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phasonさんのトモダチの日記みんなの日記も見てね。 Idle.slashdot.jpは、あなたの人生において完全な時間の浪費です。見るなよ、見るなよ。

1505795 journal
日記

phasonの日記: ナノワイヤーをスポット溶接 2

日記 by phason

"Self-limited plasmonic welding of silver nanowire junctions"
E.C. Garnett et al., Nature Mater., in press (2012).

近年ではナノワイヤーやナノ粒子と言ったナノ材料の製法もだいぶ確立し,安価に大量生産できるようになってきた.特に銀ナノワイヤーに関しては,polyol法と呼ばれる手法を用いることで径が揃った(数十nm程度,コントロール可能)5角柱状のナノワイヤーを大量に得ることが出来るうえに抗菌性や高い熱および電気伝導性を持つことから,微小化学センサー用ナノメッシュ,微細回路の配線,抗菌性表面加工など様々な応用が研究されている.

さて,ナノワイヤーをメッシュであるとか配線として利用しようとしたとき問題になるのが「ワイヤー同士をどうやって接合するか?」である.
(配線用途に関しては,「どうやって望み通りに配列させるか?」も問題だが,今はそれは置いておく)
もちろん加熱すれば二本のナノワイヤを溶接することも出来るのだが,ナノサイズで局所的に加熱するのは非常に困難である.かといって全体を加熱すると,表面エネルギーを下げるためにナノワイヤは容易にナノ粒子へとばらばらになってしまう(蛇口から落下する細い水流が,下の方で細かな水滴にばらけるのと同じ).そこで,ナノワイヤの接合部だけを十分に加熱し,他の場所が溶融するよりも早く,しかもしっかりと接合する溶接法の開発が求められている.
本論文では,銀ナノ構造体で非常に強く発生する表面プラズモンを使うことにより高速・安価・位置選択的なナノサイズでのスポット溶接を可能とする手法が報告されている.

さて,銀,銅,金というコインメタルと呼ばれる金属の表面においては,表面プラズモンと呼ばれる電気的な分極が非常に強い事が知られている.この表面プラズモンは光と結合することが出来る,つまりこれらの金属の表面では表面プラズモンの励起を伴う強い光吸収が起きる.通常の物体ではこの効果はそんなに効かないのであるが,ナノサイズともなれば体積に対する表面の比率が無視できないほど大きくなるため,これら金属のナノワイヤ(とナノ粒子)の光吸収の多くが表面プラズモン由来となる.特にナノ構造体が非常に接近している場合,例えば隣接する二つのナノ粒子であるとか,ナノワイヤー同士が接している部分ではこの表面プラズモンに由来する吸収が共鳴的に強めあい,数桁強い吸収を示す.
そこで著者らが考えたのが,この局所的な表面プラズモン吸収によりナノワイヤーの接合部のみを加熱する,という手法である.まず,基板上にナノワイヤーをぶちまけ,上からタングステンランプの光を照射する.ナノワイヤー自体の吸収はそれほど大きくはないのだが,偶然ナノワイヤが交差して重なっていた場所では両者の間のナノサイズの隙間(ナノギャップ)で共鳴的に非常に強い吸収が起こり,ランプの光を強く吸収し熱へと変換する.するとその部分が溶融して2本のナノワイヤーは一体化していく.十分接合が進めば,2本のナノワイヤーは「+」の形に融合するが,こうなるともうナノギャップが存在しないためそれ以上の溶融は進まず,冷えて固まる.これにより,加熱しすぎることもなく,ナノワイヤー同士の重なっている部分のみを選択的にスポット溶接出来るわけだ.

この加熱に要する時間は,30W/cm2程度の照射エネルギー密度でおよそ30秒程度らしく,かなりハイスピードな処理が可能である.また,加熱されるのはあくまでもナノワイヤーの接点のみであることから,例えば熱に弱いプラスチックのような素材の上でもこの処理を行う事が出来る.また接点に関しては非常に良く加熱されるので,完全に溶融した後に再結晶化して2本のナノワイヤーが一体化しており,接合部の強度も高く完璧な溶接具合である.著者らはデモンストレーションとして,有機半導体太陽電池の集電極として使用した際の特性を,熱処理(200℃で10分加熱)で作った銀ナノワイヤーメッシュと比較しているが,今回のプラズモン加熱法によるものの方がかなり低い内部抵抗が実現されている.また,通常の加熱では例えば20分加熱したものはナノワイヤーがずたずたに分解し特性が一気に悪化している(=加熱時間のコントロールがシビア)だが,今回の手法ではそういった問題は生じない.
またサランラップのようなものの上にスピンコート(分散させた溶液を薄く塗布することで表面にのせる手法)でナノワイヤをぶちまけ,光照射することでナノワイヤ同士を融合させ,サランラップの表面に張り付いた導電性の銀ナノメッシュを作成している.個々の配線(ナノワイヤー)は20nm程度の直径と十分細いことからほぼ透明であり(透過率90-95%程度),その一方でシート抵抗は580Ω/sqとまあそれなりの値となっている(決して低くはないが).メッシュ構造であるとともにナノワイヤーも細いことから,サランラップをぐにぐにと曲げたりしても柔軟に追従し導電性は維持されている.

手法としては実に単純である.銀ナノ構造は様々な用途があるため,そのメッシュやら何やらが低コストで高速に作れるというのは応用面からは意外に利用が広がる可能性もある技術である.

1473699 journal
日記

phasonの日記: クモの巣の強さの秘密を探る 3

日記 by phason

"Nonlinear materials behavior of spider silk yields robust webs"
S.W. Cranford, A. Tarakanova, N.M. Pugno and M.J. Buehler, Nature, 482, 72-76 (2012).

クモの糸とそこから出来上がるクモの巣に興味を惹かれない物性科学者はいない(偏見).クモの巣というものは非常に繊細な糸から構築されているにもかかわらず,大型の昆虫を捕らえたり強風に煽られてもそう簡単には破れない強さを持っている.この強さは昔から多くの研究者を魅惑し,耐久性の強さが何に由来するのかに関する膨大な研究が行われることとなった.
クモの巣が強いのは,それを構成する糸が強いからではないか?もちろんそれもある.クモの糸は天然素材としては規格外の強さを誇る繊維であり(といっても,単なる引っ張り強度などに限ればそれを超える人工素材は多数存在する),その強い糸から出来ているクモの巣が強いのも当然である.網目状のweb構造が冗長性を高め全体としての耐久性の向上に寄与しているのでは?それもまたその通りであることが研究から明らかとなっている.
さて,今回の論文で報告されているのは,これら既知の効果に加え,クモの糸自身の持つ引っ張りに対する非線形性がクモの巣全体での耐久性に寄与している,という報告である.

