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genkikkoさんのトモダチの日記。 みんなの日記はここから一覧を見ることができます。

3230239 journal
日記

phasonの日記: ウィルスで発電

日記 by phason

"Virus-based piezoelectric energy generation"
B.Y. Lee, et al., Nature Nanotech., in press (2012).

今まで無駄に捨てられていた微小なエネルギーを何とか回収して有効に活用しよう,というエネルギーハーベスティングの研究が盛んである.例えばわずかな温度差から発電する熱電素子,振動をエネルギーに変える圧電素子,流体の流れを電力に変える素子(手法は機械的な物,化学的な物など何通りかある)といった物が挙げられる.これらから得られる電力は当然微弱な物であるが,近年の半導体技術の進歩により非常に低消費電力のプロセッサ(例えばピコワットレベルの消費電力を実現したPhoenixなど)が開発されており,これらと組み合わせることで常時環境中や体内でモニタリングを行うセンサーチップなどが実現出来るわけだ.

今回の研究はこうしたエネルギーハーベスティングの中でも,圧電素子を扱った物だ.圧電素子とは力学的な変形を与えると電位差を生じる(逆に,電圧をかけると力学的な変形が生じる)物質であり,例えば水晶振動子であるとか,STMの駆動部分のピエゾ(かけた電圧に比例して伸び縮みし針先を動かす)が該当する.こういった圧電素子に電極を付け何らかの力,例えば音であるとか外部からの衝撃を加えると,その一部が電流として取り出せることとなる.
さて,こういった圧電素子であるが,製造はなかなか面倒であったりする.セラミック系の材料が多いため薄膜化にそれなりの設備が必要で手間がかかるとか,組成がなかなか均一に出来ないため材料特性のコントロールが難しかったりするわけだ.それに対する一つの回答として著者らが示したのが,量産が可能で特性のコントロールも比較的しやすい,ウィルスベースの圧電素子である.

彼らが用いたのは,M13と呼ばれるファージの一種だ.ファージは細菌に感染するウィルスであるが,このM13は幅6.6nm,長さ880nmという非常に細長い筒状をしている.筒の内部にはRNAが入っているわけだが,今回利用するのはこの殻の部分の特性だ(RNAも入ったまま使うが,特に意味はない).この筒,さらに細かく見ると棒状のタンパク質が螺旋状に積み重なったものである.棒状のタンパク質が,傘の骨のように中心から外へと斜めに突き出し,この棒が生える位置を少しずつずらしながらぐるぐると螺旋状に積み重なっている.
さてこの棒状のタンパク質,構成しているアミノ酸の配列に由来し,中心を向いた側が正に,外側が負に帯電している.この棒が寄り集まって出来た筒を横からぐっと押しつぶすと棒状のタンパク質の配置が歪み,すると正電荷と負電荷の位置関係が変化するため電位差が生じる.これを圧電素子として利用しようというのだ.
著者らは金基板上にファージの単層膜や多層膜を作成,その特性を評価した.なおこのファージ,非常に長い棒状をしていることもあり,自己組織的に非常にきれいな単層膜が作れるようだ.その結果,圧電素子としての特性はおよそ7.8 pm/V(d33方向),これはまあ代表的な圧電素子であるニオブ酸リチウムを著者らが同じセッティングで測った値の半分程度となる.この値自体は別に特筆するような物ではなく,この数十倍だの100倍だのと言った圧電材料が存在している.

この材料の第一のポイントは,なんと言ってもその量産性の高さである.何せウィルスであるから,大腸菌なりなんなりに感染させて増殖させればいくらでも材料が取り出せる.それらを集めて膜状に固めれば圧電素子のできあがりだ.
もう一つのポイントは,遺伝子操作により特性を変えられる,という点である.M13ファージの殻を作っているタンパクの部分をちょっといじり,末端の負電荷の量を増やすことが出来る.そうすると力学的な変形によって生じる電荷の偏りも増加するため,発生する電力が増加する(これは実際に実験で確認している).

微妙な特性(圧電特性や,成膜などのやりやすさ)やらなんやらを遺伝子操作で調整しつつ,望む特性が決まったら培養でどんどん量産する事によって低コストなマイクロ発電素子を量産出来るようになるわけで,面白い研究だ.

なお,原理を示したムービーおよび実際に発電素子を作って発電している様子のムービーがSupplementary Informationとして公開されているので,興味のある方はどうぞ.

3132789 journal
日記

phasonの日記: 有機農法の実力を探る

日記 by phason

"Comparing the yields of organic and conventional agriculture"
V. Seufert, N. Ramankutty and J.A. Foley, Nature, 485, 229-232 (2012).

現在広く行われている農法(慣行農法)は,農薬と除草剤の散布により収量低下を回避し,肥料(主に窒素とリン)を与える事で収量の増加を図っている.これは実に良くできた手法であって,現在の食糧生産性は過去に比べると劇的に改善している.
さて,このように優れた慣行農法であるが,問題も無いわけではない.一つは農薬類・除草剤・肥料の大量投入による周辺環境への悪影響である.例えば先進国や農業国における土壌および水系ののリン・窒素汚染はかなり酷い状況になっており,富栄養化を発端とする赤潮・青潮,河川および海水域での生態系の激変などはかなり問題のあるレベルとなっている.もう一つの問題は特にリン資源枯渇の問題であり,下水等からの十分なリン回収・再利用システムを構築しない限り30-50年程度で経済的採掘可能量は限界を迎え,またそのようなシステムが構築されても100年単位で考えるとやはり予断を許さない.これは現在のようなリン系肥料をバラ撒いての収量増加が1世紀以内程度に限界を迎える可能性を示唆しており,何らかの代替手段の開発が求められているわけである.

