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コメント: Re:コネクタの間隙空間遅延ではなくて (スコア 1) 76

ファイバーの中のphotonが遅れるんじゃなくて、 dataの伝達が遅れるんでしょ。

そうね。それがポイントでしょうね。
どこかで指摘されていたけど、コネクタの緩みでパルスの波形が乱れて
見かけの遅延が生じるとかそんなところでしょうね。
推測の域を出ないけど。

1821339 comment

コメント: Re:コネクタの間隙空間遅延ではなくて (スコア 2) 76

したがって、ファイバーの周波数特性などは慎重にキャリブレーションされる必要があります。もし、そのファイバーが設計どおりにカップルしておらず、エラーが生じたならば、そのエラーは衛星の位置決定の方にフィードバックされることになります。すると、60nsecというのは、ケーブル長さ精度の問題ではなく、衛星位置推測精度の問題になります。

まあそういうこともあり得るとは思いますが、Scienceの記事を読むと、

After tightening the connection and then measuring the time it takes data to travel the length of the fiber, researchers found that the data arrive 60 nanoseconds earlier than assumed.

ということで、コネクタを締めなおした後にファイバーの伝達時間を直接測定したようなことが書いてありますね。
なので、衛星の位置精度が問題となっているわけではなさそうですね。
でも、なんでコネクタが緩んだだけでファイバーの伝達時間がそんなに変わるのか、私にはまだ理解できません。

1120818 comment

コメント: Re:歴史は繰り返す (スコア 1) 347

by yah (#2074439) ネタ元: 6×8は正解でも8×6はバッテン?

あなたが挙げた例は全て、揚げ足取りですよ。今回の問題に比べれば。
例えば、「1は最初の数ですか」と問う(意味不明な)問題が出題されて、
それに"No"と答えたら×されるというのなら、ダメだと思いますよ。
でも、実際にそんな問題は出されるんですか?
数を1から教えるときに、全ての教師は1より小さい数が存在することを
知っていますし、でもそんなことを最初に教えたら混乱するだけだから
まずは1から教えているということを意識していますよね。
だから、後に上書きされると分かっている部分に関して触れる問題は
出さないようにするべきですし、実際にそうしているでしょう。

例えば正方形と長方形に関する文科省の見解:
http://d.hatena.ne.jp/wd0/20101223/a
ここでの文科省の意見は理があると私は考えます。
つまり、あなたが言うように、教育の過程では敢えて厳密さ省略をして
理解をスムーズにさせることはあるが、その部分に触れる問題は
避けることで、「嘘」を教えてしまわないようにするということです。

今回の6x8, 8x6問題では、文科省の見解にあるように、どちらも正解に
しておけば何も問題はないんですよ。
児童の理解方法を確認したいんだったら、8x6をバツにするなんていう
安易な方法ではなく、もっと別な方法(ペーパーテストだけとは限らないでしょう)
を工夫すべきです。

さらに今回の問題で深刻なのは、掛け算順序にこだわる教師の中には、
自然言語と結びつけた乗算の順序付けが普遍的なルールであると勘違い
している人が居るということです。
そのことは、この問題を議論する各所の掲示板などで確認できますし、
実際私も小学校教師の知人と直接やりとりをして(残念ながら)確認しました。

#ところで小学校では「5を3で割れない」なんて断言して教えるんですか?
#「5を3で割る方法は後で習うが、今は知らなくて良い」と教えるべきでしょう。
#私はそう言われたと思います。

1115377 comment

コメント: Re:歴史は繰り返す (スコア 1) 347

by yah (#2073695) ネタ元: 6×8は正解でも8×6はバッテン?

>小学校のテストのマルかバツかなんてものは、指導の一方法でしかないわけで

そういう面はあるにしても、指導の都合で(子供たちがいずれ巣立っていく先である)
世間一般では正しいとされている答えに、バツをつけるのが正当化されるとは思いません。
特に算数や数学のように客観性が重視される教科ではなおさらです。

>これまで散々試されてきた結果、工夫できるぎりぎりがあれくらいしかないってオチなんじゃないかと思いますよ。

fcpさんは学校教育の現場をかなり信頼されているんですね。もちろん私も、
多くの現場の先生方は熱心に指導方法を工夫していると思っていますし
(親戚に小学校教師もいます)、掛け算の順序にこだわる先生は、実は一生懸命
考えた結果、そういう方法を取ることにしたという可能性が高いと思います。
でも、一生懸命考えたからって、それが正しい指導方法であることの担保には
なりませんよね。
100歩譲って、掛け算の理解促進に多少の効果があるとしても、それを補って
余りある負の側面が8x6にバツを付ける行為にはありますよ。
なんせ、指導の方便だからいってと、嘘を教えるわけですから。
しかもその嘘は、後により発展的な内容を学ぶときに混乱の元となるわけです。
擁護する理由が見当たりませんね。

1113744 comment

コメント: Re:歴史は繰り返す (スコア 2) 347

by yah (#2073346) ネタ元: 6×8は正解でも8×6はバッテン?