そのクモの糸,引っ張りに対し実はかなり複雑な挙動を示す.
まず最初の領域(I)は通常の弾性の領域であり,引っ張り力に比例したのびを示す.まあ有名なフックの法則と同じだ.
この領域は狭く,すぐに次のエントロピー的な弾性領域(II)に入る.これはどういうものかというと,ゴムと同じように,熱揺らぎ(エントロピー項)によりクモの糸を構成するタンパク質の分子鎖がランダムに折れ曲がる事で短くなろうとする力である.まっすぐ引き伸ばされた分子(=長い状態)より,途中でいろんな方向に曲がっている方(=その分短い状態)がエントロピー項の働きにより実現しやすい.引っ張って伸ばすにはこのエントロピーによる折れ曲がりに逆らわないといけないので,その力がいる,という領域だ.この領域の弾性係数(ある距離伸ばすのに,どの程度力がいるか)は領域Iよりもかなり小さく,つまりより小さい力をプラスするだけで長さが伸びていく.
続く領域(III)は,引っ張りにより結晶的な構造が生じる領域である.ポリエチレンなどのポリマーでも良くあることだが,ある程度一方向に引っ張られて分子鎖が伸びきると,左右方向では同じ方向に同じように均一に伸びる分子鎖がぎっしりパッキングされた状況=結晶に相当する.この状況だと,それぞれの分子鎖に加えられた荷重が隣接する分子鎖にも分配され全体でうまく荷重を担うため,結構強度が出る.また分子鎖は既に伸びきっているため,これ以上伸ばすには化学結合(=凄く強い)を引き伸ばす必要もあり,この領域の弾性係数はかなり大きな値になる(=伸びにくい).
細かく言うとさらに,切れる直前に耐えられなくなった糸がずるずると延びる領域(IV,ただしちょっと伸びるとすぐに切れる)もあるのだが,まあ力学的にはほぼ無視してもかまわない.
改めて,上記の3つの領域を持つ糸を模式的に記述してみれば,

10cmのクモの糸を引っ張ると
・10の力を加えると,1cm伸びて11cmになる(領域I)
・そこから急に伸びやすくなり,+5ぐらい力を増しただけ(計15の力)でさらに4cmも伸びて15cmになる(領域II)
・突如堅くなり,さらに1cm伸ばす(全長16cmにする)のに+85の力(計100の力)も必要になる(領域III)
・それ以上引っ張ると切れる

という感じだ.
さて,このような挙動がクモの巣全体の耐久性にどのような効果を与えているのかを調べるために,著者らはクモの巣をモデル化し,その糸の一部を切れるまで引っ張った場合に巣全体にどのようなダメージが行くのかをシミュレートにより求めている.モデルでは,

(a)上記のような力学特性を持つ実際のクモの糸をモデル化したもの
(b)切れるまでフックの法則が成り立つ(=弾性係数が変化しない)仮想的な糸
(c)上記の領域IとIIだけ持つような仮想的な糸(ある程度までは丈夫だが,そこからずるずると容易に伸びてそのまま切れる)

という3種を使い比較している.糸の切れる力とその時の長さは,a,b,cの3種とも同じに設定されている.また全体の構造は実際のクモの巣を模倣し,中心から8方向にまっすぐ伸びる縦糸と,それをぐるぐると螺旋状に繋ぐ横糸から構成されている.この8本ある縦糸のうちの1本をつまんで引き伸ばす,という形で負荷を与えている.
さて,その結果どうなったかというと,実際のクモの糸をモデルにした系が一番破壊が局所的であった.つまり,ほぼ引っ張った部分だけが切れ,他の部分にはあまり影響がない,というわけだ.
なぜこのような違いが出たのかを詳しく見ていくと,それぞれの糸の特性が顕著に表れている.

まず一番被害が大きかったのは,cの「ある程度までは丈夫だけど,そこからずるずると伸びる」という糸であった.ここで何が起こったかと言えば,まず糸の一部をピックアップして引っ張ると,最初はなかなか伸びないものの限界が来るとずるずると伸び出す.すると周囲の糸も一緒に引きずられるわけだが,ピックアップした部分は既に限界の力で引っ張られており,それ以上加えられた力は周囲の糸で支えなくてはならない.しかも悪いことにこの糸は限界の力に達してもそれなりの長さまでずるずると伸びるため変形は拡大し,周囲の糸にかかる力はどんどん増加していく,つまり最初にピックアップした部分の糸は,周囲の糸を巻き込んで被害を拡大する役にしか立たないわけだ.この結果,ピックアップした糸が切れる(この時,切れた糸にかかっていた力を1とする)時に,他の7本の縦糸全てにおよそ0.75の力がかかっていた.これは,巣のある1箇所に強い負荷がかかると巣全体の糸に強い負荷がかかることを意味しており,大規模な破壊に繋がりやすい.

次にbの糸である.この場合,引っ張った糸はほどほどに伸びながらも,ほどほどに周囲に力を伝える.その結果,引っ張った糸が1の力で切れた際に,隣接する縦糸で0.5程度,その他の縦糸には0.35程度の力が加わっていた.

最後に,クモの糸をモデルにしたaの場合である.ある程度強さのある弾性体として働く領域Iは狭いので,すぐに容易に変形する領域IIへと突入する.そして大きく変形しながら他の糸にも力を伝え,巣全体の縦糸が領域IIに入り全体の変形を引き起こす.ここまではcの糸と同じである.違うのはここからだ.クモの糸には,引っ張りがある量を超えると堅くなると言う領域IIIが存在する.これが何を引き起こすかというと,直接引っ張られている糸は大きく変形して堅い領域IIIに入るが,周囲の別の縦糸はほどほどに緩く変形できる領域IIに留まるのだ.この結果,あたかも強い鋼線一本で負荷を支え,そこに柔らかいゴム紐がぶら下がっているような状況が実現する.この結果,直接引っ張っている糸が1の力で切れたとき,周囲の他の縦糸にはわずか0.15程度の力しか加わっていないのだ.つまり,クモの巣のある点に強い力が加わると,その点にある糸にのみ強い力が加わり,他の箇所は柔軟に変形して負荷がかかるのを防ぐ,という事になる.

網状の構造というと,「負荷を全体にうまく分散してみんなで耐え,それにより強度を上げる」という方向を考えてしまうが,実はクモの巣は逆であり,「負荷がかかった部分にだけ困難を押しつけ,他の場所は身をかわすことで被害を局所化して全体がやられるのを防ぐ」という構造になるわけだ.なるほどこれはこれで良くできている.

1459880 journal
日記

phasonの日記: 視覚トリックを駆使するオオニワシドリ

日記 by phason

"Illusions Promote Mating Success in Great Bowerbirds"
L.A. Kelley and J.A. Endler, Science, 335, 335-338 (2012).