こういった慣行農法の限界が指摘されると,決まって出てくるのが有機農法である.農薬,除草剤,肥料不使用で伝統的な農法をベースとした持続可能な優れた農法,という観点で取り上げられることが多い.まあ確かに,そこにあるものだけを使って農業を行っているのだから持続可能性はあるのだが,だからといってこれが自然環境に良いとは限らない.何せ,今や人類は70億人もの人間(50年後には90億もの人間)を養わなくてはならないのである.そして,有機農法は収量が少ないのではないか?という点が繰り返し指摘され続けている.単位面積あたりの収量が少なければ,同じ量収穫するためには農地を拡大しなくてはならない.そして当たり前の話であるが,農地の拡大は周辺自然環境の破壊を意味する.何せ農地というのは生物学的多様性の無さ,保水率の低さなど,自然環境としてみた場合には非常に低級な存在なのだ.そんなわけで,慣行農法を有機農法に変えることで,かえって自然環境を破壊する可能性すらあるわけだ.

こういった議論は今後非常に重要性を増していくことは明らかだが,その一方で,議論の基礎となるべき「慣行農法と有機農法ではどの程度収量が違うのか?」という点に関してはあまり系統的な研究が行われていなかった.特定地域などでの比較研究はそれなりに数があるようだが,それらを統一し,全体的な傾向としてはどうなのか?という研究が必要だ.
そこで今回著者らは,既存の研究例をまとめ上げて解析を行う(=メタアナリシス)ことで,有機農法の実力に迫っている.

まず著者らは,メタアナリシスにおいて利用するデータ(文献)を選択している.その選択基準とは,
・有機農法としては,純有機農法を用いたものに限定する.慣行農法との複合では効果が分離しにくくなるため.
・慣行農法と有機農法で,期間,面積などをきちんと揃えて比較された文献のみを対象とする.
・サンプルサイズとエラーがきっちり記された文献を使用する.
・慣行農法としては,十分な肥料が与えられているものを対象とする
まあ単純に言ってしまえば,「ちゃんと条件を揃えて,きちんとした比較研究になってるものだけが対象」という事だ.

では,メタアナリシスから判明した事実と説明を列挙していこう.

・有機農法は,平均して慣行農法の75%の収量しかなかった.
 予想通り,基本的に有機農法は収量がかなり低い.まあ,当たり前と言えば当たり前であるが,それでも25%も減るというのはかなり問題である.

・ただし果樹などの多年性植物,豆科を中心とする油種作物の収量は慣行・有機農法でほぼ同等
 これの原因としては,主に窒素ではないか?と推測している.豆科植物での根粒菌の影響や,多年性植物での張り巡らされた根による広い範囲からの窒素吸収が,肥料が無くても同程度の収量を確保出来た理由と思われる.

・主要穀物は75%程度
・野菜はさらに悪い(66%程度)
 このあたりがだいぶ痛いところだ.日々の主食がかなり影響を受ける.

・弱酸性から弱塩基性土壌では有機農法は比較的良い(慣行農法からの収量の低下がやや低めになる)が,酸性 土壌や塩基性土壌ではがくんと落ち込む.
 これは,リン欠乏が原因であるのでは?と指摘されている.酸性や塩基性下ではリンは水分中に十分溶け出してこないことから,リン欠乏による成長抑制が起きていると思われる.

・非常にうまく管理された有機農法では,比較的収量の落ち込みが低い
・有機農法を始めると,最初の年は劇的に収量が下がり,数年かけて緩やかに上昇していく
 これらは,有機農法である程度の収量を確保するには十分な経験(その土地の条件にあった管理法の確立)が重要であることを意味している.慣行農法のような,肥料と農薬を撒いておけば誰でもとりあえずそれなりの量が取れる,という楽さとは無縁である.また,数年しないと収量が増えない点に関しては,土壌中の生態系の発達の影響も考えられる(有機農法による土壌の肥沃化).

・灌漑地では有機農法での収量の落ち込みが大きい(-35%).一方,天水栽培ではそこまで酷くはない(-17%)
 これは,水と栄養という二つの律速要因があることが大きい.灌漑地では水は十分にあるので,栄養さえあれば収量は劇的に増加する(逆に有機農法では,水は十分にあるが栄養が少ないのでそこまで伸びない).天水栽培では,栄養があろうが無かろうが水がかなり律速条件になるので,有機農法での落ち込みが小さくなっていると考えられる.

・発展途上国での有機農法による落ち込みは-43%と非常に大きい(先進国では-20%)
 これに関しては,今回のメタアナリシスで利用する文献をかなり絞り込んだことの影響かも知れないと述べられている.十分しっかりした研究を選んだために,発展途上国での比較対象の慣行農法がその地域の平均値を大きく上回る,近代化された農場やら研究機関の小規模農場やらという論文の比率が高くなってしまったのだ.つまり,メタアナリシスに利用するデータが不十分だったことによるアーティファクトな可能性が高い.著者らは,発展途上国における慣行農法と有機農法の比較に関してはデータが少ないので,今後もっとしっかりそのあたりの研究をしてみたい,とは述べている.

まとめると,「天水栽培で豆科植物を育て,しかも栽培者は熟練の有機農法家,土壌は弱塩基性から弱酸性の範囲」というようなもっとも恵まれた条件なら慣行農法から5%減程度のほぼ同等な収量が確保出来るが,一般的な条件でも有機農法は10%前後,条件次第では30%以上の収量低下は覚悟しないといけない,という結論になる.

まあ多くの人がうすうすわかっていたことではあるが,それでもしっかりと数値として出てきた意味は大きい.

