[ アカウントをゲット! ]
スラドのGetSetさんが、2009年10月12日の日記にて、
「善意の結果が変な方向に転んで激怒した」みたいな記事を書いていた。
僕はこれを読んで、むしろ、激怒された方に感情移入してしまったので、
その日記に「誰でもミスはあるもので、対応の不手際はある意味仕方ないのだから、
相手方をあまり責めないで頂きたい」とコメントした。
そしたら返信として、「相手方が行うべきであった適切な対応の例」を列挙
されたので、「嗚呼」と思い、それきりになった。
とにかく「激怒」だけですんで、「自宅にケーキを持っていって土下座」とか、
「警察沙汰」とか、そういうことがなかっただけでもよかったのだ。
(僕はそういう経験があるのだ。しかもヤクザ\(^o^)/)
その話は、僕はそれきり忘れていたのだが、11月2日、その日記が
ネットの一流有名人であるotsune氏に注目され、
「はてブ」で話題になり、エキサイトニュースに取り上げられ、
「2chで袋叩き」と言うところにまで行ってしまった…のを
今日知った。わずか1日でなんという超展開…。
ともかくも恐ろしいことである。僕も「めったなことは書けない」わけである。
太宰治が「性格の悲喜劇」と呼ぶ、こういう個々人の状況や
性格に起因する「一件」は、誰が悪いと言うものでもないのだから、
「犯人探しをするな」と、学校の社会システム論の授業で昔習った記憶がある。
(社会システム論では、人々の関係を「システム」として捉え、犯人探しをしなくとも、
第三者による「システム」の再構築ないし働きかけによって丸く収まると言う立場をとる)
なので僕も、このような場合に遭遇した時は、お客さんを責めるでもなく、もしくは
ミスをした人(ないし、自分)を責めるでもなく(ミスをした人の代わりに僕が
謝罪することもある)、そういうものだと思って、割り切って考えることにしている。
誰でも切れることがあるし、誰でもミスをすることがあるという、
これはそういう社会のシステムの表れであり、僕が頭を下げれば大概は丸く収まるのである。
「はてブ」のコメントにおいては、やはりどちらかに共感して、どちらを悪者とするか、
という問題として捉える人が多い。
激怒される方の立場として、ないしは激怒する方の立場として、どう「適切に対応」するか。
みんな、そして僕も、一方の立場に身をおき、
「対 他人」の関係で一件を捉えているのだけど、一方で、
「善意の結果が変な方向に転んでも、それでも自分は善意を表し続けるか?」という、
「対 自分」の関係で一件を捉えている方がいらしたので、僕は感動してしまった。
この方はすばらしい人である。僕は、ウンコだらけの世の中と、人間(自分)の限界に対して
絶望することもしばしばだけど、この方のように世の中に対する誠実な気持ちを
失ってはいけないと思った。
/*** 追記 ***/
当初、otune氏のことを「はてなダイアリーの有名ブロガー」と誤記していたけれど、
otune氏本人から「それは事実に反する」と指摘されたので、
「ネットの一流有名人」と言う記述に修正した。
この記事が「はてブ」でotune氏にリンクされたとたん、たちまち他の人からも
一杯(6人くらい)ブックマークされたので、otune氏の一流有名人ぶりをしみじみと感じた。
このページのすべての商標と著作権はそれぞれの所有者が有します。
コメントやユーザ日記に関しては投稿者が有します。
のこりのものは、© 2001-2010 OSDN です。
「はてなダイアリーのブロガー」という表記は甚だ遺憾です (スコア:2)
http://b.hatena.ne.jp/bc/http://www.otsune.com/
と
http://b.hatena.ne.jp/bc/http://d.hatena.ne.jp/otsune/
の差。
(これは私が個人的に「はてなダイアリーで活動している」という他人からの見られ方が技術的に事実ではないということを示して、より正確な情報が広まれば良いなぁと思ってコメントしているだけですので、特に訂正や認識修正を強く求める物では有りません。「自分にとっては、はてなダイアリーで良く見かけるハンドルだから、はてなで有名だと考えているんだ」と思う事は自由だと思うからです。ただ、単にそれは事実ではないということ)
Masafumi Otsune [otsune.com]
コメントを書く