オーストラリアとニュージーランドにのみ生息するBowerbird(ニワシドリ:庭師鳥)という鳥がいる.彼らは繁殖期に非常に立派な構造物を作ったり,他の鳥類の鳴き声(最近ではチェーンソーやらクラクションやらといった人工音も)の模倣を行ったり,様々な飾り付けでメスの気を惹くと言った興味深い繁殖行動をとることから,性淘汰のモデル系として数多くの研究が行われている.

そんなニワシドリ類の大部分は,繁殖期になるとその名前の由来ともなったbowerと呼ばれる構造物を作る.どのようなものかというと,枯れ枝を集めて作った左右の壁からなる細道の先にちょっとした広場があるような構造であり,その広場部分には様々なカラフルな飾り付けを行ったり,雄が求愛のダンスを踊ったりする.実際の構造は例えば
http://www.nhk.or.jp/darwin/program/program133.html

の写真のようなものだ.なお勘違いされることもあるが,これは巣ではなくあくまでも求愛のためだけの場所である.まあ見合い会場のようなものだ.広場部分でアピールをしている雄を雌が小道の向こう側から観察し,お眼鏡にかなえばカップル成立,改めて別の場所に巣を作りそこで子育てを行う.
さてこのbowerの広場部分,床面には拾ってきた様々なサイズの石を敷き詰めてあるのだが,敷いてある石のサイズが入り口側から徐々に大きくなることが知られている.上のNHKのサイトの写真で言えば左から2番目,上から2列目の写真がそれに当たる(奥側が入り口).
今回の論文で報告されているのは,この「手前が小さく奥が大きい」というサイズ傾斜を持った石の配置がどのような効果を持っているのか?という研究である.

著者らはオオニワシドリの多数のbowerを調べ,そこでのサイズ傾斜と成婚率(という訳で良いのかな……)との関連を調べた.その結果,メスが入り口から見た時の横方向のサイズ(水平方向のサイズ)に関してはそれほど大きくは影響しないが,縦方向のサイズ,つまり見た時の奥行き&高さ方向の合わさったものに関しては,サイズ傾斜が大きいほど成婚率が高い,という相関が見られた.やはり,奥に大きな石を敷き詰めた方が成婚率が高いわけだ.
またより詳しく調べるために「見た目のサイズのばらつき」も比較している.遠近法からわかる通り,同じサイズのものを並べれば当然手前にあるものほど大きく見える.一方,奥に大きな石を,手前に小さな石を配置すると,この距離による見え方の差が部分的にキャンセルされ,(うまく配置すれば)近くの石も遠くの石も見かけのサイズが同じにすることも出来る.その「見た目の均一」からのズレ(標準偏差)を算出して比較したわけだ.その結果,縦方向に関しては非常に強い相関が見出され,「見かけの石のサイズ」が均一であればあるほど成婚率が顕著に高くなる,という事が明らかにされた.一方横方向のサイズに関しては,ばらつきが大きい方が成婚率は高いようである.好まれるのが実際にどういう見た目か,というのは,Supporting Online MaterialsのMovie2などを見ていただきたい.例として出されているのは一番上が実際にニワシドリが構築する奥が大きな石のパターン,真ん中が同じサイズの石を並べた場合,下段が実際とは逆に並べた場合の見え方だ.

さて,では何故このような配置が好まれるのだろうか?我々はニワシドリではないので実際のところはわからないものの,著者らは7つの可能性を挙げている.

1. 「いかに均一に見える石の配置を作成できるか?」が雄選びの基準になっている(なぜそういう基準が生まれたのかは置いておく).

2. 雌の気を惹くためのディスプレイオブジェクト(ニワシドリ類が配置する,カラフルな飾り)が目立つようになる.均一な背景は,手前の見せたいオブジェクトを邪魔しない背景となるため.

3. 建築物の奥行きを実際よりも広く見せるために通路の奥を狭くする手法があるが(これにより,実際よりも奥行きがあるように見える),その逆である.奥側に大きな石を配置すると奥行きが狭く見え,bowerの奥の広場が実際よりも狭く感じられる.これは逆にそこに置かれたディスプレイオブジェクトを大きく見せるため,その効果が上がる.

4. 手前に小さな石を置いた方が,ディスプレイオブジェクトを相対的に大きく見せる事が出来る(見せたいものを小さな物体の中に置くとより大きく見えるエビングハウス錯視).

5. 雌がbowerの小道を通りディスプレイオブジェクトに近づく際の視点変化を考えると,最初は水平に近い視線であるから奥の大きな石が背景にあったのに,近づくと見下ろすような位置関係=背景が小さな石に切り替わることになり,相対的なディスプレイオブジェクトの見た目のサイズ変化が加速される.これがディスプレイオブジェクトをいっそう目立たせる.

6. 雌が小道を通ってくる際,視点の移動による運動視差により奥行きに関する正しい情報を得ることが出来る.ところが一方,石のサイズから脳が推定する奥行き(立体感)は,奥ほど大きな石が置かれているという配置により実際よりも奥行きが短縮されている情報である.このため雌が近づいてくる際には両方の情報に齟齬が生じ,興味を惹く役に立つ.
(人間が妙な錯視を見てなんだかもやもやするのと似たようなものだろうか?)

7. 同様に,運動視差により得られるディスプレイオブジェクトの実際のサイズに関する情報と,周囲との比較により得られる情報の齟齬が興味を惹く役に立っている.

進化により生み出された奇妙な行動というのはなかなか面白いものである.

1447157 journal
日記

phasonの日記: 水だけ通す不思議な膜 2

日記 by phason

"Unimpeded Permiation of Water Through Helium-Leak-Tight Graphene-Based Membranes"
R.R. Nair et al., Science, 335, 442-444 (2012).

単層グラファイトを基本構造とするグラフェンは,その原子一層分という薄さにも関わらずかなりの機械的強度を持ち,さらに希ガス原子を含め通常のガスを通さないと言う優れたバリア性を持つことから,光や電子線を通しながらサンプルを閉じ込めておけるナノサイズの"窓"としての利用が始まっている.
このように優れた特性を持つグラフェンであるが,大きなサイズかつガスを逃がさないように欠陥の存在しないもの,となるとなかなか作るのは難しい(どちらか一方の条件なら比較的楽であるのだが).小さな断片を何重にも積層するという手も考えられるが,グラフェンのままでは溶媒にも分散しにくいため,そういう手段もとりにくい.

