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日記

phasonの日記: 光で操作する磁気浮上

日記 by phason

"Optical Motion Control of Maglev Graphite"
M. Kobayashi and J. Abe, J. Am. Chem. Soc., in press.

強弱の差こそあれ,ほぼ全ての物質は磁石に吸い付けられるか反発を受ける.金属などの多くはパウリ常磁性と呼ばれる伝導電子由来の磁性によってほんのわずかに磁石に引き寄せられるし,有機物などその他多くの物質は内殻電子の反磁性(ラーモア反磁性:原子内の電子が磁場の影響を打ち消そうとぐるぐると回転するような効果により生まれる反磁性)によりごくわずかに反発する.不対電子を持つラジカルや遷移金属錯体などはその局在スピンが磁場に引きつけられることで様々な振る舞いを見せ,その一部はいわゆる磁石となる.
さて,このように物質は多彩な磁性を示すのだが,その中でもグラファイトやビスマスは非常に強い反磁性を示し,磁場に強く反発することが知られている.この起源をきちんと説明するのは大変なのだが,ざっくり言うとその特殊なバンド構造に由来する特異的なものだ(*).

*これらの物質では,フェルミエネルギー付近で「波数に対してエネルギーが直線状に増加する」という特異なバンド構造を持っており,さらに価電子帯と伝導体がほぼ一点で接する(実際には,グラファイトでは二つのバンドが少し重なり,ビスマスでは逆に少しギャップが開いている).こういった構造はディラックコーンと呼ばれるのだが,その理由はこういったバンド構造内の電子の運動を表す方程式が形式としては質量ゼロのディラック方程式に従う粒子と一致し,バンドの形状がコーン(円錐)2つを頂点で接するよう配置した形状となっているためである.
このディラックコーンのバンド構造を持つ物質に磁場をかけると,磁場により上下のバンドの状態が混ざり,その結果生じる電子の分布が非常に強い反磁性を示すことが計算により明らかとなっている.特に理想的なディラックコーンを持つグラフェン(単層グラファイト)の場合,熱励起が無視出来る絶対零度ではその反磁性の大きさが完全反磁性となる事が知られている.

他の通常の物質より遙かに強い反磁性を示すグラファイトであるが,それを実感出来る実験が一つ存在する.それはNdFeB磁石(ネオジム磁石)のような非常に強い磁石の上にグラファイト薄片を置くと,強い反磁性により磁気浮上を示すのだ.似た現象として磁石の上に超伝導体を置いたものがあるが,グラファイトの場合室温でもきれいに浮上させられるという点が異なる(ただし,グラファイトの反発力は超伝導体よりかなり弱いため,浮上させるためにはNdFeB磁石のような強力な磁石を必要とする).
今回報告されている論文は,このような磁気浮上させたグラファイトを光で操ることが出来る,というものである.

グラファイトにレーザーを当てると温度が上昇する.温度が上昇すれば電子は熱励起を起こし分布が変わるので,バンド内の電子の状態に依存している反磁性の強さは変わる.まず著者らは磁石の上に浮上させたグラファイトに対し波長405 nmの半導体レーザー(スポット径は2mmぐらい?)を照射し(波長に深い意味は無い),その温度変化と浮上の変化を確認した.用いたのは直径3mmで厚さが10 μm弱程度の円盤状のグラファイトである.照射するレーザーのパワーをゼロから300 mWまで上げていくと,浮上高さは約0.6 mmから0.54 mmへと1割ほど減少,この時温度は290 Kから360 K程度まで上昇しており,温度上昇と浮上高さはほぼリニアな関係であった.要するに,温度が上がると反磁性が弱まって浮力が減り,少し沈み込むわけだ.
といってもまあここまでは既知の現象であって,面白いのはここからだ.

まず,NdFeB磁石を市松模様状に敷き詰めた板を作る.これは棒状のNdFeB磁石をN-S-N……と交互にN極とS極を上に向けたような構造で,まあ要するにほぼ均一な強い磁場が表面に存在する板である.ここにグラファイトの円盤を乗せると磁気浮上によりふわりと浮く.そしてレーザーを円盤の片方の端に照射すると,この浮上した円盤がするりとレーザーの方に移動するのだ.この移動はレーザーが中心に来たあたりで止まるが,レーザーを端に照射 → 円盤が移動しレーザーが中心に → レーザー照射位置をまた端に移動,を繰り返す事でグラファイトの円盤を好きなように滑らせて移動することが可能となる.
ムービーはSupporting Information内の

http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k

ja310365k_si_004.mpgとja310365k_si_005.mpg

http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k/suppl_file/ja310365k_si_004.mpg
http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k/suppl_file/ja310365k_si_005.mpg

をご覧いただきたい.なお再生用のプラグインによってはうまく再生できなことがあるようなので,ダウンロードしての再生をお勧めする.

