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nodocumentsの日記: ヒトとヒトはどうやっても争う 2

日記 by nodocuments

ヒトとヒトはどうやっても争う。
生きるために必要とされる資源が重複するんだから当たり前。
人間の知性を過信するあまり、「仲良くできる」と感情的に確信するのは知性的な結論じゃない。
もっと、ヒトは生物でしかなく、生物としての限界は知性では超えられないということを認識するべき。
知性は食糧確保を容易にはするが、食わずに生きられるようにはならない。

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  • by Anonymous Coward on 2009年07月06日 16時29分 (#1600255)

    逆に考えれば、「感覚的にコイツらは無理だと思っても、利害が一致すれば仲良くできる」と考えられるんじゃないのかな?
    協力することで生きるために必要な資源を獲得しやすくなる上に、協力しなければ「協力関係にある多数の人間たち」に一方的に資源を収奪されるんだから。

    悲観的に考えても、楽観的に考えても、あるようにあるだけの現実は何も変わっていない。
    コップに半分のワインを、「まだ半分ある」と思うのか、「もう半分しかない」と思うのかの違い。
    まぁ、どっちの結論に落とすかは、「自分が社会的に恵まれていると感じているか否か」に依存するんだろうね。

    精神的に満たされないと、どうしても発想が破壊的・被害妄想的に偏る。
    この種のバイアスも知性を超えた衝動なので、その人がどれだけ知的なつもりでも免れることはできない。
    唯一可能なのは、他人を観測することで自分にもそういう自覚不可能なバイアスがあることを推測し、意図的に逆方向にバイアスをかけ直すことだけ。

    • 協力し合うためには利益がなければだめだ。
      わたしが言ったのは、そう言うビジネスライクな部分抜きに、「仲良く」としか言わない非知性的な自称知性体。
      ヒトが食べなきゃ生きていけないのも、ヒト同士で必要な資源が競合するのも単なる事実。悲観でも楽観でもない。
      事実を踏まえた上で楽観するのはいい。そうでなければただの夢想で、その結果は必ず裏切られる。
      敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うが、生物としての己を考えたことのある人がどれだけいるだろうか?

      まさか生存に必要な資源が競合するという話で、文字通りの意味でワインと言ったわけじゃないだろうからそのまま続けるけど。
      ワインの例にしても、半分あることは事実じゃない。それはすぐ半分以下になり、半分あったという過去が残るのみ。
      その例でつきつけられているのは、無くなったときには死ぬということ。
      100%から50%までの消費速度がどうだったのか、100年で半分なのか1日で半分なのか。
      補給のアテはあるのか、無くなったときの代替はあるのかといった背景次第でまだにも、もうにもなる。
      まだ、と言えるなら、戦いは避けられるかも知れない。もう、としか言えないほど追い込まれているなら、
      そうとしか言えなくなる前に対処すべきだった。

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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