そこで著者らが考えたのが,グラフェンのかわりに酸化グラフェン(Graphene Oxide)を積層した膜である.酸化グラフェンはグラファイトを酸化剤と共に水などの溶液中で処理することにより簡便かつ大量に得られる材料であり,グラフェンの炭素骨格のエッジ部分や,炭素平面の上下に飛び出す形で水酸基(-OH)やケトン(=O),カルボニル基(-COOH)などが付加した構造を持つ.酸化グラフェンの利点の一つはその水などへの溶解度の高さであり,多数の水酸基等の存在により溶液中に容易に分散する.著者らは溶液中に分散したこの酸化グラフェン膜を多数積層させ,0.1から10μm程度までの各種の厚みを持つ膜として成形した.なおこういった酸化グラフェン積層膜,層間隔は10 Å程度であることが知られている.この値はグラファイトにおける層間距離3.4 Åより非常に長いが,これはグラフェン上下に酸化により生じた多数の置換基が飛び出していることを考えれば理解できる.問題はこの層間距離の増大が,ガス透過性にどのような影響を与えるか,である.

そこでこのようにして作成した膜に対し,ガス透過量の測定を行った.まずは厚さ0.5 μmの膜に対し,Heガスの透過量を測定する.Heは原子が軽くて小さい&非常に相互作用が弱い原子であり,ものを透過する力が非常に強く,例えばガラス板なども時間はかかるものの透過してしまう.そのHeガスが作成した0.5 μmの酸化グラフェン膜をどの程度透過するのかを調べたところ,およそ100mbarの圧力までの間で検出限界以下のHeしか透過してこなかった.この透過量は,この作成した0.5 μmしか厚みのない酸化グラフェンの膜が,厚さ1mmのガラス板よりもHe原子を通さない,非常に優れたガスバリア性を持つことを意味している.他の物質でも試したところ,エタノールやヘキサンと言った親水性,疎水性両方の化学種も同じようにきっちりと防ぐ(透過させない)事も確認された.
つまり,酸化グラフェンを使うことで層間距離は増えてしまうが,そこをしっかりと塞ぐ置換基の効果や,離れていてもいくらかは相互作用のあるグラフェン部位のπ-π相互作用により,酸化グラフェン層の間の空間にはガスが浸透できず,ガスバリア性をちゃんと発揮したと言うことになる.これにより,工業的に利用が楽な酸化グラフェンを使っても,しっかりとした極薄のガスバリア膜を作れることが明らかとなった.

ここまではよい.ところが,である.著者らが水分子に対するバリア性を調べたときに,思いもよらぬ現象が起こった.なんと,この酸化グラフェン膜がまるで存在しないかのように,つまり同じ径の穴が空いているときと同等の速度で水が反対側に抜けてきたのだ.実際に示されているグラフは1cm2の穴を通して水が蒸発していく速度と,その穴を1 μm厚の酸化グラフェン膜で覆った場合の蒸発速度であるが,全く同じ程度の速度で水が揮発していく.さらに実験を重ねたところ,どうも水分子はこの膜をほとんど素通りでき,膜の反対側の表面から水が気化していく速度が律速となっているらしい.つまり水にとってはこの酸化グラフェン膜は,スポンジのように容易に向こう側まで透過できるすかすかの存在なのだ.
では水とHeを混ぜたらどうなるのか?その実験を行ったところ,まるでこの膜が水の塊で,その中をHeが拡散していたと考えるとちょうど合う程度のHeの透過が確認された.つまりこの膜は,水がある程度存在すると開通して中が水で満たされるトンネルを多数持つようなものだったのだ.その状態だと,水と一緒に他の分子なども(水に溶け込んだ形で)透過していくことが出来る.

なぜ水だけそのような特異的な状況が実現しているのかは定かではないものの,著者らの推測としては,グラフェンの酸化により生じた様々な親水性の置換基が分子・原子の侵入を防ぐ物理的な門のような状態になっており,通常は気体がそこを透過できない.その門の内側には,あまり酸化が進んでおらず,グラフェン的な構造を維持した平面が広がっている.この未酸化部分は要は元々のグラフェンであるから,層間距離が10 Å程度という酸化グラフェンの積層距離のもとでは,上下の層の間には分子が入り込める十分なスペースが存在するわけだ.つまりは,酸化により生じた置換基が壁と門,未酸化の内側のグラファイト部分が天井と床を成している大部屋のようなものだ.通常状態では様々な原子・分子は壁・門の役割を果たす置換基によって侵入出来ないようになっているが,水分子に限っては置換基の親水性により門が開き内部に侵入できる.一度内部に侵入すると,そこは分子一層分程度の高さを持つ広い空間であるから,水分子はどんどん拡散して広がっていく.そしてまた反対側の壁部分から外に出て……と次々に拡散していけるわけだ.

ただ,ちょっと疑問が残る点もある.単に親水性だからと言うだけなら,エタノールのように水と十分混じるだけの親水性のある分子も透過して良いのではないか?という点だ.水酸基などとも十分相互作用出来るし,グラフェン部位に関してはむしろ水より親和性が高い.このあたりについては述べられていないが,メタノール,エタノールあたりに関する挙動との比較は今後面白いかも知れない.

なお,酸化グラフェン積層膜は熱処理により容易にグラフェン積層膜(的なもの)へと変換でき,こうすれば水の透過性も一気に低くなる.一度量産性&積層膜化しやすい酸化グラフェンで多層膜を作っておき熱処理でグラフェン積層膜へ変換,ガスを通さない膜として利用する,という方向での利用では何の問題もない.

1432270 journal
日記

phasonの日記: 惑星を持つ連星系:続報 1

日記 by phason

"Transiting circumbinary planets Kepler-34b and Kepler-35b"
W.F. Welsh et al., Nature, 481, 475-479 (2012).

先日惑星を持つ連星系の話の続報.

この宇宙の恒星……少なくとも我々の住む銀河系の星では,連星はありふれた存在である.夜空に浮かぶ星(輝点)の1/4程度が連星系であり,それぞれの連星系は2つ以上の恒星からなる.つまり銀河系の恒星のおよそ1/2は連星となっているわけだ.
こういった連星が惑星を持てるのか?という点に関しては「まあまず間違いなく惑星はあるだろう」と思われていたものの,実際に観測に成功したのはごく最近のことであった.
(三体問題になるので必ずしも長期的に安定かは保証できず,また惑星形成のプロセスが我々のところのような単一恒星の場合と異なってくる可能性があるため,惑星が存在しない可能性もあった)

では,豊富にある連星系には,どの程度の割合で惑星が存在するのだろうか?これに関し,前回連星系で初めて惑星を見つけた著者らが続報を報告している.

彼らは,前回見つけた系を含め750の連星系を調査し,さらに2つの惑星と,惑星の疑いのある1つの連星系(ただし惑星と確認できなかったので,今後の研究待ち)を報告している.
今回新たに見つかった2つの系(Kepler-34,35)は,いずれも太陽に近い程度の質量を持つ恒星2つからなる系で,恒星同士の公転周期は28日程度(Kepler-34)と20日程度(Kepler-35)であった.その周囲を,土星よりやや軽い程度(Kepler-34b),またはその半分ぐらい(Kepler-35b)の質量の惑星が,公転周期289日(Kepler-34b)または131日(Kepler-35b)で周回している.

