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yasuokaの日記: タイプライターのセールスマン

日記 by yasuoka

トンデモない一行知識の世界2にもコメントしたのだが

当時、タイプライターのセールスマンが客の前で「タイプライター」と簡単に打ち込めるよう一行目のアルファベットは並べ替えると「TYPEWRITER」となるようになっている。

というガセネタを平気で騙る人たちは、当時のタイプライターのセールスマンのことを全く知らないのだろう。現実には、1870~1880年代のタイプライターのセールスは、電信会社や速記学校などへの持ち込みとデモンストレーションによって成り立っており、かなりシビアなものだった。実際のセールスマンの様子を、Edward Payson PorterとJames Densmoreが、Western Union Telegraph社の総支配人Anson Stager(陸軍大佐で北軍の電信における総責任者だった)のところにセールスに行った記録から、以下に抄訳してみることにする。

ステイガーのオフィスは、シカゴのウェスタン・ユニオン・テレグラフ社の広大な送受信室のすぐ下の階にあった。オフィスには、2台の机の上に、モールス電信の送信機と受信機がそれぞれ置かれており、その間を何マイルかの長さの電信線がトグロを巻いて繋がれていた。ポーターはタイプライターを持って片方の机に座り、ステイガーはもう一方の机に座った。ステイガーは、昔は第一級の電信技士だったが、それはあくまで若い頃の話で、現在では一線を退いていた。新聞を手元に置いたステイガーは、送信の準備を整えた。ポーターは、受信用音響箱をタイプライターに取り付け、大きな声で叫んだ。
「準備完了しました、大佐!」
ステイガーはゆっくりと送信しはじめた。それはあたかも、そのスピードで送信しなければ、ポーターが受信しきれないだろう、とでも考えているかのようだった。しかし、最初の行をタイプし終わらないうちに、ポーターはこう言った。
「もっと速くお願いします、大佐!」
ステイガーはさらに速く送信した。しかし、すぐにポーターは叫んだ。
「もっと速く、大佐!」
ステイガーは自身の最高スピードで送信した。しかし、ポーターは再び叫んだ。
「もっと速く、大佐!」
ステイガーは送信の手を止め、鈴を鳴らして給仕を呼んだ。給仕が現れると、ステイガーは告げた。
「スミスに、ここへ降りてくるように、と」

[James Densmore: "Typewriting and Telegraphy", The Phonographic World, Vol.2, No.1 (September 1886), pp.6-7.]

読めばわかるとおり、当時のタイプライターのセールスマンは、どうひいき目に見ても、「TYPEWRITER」と打ってみせればすむようなものではない。ちなみに、この「TYPEWRITERが一列に並んでいる」というネタは、私(安岡孝一)の知る限り、1901年発行の『Pitman's Typewriter Manual』第4版が初出であり、19世紀の刊行物には見当たらない。19世紀に「TYPEWRITER」がそういうやり方で売られていた、という証拠があるのなら、ぜひ私にも見せてほしい。

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吾輩はリファレンスである。名前はまだ無い -- perlの中の人

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