3022118 journal
日記

phasonの日記: ランダムレーザー光源:光学顕微鏡に最適? 2

日記 by phason

"Speckle-free laser imaging using random laser illumination"
B. Redding, M.A. Choma and H. Cao, Nature Photon., in press (2012).

レーザーというのは優れた光源である.励起エネルギーのかなりの割合を特定波長に落とし込んで発振するため(その波長に限ると)非常に輝度が高い,発振波長を非常に狭くできるため周波数領域での測定精度が高い,空間的・時間的なコヒーレンスが高い(干渉性が高い)ことから干渉を利用した超精密測定に使える,空間的に非常に狭い領域に集光できる,など多くの特徴を持っており,様々な分野で活用されている.
さて,「輝度が高い光」と考えると光学顕微鏡の照明としても有用だと考えられる.倍率の高い光学顕微鏡は,非常に狭い領域からの反射光を拡大するため視野が暗くなることから,明るい照明が必要となるためだ.なお,ここで言う顕微鏡というのはレーザー顕微鏡(1点にレーザーを集光しながら反射や透過をモニタし,集光位置をスキャンする事で全体像を得る)ではなく,通常の顕微鏡である.
しかし光学顕微鏡の照明としてレーザーを使う際には,非常に大きな問題が存在する.それがスペックルと呼ばれる散乱波の干渉による効果である.

表面が荒い観察対象に,照明としてレーザーを照射することを考えよう.表面に当たったレーザーはでこぼこの表面の各所で散乱されるが,いくつかの点から反射された光は限られた方向で強め合うような干渉を起こす.このため光学顕微鏡の光源としてレーザーを使ってしまうと,たまたま観察者の方向に強めあう干渉が起こる部分だけが点状に明るくなり,表面の凹凸などによる対象物の明暗とは別にスペックルによる輝点が強いノイズとしてのってきてしまうのだ.このためレーザー光源はそのままでは光学顕微鏡の照明には向かず(*),どうしても明るいレーザーを照明として使いたい場合にはスペックルを抑制する特別なフィルターを間に入れるなどの工夫が必要となる.このフィルターはフィルター内部の各所で入射光の位相をバラバラにずらし,干渉性を落とすというものなのだが,やはり余計なものが入るため輝度等が犠牲になってしまう.

*ただし,スペックルパターンはいわば表面からの回折像なので,ここから逆算して表面構造を観測する手段に利用しよう,という測定法も存在する.

今回の論文は,こういった光学顕微鏡の照明として使う際のレーザーの欠点を,ランダムレーザーと呼ばれるものを用いることで回避し,明るいまま照明として使えることを実証する論文となる.
ランダムレーザーとは何かを簡単に説明しよう.通常のレーザーは,共振器(例えば両端に鏡を蒸着したルビーロッド)を用い,発振波長の定在波を発生させ誘導放出を起こさせる.これは強い発振が得られるのだが,共振器全体がひとつのモードで発振するため,非常に高い干渉性を持つ光が発生する(多くの用途で有用だが,スペックルが出る).ランダムレーザーは,例えば特定波長を発する色素の溶液中に,透明なビーズなどを多数混ぜ込んだランダム構造が発振する.この内部で発生した光は,ビーズなどにより乱反射されながら媒質中を進んで誘導放出を引き起こしていく.通常のレーザーと異なり,レーザーが強まっていく経路は雑多に多数存在し,ぐねぐねと複雑かつ多数の経路を通って増幅された光は端面から多数の光線として放出される.辿る経路により経路長が違うために,端面から出るときの位相はバラバラな様々な光の足しあわせとなり,空間的な干渉性は低い.言ってしまえば,ものすごく多数のレーザーがバラバラに配置されていて,全部がてんでバラバラに光を出しているようなものだ.こういった特徴のため,ランダムレーザーは電球のように広い方向に光を出し,しかも干渉性が低いためスペックルがでない.

ではこれを光学顕微鏡の照明に使ったらどうだったのか?と言うと,現在の著者らのセッティングでもすでにLED光源に匹敵するような輝度が実現しつつ,さらにレーザーに特有なスペックルは生じていなかった.著者らの主張によれば,この実験で使ったランダムレーザーより単位時間あたりの発振回数が何桁か高いランダムレーザーも以前に報告しているらしく,それを使えばLEDなどの現状の光源よりもかなり優れたものが出来る,とのことである.
ランダムレーザーといえどレーザーではあるので,波長の安定性や,発振波長の幅の狭さ(特定波長のみが非常に強く出る)はレーザーとしての特徴を残している.これを照明に使えば,蛍光分子を利用した高感度な観察などでかなり有効であるとも思える.
ただ,レーザーって意外にメンテナンスが面倒(&金がかかる)ので,光学顕微鏡の照明として使うにしてもやや手間はかかりそうだ.

2961869 journal
日記

phasonの日記: 進化:自己調節されていた変異率 1

日記 by phason

"Evidence of non-random mutation rates suggests an evolutionary risk management strategy"
I. Martincorena, A.S.N. Seshasayee, N.M. Luscombe, Nature, 485, 95-98 (2012).

