taggaの日記: [読書] 日本語と時間
藤井 貞和. 2010. 『日本語と時間:〈時の文法〉をたどる』 岩波新書. 岩波書店. http://www.amazon.co.jp/dp/4004312841
比較的定着している語源説による、古語の「時制」の助動詞まわりの分析。 単純に四面体作るよりは、接続の制限を加えた方がいい気がするのと、 「らし」の r 音を「あり」由来と考えるのは、 接続ぐあいが奈良期までの日本語の音韻からすると疑問。 助動詞がもともと自立した動詞だったと考えるのは、当然の話。 けど、そうすると途中で補助動詞的な段階がある訳で、 現代の補助動詞でアスペクト補っているのと実は大差がないと 僕は考えた方がいいと思う。
p.144 からのアクセントの話に問題がある。 まず「自由アクセント」というのは、 心的辞書にアクセント位置が指定されていない、 東京や京都のようなアクセント体系を指すので、 「無アクセント」を指すのに使わないで欲しい。 同義の「一型」という用語がように、 アクセントの位置が弁別的でないので、 日本語学の「無アクセント」は「固定アクセント」である。
用語はさておき、 この辺は、歴史言語学の常識とは逆の考え方によっている。 まず、小集団は、確率の問題として変化しやすいので、 そこに古い体系があると思うのは変。 大集団とは違う変化をすので、大集団に残っていない古形があるだけである。 金田一語類が偶然できる確率は非常に低いので、 一型がもともととすると、 (1) 近畿方言がどうしてアクセントをもつようになったのかということ、 (2) 母語方言の干渉が強いため強い接触がないと借用されないアクセント が借用されたことの 2つを説明しないといけなくなる。 近畿の古形から分かれたと考えるのが歴史言語学としては自然。
あと、一般論で片付くものを、特定の言語のせいにするのは無駄。