さて,この結果(750個のうち,少なくとも3つが惑星を持つ)と,掩蔽を利用した検出が出来る確率(惑星の公転軌道が,地球から見た時に恒星の前を横切る角度にある確率)0.15を使って,連星系が惑星を持つ確率は大雑把に3/750/0.15 = 0.027,という事で,まあ数%以上の確率で連星系は惑星を持ってそうだ,と見積もっている.
また本論ではないが面白いsuggestionをしている.これらの惑星では28日だの20日だの(に近い)といった周期で惑星全体への日射量が大きく変動する.例えばKepler-34bへの日射量は,もっとも多い時期(二つの恒星からの光がともに降り注ぐ時期)と少ない時期(明るい方の恒星が,暗い方の恒星の影に隠れる時期)とで2.5倍も違う.30日程度という比較的短周期でこれほど日照量が異なるのだから,その気象は(我々から見たら)非常に特殊で面白い現象が出てくるのではないか?というのだ.確かにそういった系での気象というのは非常に面白い気がするので,誰かそのうちSFにでも(略)

1430823 journal
日記

phasonの日記: 理科年表がなければ即死だった 17

日記 by phason

shibuyaさんの日記でTarZさんが「9mmパラでも止められるかどうか」とコメントしていて気になったので,実験の待ち時間中にどの程度貫通力があるものなのか検索.

http://taka25ban.sakura.ne.jp/newpage184.htm

うーむ,9mmでも9cm近い厚みの紙束を抜けるのか……
理科年表ポケット版の厚みがまあ4-5cmぐらいと考えても,4cm程度の紙束をギリギリ突き抜けるかどうかの威力が残ってるとなると結構しんどい気がする.理科年表で助かるのは無理か.
しかし7.62x25mm,この手の柔らかいものが相手だとさすがに自慢の貫通力も効果無しですね.

1420338 journal
日記

phasonの日記: 濡れ性を透過するグラフェンコーティング 2

日記 by phason

"Wetting transparency of graphene"
J. Rafiee et al., Nature Mater., in press (2012).

グラフェンはその薄さゆえに透明性が高く,その一方で薄い割には高伝導性であるため様々な素材への透明電極としてのコーティングが検討されている.コーティングとして使うと言うことは基材とは異なる表面特性が出てくるわけで,そこに注目した研究も多い.今回の論文の著者らは,「表面にグラフェンをコーティングしたら,どの程度疎水性になるのだろう?」という疑問を持ち研究を行った(グラフェンが無限層積み重なったグラファイトは疎水性である).そうすると思わぬ結果が出た,というのが今回の報告である.

実験は単純で,単層のグラフェンを作り,それをSi(親水性),ガラス(親水性),Cu(疎水性),金(疎水性)の基板の上にのせ水滴を滴下,接触角を測定する,というものである.
(接触角は水滴の外縁部と基板の成す角であり,親水性基板のように水滴が薄く広がるような状況では接触角はほぼゼロ,水が完璧に弾かれて球形の水滴になるような理想的な疎水性の場合は180度になる)

その結果であるが,例えば無コートSiでは32.6度だった接触角が1層コートでは33.2度,同じく77.4度だった金では78.8度,85.9度だった銅は86.2度,20.2度だったガラスは48.1度になっている.つまり,ガラスの場合はそこそこ増加しているが,それ以外ではグラフェンコートの有無にかかわらずほとんど同じ値になっており,まるで親水性/疎水性がグラフェン層をすり抜けて上の水に到達しているかのようであった.著者らはこれをwetting transparency(濡れ性透過)と呼んでいる.
この挙動をもう少し詳しく調べるために,Cuおよびガラスに関しては乗せる層数を1から10層までの間で変化させ,その際の挙動を追跡している.その結果,Cuの場合は3層あたりまではほぼCu単体の表面と同じ程度の接触角であったのが,4層あたりから急増し,6-9層あたりでほぼ飽和値の90度前後に落ち着く.ガラスの場合は,前述の通り単層乗せるだけで48度ぐらいになり,1-2層で54度と微増,それ以上の領域でほぼ90度に落ち着く.つまり,グラフェンの層数が2-3層ぐらいまでは基板の濡れ性が透過し,それ以上ではグラファイト的な疎水性が表に現れる,という事のようだ.

親水性/疎水性の効果は,(一部の水素結合のような水と結合を作る表面を除き)基板と水分子とのファンデルワールス力によって決まってくる.確かに考えてみれば,ファンデルワールス力は双極子や表面の分極による電磁気的な相互作用であるから多少は遠くまで及ぶ事が出来る.従ってグラフェンのように非常に薄いコーティングであれば,コーティング層を透過して基板と上に乗った水分子との相互作用がほとんど変わらない,というのはあり得る話である.
(そういう意味では,水素結合も起こるガラス表面では単層グラフェンを乗せただけである程度の変化が起こることも頷ける)

一応著者らの主張として,「銅はヒートシンクなどの放熱材料としてよく使われるが,表面が錆びやすくそうすると熱抵抗が高くなる.グラフェンで表面をコートすると酸化は防げるが,濡れ性が変わると放熱特性が変わる可能性があった.今回の実験から,1-3層程度のコーティングなら表面の濡れ特性をほとんど変えずに酸化を防止できると考えられる」的なことも書いてあるが…….
ヒートパイプ内部とかならともかく,少なくとも外気にさらしっぱなしのヒートシンクなどではそんなに濡れ性による熱輸送特性の差は無いような気がするのだが,どうなのだろうか?

1415190 journal
日記

phasonの日記: CPUをグラフェンで冷やせ! 2

日記 by phason

"Graphene-Multilayer Graphene Nanocomposites as Highly Efficient Thermal Interface Materials"
K.M.F. Shahil and A.A. Balandin, Nano. Lett., in press (2012).

飲みながら書いているので,妙な間違いなどが有るかも知れませんがご容赦ください.

CPUに代表される近年の高機能半導体素子は高集積化と共にとんでもない電力を消費するようになり,必然的に廃熱処理の重要性が増してきている事はここをご覧の多くの方には説明するまでもないだろう.このような高発熱のチップから排熱部,つまりはヒートシンクへの熱伝達をうまく行うには,チップとヒートシンクの間を熱抵抗の小さい樹脂(またはグリス)などで埋めてやる必要がある(CPUパッケージとヒートシンクの間もそうだが,CPUパッケージ内のダイそのものとヒートスプレッダを接続する樹脂もこれに当たる).当然のことながらチップの表面やヒートシンク表面は完全な平面ではなく,(特に後者の表面には)微妙な凹凸が存在する.このため単にヒートシンクとチップを押しつけただけでは接点の面積が小さくなり熱伝導が悪い.そこで溝を埋め実効的な接触面積を増やすために樹脂やらグリスやらが使われるわけだ.