遺伝子は外的要因(放射線やら各種化学物質やら)や内的要因(転写時のミス等)によりしばしば変異を起こし,これが進化の原動力となっていると考えられている.この変異が起こる確率はほぼ一定であり,その後の選択(生存に有利かどうか,そもそも生きていけるのか)による影響を考えなければランダムに起こっていると考えられる……というのが古典的な進化の考え方となる.余談ではあるが,こういった考えを(拡張して)使っているのが分子時計などによる進化系統樹や主の分岐時期の推定などになる.
さてその一方で,「実はそもそもの遺伝子の変異率自体,遺伝子の部位ごとに違うのではないか?」という考え方も根強い.例えば効率を考えると,生存に必至な遺伝子の変異率を下げ,どうでも良い部位の変異率を上げることで新たな機能の獲得を目指す方が,その逆のパターンより優れているのはすぐわかるだろう(生存に必要な部位が変化するとたいてい死ぬ).逆に,よく使われる遺伝子=頻繁に二重螺旋がほどかれてRNAへの転写が行われる部位の変異率が高い可能性もある(ほどけている場合の方が弱い).また,重要な部分ほど修復酵素が頑張って異常を修復するメカニズムがあるのでは,という考え方もそれなりに説得力がある.
このように,「部位により変異率に差がある」という考え方は説得力はあるのだが,変異率の差のはっきりとした実験的証拠はこれまでに得られていなかった.今回の論文は,非常に多くの塩基配列を調べ統計的に処理したら,そういう差が思った以上に顕著に検出された,というものだ.

実験としては,12万以上の大腸菌の遺伝的多形を調べ,それぞれの遺伝的な分岐を順序づけし,分岐した際に生じる遺伝的特性(それ以後の系統が全て共有する)と変異による個体差を頑張って統計処理だかなんだかで分離,中立的な突然変異(機能に影響を与えない突然変異.生存の有利不利には関係しないと考えられる部分)を抜き出し,遺伝子の部位ごとに中立的な変異がどの程度の頻度で起こっているかを算出している.
#正直細かいところまでは読み切れなかったので,気になる人はSupplimentary Infoを読んでください.

さて,その結果である.
まず重要なことは,中立的変異の発生率が,遺伝子の部位によって1桁以上違う,という事が明らかとなった.そもそもの遺伝子の変異の発生率は部位ごとにそれほど大きくは変わらないだろうから,これは何らかの修復機構が部位選択的に働いている(=ある部位は集中的に直す)事を示唆している.
また,同じ因子により発現する一群のブロック(=オペロン)内の遺伝子群は似通った変異率を持っている事も明らかとなった.つまり,「ある機能を担う部分」という単位で,変異率が高かったり低かったりするわけだ.そして予想通り,生存に必須な部位ほど基本的には変異率が低く,その逆に代謝の低レベル部分を担う部位(同じような働きをするブロックが複数あり,一個が壊れてもそれなりにやっていける)では変異率が高い.また,強く正の選択が働く事が知られている部位(優れた遺伝子が出来ると,種の中でどんどん広まっていく様な部位)の変異率も低い.
大雑把に言って,
・よく使われる重要な部位の変異率は低い
・代替部位のあるもの,どうでも良い部分の変異率は高い
という感じか.
重要な部位では変異が非常に厳密に検出・修復されており,中立的な変異(結果に影響を与えない変異)であっても迅速に修復もしくは排除が行われている事がわかる.

さて,このような変異率の差の起源であるが,現時点では全くわかっていないようだ.
これまでに提案されているいくつかの代表的なメカニズムでも似たような傾向は出せるのだが,定量的には圧倒的に効果が足りないらしい.
(今回の研究では1桁以上の変異率の差が出ているが,知られているメカニズムではそこまでの差は出ない)
著者らは,例えばDNA結合タンパク質(DNAにくっつき,その発現などを調節する)などが特定の部位にくっつき,その部位のチェックや修復が頻繁に行われるように調節しているのではないか?などとも述べているが,実際にどうなっているのかは今後の研究待ち.

近年の遺伝子読み取り技術の進歩,コンピュータによる大規模な統計処理の簡略化などにより,遺伝子周りでは非常に様々な現象が見つかってきている.これまでにもいくつかの論文を取り上げたが,昔の素朴な「ハードエンコードされたDNAがあって,それが読み出されて動く」というようなスタティックな描像は次々と覆され,「DNAが生み出したタンパクそのものが,DNAそのものの発現や構造,もしかしたらさらに加えてDNA自身の進化までコントロールする」というような非常にダイナミックな系である,という見方が出てきており,この分野は見ていて非常に面白い.

2899757 journal
日記

phasonの日記: クラスチェンジ 5

日記 by phason

某国研助教から東京にある微妙なレベルの某私大准教授へクラスチェンジ.
……クラスチェンジではあるのだが,レベルアップかというと微妙なところ.

・給料:少しレベルアップ(2割ぐらい?)
・任期:微妙にレベルアップ(1年ごと事実上無制限回数延長可の任期付き → 任期無し)
・学生:数が大幅にレベルアップ(プラスかマイナスかは難しいところだが,まあ学生の相手は面白いし良し)
・デューティー:大幅にレベルダウン(私大は忙しいものね)
・大学からの交付金:レベルダウン(まあ国研時代に2百万近くもらえていたのが例外なのでしょうがない)
・職場にある大型装置:かなりレベルダウン(でも東京なんで近所のつてを頼ればまあ何とかなる)
・読める論文誌数:大幅にレベルダウン

最後のが地味に痛いんですよね.
まあ,最近の出版社はpay per viewがだいぶ充実していて自腹でちょいちょいと買えるので致命的ではないのですが.
なんにせよ今後1年ぐらいは結構忙しそうです.

2666154 journal
日記

phasonの日記: 27億年前の大気密度を測る

日記 by phason

"Air density 2.7 billion years ago limited to less than twice modern levels by fossile raindrop imprints"
S.M. Som et al., Nature, 484, 359-362 (2012).

