パスワードを忘れた? アカウント作成
514061 journal

von_yosukeyanの日記: 宇宙用原子炉

日記 by von_yosukeyan

書く書くといって放置していた核ネタの最後のネタである。ちなみに、北朝鮮の核実験は華麗にスルーする予定なので、その辺を期待してる方には申し訳ない

ソースは失念したのだが、2年ほど前に松浦晋也氏が日経BPに書いた、日米の宇宙開発当局が宇宙用原子炉の開発で提携したと言う話を最近読んだ。どうも、松浦氏は軍用原子炉の需要が減少している事実に着目し、宇宙用原子炉の共同開発が、原子炉産業の振興と、開発費を日本が一方的に負担させるためのものではないかという疑念を抱いているようだった

のっけからアレなのだが、そもそも原子炉とは何だろうか? 原子炉とは、核分裂反応を人為的に制御する機構がついたものであり、原子力電池や自然原子炉とは大きく異なるものである。原子力電池は、アイソトープが自然崩壊する過程で出る熱や放射線を、半導体素子で電力に変換するもので、制御機構がない(だから電池)。自然原子炉は、地中のウラン鉱石が、雨水や地下水によって数万年かけて、ゆっくりとした核分裂を行うものであり、やはり制御機構はない(原子炉みたいな、という意味である>自然原子炉の「原子炉」)

では、具体的に原子炉にはどのような機構が存在するのだろうか。まず、核燃料の存在は不可欠であるが、起動時に核分裂反応に必要な中性子を確保するために、中性子源(線源)と呼ばれる放射性同位体が装荷されている。一旦、核分裂反応が始まると、中性子の供給は核分裂反応によって連続的に供給されるわけだ

連続して始まった核分裂反応によって供給される中性子は、高いエネルギーを持った高速中性子である。高速中性子は、そのまま核燃料中のU235に衝突すると核分裂を行うが、U238に衝突するとPu239になる。熱中性子のままだと、核分裂反応が効率的に行えないので、通常は減速材を使って高速中性子を拡散によって減速して、熱中性子とする。熱中性子化できる原子炉を熱中性子炉と呼び、今日一般的な発電炉である軽水炉がその代表である。一方で、中性子を高速なまま核分裂させる炉を高速炉と呼び、この中でも特にプルトニウムの生産(増殖比が熱中性子炉よりも高い、または増殖比が1以上)を目的とした炉を、高速増殖炉(FBR)と呼ぶ

さらに、原子炉から発生した熱を取り出すために、原子炉を冷却する冷却材がある。軽水炉や液体重金属炉では、冷却材は減速材が兼ねているが、黒鉛炉や一部の重水炉では減速材とは別に、軽水や炭酸ガス、ヘリウムなどが冷却材として用いられる

さて、宇宙空間で原子炉を稼働させるには、軽水のような沸点が低い物質を使うわけにはいかない。そのため、宇宙用原子炉では一般的には液体重金属を使う傾向にある。また、一般的な原子炉では、減速材に伝えられた熱を、軽水の場合には直接蒸気(BWR)にしたり、熱交換器や蒸気発生器を通じて水に伝え、蒸気の形でタービンを回して電力に変換する。しかし、やはり無重力/低重力である宇宙空間ではこういった方法が取れないし、システムの重量が増加するので現実的ではない

そこで、宇宙用原子炉では減速材/冷却材として液体重金属を使用し、電力変換にはゼーベック効果を利用した熱電対素子を用いる例が多い。構想中のものには、ガスタービン炉や、スターリングエンジンを稼働させるものがあるが、真空中で利用するには問題があり、実用化されたものはない

米国は、1970年代に実験衛星に搭載したSNAP炉を使用した実験に成功した後、本格的な宇宙用原子炉の実用化は行っていない。ソビエトも、半導体技術の問題から、コスモス軍事衛星などに供給する電力に苦慮したことから、原子力電池や宇宙用原子炉の研究を積極的に行っていたが、やはり原子力電池が主流で原子炉の搭載は数例に留まっている。そういったわけで、宇宙用原子炉といったところで、既存の軽水炉技術を応用できる余地はそれほど高くなく、むしろ液体重金属炉の技術の方が近い

高速増殖炉の研究を行っているのは、ロシアとフランス、そして日本の三カ国だけであり、研究炉・実証炉の建設に着手できなかった米国は、宇宙用原子炉の開発においては技術的なリードを許してきたという事情がある。近年でも、原子力技術においては、再処理技術やMOX燃料の開発などで、技術的に先行し、技術蓄積が多い同盟国日本への協力を求める例が増えており、宇宙用原子炉の開発における協力要請も、おそらくその一環であろう

長期的には、米国は原子力供給グループと呼ばれる、核燃料、原子炉製造技術、再処理技術、MOX燃料供給技術を持った、核先進国に原子力技術の供給を限定させ、原子炉を利用したい国々には、原子力供給グループの設備や技術へのアクセス権を認める代償として、原子力の平和利用を口実に、再処理など核兵器開発に繋がりかねない技術開発を禁止しようとしている。供給グループには、日米露英仏中印の7カ国程度が中心となる予定で、それ以外の国々は実質的に排除される形になる。そういった意味で、核燃料の再処理技術や、FBR技術、宇宙用原子炉といった原子力技術開発は、科学技術振興やエネルギー政策上のものから、一気に安全保障上の重要性を確保しつつあると言えるのかもしれない

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

私は悩みをリストアップし始めたが、そのあまりの長さにいやけがさし、何も考えないことにした。-- Robert C. Pike

読み込み中...