さてこのグリス,当然ながら熱抵抗が低ければ低いほどよい.単なるシリコングリスや樹脂は熱伝導性があまり良くないため,通常ここに熱伝導性の高いものを混ぜ込んで使用する.これがフィラーと呼ばれるもので,熱伝導性の高い素材,例えばアルミナや銀,カーボンなどの微粒子が用いられる.熱はフォノン=格子振動,または金属における伝導電子によって伝えられるので,格子振動が高速で伝わる=硬い物質(ダイヤモンドやグラファイト,アルミナなど)であるとか,伝導電子が素早く移動できる材料(銅や銀)と言ったものが熱伝導性が高い.当然ダイヤモンド粉末だの銀粉末を多量に含むグリスが最も高機能なわけだが,これではコストがかかりすぎるので,工業製品としてはこれらの素材を10-20%程度混ぜ込んだものがよく使われる.この際のtypicalな熱伝導度は1-5 W/m⋅K程度である(ちなみに普通のシリコングリスが1W/mK弱程度).

さて話は冒頭に戻るが,最近はCPUなどの発熱密度が高いことから,より高性能なグリスが求められている.そこで一時期注目されたのがカーボンナノチューブを混ぜ込んだ樹脂である.カーボンナノチューブ単体の熱伝導率はダイヤモンドの倍,銀の10倍にも及ぶことから,これを混ぜ込むことで超高機能なグリスが出来るものと期待され多くの研究が行われた.
ところが,である.ナノチューブを混ぜ込んだ樹脂は,実はアルミナだのニッケルだのを混ぜ込んだ樹脂とほとんど変わらない程度の性能しか発揮できなかったのだ(ただし混合量は10wt%程度).その後様々な計算や解釈が行われたが,どうもナノチューブ単体の内部での熱伝導は高いものの,グリス本体である樹脂からナノチューブへの熱伝達が悪いのではないか?と言うことが明らかとなってきた.ナノチューブは擬1次元系であるから,フォノンはその方向へしか成分をもてない.ところが周囲の媒体は3次元であり,3軸方向の成分を持つ.この不整合により,媒体を伝わってきたフォノン(こいつが熱を伝達する)は樹脂とナノチューブの界面で散乱されてしまい,ナノチューブ内に十分エネルギーを伝えられていないというのだ.ナノチューブ内にフォノンが入りさえすれば熱伝導率が高いとはいえ,門前払いを食らっているのではそりゃ熱も伝わらない.この界面での熱抵抗(カピッツァ抵抗と呼ぶ.光学で言うところの屈折率が異なる媒体で光が反射されるのと似たようなものである)により,ナノチューブでグリスの性能アップ!という夢はもろくも崩れ去った.
#あと,ナノチューブは値段が高いしね.

そして現在である.近年になり,1次元系のナノチューブではなく,2次元系のグラフェンというものが注目を集めるようになっている.様々な研究が行われた結果,グラフェンは製造のコストも非常に安くなった.そこで今回の論文では,そういったグラフェンを樹脂に混ぜ込んで何とか高性能のグリスを作ってやろう,と言うことを試みている.
グラフェンの利点は何か?まず一つ目は,ナノチューブに迫るほどの単体での熱伝導率の高さである.まあこれはカーボンナノチューブの基本構造がグラフェンを丸めたものなのだから当然と言えば当然か.次にナノチューブと決定的に違う点として,2次元の系であると言うことが上げられる.ナノチューブが1次元であるがゆえに周囲の樹脂からやってくるフォノンを受け入れられなかったのに対し,2次元のグラフェンならもうちょっとマシになっていると考えられる.そして最後が,(ナノチューブよりは)安いと言う点である.例えば今回実験で用いられているのは,グラファイトを界面活性剤の存在下で超音波洗浄機にかけただけのものである.これだけでグラファイトの表面からグラフェンが剥離してくる.真空中での熱分解を必要とするナノチューブに比べればだいぶ楽な製法だ.

そのようにして作成したグラフェンを樹脂に1-10%程度混ぜ込んで熱伝導率を測定したところ,ナノチューブを大きく超える熱伝導率が達成された.特に単層グラフェンと多層グラフェンを同時に混ぜ込んだもので効果が高く,10wt%混ぜ込んだだけで樹脂の熱伝導率が5W/mKに達した.これは樹脂単体の値の24倍に相当しており,アルミナを60%混ぜ込んだ系などをも超える値である.実験結果を古典的な熱伝導モデルで解析し過去に報告されているナノチューブの場合と比較すると,顕著に異なっていたのはやはり界面抵抗であった.樹脂からナノチューブへの界面抵抗が8.3*10-8m2K/Wなのに対し,グラフェンの場合は3.7*10-9m2K/Wと1桁以上界面での熱抵抗が小さい.つまり,グリス本体である樹脂からグラフェンへと効率よく熱が伝わり,グラフェン中を高速に熱が拡散することでトータルでの熱抵抗が低くなっているわけだ.単層グラフェンと多層グラフェンを同時に混ぜ込んだ場合に一番効果が高い点に関してははっきりしていないが,理論計算からすると多層グラフェンの方がグリス本体からのフォノンの侵入が容易であること,一方単層グラフェンの場合は同じ重量でも枚数が増え,多数の粒子が混ぜ込まれているのと同じ効果になること,という二つの兼ね合いから,ほどほどに混ぜた方が効果が高い,と言うことなのだろう.
この系の特に素晴らしい点は,わずかな混合でも効果が高い,と言う点である.例えば金属粒子やアルミナを20%程度混ぜ込んだ系と同じ程度の熱伝導率を実現するには,グラフェンをわずか2%混ぜれば良いだけだ.たった2%で良いと言うことはつまり,樹脂の低粘性や塗りやすさを維持したまま熱伝導率だけ上昇できると言うことに等しく,実用上の利点となる.
また,熱伝導率が高いにもかかわらず電気伝導率が低いままである点も見逃せない.通常よく使われる金属などのフィラーの場合,熱伝導率を上げるにはかなりの量のフィラーを混合する必要があるが,そうするとグリス自体が伝導性となってしまいショートを引き起こす恐れが生じる.ところが今回の研究によれば,グラフェンを10%混ぜて熱伝導性を非常に高くした系においても,伝導性は元の樹脂並みに低いままだったのである.これもまた実用的には利点となる.

まあ,ナノチューブよりはよほど安価とはいえ,グラフェンもまだ高価な材料であることには変わりなく,そうそう大規模に使われるとも思えないが,実用化が楽しみではある.
なお著者らは一種のデモンストレーションとして,市販の熱伝導性グリースにグラフェンを2%混ぜ込むことにより,14 W/mKという相当高い熱伝導度を持つものも作り出している.市販の普通のグリスだと1 W/mK,高性能品で5 W/mK,銀をかなり配合したものでも10 W/mKであるから,こういったもの(どれを使ったのかは定かではない)に2%混ぜるだけで14 W/mKを達成したならなかなか大したものである.