今から40年前にカール・セーガンとジョージ・ミューレンの二人によって発見された,暗い太陽のパラドクス(Faint Young Sun paradox)というものがある.
太陽の中心では核融合が進んでいるわけであるが,現在までに確立されている恒星進化の物理によれば太陽の輻射強度は年々増加傾することが知られており,逆に言えば過去の若い太陽は今よりも弱く輝いていたことになる.例えば地球が誕生したおよそ45億年前は今の7割程度,生命が誕生したと考えられる約35億年前では現在の3/4程度の光量だったと考えられている.セーガンらが計算したのは,この程度の光量の時の地球環境はどんなものだったのか?というものだ.ところが計算してみると,当時の光量では地球の温度が下がりすぎ,地球全体が凍り付いているはずだという結果が得られた.その一方,地質学的な調査からは生命誕生当時の地球はほとんどの部分がそれなりに温暖で,水は液体として豊富に存在していたことが示唆されている.これが暗い太陽のパラドクスである.
セーガンらは当時,このパラドクスの解決として「過去の地球には,現在では反応して無くなっているような各種温室効果ガス(例えばアンモニア等)が豊富にあり,それで気温が上がっていたのだろう」と議論している.

それから40年の年月が経過したわけだが,実はこの問題,今でも議論が続いている.現在では,元のセーガンらの素朴な仮説はいろいろ無理があることが判明している.例えばアンモニアはそれほど多量に存在していたとは考えられないとか,ではメタンはどうだという話が出ては「メタンは酸化しやすく長期的には安定して存在出来ないから駄目」となったり,ならば二酸化炭素だという意見に対しては「当時の鉱物(大気組成によって出来るものが変わる)から想定される二酸化炭素濃度は現在の数倍程度だが,当時の光量で液体の海を実現しようとするとそれより1桁2桁高い濃度じゃないと駄目」,等々,いろいろな意見が出ては反論が出る,という事が繰り返されている.現在でも生き残っているモデルとしては,「大気じゃなくてアルベドの方をいじれば結構何とかなる(地表の岩石が暗い鉱物が多かったとして,吸収量を上げる)」とか,「数気圧という非常に高密度な大気なら,窒素の吸収がブロードになり多くの光を吸収出来るから平気」(地球誕生当初は非常に高い気圧だと考えられている.それが25億年前ぐらいまでかなりの割合で維持されていれば,こういうモデルも成り立つ)とか,「非常に高い気圧だったら,ある程度の二酸化炭素量(ただし,大気中の割合としてはそれほど高くない)を維持したまま,当時の鉱物の生成と矛盾しない」という説などがある.

*余談であるが,恒星物理の側の人からは「太陽の方をいじってみる」という試みも時々出ている.例えば実は過去の太陽はもっと(今想定されているよりも数パーセント程度)重い恒星で光量が高かった,というものだ.それが活発な活動による膨大な太陽風の発生で急速に質量を失い今のような恒星になったのでは?というモデルなどがある.

ところがこの手の話題,理論モデルはいろいろ出てくるのであるが,検証が実にやっかいである.何せ,当時の大気を調べることも出来なければ,当時の太陽光量を測定することも出来ない.そんなわけで,様々な間接的な証拠を組み合わせることで理論に制限を付けていく,という地道な研究が続いている.

そんな中,今回の著者らは「当時の大気密度を直接求めてやろう」という研究を報告している.大気密度がわかれば,大気組成に対して制限を付けることが出来る.例えば大気圧が1気圧,二酸化炭素濃度100%であれば,二酸化炭素の分子量(44)が窒素(28)や酸素(32)より大きい事から大気密度は現在の大気より非常に高くなる.逆に,当時の大気密度が現在と変わらないのなら,そういう無茶な組成は許されない.そんなわけで,当時の大気密度を決定出来ると言うことは,モデルに対する制限を課すことが出来る=候補を絞れる,という事になる.

さて,では著者らはどうやって大気密度を測定したのだろうか?実はそのアイディア,元は1851年に提案されたものらしい(しかも著者はCharles Lyellである).
雨滴が泥に作るクレーター状の構造は,雨滴の質量とその速度に依存する.ここで雨滴のサイズは,落下してくるまでにどの程度の他の雨滴とぶつかって一体化したか等にのみ依存し,基本的に大気圧などには依存しない.現在までに観測されている最大サイズは6.8mm,一般的には4mm弱から5mm強の間になる.その一方で,雨滴が地面に激突する際の速度(=終端速度)は当然ながら大気密度が高いほど小さくなる.
従って,当時の雨滴の「跡」が残っていれば,(雨滴のサイズが現在とさほど変わらないとして)そこから当時の雨滴の終端速度がわかり,それは大気密度を反映する,という事になる.

そこで著者らは,27億年前の岩石に残されていた雨の跡を精密に測定し,その一方で実験室で様々なサイズの雨滴が各種大気圧下でどのようなサイズの跡を残すか?というデータをそろえ,両者を比較することで当時の大気密度を推定した.
結果であるが,雨滴のサイズが現在とそう変わらない,という仮定の下では,1σの幅を取ると当時の大気密度は0.6-1.3kg/m3であった.これは現在の大気密度1.293kg/m3とほとんど変わらない値である.雨滴のサイズが7mm(これは現在確認されている最大直径よりも大きい)であるとちょっと無理っぽい仮定を置いても,大気密度はせいぜい2.3kg/m3.これは100%窒素大気で言えばせいぜい2気圧程度でしかない.
この結果は,以下の仮定を含む各種モデルを否定する事になる.

・当時は非常に気圧が高かった
・当時の大気中に非常に数十%レベルの多量の二酸化炭素(窒素,酸素よりだいぶ重い)を含む
・その他各種の重い温室効果ガスが多量に含まれる

従って,生き残れるモデルとしては例えば当時のアルベドがかなり低かった,とか,低分子量の温室効果ガスに原因を求める,などである.

