パスワードを忘れた? アカウント作成
230931 journal

akiraaniの日記: 書籍自炊の話:新古書店との関係 5

日記 by akiraani

 出版関連に詳しくない人にはあまりなじみのない単語が頻出すると思われるので、あらかじめ「用語の定義」をしておきます。あくまでこのエントリの中で使うための定義なので、一般的な話や原義とは若干ずれがあったりするかもしれませんがご了承ください。

新古書店:ブックオフなどの目利きをほとんど行わなず何でも買い取る大手古本屋チェーン店
再販制度:定価販売を小売店に強制しても独占禁止法違反にならない制度、さらにここでは売れなかった本を返本する制度までを含める
取次:本を扱っている問屋。
自炊:自分の所有している書籍を断裁してドキュメントスキャナで読み込んで電子化し、断裁した書籍を廃棄すること。また、電子化してデータは違法配信、違法複製を行わず運用すること。

 本の流通は、一般的なほかの商品とは大きく異なり、取次を中心とした再販制度で運用されています。

 再販制度についてざっと説明します。
 まず、出版社から出荷された書籍は取次が引き取ります。新刊の場合、取次ぎは全国各地の書店へどのくらい配本するのかを決定し、配本します。このとき、書店はどの本が何冊欲しいかを注文しますが、たいてい数に限りがあるので希望通りに配本されません。
 書店に配本された書籍は店頭に並べられますが、一定期間(たいていは三ヶ月)過ぎても売れない本はその大多数が書店から取次ぎへ返本されます。返本されると、返本した数に応じて取次ぎから書店に払い戻しが行われます。取次ぎに返本された本は、ある程度は取次ぎの倉庫にプールされ、他の書店からの追加注文などがあれば再配本されます。そうでない本は、出版社に返本されます。もちろん、ここでも出版者から取次ぎへの払い戻しが行われます。
 重要なのは「定価販売を強要される代わりに、売れ残った本を返本したら払い戻ししてもらえることが保証されている」というところです。 普通の商品は売れなければ値段を下げて販売されますが、このシステムだと売れなければ返本できますので、書店は定価販売を強要されても安心して多くの在庫を抱えることができます。
 もちろん永久にそうなっているわけではなく、返本可能なのは一般的には発売(もしくは増刷)から三ヶ月間までの書籍についてのみです。このため、発売から三ヶ月過ぎてしまった本は軒並み返本されてしまいますので、一気に店頭から消えることになります。そのような書籍を注文すると、取り寄せにも大変時間がかかることが多いです。

 簡単に言うと、再販制度によって書籍流通は「新刊を定価で販売する」ことに特化されたシステムになっています。言い方は悪くなりますが、取次が間に入って在庫とお金をプールして流通をコントロールすることで、出版社と書店の双方が自転車操業をして新しい本を常に回転し続けることを可能にしているわけです。
 ここで重要になってくるのが新古書店の存在です。新古書店はそれまでの古書店が行っていた目利きを簡易化、マニュアル化してバイトにもでできるように整備することで、大規模な展開を可能として薄利多売を実現しています。
 新古書店を支えているのは捨て値での買い取りでも書籍を売り払ってくれる大量の消費者と、旬を過ぎても値下げを行わない特殊な書籍流通システムです。
 書籍はほとんどのタイトルにおいて商品としての旬が三ヶ月で失われてしまう回転の速い商品ですが、近年新刊点数は増えてその傾向がますます顕著になっています。にもかかわらず、古い商品の値下げ販売はほとんどおこなれません。ここに需要と供給のバランスに大きなギャップがあり、新古書を捨て値でいいから売り払う消費者が大量に存在する原因になっています。つまり、新古書店のビジネスモデルはギャップに付け込んで生まれたものと言ってもいいでしょう。

 単純にお金の出所を見ると、書店で新刊を購入する場合も、新古書店から書籍を購入する場合も同じ消費者の財布から出てきます。もちろん、新古書店が存在することでその額が増えたりするわけではありません。ということは、新古書店が消費者の財布のシェアを確保した分、他の関係者が割を食っているわけです。
 市場原理的にはこれは当然の話で、根本的にはすべての消費者層に対して最適化された流通システムを用意できない出版業界に問題があります。

