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phasonの日記: 楕円粒子によるコーヒーリング効果の抑制

日記 by phason

"Suppression of the coffee-ring effect by shape-dependent capillary interactions"
P.J. Yunker, T. Still, M.A. Lohr and A.G. Yodh, Nature, 476, 308-311 (2011).

卓上についたコーヒーなどの雫を乾燥するまで放置すると,分散していた成分が雫の周囲に集積し,リング状の汚れとして残る,というのは日常生活でもよく見るものである.何でもこれ,コーヒーリング効果なるそのままな名前がついているようだ.このコーヒーリング効果,印刷や表面コーティングの分野では,不均一な塗布を生み出してしまうことからどうやって抑制するかが日夜研究されており,溶液の表面張力を変えてみたり,濃度を調整したり,乾燥条件を変化させたりと様々な努力が行われている.

さてこのコーヒーリング効果,なぜ起きるのかと言えば,表面張力により雫が基板に張り付くことと,エッジ部分で蒸発が盛んであることによる.濡れ性の良い表面に雫がつくと,溶液はぺたんと張り付き,表面張力(基板と溶液の親和性の高さ)によって広い底面積で固定される.基板との相互作用により安定化されているから,溶液が蒸発していって液滴の体積が減っても底面積は変わらず,液滴はより薄くなっていく.一方,エッジの部分では,液滴の真ん中部分に比べ表面積が大きく(何せ上面だけでなく側面も空気に触れている),蒸発は激しい.エッジの部分からどんどん蒸発するのに液滴の底面積が変わらないことから,溶液は液滴の中心部からエッジ部分にどんどん吸い上げられそこで蒸発,分散していた各種粒子がエッジ部分に取り残されリング状に残る,というわけだ.

今回,論文で報告されているのは,このコーヒーリング効果を「楕円状の粒子」を混ぜるだけで簡単に抑制できた,という論文である.
実験で用いられたのはポリスチレン粒子を分散させた水.ポリスチレン粒子としては,直径約1 μmの球状のものと,それを溶かしてアスペクト比2.5や3.5の楕円状に引き延ばしたもの.この分散溶液をガラスに滴下し乾燥させその様子をモニタしている.
さて結果であるが,球状粒子の場合は非常に典型的なコーヒーリングが形成される.ところが,楕円体の場合はリングは形成されず,非常に均一な膜として堆積していた.またここまで極端な楕円でなくとも,アスペクト比が1.2-1.5程度の粒子でもかなりのリング抑制効果が観測されている.

この効果は何に由来するのか,という事であるが,エッジ部分を顕微鏡で観察すると,球状粒子は無秩序に積み重なっているのに対し,楕円状粒子の場合は互いに向きをそろえるような形で秩序構造を作っており,こういった秩序化しようとする力(=ある程度の位置と方向を保とうとする力)が,蒸発による粒子をエッジに凝集させようとする力に勝り,均一な分散を維持していると考えられる.ではこの秩序化しようとする力は何か,という事であるが,著者らは異方的な形状の粒子が気液界面に作る歪みによるものではないかと推定している.
水面に物体を浮かべると,表面張力により液面が少し歪む.球状粒子の場合はいわばゴム板の上に鉄球をのせたときのような,等方的な凹みが生じるわけであるが,棒状だったり楕円状だったりと言った粒子では,その長軸の端の部分に顕著な歪みが生じる.棒磁石が砂鉄に作る模様と似た感じ,と言えば伝わるであろうか.このようにして生じる異方的な歪みが,近くの別の粒子の作る同じような異方的な歪みと相互作用し合い,特定の向きに並んだ秩序構造を作ることが知られている.そこで著者らは,液滴の表面(=気液界面)に到達した楕円状粒子が液滴表面に浮いた状態となり,それが液滴表面を歪め隣接する同じような粒子との間で相互作用することで秩序構造を形成,無秩序な堆積を防いでいる,と考えている.

面白いのは,この効果,球状粒子の分散した液的中に,1%程度の楕円粒子を混ぜることでも生じると言うことだ.楕円粒子に比べ球状粒子が小さい場合は楕円粒子の作る秩序構造の隙間に球状粒子がどんどん侵入してしまいうまくいかないが,楕円粒子に比べ球状粒子がかなり大きい(実験では,前述の楕円粒子に対して,直径5 μmの球状粒子を使用している)場合には,楕円粒子の作る秩序構造に阻まれて球状粒子も集積できず,均一な膜として堆積することが確認されている.この時,混ぜ込んだ楕円粒子の量(体積分率)は球状粒子の1%程度であり,少量混ぜるだけでコーヒーリングを抑制できることがわかる.

実際,均一なコーティングというのはやってみると難しいものであるが,こんな単純なことでそれを抑制できるというのは素晴らしい.今後,粒子形状のコントロールなどで様々なコーティング剤,塗装剤が改良されていくかも知れない.

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