いつも思うことであるが,古気候を扱う人たちはよくもまあいろいろな測定法を考えるものだ.
#直接測定する手段がないから,いろいろ開発せざるを得ないんだけど.

2641993 journal
日記

phasonの日記: 3Dプリンタで楽々実験器具作り 2

日記 by phason

"Integrated 3D-printed reactionware for chemical synthesis and analysis"
M.D. Symes et al., Nature Chem., in press (2012).

こういった論文が掲載されたことにちょっとびっくり.
オープンソースの3Dプリンタ,Fab@Homeというものがあるのだが,今回の論文の著者らはそれを使って実用可能な実験器具を作り,実際の化学研究に利用出来ることを示している.

そもそもこのFab@Home,コーネル大の研究者が始めたもので,2000ドル程度の材料費で3Dプリンタが作れるというものである.基本的な構造としてはX,Y,Z方向に駆動出来るヘッドの先端に注射器が付いており,ヘッド位置および注射器のピストンがプログラムにより制御され,所定の位置に内容物をはき出す.大気中の酸素や水分と反応して硬化する樹脂を充填しておけば,立体物が制作出来る,というものになる.
今回の論文の著者らはこのFab@Homeを使い,樹脂として市販のアセトキシシリコーン(風呂場の隙間を埋めるシーラントとして売られている)を使用,いくつかの反応容器を作成し,手軽に化学実験用のカスタム器具が作れることを実証している.

最初のデモンストレーションはコバルト-タングステン系のポリ酸クラスター(ある種の大きめの錯体の仲間)の合成である.しかもわざわざ新規物質である.
(といってもまあ,この手のポリ酸は組成やサイズの違うものが非常に多種類作成可能なので,新規物質だから特別凄いというわけではない)
なお,3Dプリンタでこの反応容器を作っている部分(の最初のところ)と,実際に反応が起き結晶が析出してくる様子は
Supplementary InformationのMovie 1として公開されている.
作成した容器は,下部に観察用のガラス窓(3Dプリンタで側面を作る時に埋め込んでおく),中間に2液の反応室,その上に原料溶液の不溶なゴミを除くためのガラスフィルタがはまっており(同様に埋め込んでおく),その上に細い管状の導入部(2つ)を通り上の原料タンク(2つ)へと繋がっている.
この最上部の原料タンクに,混ぜると反応する2液を別々に入れておく.導入部は細いので,表面張力により溶液は下部反応室には流れ込まない.反応室に溶液を引きずり込む際には,反応容器(シリコーンシーラントで出来ている)の壁面を貫通させ注射針を刺し,反応室内の空気をゆっくり吸い出す.すると減圧されたことにより上の原料タンク内の溶液が反応室に少しずつ吸い込まれ,反応室内で2液が混ざり反応する.なお原料投入後,注射針を引き抜けばシリコーン樹脂の柔らかさのため針が刺さっていた穴は勝手に閉じられ,容器を振ったりしても漏れてくることはないらしい.
下の窓から観察しながら,反応が十分進んで結晶が析出したら取り出しである.取り出す際は,容器を思い切りよくばっさりと切断し結晶を取り出す.この容器,切断後に良く洗い,切断面に硬化前のアセトキシシリコーンを薄く塗りぐっと貼り合わせてしばらく放置するとまたくっつくらしい.便利なものだ.

次に著者らが実演して見せたのは,電気化学実験用セルである.通常は溶液中に電極を突っ込み,電気分解をしながら流れる電流やら光の吸収を見てやったりする.さて,著者らは今回,電極自体も3Dプリンタで作り込んで見せた.透明なガラス板を底面として,原料となるアセトキシシリコーン(繰り返しておくと,風呂用パテだ)に導電性カーボンを混ぜ込んで3Dプリンタでひょいっと線を引くと,これが立派な導電性のある電極となる.あとは周囲の壁面を通常の樹脂で作って器にすれば電気化学セルのできあがりである.カラス製の下面から光を照射しながら,上面で分光を行えば電解を行いながらの吸光度測定が可能となる.
Supplementary InformationのMovie 2では,電解により呈色する化合物の電解を行い,その変化をデモとして示している.

さて,手軽に反応容器が作成出来る利点はなんだろうか?著者らはその疑問への回答の一つとして,反応容器により起きる反応が大きく変化する有機化学反応を実演している.前述の2液を混合する反応容器と似ているが,反応室のサイズの違う2種類の容器を作り(Supplementary InformationのPDFファイル,Figure S6),そこで起こるある有機反応(詳細は省く)の生成物がこの反応室の大きさにより大きく異なる事を示している.こういった反応容器のサイズの差などは,実は溶液の混合具合などに影響を与えるため,有機反応においてはかなり影響を与えることがある.実際,化学プラントにおける反応などでは,反応容器のサイズや攪拌などの最適化を行い,目的物の収量&純度をいかに上げるか?という部分がじっくりと検討される.ところが実験室レベルでは通常,実験器具は出来合いのものを使いあまりサイズ面などの最適化は行われない(いちいち微妙にサイズの異なる反応容器をオーダーメイドでいろいろ用意すると大変).ところが3Dプリンタを利用すればそういった比較検討が実験室レベルでもやりやすくなるよ,という事だろう.

最後に著者らは,前述のカーボンペースト混合樹脂と似たような手法でPd触媒担持カーボンを樹脂に練り込み反応触媒も一緒に3Dプリンタで作り込んだ反応容器を作成,ちゃんと触媒活性があることを示している.これにより,各種反応を行う場として触媒もろとも一緒に作り込んだ反応容器が容易に作成出来ることもわかる(Supplementary InformationのPDFファイル,Figure S3).

