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kahoの日記: 最近のシーケンサー事情

日記 by kaho

最近になってまたいろいろと進歩が激しく,自分でも整理する必要がでてきたので,備忘録的に,最近のシーケンサーについてまとめる.

順番的に最初に記すべきは,ネアンデルタール人のゲノム解読やJim Watson個人のゲノム解読など,自ら研究にも積極的に関わっていることで知られる454 Life Scienceのpyrosequencingである.
これまでの方法とpyrosequencingの違いはDNAの増幅のために個別の試験管を用いないということにある.
DNAの配列解読を行う場合,たった一つの配列では観測限界および精度の問題から解読が難しい(後述するようにごく最近はこれを乗り越えつつあるのだが).そのためABI PRISMなど,電気泳動を用いた方法ではまず個別の区画にライブラリ化した一種類のDNAを入れ,PCR反応で複製する.この方法では一度に複製することのできるDNAの種類に限界があり,最大のボトルネックとしての人手が必要であるという問題があった.
この問題に対して一種類のDNAにある物理的な空間を占有させることができれば手作業で行う必要はないということを示したのがpyrosequencingの方法である.
454の方法ではポリスチレンのごく小さいビーズに最初にDNAを結合させる.このとき一つのビーズにDNAが複数の種類結合しないよう濃度を調節する.このビーズ上でPCR反応が完結するようにすればあるビーズは特定の配列のDNAばかりに囲まれる構造になる.
PCR反応は単純にはビーズ同士の距離が遠くなるように大過剰の反応液中で行えばよいのだが,頭のよいことに疎水性の溶液と混合することで反応液の区画を分離させ,その中でPCRを行うemulsion PCRという方法によって効率化を行っている.
ある種類のDNAを周辺にまとわせたビーズは,ちょうどビーズ一個だけが入ることのできる穴が無数にあいたプレート(PicoTiterPlate)にばらまかられる.このようにするとある物理的な位置とDNAの種類を対応させることができる.
次に必要なのはこのような小さな区画に分散したDNAの配列の解読であるが,pyrosequencingでは蛍光ではなく,ルシフェラーゼによる発光反応を用いている.そしてこれが"pyro"という接頭詞がつく理由である.DNAの複製におけるポリメラーゼ反応において,結合したヌクレオチドは次の結合のためにピロリン酸(PPi)を放出する.PPiからATP sulfurylaseによってATPを生成させると,このATPを消費した発光反応が観測できる.
このとき,ACGTの4塩基のうち,どれか一つ(ここではdCTPとする)で反応を行ったとすると,Cと相補鎖をつくるGを持つ配列だけから発光が観測される.ある塩基で反応を行った後,反応液を除去して次の塩基で反応させ,発光を観測することで全ての塩基を解読できる.
この方法の問題点は電気泳動による解読よりも一度に読むことのできる配列が短いことである.一般的には電気泳動法の半分程度,300-500塩基とされている.

次に,最近ではよく論文でもみられるようになったSolexaである.
Solexaの特徴はDNAを結合する担体としてビーズではなくDNA断片を結合した基板を用いているということである.まず解読対象のDNAには5'末端と3'末端にアダプター配列を結合する.5'末端側のアダプターは基板に結合することができ,一定の濃度で基板と反応させるとランダムな位置(理想的には一定間隔で)にDNA断片が結合する.基板には3'末端に結合したアダプターと相補的な配列が既に結合してあり,基板に結合したDNA断片は両側を基板にとらえられて両方の断片に結合し橋渡しをしたようになる.この状態でポリメラーゼでDNAの伸長反応を行うと,2本鎖のDNAが生成するが,この後加熱すると相補的な結合をしていた部分は外れて基板に片方だけ結合した2本のDNAとなる.更にアダプターと相補的な配列をプライマーとしてPCRを行うことで最初は一本のDNAが結合していたある領域には特定のDNA配列の多数のコピーが作られるとされる.(この部分は文章よりも図 (PDF)を見た方がわかりやすい)
次にこの多数のコピー配列を読み取るのだが,これは電気泳動法のようなターミネーターを用いたものでもpyrosequencingを用いた発光反応でもなく,合成時解読(sequencing by synthesis; SBS)という方法で読み取る.SolexaのSBSがどのような試薬を使っているのかは調べていないが,SBSにおいてはやはり4つの塩基にそれぞれ別の蛍光標識を結合するのだが,リン酸基側に標識をもたせておき,励起光よりも更に短い波長の光を照射することで蛍光標識を除去することのできる合成ヌクレオチドが使われることがある.
このヌクレオチドを使うと,まず第一の塩基を結合させて蛍光の波長を観測し,塩基を同定した後で標識を切断し,次に同じ反応をすることで2番目の塩基を読み取ることができる.
454のビーズを用いた方法では,PicoTiterPlateの大きさ(直径44um)から一度に観測できる配列の数が限定されるが,Solexaではより緻密に観測点を配置することができるので効率の高い観測ができる.
ただし弱点があり,Solexaで読み取ることができるのは25-50塩基程度の短い配列だけだという点である.
このため,解読した配列の並び替えにコンピュータのパワーがかなり必要であり,また未知の配列の解読に用いるのは非常に難しいという問題がある.そのため全ゲノムが解読されている動物のre-sequencingや,ある条件で選択したゲノムの断片を集め,どこが濃縮されているかを調べるために使われる.