余談であるが,筆頭著者はこの論文を書いたときにはGlobal Foundries(旧AMDの製造部門)にインターンシップで行っていたらしい.で,今の所属はIntelだとか.
……ですよねー.そりゃまあ,どっちにでも行けるならそっち行っちゃいますよねぇ.

1413051 journal
日記

phasonの日記: ティッピングポイント-激変を予測する 3

日記 by phason

"Recovery rates reflect distance to a tipping point in a living system"
A.J. Veraart et al., Nature, 481, 357-359 (2012).

多数のものが互いに相互作用し合う系では,個々の相互作用が非常に単純であっても,系全体では非常に複雑な振る舞いが現れることが知られている.例えば海流や気流は非常に原始的な熱輸送や流体力学のモデルを用いて再現できるが,世界全体ではしばしば予想も付かないような激変を引き起こす.また数値モデル化された株式市場などにおいても,個々の投資家(に相当するアルゴリズム)の判断基準は単純であっても,市場全体としては予期せぬ暴騰や暴落を引き起こす.このような単純な相互作用が積み重なることで予想できない系となったものを複雑系と呼ぶ.

さてこのような複雑系においては,いくつかの状態の間での急激な変化が観測されることがある.前述の暴騰・暴落もそうであるし,気候の変化に対して(少なくとも表面上は)柔軟に対応できていた生態系が何かの弾みで一気に崩壊に陥るなど,その例は枚挙にいとまがない.つまり,(安定して存在している)複雑系には現状を維持しようとするフィードバックがかかっているのだが,ある程度以上のストレスが加わりこの復元力を超えると,一気に別の状態へと転移するわけだ.この「別な状態に遷移する瞬間の状態」をティッピングポイントと呼び,ティッピングポイントを超えるような外圧が加わると系の状態が激変する.
さて,我々の生きる世界も複雑系である.だからといって明日いきなり気候が激変されては困るし,乱獲がたたってあっという間に生態系が崩壊されてもたまらない.株式市場は出来ることなら予想の範囲で動いて欲しいし,新たな流行が起こるなら出来るだけ早くその兆候を掴んでおきたい(商売的な意味で).そんなわけで,「果たして系がどの程度安定なのだろうか?今やってる事は,系をどの程度ティッピングポイント近くに追い込んでしまっているのだろうか?」という事を何とか定量化しようという試みが数多く行われている.

さて,そんな複雑系の振る舞いであるが,単純化されたモデル系の研究から,「系がティッピングポイントに近づけば近づくほど,系が変動から回復する速度が遅くなる(そしてティッピングポイントで回復時間が発散する)」という事が示唆されている.例えば生態系を例にとろう.ここから多少獲物を狩っても,ちょっとすれば個体数は回復する.ここにさらに気候変動が加わりやや住みにくくなってきたとしよう.複雑系である生態系のバッファ作用により,見た目の個体数などにはほとんど影響がない(ように見える).ところがここからまた同じぐらいの獲物を狩ると,今度は個体数の回復に前以上の時間がかかる.さて,気候はさらに厳しくなり,生態系の耐久度ギリギリだったとしよう.にもかかわらず,実は表面上の個体数はそれほど変わらない.ところがここから少数の個体を狩ると,なんと残念!今度は生態系が崩壊し,多くの種が絶滅してしまう,というのだ.つまり,ある単一の種の個体数変動だけを見ても系全体が危機的状況かはさっぱりわからないが,その揺らぎからの回復速度を見てやればどのぐらい危ないかが予想が付く(かも知れない)という事になる.

*もちろん全部の種の全個体数をきっちり把握できる調査力と,かつそれがどうなっているかを演算できる素晴らしい演算能力があれば系の状態なんてものは確実にわかるのであるが,それは無い物ねだりというものである.

しかしこの仮説,生態系などの系では今まで実証されてはいなかった.というのも,大規模な生態系でこの手の実験を行うのはなかなか難しいからである.今回の論文は,(1種しかいない単純な生態系とは言え)実際の系においてこのslow downが観測された,というものである.
実験は非常に単純(え,こんなのが今まで無かったの?というレベル).水層の中で,シアノバクテリアを飼育する.光合成のために光が必要なのであるが,ここで当てる光を時間とともに次第に強くしていく.光が無ければもちろん死ぬのだが,当然強すぎる光も害になるわけで,これはつまり時間とともに外的ストレスが強くなっていく状況に対応する.さて,強い光が当たっても十分な数のシアノバクテリアが存在すれば,上層の仲間を盾にして下部の個体は影響を受けない.そして下部で個体が増えれば,上部にも漂って拡散することでまた盾が出来る.このバッファ作用により,ある程度までは光のダメージは軽減される.ところがある程度以上強い光だと,上層で多数死ぬ → 個体数回復前に中央でも死ぬ → 全滅,となるであろう.
こういったセッティングにしておき,さらに揺らぎとして数日ごとに個体数を1割減少させる.例えば10Lの容器であったら,1Lだけ掬い取ってかわりに水1Lを足すわけである.この個体数減少という揺らぎからどの程度の時間でもとの個体数に戻るか,を観測するわけだ.

その結果,当てる光の強度(=外部からのストレス)に対して,個体数の回復時間の逆数がきれいに直線関係にあり,系にかかっているストレスが強く絶滅へのティッピングポイントが近いほど回復に時間がかかる,という予想が実際に確認された.そしてティッピングポイント近傍では,1割の個体数減少から回復できずにそのまま絶滅を迎える.
もう一点興味深いのは,ティッピングポイントに近いほど,自己相関が大きくなっている(ように見える)点である(ただし,こちらはややばらつきも大きいので,実際にそういう傾向があるかはまだ推測の域を出ない).
自己相関というのがどういうものかというと,ある関数y(x)を一定値スライドさせた関数とどのぐらい似ているか?というようなものだ.つまりy(x)とy(x+δ)が,δを適切に選ぶとよく似ている場合には自己相関が大きい,という事になる.
さて,今回の実験で自己相関が出てくるというのはどういう事だろうか?これは,一度(外部から導入した,または自発的に生じた)揺らぎとして生じた個体数の変動が,しばらく時間が経ってからまた繰り返されることを意味している.正確なことは言えないが,可能性としては,「一度揺らぎから個体数が回復したように見えても,実は内部的にはまだ(系全体としての)ダメージを抱えており,周期的にそれが顕在化して個体数の変動をもたらす」というようなものが考えられる.例えばもっと大規模な生態系で言えば,「鰯の個体数は回復したけど,鰯が餌にするプランクトンや,鰯を餌にするマグロの個体数の変動がまだ残っていて,それが周期的に鰯の個体数変動としてフィードバックされる」というような感じか.