化学の基本である加熱とかが難しいなどまあ現状ではまだ課題もあるものの,「ある反応に最適な反応容器の印刷データ」なんぞも論文と一緒に配布されるような時代になると面白いかも知れない(多分そんなことにはならないけど).
「○○反応に最適な××研に代々伝わる門外不出の反応容器データ」とかも面白そうだ.実際,似たような事は先端測定機器の設計データとかではあるんですよね.
#「○○研系列の設計のマスは分解能が高い」とか.そういうところには見学に行ったりします.

2617062 journal
日記

phasonの日記: 水星が隠し持つ氷

日記 by phason

今週号のScienceのニュース記事経由,元の発表は第43回月惑星科学会議(43rd Lunar and Planetary Science Conference)で発表されたものらしい.

1991年に水星(など)の地上からのレーダー探査が行われ,水星の極地のクレーター部分が高いレーダー反射率を持つ事が明らかとなった.極地のクレーター内は水星であっても温度がかなり低いと予想されること,氷は高い電波反射率を持つ事から,この時以来水星の極地には氷が存在するのではないか?という予想が立てられている.

今回の国際会議で発表されたのは,現在水星を周回中の探査機Messengerによる観測結果である.
まず,各種測定から予想される地表面の温度は長期間(数十億年)にわたって氷を維持出来るほど低くはない(低気圧の大気中に昇華していってしまう)が,10cm程度地下に潜った部分の温度は100K程度と推測され,これなら過去に存在していた水星の水が氷として十分存続出来ると予想される.
レーダー探査では,やはり極地で非常に強い反射が観測された.さらに搭載されている中性子検出器による検出では,極地部分を通ってくる高速中性子が1%ほど減少することが検出された.これはこの部分にだけ中性子を良く散乱する原子(例えば散乱能の高い水素)が存在することを示し,極地の地下に氷が存在するとしたモデルと矛盾しない結果であった.

まあまだ直接検出が成されたわけではないが,昔に思われていた以上に水・氷というのはあちこちにあるようである.

2613346 journal
日記

phasonの日記: 自己修復型導電性インク 3

日記 by phason

"A Self-healing Conductive Ink"
S.A. Odom et al., Adv. Mater., in press (2012).

最近は自己修復性の素材の開発が盛んである.大部分は自己修復性の樹脂であり,そのメカニズムとしては例えば
・傷が付くと内部のカプセルが割れ溶媒が流出,樹脂が一度溶けて再度固化
・加熱により局所的に結合が乖離・再結合を起こし,分子レベルで修復
・反応性置換基が残っており,傷で生じた分子切断面と迅速に結合を作り修復
などが挙げられる.これにより,樹脂のコーティングが復活したり,建材の強度が回復したり,といった自己修復性を示す.

さて,今回の論文で報告されているのは自己修復による電気的配線の修復である.
使用しているのは,銀ナノ粒子とバインダーが混合された導電性インク.要は銀ペーストの仲間である.最初は溶剤によってバインダーが溶けており,銀粒子が懸濁した粘性のある溶液となっているが,塗布後に乾燥するとバインダーが固化,銀粒子同士が接触したまま固定され導電路が形成される.
さて,このようにして作成された導電路であるが,当然ながら擦られたりして傷が付き回路が分断されると導電性は失われる.著者らはこれに対し,自己修復性樹脂に使われているのと同じ手法を適用することで傷が修復出来る,という事を実証している.

著者らはまず,傷が付いて導電性を失った配線に対し,上から溶媒を一滴たらすとどうなるかを検討した.やってみると,傷の周囲のバインダーが溶媒によって溶け,銀ナノ粒子もろとも流動性が回復.両者が流れ込むことで傷を埋め,乾燥後には元通りに導電性が回復することが確認出来た.またこの回復過程では,複数の隣接する配線が200μm程度以上離れていれば,この回復過程を経てもショートはしない事も確認された.

こうなればあとは通常の自己修復性樹脂の手法を持ち込むだけである.銀ナノ粒子,バインダーに加え,重量比で10-30%程度のマイクロカプセル(直径100μm)を一緒に混ぜ込んでおく.このマイクロカプセルは内部に有機溶媒を含ませてある.この導電性インクで配線を引き乾燥させると,集積した銀ナノ粒子とマイクロカプセルがバインダーによって固められた構造が得られる.
ここに傷が付くと,傷直下のマイクロカプセルが破れ内部の少量の有機溶媒が放出され,それが周囲のバインダーを溶かす.すると銀ナノ粒子が移動出来るようになり,傷に流れ込み最終的には配線が復活する.
実測ではカミソリの刃によって付けられた傷で完全に切断された配線が,1-10分もすると導通が回復.元々1Ω程度だった抵抗が傷を付けたあと1時間ほどで34Ω程度,1日後には20Ω,1週間後には1.5Ω程度とほぼ元通りに回復している(この例では30wt%ほどのカプセルが混ぜ込まれている.どこまで回復するかは混ぜ込んだマイクロカプセルの量に依存).

まあ発想としてはシンプルなものである.そもそも導電性インクでの配線が直接傷つく可能性のある場所で使われるのか?という疑問もないではないが,まあ,もしかしたら意外な場所で使われて耐障害性の向上に役立ってくれるかも知れない.

2611076 journal
日記

phasonの日記: 剥がせる窒化物半導体素子

日記 by phason

"Layered boron nitride as a release layer for mechanical transfer of GaN-based devices"
Y. Kobayashi, K. Kumakura, T. Akasaka and T. Makimoto, Nature, 484, 223-227 (2012).

