんにゃくゼリー報道) 6
http://www.asahi.com/national/update/0701/TKY201006300491.html
記事引用は文末に。
朝日新聞のこんにゃくゼリー報道。消費者庁が改めてこんにゃくゼリーの危険性を指摘した。朝日新聞は先の食品安全委員会の答申を引用することで,結果的に消費者庁側の「こんにゃくゼリーはより危険」という主張に加担しているように読める。
今回の消費者庁の分析結果は,まだWebサイトに公開されておらず,記者のスクープか,記者クラブのなせる技かわからないが,今現在,手元には断片的な情報しか伝わっていないことは留意すべきだろう。
もしかしたら,実際の消費者庁の報告は全く違う内容かもしれない。そのときは訂正しなければならない。一方の食品安全委員会は答申の他に,前提条件や試算方法,偏りへの留意点に至るまで各所に気を配った丁寧な「こんにゃく入りゼリー等 食品による窒息事故に係るリスク評価に関連する情報(Q&A) [PDF]」まで既に公表している。
まず表現上の問題として,記事が正確だとしたら,消費者庁は7件の事例を100%と表現するウルトラCをやってのけたことになる。この場合,1件が14.3%の数値で表現される。円グラフだと中心角約25度である。普通,100件以下のデータを百分率で表すことは避ける。誤差や偏りが大きすぎるためだ。
社会科学でサンプルがどうしても少ない場合は許容される場合もあるが,それでも全サンプル数が50サンプル以下のデータをパーセント表記したら無条件につっこみが入るだろう。テレビで出てくる「100人に聞きました」のパーセント表記は表記の問題だけで見れば,ぎりぎりの許容範囲を綱渡りしている。
しかし,消費者庁は7件のサンプルから重症率を85%と表現したらしい。少なくとも確実に記者は臆することなく記事の見出しにまで掲載した。数字に弱いと言うよりも,無思慮だと思う。
消費者庁は単純割ることで危険性を求めたが,少ないサンプルから危険性を比較可能な「数値」を求めるにはどうすればいいのか?
それは推定するしかない。しかし推定には前提がいる,食品固有の性質,摂取頻度,年齢,性別,地域,認知率,症状の定義などなどなど,推定の障害になる偏りの原因は無数にある。すべての要因をコントロールできないので,慎重さと偏りへの自覚が大切となる。この消費者庁が怠った推定は,記事にあるように食品安全委員会が既に行っている。
食品安全委員会は危険性を「一口あたり窒息事故頻度」として推定,数値化するため,以下のように危険性を頻度で定義している。
一口あたり窒息事故頻度 = {〔窒息事故死亡症例数(一日あたり)〕}÷{〔平均一日摂取量〕÷〔一口量〕×〔人口〕}
限られた情報である〔窒息事故死亡症例数(一日あたり)〕と〔平均一日摂取量〕,さらに〔一口量〕をもとに,比較可能な頻度(件/一口)を求めている。
消費者庁は新設の省庁で情報が渡されず,このような推定ができなかったのか?
ところが,注釈によればこの〔平均一日摂取量〕の出所は消費者庁が把握しているデータである。その気になれば,消費者庁はこの数値を算出することができる。少なくとも今回の報告の前に食品安全委員会の答申は確認したはずである。
したがって,消費者庁は自らが収集したデータを活用できず,食品安全委員会よりも重複して後に,より劣った方法で,間違った表現法で,評価したことになる。
独自の試算をしない方が良かったとは言わない。ただやるなら,少なくともなんだかの点で先行する算出方法より優れていなければ意味がない。
むしろ,消費者庁が,なぜ劣化した評価法―重症率―を用いてまで,食品安全委員会とは異なる結論―こんにゃくゼリーの危険性は他よりも高水準であること―が欲しかったのか,ここが今回の記事で気になるところである。
こんにゃく入りゼリーによる子どもやお年寄りの窒息事故防止策を検討している消費者庁は30日、都市部を中心に2006〜08年に救急搬送された約4千件の窒息事故のうち、同ゼリーが原因となった事故の85%が、命の危険がある「重症」以上だったとの分析結果をまとめた。餅やアメなど他の食品の「重症率」を大きく上回り、政府の食品安全委員会が「アメと同程度の事故頻度」としたリスク評価とは異なる実態が浮かび上がった。
