kazuhixの日記: NY市の工学系ネタ盛り上がりちゅう 3
市長がプログラミング言語を勉強 とか 工業高校を開設 とかの背景について。
NY市はアート系や医学生物学系の研究教育機関や出版社は充実してるが、工学系がまるで貧弱という言われてみると確かにそうだという驚くべき特徴がある。そこで一流の工科大学を誘致すべく公募して、Cornelとイスラエルの大学のジョイントというカタチで作るという大筋が決まったとかニュースで読んだよ。土地はイーストリバーのルーズベルト島に確保したとか。
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市長がプログラミング言語を勉強 とか 工業高校を開設 とかの背景について。
NY市はアート系や医学生物学系の研究教育機関や出版社は充実してるが、工学系がまるで貧弱という言われてみると確かにそうだという驚くべき特徴がある。そこで一流の工科大学を誘致すべく公募して、Cornelとイスラエルの大学のジョイントというカタチで作るという大筋が決まったとかニュースで読んだよ。土地はイーストリバーのルーズベルト島に確保したとか。
今日は日本で事件が少なかった日らしくて、学術論文がニュースになってた。
ちょい前に、ワインの値段と満足度の研究が、テイスティングを日常的に行ってる人たちを被験者にしてなされ、値段が高いと告げられたワインのほうが幸福感を強く引き出すという傾向があったという。ワインをあらわす形容詞が意味不明なのは値段や希少性に理由付けするためのものだからなのだよなあ…と感じてたのをずばり解明してて面白かった。
今回のニュースではストラディバリともうひとつの工房のバイオリンは科学で解明できないいい音を出し、現在の素材と技術では再現が難しい、といわれていたが、二重盲検法(まあ目隠しテスト)で新しいバイオリンと比較したら、大してすぐれてはいなかったんだと。100万円くらいの(たぶん著者の一人の工房製)と差がない。この手の話は好きなので原著読んだよ。
じゃあなぜいい音を出すのか?つまり、数々の名演奏者の手を渡り歩いてハクが付いてる超希少で高価な楽器を使って演奏する、という弾き手側の心構えが特別な音を引き出していたということなのです。
高いものはいいものというのはあながち間違っていないわけ。オカルトの解明がひとつなされたってことで。
若い男に車たくさん売りたい?無理無理。だからメーカーさんはww
AE86の頃と現在の車をとりまく環境を比べると何か大切なピースが欠けてるのに気づかないのか。作り手ってのは設計やデザインのよしあしでなんとかできるとおもってしまいがちだけど、iTunes無しにiPod→現在に至るアップルの成功は無いわけだか、そのくらい根本的な「何か」。
実際のところは、昔も今も車好きの数は大して変わってないってのがオレの見方。むしろ、一人ひとりをみるとその深化の度合いはすごいわけで。AE86が売れてたころも大して車の運転とかメカに興味あったわけでなく、女好き、車乗ってる男カコイイ(自己陶酔)ってやつらの割合多かったんだから。まず「海が見たいの…」というメスガキが絶滅してしまったので、あいつら育てる工夫しろ。
んで、ドライブにはスポーツタイプがいいよ。一人で乗ってるときも楽しいかも、と。
すると、クルマにはさほど興味ない男どもにもたくさん売れる→デートに使うには恥ずかしくなり、中古市場にわんさと出回る→クルマ好きがいじりたおす、乗り倒す、というのがAE86の頃の歴史的考察。
バブルの前から平成の最初のあたりまではメーカーの工作なしにそういうメスガキが居たわけだけど、クルマ購入層は車が好きというより女好きとかみせびらかしたがりが主流で、もっと時が経ってからクルマ好きに支持された、ということがハチロクとかシルビアで起こったわけ。
ちなみにプレリュードはシルビアと同じくらい売れて、同時に起きたスキーブームでもFRのシルビアよりはるかに少ない台数しか雪道で刺さってないのに全然生き残ってない理由はわかるな。
ケータイを撲滅しないと、昔みたいなドライブデートは成立しない。多分これが一番のネックなので、車メーカーさんはなんかいい方法考えてちょ。
さて、どんな方向性のCMや広告でハチロクを導入するのか楽しみにしとこ。
だしと発酵を押し。
グルタミン酸スゲーってわけではなく、トマトなんかにもたんまり入っていて、イタリア料理でよく使われるのは周知のとおりだけど、確かに巨大海藻の干したのをまた戻して煮て使うとか腐りやすい青魚をカチカチになるまで干からびさせてかんなで削って…なんてのは日本だけか。
オレが思うに日本の食文化の特異なとこは、自分に合わない食品もみんなに合わせて無理食いする訓練(学校給食)をだれもが積んでいること、それをベースとして、ソトメシが共通の価値観を持たないもの同士で仲良くなった気になるためのツールとして使われてきたこと、そのためにメニューそのものから話題を引き出せる献立を用意し、会話を2時間とか持たせる「場」を提供するタイプの店が多いことだと思うが、この伝統も会社や組織でうまく立ち回っても生活が保障されなくなったせいかやや薄れつつある。まさに遺産。この点を押せばw
朝が得意なわけでなくてスヌーズを何度もかけてなんとか起きてるというブログを読んだが、つまり既婚未婚にかかわらず一人寝してるか、パートナーがそれに付き合ってるわけだよな。子は居ないか、朝は会わない。
…それでいいのか?
あるいは、恵まれた(さびしい?)家庭環境の人だけが可能と思われる朝活を勧めたところで、特別な人たちの集まり、という括りからは脱却できそうにないかも。
日々是ハック也 -- あるハードコアバイナリアン