>答えが変わらないからどちらで書いても良いはずだ、という理解なら、小学校の算数ではバツにされるんじゃないかな。

これは、掛け算の順番にこだわる人に多い主張ですが、私にはさっぱり理解できません。
手段と目的を取り違えていませんか?

乗算を教える目的は、乗算の概念を理解して、活用できるようにすることですよね。
その導入として、「ひとまとまりの数」と「いくつ分」というような意味付けを行うこと
は、意味があると私も思います。しかしそれはあくまでも教えるための便宜的な手段
ですよね。
ある程度乗算に慣れたら、こういった意味付けから離れて、(順序を気にせず)自由に
乗算を駆使できるようになる必要があります。これが本来の目的です。
目的からすれば、乗算は順番など無意味なのだから、どちらで書いても良いとうのが
正しいわけです。
「ひとまとまりの数」を先に書くというのは、教える際の便宜上導入されたローカル
ルールに過ぎません。ローカルルールに沿うように子供に指導すること自体は私は
否定しません。その方がスムーズに概念理解が進むということはあるでしょう。
しかしそのローカルルールを、より普遍的法則(乗算の可換性)に優先させて、
8x6にバツを付けるのはおかしいと思うわけです。

まとめると
* ローカルルールに沿って、ある順番で掛け算式を書くように推奨するのはOK
* ローカルルールに反する順序で書いたからといって数学的に正しい表現にXを付けるのは、NG
というのが私の意見です。

ローカルルールに拘って、8x6にバツを付けられた児童は、次に乗算の可換性を教えられた時、
混乱するでしょう。さらに、乗算の順序にこだわったままだと、中学の数学では大変苦労すると思われ
ます。

>「8×6」と書く児童は何か誤解している可能性が高いという経験則があるんじゃないのかなあ

ここ
http://ameblo.jp/metameta7/entry-10196970407.html
に書いてある担任や教頭の話からすると、あなたの言うとおりであると思います。
でもその誤解を検出したいのであれば、問題をもっと工夫すべきだというのが
私の考えです。fcpさんは、あの問題から教師の意図を読み取ったようですが、
私には無理です。
例えば、思考過程を明らかにしたいのであれば、式を日本語で説明させる
設問を加えてはどうですかね。小2にはちょっと荷が重いかもしれませんが、、。

#私がこの問題を読むと、頭の中で
#「8人が6本ずつだから8x6=48か」
#と考えます。いちいち、「6がひとまとまりの数で、8がいくつ分に相当するから、、」
#などとやっていたら遅くてたまりません。さっさと可換性に慣れて、
#無駄なローカルルール(乗算の順序)を忘れるほうが、日常生活にも利があると
#思います。

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コメント: Re:歴史は繰り返す (スコア 1) 347

by yah (#2073274) ネタ元: 6×8は正解でも8×6はバッテン?

>ただし、 #2072994 [slashdot.jp] の人みたいに、「8 人に 6 本ずつ」を「各人に 1 本ずつ、計 8 本渡す操作を 6 回行った」
>と捉えるのは少数派だとは思いますが、児童がそういう理解のもとで 8×6 と書いたのならマルにするべきだとは思います。

結局あの答案用紙からだけでは、児童がどういう理解で8x6と書いたのかどうかを、
読み取ることはできないですよね。もしかしたら、塾や親から交換法則を既に習っていて、
それを理解した上で8x6と書いている可能性もありますし。
それなのに、例えば

>「問題文にその順で書いてある」なんてのは「8×6」を正解とする理由になりません。

というような態度で、バツを付けるのはやはりおかしいでしょう。
児童の思考過程を勝手に教師が決めつけていることになります。
児童が掛け算をどう理解しているのかを知りたいのなら、それが分かるように
工夫した設問にするべきでしょう。

350261 comment

コメント: Re:サンプリング定理? (スコア 1) 186

>しかし、基底函数は三角函数でいいのかということに、ひっかかります。
>ご存知のように、基底函数に三角函数以外のものも利用可能です。

基底関数は完全系をなしているのならばなんでも良いでしょう。
で、三角関数も完全系をなしています。

>その場合、元の波形の、三角函数では再現できなかった側面を正確に再現できる可能性があります。

再現できなかった側面て何ですか?
完全系をなしている基底関数を用いれば、元の関数を完全に展開することが可能です。
もちろんフーリエ展開の場合、周期関数にしか適用できませんが、例えば一曲全体
をフーリエ展開する場合、曲全体が何度もリピートするような周期関数だと思えば
適用可能です。

>だからといって、可聴周波数以上の波形の揺らぎが音色などに影響をあたえていないと言い切れるでしょうか?