現実の生態系,特に大規模な系では,外乱を入れて個体数の回復速度を測るというのは難しい.そのため,系がティッピングポイントに近づいているのかどうかの判断はなかなか出来ない.しかしもしこの「ティッピングポイントに近いと,自己相関が高まる」という事が成り立つのなら,個体数の時間変化を追うことで「絶滅などの激変に近づいているのか,遠ざかっているのか」というようなことが推測出来るようになるかも知れない.

ただしわかるのは「ティッピングポイントに(相対的に)近いか遠いか」であって,どこまで行ったら帰って来られない(ティッピングポイントを超えてしまう)のかに関する情報は得られない点には注意.

余談であるが,こうした複雑系におけるティッピングポイント,物性物理や統計力学における相転移などの臨界現象との関連が非常に強い(というかそちらから派生してきたというか).こういった系では,そのモデルの詳細によらず同じ臨界現象(ある物理量の発散度合い)が観測されることでも知られる.例えば固体中でスピン集団が強磁性へと転移するとか,層流と乱流の間の転移とか,超臨界流体のようなもので気体的なところから液体的なところへ移行するだとか,原理もモデルも何もかもが違うものなのに,臨界指数と呼ばれる値(物理量が,転移点に向かってどういう比率で変動していくのか)が同じであったりする(正確には,いくつかのグループのどれかに分類される).こういう「全く違う系での統一的な振る舞い」は,系の持つ次元性だとか対称性だとかで決まってくるわけであるが,こういうユニバーサルな性質が出てきて全く異なる系が同列に見なせるあたりはやはり物理の醍醐味である.

1375658 journal
日記

phasonの日記: 小澤の不等式,実験的に検証される

日記 by phason

"Experimental demonstration of a universally valid error–disturbance uncertainty relation in spin measurements"
J. Erhart et al., Nature Phys., in press (2012).

今日はちょっと時間がないので実験の詳細はすっ飛ばします.

有名なHeisenbergの不確定性,つまり不可換な物理量AとB(例えばある方向の位置と運動量,時刻とエネルギー,二つの直行する軸方向の角運動量,など)においては,両者の不確実性の積に下限が存在する,という式がある.つまりΔA・ΔB ≥ h/4πというものだ.ところがこの式,作られた当初から異なる二つの不確定性をごちゃ混ぜにしているものである.

Heisenbergがこういった関係式の導出を行った当初は,様々な具体的な実験のセットアップを考え,その際に測定精度を上げていくとどういった事が起き,どのような誤差が生じるのか,という思考実験を行った.そして各実験のセットアップにおいて測定される物理量にはどうしても限界となる誤差が出てくる事を示したわけだ(*).

*なおこの時,思考実験から出てくる精度は実験のセットアップに依存するため,「究極の限界」とは限らない.「究極の限界」というものがあって,そこにさらに実験のセットアップに由来する限界が加算され,測定精度の限界が決まるためだ.そのためHeisenbergの研究でも時間-エネルギー間の不確定性は当初ΔA・ΔB ≥ hであったし,位置-運動量の不確定性もΔA・ΔB ≥ h/2πであったものが後に実験のセットアップを洗練させることで>ΔA・ΔB ≥ h/4πに絞り込んでいる.

ところがこの「誤差」,二つの異なる「誤差」がごちゃ混ぜにされている.

一つ目は,測定による系の擾乱である.良く持ち出される例でいえば,光学的に位置の精密な観察を行おうと思えば波長の短い光を使う必要があり,そうすると光子の運動量が大きくなり測定により系の運動量が乱される.

そして二つ目の「誤差」(ばらつきといった方が良いか)は,量子系がそもそも持っている不確実性であり,これは古典的な波で言えば,位置がきっちり決まった波(合成波)を作ろうと思えば様々な波長(=運動量)の波を重ね合わせねばならず,逆に運動量をきっちり決めてしまえば波は空間中に広がっており位置が決まらない,というものに対応する.つまり,Heisenbergが各種の思考実験から経験則的に導出した不確定性というものは,この二つの項を区別せずに導出したものとなっている(用いた思考実験によって,前者からくる不確実性を扱っていたり,後者から来る不確実性を扱っていたりする).

なお,後者の量子力学における交換関係からダイレクトに出てくる不確定性に関してはKennardやRobertsonらにより厳密に数学的な基礎が与えられ,δA・δB ≥ |[A,B]|/2と記述される(右辺の[A,B]は,それぞれの物理量を出す演算子の交換関係であり,可換な物理量ならゼロ,不可換ならihになり,形式的にはHeisenbergの不確定性と一致する).Heisenbergはこの(交換関係に由来する)不確定性の厳密な定式化に満足したのか,ここで不確定性の探索が打ち切られる.しかし元々Heisenbergが考えていた不確定性は,どちらかと言えば「実験による擾乱に基づく不確定性」が(区別されずに)多数含まれていたのだが,これに関しては上記の交換関係に基づく不確定性とは別なものであり,全く別な定式化が必要なはずなのである(が,教育の分野でもあまり区別されずに「不確定性」の名のもとにごちゃ混ぜにされがちである).

この点を明確にし,「測定における精度と擾乱」をきっちり定義&定式化したものが名大の小澤先生による,いわゆる「小澤の不等式」となる.まず,「測定」というものを対象の系と検出系とをきっちり分けた上で両者の相互作用として定義&一般化し,その際に生じる擾乱の理論的限界を定めている.その結果得られる不等式は,ΔA・ΔB + ΔA・δB + δA・ΔB ≥ |[A,B]|/2 となる.ここでΔは測定の精度や擾乱による計測結果のばらつきであり,δは系が元々持っているばらつき(量子的なばらつき)を表す.Heisenbergの式ではこのうち第一項しか無いのだが,実際にはさらに二つの項が加わる.つまり,後者の二項を大きくすることで,第一項をHeisenbergの定式化よりも小さくすることが出来るわけだ.
(ただし,この場合も交換関係に基づく不確定性は存在するので,ここで小さくできるのは「測定に伴う擾乱による精度低下」である)

でまあ今回の論文では,中性子のスピンの測定を頑張ってきれいに行ったら,小澤の不等式に良く合う実験結果が得られたよ,というものである.実験の詳細を説明すると面倒なので今回はそこはパス.

このあたりの「測定の限界はどこなのか?」という問題は,近年の測定技術の向上や,量子コンピュータのビット状態の測定や重力波検知などの量子限界に挑む測定との関連もあって,最近なかなかホットな分野である.Heisenbergの不等式を破る測定に関しても既にいくつか報告があり,まあ,ようやっと実験技術がここまで追いついてきた,といったところか.

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あつくて寝られない時はhackしろ! 386BSD(98)はそうやってつくられましたよ? -- あるハッカー

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