東京消防庁や政令指定都市の消防当局などからデータを集め、窒息事故4137件のうち原因食品がはっきりしている2414件を分析。その結果、同ゼリーによる事故は7件と件数は少ないものの、うち2件が「重症」、4件が命の危険が切迫している「重篤」だった。406件あった餅は重症・重篤・死亡の重症以上の事故が54%、アメ(256件)は1%だった。
食品安全委は同ゼリーについて、1億人が一口食べた場合、2.8〜5.9人が窒息死する恐れがあると推計。食品ごとの摂取量の差を踏まえると、餅(6.8〜7.6人)には及ばず、アメ(1.0〜2.7人)と同程度の事故頻度になるとした評価書をまとめ、6月10日に菅直人首相に答申した。(記者名)
最終段落の「1億人が一口食べた場合〜推計」は誤解を招く引用だとおもう。食品安全委員会は「一口あたり窒息事故頻度」を求めたのであり,たしかに×10-8で表記されているが「一口あたり」と「1億人が一口食べた」は数字は同じでも定義が異なるので,表現を変えたり,たとえ話をする際には留意すべきだとおもう。最低でも「推計」の主語を朝日新聞にしなければならないだろう。
最後に数値ばかりを先行させる消費者庁と朝日新聞に,食品安全委員会の資料から以下の文章を捧げ,長文を締めたいと思う。
算出に用いた数値の中には、データ不足のため推定によったものも含まれます。(中略)データの解釈に当たっては、これらの(食品側の要因以外にも様々な要因がある)点に十分留意する必要があります。
括弧内筆者。
# とはいっても,私も数字弱いし,定義をはぐらかして議論することあります。悪意が無くても,車輪の再発明のような議論を展開することも多々あるわけで,自分への戒めとして,この記事を日記に書いておきます。たぶん誤字脱字もあるし〜。
食品安全委員会の分母は死者数 (スコア:2)
今回、消費者庁[pdf [caa.go.jp]]は分母を救急搬送数にとって、餅や飴の件数を多く見せかけている。それをインシデントとして、死亡に近いアクシデントを強調している。
一方急浮上してきたのは、タコ(搬送件数6:重症以上率66.7%、死亡1)と牡蠣フライ(搬送件数5:重症以上率60%、死亡0というのは微妙。砕けるはずのヨーグルトだって(搬送件数9:重症以上率55.6%、死亡1)
Re:食品安全委員会の分母は死者数 (スコア:1)
食品安全委員会の計算式は
一口あたり窒息事故頻度 = {〔窒息事故死亡症例数(一日あたり)〕}÷{〔平均一日摂取量〕÷〔一口量〕×〔人口〕}
なので,ご指摘の[1日あたりの死者数(22人÷13年÷365日)]は分子ではないでしょうか?
一方,消費者庁の計算式は
重症以上の割合 = {[窒息事故重症(3年計)]+[死亡者症例数(3年計)]} ÷ {[救急搬送数(3年計)]} × 100
で,死亡だけでなく,インシデントも重要視しているのは同意です。もし,消費者庁が,食品安全委員会と同様に死亡症例で割合を求めると 0% になりますしね。
消費者庁が,この死亡だけでなく重症事例も計算に考慮したのが,消費者のためか消費者庁のためか,興味深いです。
# 「重症以上の割合(重症率)」の計算は昔厚生労働省関係の統計で見たことがあります。医学統計の用法なんでしょうか?もしかしたら算出した担当者や外注先が厚生労働省から出向している人間と近いのかもしれません。食品安全委員会の「1試行あたりの事故数」は工学の安全管理,工場管理関連の統計手法が反映されている気がします。推測ですが,担当者のバックグラウンドが相当違いそうです。
さっそく訂正 (スコア:1)
新聞記事からはわかりませんでしたが,平成22年6月30日の「食品SOS対応プロジェクト会合」配布資料が情報源のようです。見落としていました。すいません。
「食品SOS対応プロジェクト会合」の消費者庁の気合いの入ったWebサイトをご覧下さい。
こんにゃく入りゼリーをはじめとする食品等に起因する窒息事故の防止に関する取組み - 消費者庁 [caa.go.jp]
如何せん,URLが「http://www.caa.go.jp/safety/index2.html」です。ファイル名の index2.html に注目です。普通,indexは索引であり,個別の話題にこんな気合いの入ったファイル名をつけませんから,いかに消費者庁が「こんにゃくゼリー『問題』」に力を入れているのか,伺い知ることができます。仮に連番でファイル名をつけるのだとすれば,消費者庁の安全セクションの最初の記念すべき政策課題です。言い換えれば,消費者庁の安全セクションはこんにゃくゼリーに対応するためにできたと言っても過言ではないでしょう。(もちろん過言です。)
