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470312 journal

Pravdaの日記: キーボード配列 QWERTY(クワーティ)の謎 2

日記 by Pravda

安岡孝一+安岡素子『キーボード配列 QWERTY(クワーティ)の謎』(NTT出版)、読了。あまりの面白さに二度続けて読んでしまいました。

以下、NTT出版WebサイトのURLと、帯の文句および章立てです。
http://www.nttpub.co.jp/vbook/list/detail/4176.html

覚えられない? 打ちにくい?? この不思議な配列の起源
   [Q][W][E][R][T][Y]
タイプライターの父、クリストファー・レイサム・ショールズによる発明から、私たちが毎日触れるコンピュータのキーボードに至るまで、図版124点余、開発時のエピソード満載で、キー配列140年の謎を解明する。

■目次

  • 第1章:ジ・アメリカン・タイプ・ライター
  • 第2章:QWERTY配列の誕生
  • 第3章:小文字が打てるタイプライター
  • 第4章:女性参政権運動とタイプライター
  • 第5章:タッチタイピングの登場
  • 第6章:ザ・タイプライター・トラスト
  • 第7章:遠隔タイプライターと文字コード
  • 第8章:ドボラック配列とアンチQWERTY説
  • 終 章:なぜコンピュータのキーボードはQWERTY配列になったか

本の後ろに付いている「参考文献」が全部で495、小さい活字で15ページにわたって付いてますが、本文は実にレイアウトが考えぬかれていて読みやすく、また文章も平易です。

つねづね「ドボラック配列の優位性の主張」に疑問を持っていたのですが、この本で氷解しました。ドボラック配列だと日本語のローマ字変換で多用する[A][O][E][U][I]が左のホーム・ポジションにあるので慣れると速く打てるようですけど、提唱者のドボラック氏は日本語のために開発したワケではありません。

以下、「あとがき」より引用。

電子掲示板やブログには、日々新たな「アンチQWERTY説」が書き込まれている。あるいはQ&Aサイトに「どうしてキーボードは、こんな不思議な順番に並んでいるのですか」という質問が載ると、それには決まって「アンチQWERTY説」が回答される。「タイプライターのキーボードは、元々はABC順に並んでたんだ。でも、タイピストのスピードが上がるにつれて、タイプライターの性能がついていけなくなり、印字をおこなうアーム同士が絡まるトラブルが増えていった。そこで、アームの衝突を防ぐために、タイピストがなるべく打ちにくいようなキー配列をデザインしたんだ。それがQWERTY配列だよ」

この本が出た以上、上記のような「アンチQWERTY説」は全くのガセネタと言わねばなりません。タイプライター前面から見て円弧状にアームが配置されたフロントストライク式タイプライターは「アンダーウッド・タイプライター」以降のもので、それ以前には様々な印字メカニズムのタイプライターがあり、それらではすでにQWERTY配列が一般的だった模様です。中には、手動以降の電動タイプライターに通じるような印字メカニズムも載っています。

この本から外れますが、手動タイプライターでは複数枚の紙とカーボンコピーを交互に重ねたものをプラテンに通して印字する際、印字面積の小さいピリオドやカンマは軽く、印字面積の大きい大文字のBなどは「タッチ」どころか相当強く打たないと綺麗に仕上がらないので、けっこう大変でした。その点は、電動タイプで楽になりましたし、またコピー機のコストが安くなったのも大きい。また、ミニコンのコンソールにテレタイプ端末が使われていたのも、昔の良き思い出です。

以下、「あとがき」の上記の続きより引用。

そういうなさけない状況に一石を投じるべく、私たち夫婦は本書を書いた。私たちは、実は情報学者と教育学者の夫婦なのだが、本書においては、歴史学者としての姿勢を、私たちなりに徹底したつもりだ。ただ、これまで肥大化し続けてきた「アンチQWERTY説」に対して、私たち夫婦の投げるこの石は、あまりに小さい。願わくは本書の読者も、今後は「アンチQWERTY説」に向かって石を投げて下さることを、切に望む次第である。

石まで投げないにしても、キーボード配列の歴史を語る上で「この本読んだ?」と言える本書の登場は大きいですね。他にも、なぜ日本語キーボードだと「2」のシフトは「”」で、英語キーボードだと「2」のシフトは「@」なのか?、あるいは経済史学者のポール・アラン・デービッドが「アンチQWERTY説」とどう関わっているのか?、それは本書を読んでのお楽しみ。;-)

間違いなく労作。オススメの一冊です。小飼弾さんは「税込み2,940円、ハードカバーってどんだけだよ」 [livedoor.jp] とおっしゃってますが、私はむしろ安いと思います。19世紀後半の美しいエッチングで描かれた絵(これだけでも観賞の価値あり)を収録するには、この版型と印刷でなければおそらく無理でしょう。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • 私たちの本を二度も続けて読んで下さって、どうもありがとうございます。著者冥利につきます。図版に関しては、かなり痛みのひどい19世紀の原図を、見事にブラッシュアップして下さったデザイナーさんや編集さんのパワーに拠る所が大きいのです。カバーを外した表紙の図版など、QWERTY直前のキー配列を読める空恐ろしいデキだったりします。もし、まだカバーを一度も外してらっしゃらないのなら、試しに外してみて、ごらん下さい。
    • 拙文へのコメント、どうもありがとうございます。

      カバーは買ってすぐ取りました。最近の単行本は、そういう所に著者の「遊び心」が隠してあったりしますので。そうしたら中央のイラストはおろか、活字にツブレやカスレがないのにビックリ。また、特に本文p.107-118の図版の美しさはため息をつかんばかりで、日本の出版文化の底力を痛感しました。

      また、本文p.24の「★15 1870年4月頃の『タイプ・ライター』のキー配列」を、著者の推測と謙遜されていますが、ピアノ式鍵盤から1872年7月のキー配列の間を繋げる、非常に理にかなった凄い説ではないかと愚考しています。歴史学の方法論ここにあり、と感じ入りました。

      このような力作を上梓され、お疲れの出ている頃とお察しします。どうぞご自愛ください。そして再び、われわれ市井の者に知的興奮を与えていただけるような書を。

      親コメント
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あと、僕は馬鹿なことをするのは嫌いですよ (わざとやるとき以外は)。-- Larry Wall

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