これまで主流であった電気泳動方式で有名なABIが販売しているのがSOLiDであり,これはライゲーション反応を応用した解読方法である.
個人的にはこの方法は454のアイデアを使いながら特許を回避するために開発された方式としか考えていないのだが(様々な種類のプライマーが必要な部分が特に気に入っていない),精度は多少よいものの,スループットと特徴はSolexaとあまり変わらない.
多分関係者の投稿だと思うがWikipediaに詳細な解説がある.

Helicos社のtrue single molecule sequencing (tSMS)法はSolexaと同じsequencing in synthesisである.Helicosのシーケンサーは今年になって最初の論文が出版された.
Helicosの方法の特徴は,解読の前に対象のDNA鎖を増幅する必要がないということだ.必然的に対象となる配列は一つしかない.そこで「一分子」解読となる.一つのDNA鎖から読み取れる塩基数は15-45塩基程度,スループットは25-90 Mb/hとされている.ヒトゲノム一度なら1-3ヶ月ということになる.
tSMS法ではDNAを担体に結合し,ポリメラーゼによって相補鎖の伸長反応を行う.このとき相補鎖に結合するヌクレオチドは更に次の段階の伸長反応を行なえないように蛍光標識を含む残基によって修飾されている.
一塩基の伸長反応が終了したら反応液を洗い流して遊離ヌクレオチドを除去し,励起光を照射してどのヌクレオチドが結合したかを解読する.解読が終了したら保護基を除去し,同じ反応を繰り返す.
このとき,DNAは一分子しかないことから蛍光強度もあまり期待できない.そのため他の方式のように4色の蛍光標識をつけて同時に読み取るのではなく,CTAGの順で別の塩基を反応させて,その度に読み取る形にしている.
つまり25塩基解読するためには100回の反応が必要であり,確かに他のpyrosequeincingに比べて効率が高いにしても,桁違いとまではいかない.
この方法もSolexaと同じで,短い配列を大量に出力するため,共通の長所と短所を持っている.

今年の1月に(衝撃的に)発表されたのが,Pacific BioscienceのSMRT (single molecule real-time)法だ.
この方法はHelicosと同様のsequencing by synthesisに属する方法になる.
ただしこの方法は他の方法と異なり,一度に千塩基以上の解読ができるという違いがある.ここではPacBio自身による解説(PDF)に従って説明する.
なぜ同じsequencing by synthesisでも一度に読めるのが長いのかというと,基板上に固定するのがDNAではなくポリメラーゼの方であるという違いによる.
ポリメラーゼによって切断されるリン酸基に蛍光標識をつけているので,伸長反応が起きるたびに蛍光が観測されるわけだが,ポリメラーゼが固定されていることで蛍光が観測される位置が固定されており,安定した観測が可能であることが利点となる.
ただし観測する画素において,複数の反応が混入してしまっては全く観測ができない.そこでポリメラーゼが一つだけ,DNA鎖も一分子だけが入ることができる直径数十nm,容量10^-21リットルのzero-mode waveguides (ZMW)を半導体製造の技術を応用して作成し,その極微量の反応系内で処理することで配列を解読するDNA鎖を限定している.
しかも大変巧妙なことに,このZMVはポリメラーゼ-DNAの反応系の限定だけでなく,蛍光の励起・発光にも本質的な影響をもたらす.
励起光の波長は青紫~紫外であり,発光波長は可視光であるので,どちらもこのZMVの大きさよりもはるかに波長が長い.ZMVの「底」の方から励起光を当てているとき,蛍光がみられるのは「底」のごく一部に限られる.このため他の方法ではバックグラウンドからの蛍光が多すぎて反応液を除去しなければ読めなかったものが,反応しているその時に読み取ることが可能になっている.もし洗浄が必要なら読み取るDNAが失われることを恐れてDNAの固定をまず考えなければいけないが,そのまま反応を続けられるならその必要はない.
この方式によるシーケンサーは2013年くらいの販売を目指して世界中で宣伝を行っているところだが,どこでも驚きを持って迎えられている.私も最初は眉唾だったが,解説を読んで舌を巻いた.
あらゆるアイデアが絡み合っており,どの一つも他と切り離しては成り立たない.こういうアイデアが最初はどこから出て来たのか不思議なくらいだ.
もちろんまだ製品化されていないので,最終的な評価は慎重になるべきだが,この技術がDNA解読の世界を変えてくれることを期待している.

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人生の大半の問題はスルー力で解決する -- スルー力研究専門家

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