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201172 journal

phasonの日記: スピントロニクス

日記 by phason

"Transmission od electrical signals by spin-wave interconversion in a magnetic insulator"
Y. Kajiwara et al., Nature, 464, 262-265 (2010)

今週号のNatureの論文より.電流によりスピン流を作り,それを絶縁体中をスピン波として伝達し,反対側のメタル中でシグナルに戻すというもの.
エレクトロニクスは通常電子の電荷の自由度のみを操ることで動作しているが,電子にはもう一つスピン自由度が存在する.スピン自由度を用いている代表例は磁石となるが,このスピンと電荷という二つの特性とも利用してやろうというのが近年研究例がやたら多いスピントロニクス(spin + electronics).

しかし電場をかければ容易に移動させられる電荷と異なり,スピンの方は揃えたり移動したりするのがなかなか大変である.
通常の金属では,相当の磁場を印可したとしてもスピン偏極(電子のうち,upスピンとdownスピンとの数の差)は極々わずかで,1%似も満たないことが普通.そのため強磁性金属であるとか,ハーフメタル(内部磁場の効果により,伝導電子が100%近くスピン偏極しているもの)であるとかがよく使われている.しかしながら強磁性材料は好きなときに磁化方向を反転させるのが難しいし,また(ハーフメタルなどもそうだが)使える材料がかなり限られる.

そんな中,最近注目されている効果の一つにスピンホール効果(S. Murakami et al., Science, 301, 1348-1351 (2003))がある.
これは重金属などスピン-軌道相互作用の大きい金属に電流を流すと,その電流の周囲にスピン偏極が誘起されるというもので,例えばx方向に伸びる棒にx方向に電流を流すだけで,+y方向にはupスピンの電子が集まり,-y方向にはdownスピンの電子が集まる(同時に,+zや-z方向には対称性から明らかなように90度回転したようなスピン偏極が表れる).これは理論予測の後,2006年に実験的に検出された(S. O. Valenzuela and M. Tinkham, Nature, 442, 176-179 (2006)).
これはまた当然逆過程も成り立つわけで,スピン偏極が緩和する過程でスピン-軌道相互作用を介して電子の運動量へと変換でき電流を誘起することができる(逆スピンホール効果).こちらも同時期に実験が行われている(T. Kimura et al., Phys. Rev. Lett., 98, 156601 (2007)).

今回の論文ではさらに進んで,スピン流を生じる部分にはPtを使いながらも,それを伝達する部分に絶縁性フェリ磁性体であるY3Fe5O12を用いている.実験ではまず,Pt/Y3Fe5O12の二層系にマイクロ波を照射,Y3Fe5O12中に誘起されたスピン波がPt中に浸透し,スピン流として逆スピンホール効果を引き起こしPt中での電流を誘起することを確認.
続いて同様のセットアップで,Ptに電流を流すことでスピンホール効果を使いスピン流を誘起,それがY3Fe5O12中に伝わりスピン波となることを確認した.

そして最後にこの二つの構造を組み合わせ,Y3Fe5O12基板上に二つの白金領域を蒸着,一方に電流を流すとそこでスピンホール効果によりスピン分極が発生,Y3Fe5O12中をスピン波(粒子的描像ならマグノン)として伝わり,逆側でもう一つのPt中に浸透,そこで生じたスピン分極が今度は逆スピンホール効果により電流を誘起することを確認した.つまり,絶縁体を通してシグナルを伝達できるわけである.また,Y3Fe5O12に磁場をかけてやってスピン波の立ち方を制御することで,このシグナル伝達をon-offすることが出来る.
マグノンは導体中の電子に比べ散乱されにくい事からかなりの距離を低ロスで伝達でき,エネルギーが熱になって無駄になることも少ないなど,将来的にはスピン操作での素子などができるようになった際には面白いかも知れない.
……まあ,現状ではスピン偏極の発生効率が低いんで低ロスとかは意味がねぇ,って話になりますが,物理的には面白い.

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私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

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