さて,資料の内容ですが,サンプルの数よりもサンプルの出所の方が問題です。
「資料2 窒息事故の詳細分析について[PDF:262KB] 」によるとサンプルの出所は
・東京消防庁(平成18~20年) 3488件
・その他政令市消防局(平成20年厚生労働科学研究費補助金分担研究報告書) 648件
・こんにゃく入りゼリー窒息事故情報2件(加古川市(平成19年)、松本市(平成20年))
とあり,なんと最後の窒息事故情報2件(7件のうち!)はこんにゃくゼリーの,こんにゃくゼリーによる,こんにゃくゼリーのためのサンプルです。これを上2つの網羅的なデータとして合算して扱っているのはウルトラDです。これが許されるのなら,この後にお好きなデータを加えればいいのです。「●●窒息事故情報×件」。もし重症なら重症率は100%です。ただし3件以上報告してください。理由は後述。
このような恣意的なデータを追加することで,比率は好きな値にすることができます。比率を求める統計は意味を失います。計算するだけ無意味です。この時点で,資料を読み進める気がそがれました。恣意的なデータの出し方の教科書的な事例です。ブルーバックスで誰か書きませんか?
で,消費者庁はこの資料2の中で「6わる7かける100」を本当に計算しています。表中に第1位に「こんにゃく入りゼリー」「重症率」「85.7%」とでています。新聞記者は「そのまま」伝えただけでした。「そのまま」伝えることは,偏向報道よりも罪深くなる場合もあると思います。
加古川市や松本市を含む窒息事故統計が無かったので,2件を別口で入れざるを得なかった訳ですが,ではなぜ,恣意的な2件のデータを入れざるを得なかったのでしょうか。「消費者」庁の消費者優先論理か,消費者「庁」の官庁の存在意義に関わる論理かわかりませんが,謎です。ちなみに事故件数3件以上のみが統計(っぽいものの)の対象です。2件以下は無視です。なぜ「3」なのかは謎です。(おそらく2件で重症率100%の食品が存在したのではないかと邪知します。)
消費者庁のと同じ計算方法で,信頼できそうな東京消防庁のデータだけで求めた集計が「資料2」の5ページにあります(資料作成者の最後の良心でしょう)。ここではやはり,重症率のトップは「こんにゃく・しらたき(80%)」で「こんにゃく入りゼリー(75%)」と後塵を拝しています。規制しないといけないのはお菓子としてのこんにゃくではなく,食品としての伝統的なこんにゃくなのでしょうか?ちなみにこの資料によると3位は「ヨーグルト(71.4%)」です。常識と照らし合わせて,率で求める意味はあるのでしょうか?
ここまででわかったことは,第1に,消費者庁は透明性が高い組織であり,普通の組織なら名前を付けて公表できないような微妙なデータもきちんと公表する。第2に,公表されたからといって,データが正確で信頼できるものかは別の問題である。第3に,菅総理は食品安全委員会の試算をもとに「こんにゃくゼリー『問題』」の対応にあたるのが適切。の以上です。
Re:さっそく訂正 (スコア:1)
窒息と言えばまず思い浮かぶのが、「正月、お年寄り、餅」のキーワードですね。
季節柄「夏休み、海水浴、川遊び、子供」というのもありますが、こちらは食品ではないから関係ないかな。
こんにゃくゼリーはほんと最近見かけなくなってますね。
身内でこんにゃくゼリーが原因で亡くなられた方がいればきっと見るのも嫌になって、それを無くしてしまおうという情熱が沸くのかもしれない。
そして、そういうお方がお役人だか権力者筋にいてはるのかもしれない。
とか妄想しています・・・
Re:さっそく訂正 (スコア:1)
癌が治れば、長生きして認知症になり介護が必要とか、システムは複雑ですが、賛成・反対は一言ですから。
Re:さっそく訂正 (スコア:1)
こんにゃくゼリーもそうですけど、「非実在青少年」関係に情熱を燃やしている人達の燃料がどこから来てるのか興味深いですね。
そのうちこんにゃくゼリーも単純所持禁止とか言われたりして。