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日記

phasonの日記: ナノ粒子:ゲルや生体組織の接着に最適 3

日記 by phason

"Nanoparticle silutions as adhesives for gels and biological tissues"
S. Rose, A. Prevoteau, P. Elzière, D. Hourdet, A. Marcellan and L. Leibler, Nature, 505, 382-385 (2014).
※図およびSupplementary Informationのムービーは誰でも見ることが出来るので,参考にしていただきたい.

接着剤は現代社会の様々なところで使われており,日用品の組み立てから海底や宇宙で利用される機器まで,実に多種多様なものをくっつけている.しかしそんな接着剤にも比較的苦手な分野が存在する.それがゲルの接着である.ゲルというのはまあ高分子などが作る網目の中に溶媒が取り込まれたものであり,重量の大部分が液体でありながらも固体としての形を保っている物質だ.身近なところでの代表例としてはコンニャクやゼリー,豆腐などが挙げられる(重量の90-97%程度が水分).

なぜゲルの接着が難しいのだろうか?接着剤は通常,主に3つの作用により対象を接着していると考えられている.
一つ目の効果は,機械的(力学的)な効果である.通常の接着対象(固体)は表面に微細な凹凸が多数存在するが,液体状態の接着剤はこの隙間に侵入し,そこで固化する.すると接着対象凹凸と固まった接着剤の凹凸ががっちりと噛み合ってしまい外れなくなる.これは船の錨が岩に引っかかっているのと同じようなものなので,アンカー効果などと呼ばれる.しかしながらゲルが相手の場合,相手が柔軟すぎる点が問題だ.細かな凹凸で引っかけようにも,力が加わるとゲルの凹凸自体が変形して無くなってしまう.これでは錨も引っかかるところが無い.
二つ目は物理的な効果で,分子間に働く弱い引力によるものだ.接着対象の表面には様々な置換基等が存在する.そこに接着剤の分子が近づくと,ファンデルワールス力や電気双極子間の引力などが生じる.これにより接着剤と接着対象が引っ張り合いくっつくわけだ.通常の接着剤では,この効果が非常に大きな寄与をしていると言われている.ではゲル相手だとどうかというと,これも結構難しい.ゲルの大部分は水などの溶媒であり,強く相互作用してくっつくことは出来ない(何せ相手は液体である).またゲル中の分子にあまり強固にくっついて固まってしまうと,ゲルの柔軟性に追従できず,接着面で破断してしまう(ゲル本体は柔らかくて変形しやすいのに,接着剤部分が固まっているためズレる).しっかりくっつき,それでいて柔軟に変形や結合の組み替えが出来ないと困る.
そして最後が化学的な結合である.接着剤の分子が接着対象と反応して直接化学結合(や,水素結合)を作ってしまい,それにより対象をくっつける効果だ.これは限られた接着対象と接着剤との組み合わせでしか起こらないが,実現すれば強度は一番強い.もちろんゲル中の分子と結合を作れれば接着できるが(実際,特定用途向けにそういう接着剤は存在する),汎用では無い.

今回著者らが報告しているのは,新しい発想に基づくゲル&生体組織用接着剤である.
その発想は非常に単純明快.まずゲル中の分子との親和性が高い(=よくくっつく)ように表面修飾したナノ粒子を用意する.これをゲルの表面に塗ったくると,ゲル中の高分子鎖がナノ粒子表面にくっついて絡みつく.その状態のゲルをもう一方のゲルに押しつけると,相手のゲル中の分子も同じようにナノ粒子にくっつく.これによりゲル同士を接着しようというのだ.要するに,無数のジョイント(=ナノ粒子)を使ってゲル同士を結んでしまおう,というアイディアである(Figure 1).
この手法の利点は,ゲルの柔軟性を一切妨げず,しかも接着剤部分も固化しないところにある.通常の接着剤で接着対象を強固にくっつけてしまうと,この状態でゲルに力がかかった場合にゲル全体は柔軟に変形する一方,接着部分だけは強固に固定されているため変形できず,その界面が破壊されてしまう.ところが今回の手法だと,接着に関わっているのは個々のナノ粒子であり,ナノ粒子同士は比較的自由に位置を変えることが出来る.しかもナノ粒子とゲルとの間の相互作用もある程度以上の力で外れることが出来るので,強い力がかかる → ナノ粒子表面からゲルの高分子が外れて移動する → 移動先で再度別のナノ粒子と結合する,という事で柔軟に変形することが出来る.

