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235743 journal

phasonの日記: 超臨界流体を用いたオイルサンドからの石油(状物質)の抽出と改質

日記 by phason

Low temperature extraction and upgrading of oil sands and bitumen in supercritical fluid mixtures
S.A. Brough et al., Chem. Commun., 46, 4923-4925 (2010)

オイルサンドとは,鉱物油成分を含んだ砂岩などを指す.含まれる鉱物油は通常の原油に比べるとより大きい分子よりであり,石油を含んだ砂と言うよりはタールやアスファルトを混ぜ込んだ砂のようなものに近い.埋蔵量に関しては(かなり採掘され残量の減っている)石油よりはだいぶ多く,その資源分布はほぼカナダとベネズエラに局在している.特にカナダでは地表近くに大規模なオイルサンドが存在しており,石油の代替資源として開発が進んでいる.

このオイルサンドであるが,利用するには原油に比べかなり手間のかかる資源である.まず高粘性の油状分を砂から分離せねばならないうえ,取り出した油状成分も一般的な原油に比べ高粘性で低品質であり,輸送コストや改質コストが非常にかかる.最近になって原油価格が高騰したおかげで,ようやく採算ベースに乗る大規模採掘が可能となっている.
しかしながら,その利用には現在でもまだ問題が多い.まず砂と分離するために,非常に大量の高温の水と塩基/界面活性剤の混合溶液で処理している.このため,膨大な量の油状分/塩基/界面活性剤で汚染された水が排出されており,周辺地域での環境汚染が著しい.さらに,こうして取り出された油状成分を改質行程を行う大型プラントに輸送するため,加熱し粘性を下げた状態,もしくはある程度の事前改質により低粘性物質に変換した状態で遙か彼方まで輸送される.これらは非常にエネルギーを無駄にし,また廃棄物による環境負荷の高い行程であり,より簡便で低コストな手法の開発が求められている.

本論文の著者は,オイルサンドに関しては大資源国であるカナダの研究者.オイルサンドからの原油成分の抽出と改質に超臨界状態のCO2/水素/トルエン混合物を使おうという提案である.

超臨界状態とは,液体と気体の中間的な状態とも称される状態である.通常,液体の温度を上げていくと分子の運動が激しくなり,あるところで凝集状態を作るよりもばらばらに飛び散った方が(エントロピー項の寄与により)有利となり,一気に気体へと変化する.一方,気体に圧力をかけていくと分子の平均距離が縮まり,分子間相互作用が有効に働き液体へと変化する.
さてここで,温度が十分に高い気体を考えよう.この場合,個々の分子の持つ運動エネルギーは十分大きいから,分子間距離が近づいても,凝集力として働く分子間相互作用(温度に依存しない)よりも,運動エネルギーで飛び去ろうとする効果の方が大きいであろう.そのような状態では,どんどん気体を圧縮していっても液化することは無いはずである.さてこの時,十分気体を圧縮すると,その密度が液体状態と変わらないような密度にまで達する.分子の運動としては気体であるが,密度から見ると液体のようなもの,これが超臨界状態である.
臨界点は温度-圧力相図においてある温度と圧力を持った点で表される.この臨界点より温度が高い状態では,いくら圧力を上げたり下げたりしても気体-液体間の相転移はなく,連続的に密度が上下する.また,臨界点より圧力が高い状態でも,温度を上げたり下げたりしても連続的に密度が下がったり上がったりするだけで,同じく気液の相転移はない(ただし固体への転位はある).通常,圧力,温度ともに臨界点以上の流体を超臨界流体と呼ぶ.
身近な気体で言えば,例えば窒素の臨界点は126K,34気圧付近にあるので,室温・150気圧で充填されている窒素ボンベ内では窒素はガスや液体ではなく超臨界流体として存在している.二酸化炭素の場合は臨界点がおよそ30 oC,74気圧と非常にコントロールしやすい位置にあり,超臨界流体として利用しやすい.

この超臨界状態における重要な特性の一つは,その密度が連続的に変えられる点である.高圧状態では,液体と同じような密度を持つため,液体と同じように様々なものを溶解させる.そこから少し減圧してやれば,溶解度が極端に落ち溶けていたものは析出してくる.超臨界状態で様々なものを抽出しておき,通常のガスへと減圧すれば,抽出された液体/固体は下に落ち,ガスは気体として回収できる.通常の溶媒では溶解度を簡単にはコントロールできないが,超臨界流体なら圧力をちょっと変えてやるだけで溶媒(この場合は超臨界流体が溶媒となる)のパラメータを劇的に変えられるわけである.また,通常の有機溶媒を使った抽出では,減圧蒸留などで溶媒を取り除いたりする必要があったり,溶媒の除去が不十分であると有害な物質が製品に混入する可能性があったりという問題があるが,無害なガスを超臨界流体として利用し,最後に圧力を抜いてガスとして取り除けばそういった手間や問題もない.

今回論文で報告されているpreliminaryな実験は,オイルサンドやそこからの第一抽出物であるbitumen(高粘性のタール状炭化水素)に対し,水素60気圧+CO2100気圧+適量のトルエン+触媒 を加え100 oCで処理したものである.タール状で粘っこいオイルサンド/bitumenから,きれいな液状成分が生成している.特にオイルサンドを直接処理したものは,この手法でオイルサンドからのbitumenの抽出 → 改質による軽質化,という二つの行程が一気に進行していることとなる.さらに特筆すべき点として,得られたオイルにおける金属元素の混入や硫化物の比率が非常に低い点が挙げられている.これは通常の改質が500 oCなどの高温での反応を用いているのに対し,今回報告された手法ではわずか100 oCという非常な低温での処理であり,余計な反応や容器などの腐食が起こりにくいことに由来すると見られている.

今回開発された手法は,比較的簡便な装置で,かつ温度もこれまでより非常に低温でオイルサンドからの油状分の抽出&改質の可能性を示したものであり,現在の採掘における廃棄物の量の大幅な低減や,無駄なエネルギーの浪費を改善できる可能性がある.

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