パスワードを忘れた? アカウント作成
526008 journal

yasuokaの日記: JIS C 6226の1983年改正を国語審議会はストップできたか

日記 by yasuoka
日本語学会のサプライズ人事へのコメントで、野村雅昭の『漢字に未来はあるか』(漢字の未来, 朝倉書店, 2004年4月, pp.221-240所収)を読み直したところ、以下の文章にひっかかった。

結論がどちらにせよ,文部省および国語審議会は83JISの審議中に,この問題に対して発言をすべきであった。審議中が無理でも,83JISの制定に対して,ストップをかけることはできたはずである。(p.231)

文部省および国語審議会は、JIS C 6226の1983年改正を、本当にストップできる状況にあったのだろうか? まず、文部省についてだが、JIS C 6226-1983およびJIS C 6234-1983の原案策定委員会に、文部省から委員は出ていない。委員の中で、東京大学の元岡達、国立国語研究所の林大、国立国語研究所の野村雅昭などは、文部省傘下と言えなくもないだろうが、文部省が東京大学や国立国語研究所に圧力をかけてJISの審議をストップする、なんていう構図は正直なところ無理がある。JIS原案委員会での審議内容を直接知らない以上、文部省が「83JISの制定に対して,ストップをかけることはできたはず」と考えるに足る証拠はない。

では、国語審議会はどうだろう。当時、JIS原案委員会と国語審議会において、両方の委員を務めていた人物が一人いる。林大だ。JIS原案委員会に関して林大は、「83年の時は、情報処理学会の時からかかわっている野村君に委員になってもらったので、ぼくは逃げちゃったんです。名前は載っていますが、委員会には一回も出なかったと思います。」と答えたらしい(加藤弘一: 78JIS誕生秘話, 1998年12月9日)が、私が調査した限り「委員会には一回も出なかった」というのは大嘘だ。ならば国語審議会は、林大を通じて、JISの審議にストップをかけることが可能だったのだろうか?

JIS C 6234の原案策定委員会が「第1水準内の非政令文字については,通用字体を準用することを前提として,作業を進める」方針を決定したのは、昭和56年度の委員会においてである(日本語情報処理の標準化に関する調査研究報告書, 日本電子工業振興協会, 1982年3月, p.147)。これに対し、国語審議会は、昭和56年度には存在していない。第14期国語審議会が、昭和56年3月23日に常用漢字表の答申をもって終了し、そののち、昭和57年3月23日に第15期国語審議会が発足するまでの間、ちょうど一年の空白があるのだ。存在していない国語審議会が、JISの審議に対して発言するなど、不可能である。これに加えて、昭和57年3月23日発足の第15期国語審議会に課せられた使命は、「仮名遣い」だった。JIS C 6226やJIS C 6234の審議とは無縁である。

これらを考え合わせると、当時の文部省および国語審議会が「83JISの制定に対して,ストップをかけることはできたはず」などというのは、野村雅昭の妄想だと考えられる。もし、妄想などではないと言うのなら、証拠となる当時の文献を、ぜひ示してほしい。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
typodupeerror

あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

読み込み中...