では,実験結果を見てみよう.ゲルとしてはpoly-dimethylacrylamide(PDMA)のゲルを用い,ナノ粒子としては市販のシリカナノ粒子(Ludox TM-50,粒径30 nm程度)を使っている.なお,PDMAはシリカに吸着する事が知られている.接着はゲルの表面にナノ粒子の分散溶液を塗布し,もう一枚のゲルを乗せて手で30秒ほど押さえるだけである.
実際の様子はムービーで公開されている(赤色光はサンプル形状を測定するための照射光であり,接着には関係しない).接着したゲルを引っ張っていくと,接着部分も含めゲル全体が柔軟に伸びていることがわかる.そして接着部が剥がれるよりも前に他の部分が破断している,つまり十分な強度で接着できていることがわかる.
この接着方式だとゲル中の高分子とナノ粒子がくっつけば良いので,ナノ粒子としては何でも利用できる.著者らは様々な粒径のシリカナノ粒子以外にも,表面をチミン(核酸塩基の一種)で修飾したカーボンナノチューブや,水酸基や硫酸基で表面を修飾したセルロースナノ粒子でも,似たような接着作用が働くことも確認している(ただし粒径や表面の置換基の数などが違うので,接着能力には差が出る).
なお,2枚のPDMAをナノ粒子なしで貼り付けて押さえつけても,全く接着されずにそのまま外れて落ちるだけであるので,この接着効果がナノ粒子によるものであるのは間違いない.
この接着効果は,2枚のゲルが違う物質であっても同様に働く.もちろん2種類のゲルの高分子がどちらもナノ粒子の表面にくっつきやすい場合に限られるが.2種類の異なるゲルの貼り合わせは,アクチュエーターなど様々な用途で利用されるので,そういったところに使えるというのは実用上利点となる.

さてこの接着剤,面白いことに生体組織の接着にも利用できる.生体組織の接着というのは医療用に需要が大きいのであるが,水分が多く柔らかい生体組織の接着においてはゲルの接着と同じようなことが問題となっている.
もちろん医療用の接着剤もいくつも開発されているのだが,それらは基本的にはモノマーを組織に塗ってある程度浸透させた後で重合させ高分子化するものであり,未反応で残ったモノマーが毒性を発揮したり,固まった接着剤と柔らかい組織との間でズレが生じ炎症を起こしたり,はたまた柔軟な接着剤にしてしまうと接着剤が弱かったりと,なかなか全ての要求を満たすような接着剤は開発できていない.
というわけで今回の接着剤を生体組織(子牛のレバーの切り身)に適用してみたのがムービー3である.
レバ刺しの表面にナノ粒子を塗りたくり,もう一枚のレバ刺しを重ねて指で押さえて接着する.それを引っ張ったものがムービーであるが,なかなかの接着力を見せている.今後の発展次第では医療向けなども行けそうだ.

この接着剤のもう一つの利点は,剥がれても再接着できる点である.
強い力で引っ張られて接着面が剥がれると,断面には片方のゲルが絡みついたナノ粒子がそのまま残っている.このナノ粒子はゲルの高分子に強く吸着しているので,ゲル内部に拡散して行ってしまうことも無い.この剥がれた面をもう一度相手のゲルに押しつけると,表面に露出しているナノ粒子に相手のゲル中の高分子が再度絡みつき,また接着されるのだ.一度剥がれたものをまた押しつけるだけで,当初の9割程度の力で再接着される様子が報告されている.これにより,接着したものが剥がれた際には簡単に修復できるし,接着位置が気に入らなければちょっと強めの力で剥がして張り直す,といった事が可能になる.

というわけで,意外に単純な発想から結構面白い接着剤が出来る(かも),という論文であった.
まあ我々が日常生活中でゲルを貼り合わせることはほとんど無いが,産業や医療分野では面白い利用がされるようになるかも知れない.

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  • by Anonymous Coward on 2014年01月17日 23時06分 (#2528964)

    http://srad.jp/story/14/01/16/0532259/ [srad.jp]
    表のこのストーリーと何か悪魔合体できたりしそうなそうでもないような。

    • by Anonymous Coward

      一度付けると接着されて外れない恐怖のコンドームか……

      • でも、スプレー式コンドームとか、普通のコンドームの固定剤として、表面膜剤とこの接着剤というのはアリかも

        表面膜は生分解かなにかで一定時間で溶けるor特定の分解スプレーを使うとか

        ただ、いきなり強烈な尿意がくると厳しいから、水分子だけは滲出するとか膨張率が高いとかは必要かも
        # 最悪鈴口の部分の自由膜の伸びたところを切る対処でw

        --
        M-FalconSky (暑いか寒い)
        親コメント
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アレゲはアレゲ以上のなにものでもなさげ -- アレゲ研究家

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