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von_yosukeyanの日記: 不幸な大衆化

日記 by von_yosukeyan

とあるmixiの日記のコメントで、「邦銀に比較して外銀のリテールサービスは質が低い」というコメントが付いていた。全くその通りの話なのだが、そもそも前提となるリテール業務をどう位置づけるか、という観点でも日本の特殊性を示しているように思えてなかなか興味深いものだった。以前、本石町さんにもらった宿題を完全に解決した感じがしなったので、この辺も含めて邦銀のリテールサービスの史的展開について考察してみたい

この日記でも何回か取り上げているが、邦銀のリテールサービスというのは、原則的に銀行の付随業務であり、これまで収益を上げている部門ではなかった。邦銀の業務は、外国とは異なり支店に比較的優秀な人材を集めて、業務を集中させるというもので、業務プロセスそのものを見ると支店で完結していることがかなり多いし、業務効率的にも非常に優秀である。反面、リテールという観点から見ると、支店は金融商品を販売する場としての位置づけが薄く、付随業務(ある種の公共事業・慈善事業?)としてあくまでオマケ的に行われている、多数の業務の一つとしての位置づけでしかなかった

もちろん、都銀と地銀や信金のような地域金融機関、証券・信託・長信銀の間では、リテール業務の位置づけは大きく違うのだが、都銀のリテール業務を見てみると位置づけの低さは歴然としている。こういった、リテール軽視の流れは、都銀の成立と形成の歴史に深く関係がある

邦銀がリテールを軽視している(軽視しても商売が成り立つ)のは、厚い直接金融市場が存在する欧米とは異なり、邦銀の収益モデルが企業に対して間接金融機能を提供する「産業銀行」であることが関係している。この中でも、都市銀行の歴史的祖先である財閥銀行は、財閥内の産業部門に対して資金を供給する「機関銀行」として発達してきた経緯があり、必然的にリテールとは「預金を効率的に集める」ことが重要であった

わが国の産業革命期において乱立した、こういった産業銀行群は、震災手形(今で言う不良債権)の処理が行き詰まった昭和恐慌時代に相次いで破綻し、経営体力の強い大財閥系の大銀行に吸収されていった。それだけでなく、本来地域金融機関として庶民金融の要であった中小銀行をも吸収して巨大化し、軍部独裁時代を迎える頃には、安田、三井、三菱、住友、第一といった財閥系巨大銀行が誕生していた

こういった巨大銀行は、帝都や大阪といった大都市圏の庶民金融や中小財閥の機関銀行を吸収したために、一時的には金融の寡占化を招いた。必然的に、財閥銀行は産業銀行という側面と、大衆銀行という二つの側面を持つことになり、これが戦後の都市銀行の「大衆化」への発端となった

戦前に合併した財閥銀行は、戦後に第一と三井に分離した帝国銀行を除いて、GHQ/SCAPによる財閥商号の使用禁止(後に解除)以外には、産業部門で行われたような企業分割のような強制措置は取られなかった。このため、財閥系銀行に独立系大銀行(三和、東海など)や、民営化された旧政府系金融機関(興銀、勧銀、拓銀など)を含めた「都市銀行/長信銀」として、復興期には旺盛な企業の資金需要を満たすことが最重要任務であった

特に、戦前の十六大財閥は、八大銀行(三井、三菱、住友、富士、三和、興銀、第一、勧銀)に取り込まれ、いわゆる七大企業集団を形成して、系列化が進んでいった。増大する企業集団の資金需要を満たすために、大都市の周囲に形成された郊外に支店を増設し、所得水準が上昇した預金者を取り込むことで、八大銀行は急激に規模を拡張していった。銀行は、預金者の取引を増やすために、給与振込、口座振替、公共料金業務などのサービスを預金者に提供していったが、それは同時に増大する企業の金融取引を合理化し、内需の拡大に貢献するという側面もあり、必ずしも預金者のためだけのサービスの拡大というわけではなかった

高度経済成長期が終焉し、戦前から一貫して続いてきた大銀行の業容拡大が踊り場を迎えるようになるオイルショック以降でも、飽和した営業基盤から外部の需要を取り込もうとする動きが見られるようになる。一つは、合併による量的な拡大であり、名門財閥銀行である第一銀行と、戦後急激に成長した日本勧業銀行の合併や、中小都銀であった太陽銀行と神戸銀行の合併などである。もうひとつが、飽和していた地方基盤から依然拡大している関東へ進出していった三和・住友・東海と、大阪市場への進出を狙う関東系都銀による基盤拡大戦略である。このいずれも、従来の大企業取引を重視するという傾向には代わりがなかったが、非財閥系の新興企業や中小企業の取り込みを重視していたという点が指摘でき、それらの取り込みとして個人客へのアプローチが重要であった