窒化物半導体は高い化学的安定性(劣化しにくい),組成制御により連続的に変化させられるバンドギャップ(発光波長を制御しやすい),高い熱安定性(非常に高温でも動作可能),高い絶縁破壊電圧(高電圧での駆動が可能)といった特徴を持つため,発光素子やパワー半導体といった用途への広い応用が期待されている.しかしその一方で,サファイア基板を代表とするごく限られた基板以外の上には広い面積の単結晶を成長させることが難しいことが知られており,通常はサファイア基板上にCVDによって成膜し,窒化物半導体薄膜を作成している.
これが問題となるのは,実際のチップの作成時である.成膜時にはそれなりの厚さのサファイア基板が必要となる.実際のチップとして使用するにはここから個々のチップを切り出さなければならないのだが,サファイアはよく知られるように非常に堅く研磨も難しいため,ある程度厚みのあるサファイア基板ごと切らねばならず,これは結構手間である.また,小型化のためなどで複数のチップを薄く研磨し積層するという事が良く行われるのだが,厚いサファイア基板が付いたままだとこれも難しいし,厚みがあると言うことは「柔らかい回路」というような物理的変形を伴う用途への利用も困難である.さらにはサファイアと窒化物半導体とは熱膨張率がかなり異なるため,このままではせっかくの窒化物半導体の利点である高温での利用が難しくなる(高温にすると割れを生じる).

そのため,サファイア基板から何とか窒化物半導体を剥がす,もしくは最初からサファイア以外の基板上で窒化物半導体を成膜する,という研究が積極的に行われている.いくつかの手法が開発されているのだが,剥がす方の研究は大きく3つに分けられる.一つ目はレーザーリフトオフ法であり,基板となるサファイア側から強烈なパルスレーザーを当てることでサファイアと窒化物半導体の界面を気化させ半導体本体を剥離させる,という手法である.すぐに想像できるとおりこの手法は窒化物半導体側へのダメージが大きいとか,あまり大面積のチップはうまく剥離出来ない,かなり大規模な設備が必要となる,という問題を抱えている.2つめの手法は化学的エッチング法であり,サファイア基板と窒化物半導体との間に化学的に分解しやすい別の物質を薄く積層する,という手法である.こちらの問題点は,窒化物半導体側に化学的な汚染が生じる可能性,ケミカルな反応を伴うためこちらもそれなりの規模の設備が必要となる,中間に余計な化合物の層を挟むため上にのせた窒化物半導体の結晶性を上げるには窒化物の層を十分厚くする必要がある,などが挙げられる.そして最後の3つめの手法が,比較的容易に劈開する物質をサファイアと窒化物との間に成膜しておき,物理的に剥ぎ取る,というものである.これまた間に余計な層を挟むことによる結晶性の問題が存在する.
今回のNTT基礎研による報告は,最後の物理的に剥ぎ取る,という手法になる.劈開しやすく,かつ上の窒化物半導体(今回はGaN系)の結晶性が良くなるような中間層を開発出来た,というのがその中心だ.

実際の構造としては,サファイア基板の上にまず六方晶窒化ホウ素(h-BN)の薄膜(3nm)を成膜する.h-BNはグラファイトとよく似た構造を持っており,隣接する炭素をBとNに置換したような層状構造となる.当然ながらグラファイトと同じように非常に劈開性が高く,少しの力できれいに(それこそうまくやれば原子レベルでフラットに)剥がすことが出来る(身近なもので言えば,雲母が剥がれるのと似ている).
さて,h-BNはきれいに剥がれるという特徴はあるのだが,その上にはなかなかきれいにGaNの単結晶が成長しない(多結晶化してしまう).そこで著者らは,その上にさらにAlGaNのバッファ層(300nm)を成膜し,その上にGaN(3000nm)を積層することで単結晶薄膜を作ることに成功した.この研究の肝は,このh-BNとAlGaNという素材の選択と,その成膜条件になるわけだ.
こうして出来たGaN基板の上に,今回はさらにGaN/InGaN/GaNという構造を10層重ねている.InGaNは母物質のGaNに比べバンドギャップが狭くなっており,GaNに注入された電子とホールはこのInGaNの層に蓄積される(そこだけエネルギーの低い井戸状になっているので,量子井戸と呼ばれる).そしてそこで電子とホールが結合し発光する.Inの量を制御することで,非常に波長の狭い単色光を発光する量子井戸型のLEDとして働くわけだ.そしてこの10層の量子井戸層の上に,保護用のGaNを100nm成膜して完成である.全体構造としては,

|サファイア基板 | h-BN | AlGaN | GaN | 量子井戸層 | GaN |

となる.
さて,いよいよ剥離である.この作成したサンプル全体を上下ひっくり返し,接着層を塗った適当な基板に貼り付ける.

|転写先基板 | 接着層 | GaN | 量子井戸層 | GaN | AlGaN | h-BN | サファイア基板 |

そしてペリッと剥がせば,劈開しやすいh-BN層が二つに割れて

|転写先基板 | 接着層 | GaN | 量子井戸層 | GaN | AlGaN | h-BN | + | h-BN | サファイア基板 |

と,任意の基板にGaN系半導体素子を貼り付けることが可能となる.後は切り出すなり,研磨するなり,積層するなり思いのままだ.
著者らはデモンストレーションとして,ポリマーフィルム上に電極を蒸着,その上に上記素子を転写し,LEDとして発光させている.なお,本手法で作成したGaN層の易動度は1100cm2/Vsと十分に高い.

本手法は,ミクロンやサブミクロンオーダーの薄いGaN半導体素子を任意の基板上に配置することを可能とする.これまでは基板が邪魔だったりでなかなか使えなかった用途へもGaN系半導体の使用範囲を広げる可能性がある.元々NTT基礎研は窒化物半導体の研究をかなりいろいろやっているのだが,これまでの蓄積がうまいことまとまった,という感じだろうか.

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日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン

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