 そして、このことがどう自炊と関係してくるのかというと、新古書店に書籍を提供している消費者に影響してくるわけです。
 消費者が新古書店に捨て値でいいから書籍を売却する理由の一つに「書籍をもっているだけで維持費がかかる」ことにあります。このため、蔵書が一定以上になると資源ごみとして捨ててしまうことになるわけですが、捨てるくらいなら二束三文でもいいから新古書店に売り払ってしまおうという考えになるわけです。ところが、自炊が浸透すると、この意識が変わる可能性があるわけです。HDD一つあれば全部収まってしまうのであれば、二束三文で売り払うよりも取り込んで手元においておこう、と考える消費者が増えるわけですからね。
 現在のところ、自炊のためには元の書籍は破壊して廃棄処分にする必要があります。このため、自炊が浸透するとその分新古書店への商品供給が行われなくなります。そうすると、必然的に新古書店は消費者の財布のシェアを失い、その分割を食っていた関係者が潤うことにつながるわけです。破壊せずに取り込みができるような装置が個人ユースまで普及し始めると状況は一気に変わる可能性がありますが、今のところ自炊文化は既存の書籍ビジネスモデルと共存することが可能です。

この議論は賞味期限が切れたので、アーカイブ化されています。 新たにコメントを付けることはできません。
  • by Anonymous Coward on 2010年06月21日 18時31分 (#1783228)

    新古書店での購入を行わない購入者は必ず新刊を購入するとしての計算ではありませんか?
    自炊の増加が被保護ドキュメントの非合法流通の増加に加担するであろう分の計算はどうなるのかも併せて考える必要が有ると思いますが。
    現実に漫画雑誌の電子化なんかではP2Pの違法流通に依って購入なしの閲覧者の数ばかりが圧倒的に増えているのが現実なのですが。

    • by akiraani (24305) on 2010年06月21日 20時31分 (#1783273) 日記

      >自炊の増加が被保護ドキュメントの非合法流通の増加に加担する
      これの根拠がよくわからん。
      非合法流通に荷担してる輩は自炊とか関係なくやってるし、同じ書籍の放流元が二つに増えてもダメージは変わらない。そして、非合法流通先から書籍を入手する連中が、違法配信がなければ新刊を買うかといわれるとそれもほぼない。

      というか、文章中の自炊にはそういう連中は含まれないことを最初にわざわざ明記しているのだが……。

      あと、計算は成り立たないのは新刊を買わない可能性が0%の場合のみだよ。1%でも新刊を買う人が増えれば出版社にとっては利益増加になるんだから。
      #なんでACはこういう場合100%でないと利益にならないと思い込むんだろうなぁ。小学生レベルの算数の問題のはずなんだけど……。

      --
      しもべは投稿を求める →スッポン放送局がくいつく →バンブラの新作が発売される
      親コメント
      • by akiraani (24305) on 2010年06月21日 20時35分 (#1783275) 日記

        すまん、間違えた。
        誤:新刊を買わない可能性が0%の場合のみ
        正:新刊を買わない可能性が100%の場合のみ

        --
        しもべは投稿を求める →スッポン放送局がくいつく →バンブラの新作が発売される
        親コメント
    • by Anonymous Coward

      ビジネス上最もインパクトがあると思われる「違法流通」を無視したら、
      誰も議論に参加しないと思うんだよな。

      犯罪に使われることは無いという前提で、自作銃刀類の規制緩和を検討
      しましょう、みたいな。

  • by Anonymous Coward on 2010年06月21日 21時43分 (#1783309)
    小飼弾氏は「『自炊』(書籍を裁断してスキャナーにかけて電子化すること)したら負けだと思っている」 [livedoor.jp]そうです。
    他意はなくたまたま氏のブログを見たら最新の書評で触れられていたので。
    その書評から飛べるページに書かれた内容(特に後半)を考えると、実はコンテンツなんてモノはコカコーラのような清涼飲料水のごときものとそうでないものとに分化しているのではないか(そして現代は前者が圧倒的に多いのではないか)という気がしてなりません。
    ……えぇ、実のところモノによっては複数回使いますよ、いやほんとほんと。
typodupeerror

普通のやつらの下を行け -- バッドノウハウ専門家

読み込み中...