人間の認知システムが、単独の正弦波では知覚不能な周波数の振動を音色の変化という形で
認識できるかどうかは私には分かりません。そういう可能性もあるかもしれません。
ただしその話と、信号を取り扱うときにどのような基底関数で展開するかという
純粋に数学的な手法の話は全く別でしょう。
物理現象や生理現象は、それを人間がどのような数学手法でモデル化するかとは関係ありません。

350199 comment

コメント: Re:サンプリング定理? (スコア 2, 参考になる) 186

>ごく単純な話ですよ。

そう単純な話でもないですよ。
シャノンの標本化定理では、信号に含まれる最大周波数の2倍より高い周波数
で標本化を行えば、元の信号が完全に再現できることが証明されています。
あなたの例では、ちょうど2倍でサンプリングをしていますが、これは標本化定理に反しています。
だからずっとゼロが並ぶというおかしなことが起こり得るのです。

次に「完全に再現できる」という点ですが、詳しい証明は例えばWikipediaに載っているので
見てください。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%99%E6%9C%AC%E5%8C%96%E5%AE%9A%E7%90%86

例として、1Hzの正弦波を2倍より少しだけ高いサンプリング周波数(例えばfs=2.01Hz)で
標本化したとします。この際、標本化信号xs(t)は、元の信号x(t)にデルタ関数列
s(t)=Σdelta(t-n/fs)を掛けたものとなります(和はn=-∞からn=∞まで取る)。
xs(t) = x(t)*s(t)
この時、xs(t)のスペクトルには、1Hzの他にn*fs*1Hzの成分が含まれます(nは整数)。
これに、fs/2の周波数を持つ理想ローパスフィルタを掛けると、1Hzの成分だけ、つまり
1Hzの正弦波が取り出されます。これは元の信号x(t)と完全に一致します。

上記の理想ローパスフィルタはアンチイメージングフィルタと呼ばれ、DA変換を行う際
に必要です。

もちろん現実には理想ローパスフィルタは存在せず、サンプリングプロセスも完全な
デルタ関数ではありません。また、信号振幅の離散化(量子化)による誤差も生じます。
だから元の信号が完全に再現できるわけではありません。
しかし、信号を良く再現しようとして、やたらにサンプリング周波数を高めても意味がありません。

236869 comment

コメント: Re:敵意に満ちている (スコア 2, 参考になる) 48

いくつかの産業界が集まって?????

「いくつかの産業界にいる人物らが寄り添って結成した」が正しいんじゃないか。

タレコミで参照されているSoftpediaの記事には、MSRCのコメントとして

a number of us from the industry (and some not from the industry) have come together to form MSRC

というのがあるから、「産業界に身を置く多くの人々(一部は産業界には属さない)が集まった」ということでしょう。
"not from the industry"というのは大学などの研究者のことですかね。

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コメント: Re:「マイカーに乗るな」 (スコア 1) 178

なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合を比較」で限定して考えるのか?

スレッドの流れを考えれば、そちらの方が自然です。
ある人間が、都会と田舎のどちらに住んだ方が環境負荷が少ないかと問うのは普通に 意味のあることです。
それと、あなたが興味のある、「田舎と都会はどちらの方がCO2を出しているのか」
というのは問うてる事柄が違うだけです。どちらが正しいとか、意味がある
とかそういう議論の対象ではありません。

ただし、私の最初の書き込みでは、同じ人間での比較という前提が明確にされて
いなかったのは認めます。

なぜ「同じ人間が都会に住む場合と田舎に住む場合とで生活水準が変わらない」と考えるのか?

当然変わるでしょう。しかし他の書き込みでも言いましたが、どちらに変わるかわかりますか?
まさか田舎から都会に出てくれば、みんな生活水準が上がるなどとナイーブに思っていませんよね?
生活水準は上がる場合も下がる場合もあるだろうから、とりあえず同じと置いたまでです。
学術論文じゃないのだから、このあたりを厳密に考え過ぎていたら雑談サイトで発言なんてできませんよ。
だいたい、生活水準が少し上下したぐらいで、私が疑問に思った「輸送の問題で都会生活のほうが地方生活
より圧倒的にCO2多く出す」という主張が正当化されるわけでもないでしょう。
「圧倒的」な差を生み出すほど生活水準が変わりますかね?

typodupeerror

一つのことを行い、またそれをうまくやるプログラムを書け -- Malcolm Douglas McIlroy

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