なぜこんな事が起こるのか?それはレーザーによる温度上昇と反磁性の減少に由来する.
円盤の右端にレーザーを照射すると,その部分の温度が上昇する.すると右側の反磁性が弱まり反発が減ることから,円盤は右に傾きそちらの方向に少し「横滑りしつつ落下」することとなる.レーザーが円盤の中心に来ると温度は全体でほぼ均一となるため,傾きは復元し移動は止まる.レーザーを小刻みに移動すると,このステップ移動を繰り返しながら円盤がレーザーに追従して移動することになるのだ.

さらに面白いのは円筒状の磁石の場合である.中心がS極で周囲がリング状にN極という円筒状の磁石を用意する.こうすると磁力線は外側のリング状の部分で密になるので,上にのせられたグラファイトの円盤はいわばすり鉢状のポテンシャルに閉じ込められた状態になる.ここでまた円盤の一端にレーザーを照射すると,今度は浮上したグラファイト円盤がぐるぐると回転運動を始めるのだ.照射位置を反対側にすると,回転運動も逆回転となる(動画中では,回転がわかりやすいようにグラファイト円盤上面に線が引いてある).

http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k/suppl_file/ja310365k_si_006.mpg
http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k/suppl_file/ja310365k_si_009.mpg

これも同様に,温度分布とそれに由来する反磁性の変化と,さらに重力の影響で説明される.
円筒状の磁石と,その上に浮いている円盤状のグラファイトを考えよう.製造上のズレやら,そもそもの置いてある台の製造精度などから,円筒状の磁石の上面はほぼ確実に水平からわずかにズレ,傾いているはずである.例えばここで水平面をXY平面にとり,円筒状磁石の上面が+Y方向がやや高くなるように傾いていたと考えよう(当然-Y方向は少し低い).磁場だけを考えていると,そのポテンシャルはすり鉢状であるから,磁場と反発するグラファイトは円筒のど真ん中上空に浮いているのがもっともエネルギーが低い.ところが一方,磁石自体が微妙に傾いていることから,重力的には-Y方向(=高さが下がる方向)に移動した方がエネルギーが低い.このためグラファイト円盤自体は,中心から微妙に-Y方向にシフトした位置に存在しているはずである.この時,グラファイト円盤の-Y側はより磁場の強い位置にちょっとだけ押し込められておりエネルギーが高いが(反発がより強い),それを重力の利得で押し込んでいる状態だ.
さて,ここでグラファイト円盤の+Xの位置にレーザーを照射した場合と考えよう.この時,グラファイト円盤の+X位置は温度が上昇し,磁場から受ける反発は弱くなる.となるとこの時,円盤がぐるりと回転し,温度の高い部分(=反磁性が弱く,磁場との反発が少ない位置)を-Yの位置(=磁場の強い位置)に配置した方が,磁気エネルギー的にはお得である.一方,(グラファイト円盤が完全に円形であれば)重力的なエネルギーは回転しても全く差が無い.よって全エネルギー的にも回転した方が得となり,グラファイト円盤は+Xの位置にいた端を-Yの位置に向けるようにぐるりと回転していく.
ところが回転してしまうと,温度が高く反磁性の弱かった部分はレーザーの照射位置から離れ温度は再度低下しまた反発が強くなる一方,新たに照射を受けるようになった位置(=新たに+Xの位置に回ってきた部分)の温度が上がりそこの反磁性が弱くなる.これを連続的に繰り返す事で,円盤は時計回りに回転を続けるのだ.
この議論から直ぐわかるように,レーザーの照射位置を反対側である-Xの位置にすれば,この部分が-Y側に落ちようとするのだから回転方向が逆になるのもすぐわかる.
まあある意味,水車の仲間のようなものだ.一端におもりを取り付けるとそこが下がろうと回転し,下がったところでおもりが落ちて外れる&新たな位置におもりが取り付けられることで回転が連続する,というわけだ.
これを使って,太陽光の照射を回転運動に変える,というデモンストレーションも行っている.影を作って円盤の片側だけに光が当たるようにすると,磁気浮上しているグラファイト円盤が面白いように回転する.

http://pubs.acs.org/doi/suppl/10.1021/ja310365k/suppl_file/ja310365k_si_010.mpg

光から回転運動への新たなエネルギー変換手法となるとか,光を利用した物体のスムーズな移動が可能になると言うことでなかなか面白い研究だ.まあ実際にどんな場面で使えるのか?といわれるとなかなか難しいところもあるが.

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クラックを法規制強化で止められると思ってる奴は頭がおかしい -- あるアレゲ人

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