このように、大銀行のリテールへの関与は、一貫して「産業銀行」としての収益モデルに大きく変化が見られない中で、産業銀行モデルの枠内で大衆化を果たしていったという特徴が見られる。長信銀や三井銀行のように、大衆化を果たさなかった大銀行もあったが、七大銀行のうちでも上位行のように、量的にも質的にも拡大することはなく、中位行に甘んじることになった。これらは、結果的に合併によってリテール基盤を取り込むことになるので、やはり大衆化の流れというのは、大銀行の成長にとっては重要であったことには変わりがない

一方で、こういった産業銀行モデルの枠内でのリテールの拡大は、鼻からリテール部門単体での独立採算を諦める一方で、オンライン化や業務の効率化によって、サービスそのものが画一化していった。近年まで、預金金利は自由に決定できなかったことも加わって、「どの銀行でも同じようなサービスが受けられる」という邦銀のリテールは、質はある程度担保されるわけだが、それ以上のものを提供できるわけではなかった

これは、大企業取引が薄い地域金融機関においても、ある程度の差はあっても事情は同じで、大衆化した都市銀行や地域銀行は、サービスの面では競争はそれほど大きくは存在しなかった。逆に、リテールの重要度が低い長信銀・信託などでは、リテールサービス層が富裕層に限定されてしまったために、「大衆化」を指向しない独自の発展を見せたこととは対照的であろう

さて、一方の欧米の金融機関でも、経済発展に伴うリテール基盤の拡大によって「大衆化」は発生した。米国では1970年代から金利や金融商品の自由化が進み、イギリスもで80年代から金融改革が進んだ。規制緩和によって、従来規制に安住してきた金融機関相互で、規模や営業区域、業態を超えた競争が始まり、次のような三つの現象がおこった。一つは、業態間で経営を統合する総合金融化で、日本でもメガバンクがそれにあたる。もうひとつが、専門化で資産運用や資産管理といった部門に特化する傾向である。そして、三番目が消費者金融を中核としたリテール業務への特化であり、金融機関は自らのアイデンティティの確立に迫られた

80年代の不況・自由化の荒波を乗り越えて、金融機関はアイデンティティを確立しつつ、この三つの方向性に向かって進みはじめる。リテールの採算性が重視されるのも当然の流れで、効率化のために支店業務から、リテール営業に関係のない業務を本社や支社・センターに集中化させる一方で、専門のリテール要員の育成、サービスの質や幅の拡大が競われた。一方で、「8割の収益を2割の顧客が提供する」という原則に基づき、不採算な顧客の切捨てが進んだのも大きな特徴である。特に、総合金融化や専門銀行化を進めた銀行では、リテールの位置づけが低くなり、リテール部門への支出を減らそうとしたし、リテールを重視した銀行でも収益に繋がらない顧客から手数料を徴収する一方で、収益に貢献する顧客には高いサービスを提供するようになる

つまり、欧米におけるリテールの強化とは、サービス全体の質を向上させるというわけではなく、顧客の選別化とコストの最適化を行うことであり、金融機関のアイデンティティにマッチする顧客を満足させることが重要視された。(銀行にとっての)不採算顧客の切捨てにも繋がったわけだが、一方で顧客の側もサービスを競う銀行を「選ぶ」ことにつながり、サービスの多様化や高度化に対応することができた。これが、結果的に金融機関の健全性を促進し、国際展開や異業種への進出といった現在の飛躍にも繋がっていったわけだ

こういった欧米におけるリテールの位置づけを、積極的に評価すべきなのかどうかについてはボキュ自身はよくわからない。銀行の持つ特権(参入制限・経営的得点)の一方で与えられる、高い社会責任や公益的観点を見ると、わが国の金融機関に与えられた重責というのは、それなりにバランスしているようにも思えるのだ。しかし、一方で近年のメガバンクのリテール重視の傾向は、総合金融化と量的規模拡大の方向性から見ると、かなり矛盾してるようにも思える。邦銀の経営体力の回復と、ゼロ金利政策の解除によって、邦銀はリテール重視の傾向をさらに強めているが、従来の産業銀行モデルの一環としてのリテール業務の域を出ていないところも散見されるし、採算性の重視の一方で、サービスの質の向上や、高度化に対応しきれていない面が多いように思える

むしろ、証券や信託といった業種では、いろいろと先駆的な試みも行われており、メガバンクはむしろそういった専門金融機関の試みを模倣するに留まる、相変わらずの「横並び」体質から脱却できていないような気がする。肥大化したシステムや、規模の非効率を抱えたメガバンクのリテールサービスがどう変っていくのか、ここ4年が勝負の分かれ目のような気がする

(一応続きがあります)

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