hrconsultantの日記: 日米欧・要人の景気観測語録:上野泰也
日記 by
hrconsultant
政策運営に関する分かりやすいメッセージを発する目的で、内外の中央銀行トップらが、たとえ話やことわざを用いることがよくある。内容を理解するには専門知識が必要なのでは、と国民が思わず距離を置いてしまいがちな経済・金融の問題について、理解しやすい表現を用いながら説明責任をしっかり果たしていくのは、とても大事なことである。
筆者はマーケットエコノミストという仕事柄、内外の中央銀行ウォッチを継続的に行なっている。最近出てきた分かりやすいメッセージの実例を、いくつかご紹介したい。それらの内容からは、日米欧それぞれが直面している難題が浮き彫りになってくる。
「物価は、しばしば経済の体温に例えられます。体温だけを人為的に長期間にわたって引き上げることは可能ではありません。基調的に体温が上がるためには、それ相応の体質改善や、場合によっては、適切な治療も必要です。同じことは、デフレ問題への対応についてもいえます」(白川方明日銀総裁、2010年1月29日内外情勢調査会で講演)
日本経済に内在している需要と供給のバランスが「体質改善」や「治療」を経て改善することのないまま、日銀による国債引き受けという副作用の多い手段さえ選択肢に掲げながら、物価だけを無理やり持ち上げようとするたぐいの政策論を、「体温だけを人為的に引き上げる」たぐいの話であるとして、白川総裁は上記の発言で強く否定した。
ところで、日銀金融政策決定会合終了後の白川総裁の記者会見は「大学の講義を聴いているようで退屈だ」とのことで、マスコミの記者たちのあいだではあまり評判が良くない。前任の総裁である福井俊彦氏が、時にアドリブを交えるなど「動」の印象が強かったのに比べると、白川総裁はたしかに「静」という感じがする。
そこで、福井氏の日銀総裁としての発言のなかで、筆者が最も印象に残っている「コックピット」発言を、ここで引用してみよう。「リーマン・ショック」が発生して金融危機が激化した2008年9月よりも前の発言。日銀が当時、どこまで先行きの状況が見えており、方向感を見失わずにいたのか、若干の疑問はあるのだが……。
「コックピットのなかから経済・物価情勢の推移を確認しながら金融政策の舵取りをするといった観点に立ってみますと、今年は春先から夏場以降にかけて、やや視界不良のなかでの操縦過程に入った、あるいは多少乱気流気味のなかでの操縦過程に入ったといえると思います。海外、とくに米国経済の調整やグローバルな金融資本市場での調整の動きが、視界不良ないし乱気流気味の状況を大きく形成していると思います。足もと、(中略)やや視界不良、乱気流気味のなかでの操縦を余儀なくされたと思っています。
しかしながら、私どもは、そのようなコックピットのなかにいて、方向感覚を失っている、あるいは失いそうだと思ったことは一度もありません。基本スタンスはきわめて明確であり、方向もきわめて明確です。いまはいくらか慎重な運転になっていると見えるかもしれませんが、このようなときこそ良好な金融環境の維持に努めながら、将来に向かって適時適切に金利水準の調整を図っていく、という私どものコックピットのなかにおける基本姿勢は変わっていないのです」(福井俊彦日銀総裁〔当時〕、2007年12月20日金融政策決定会合後の記者会見)
次に、デフレの関連で、現役の日銀副総裁の発言を見ておきたい。
「物価は、やや比喩的にいえば、経済の体温に当たります。これに従いますと、デフレ、つまり経済の体温が下がった状態にあるのは、日本経済の基礎体力が低下していることの顕われといえます。ただし、デフレについては、こうした結果という面だけではなく、これが起点となって景気の悪化をもたらしうる点にも注意が必要です」
「先ほどの体温の比喩に戻りますと、体調不良によって体温が低下するだけでなく、逆に体温の低下が病状を悪化させるリスクも意識しているということです。このようなリスクが存在するからこそ、デフレの克服は一層重要になります」(山口廣秀日銀副総裁、2010年2月24日鹿児島県金融経済懇談会で講演)
白川総裁の盟友とされる山口副総裁らしく、物価を体温にたとえたところまでは総裁と同じ。ただし、たとえ話の内容では、もう少し踏み込んだ。デフレとは経済の「体温の低下」であり、それは「基礎体力の低下」「体調不良」を示す動きだとした山口副総裁は、「逆に体温の低下が病状を悪化させるリスク」、すなわちデフレスパイラルのリスクにも注意が必要だ、と述べた。
IT人材
純粋に医学的に考えると、このくだりには疑問があるようにも思えるのだが、伝えようとしていることは容易に理解できる。